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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
1章

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想いを旋律に乗せて

現実を受け止める覚悟があるならついてこい、というエーレを追って着いた先は貨物室。

その奥には、奴隷の人たち。ユリウスは、せめて魔法で苦しみを取り払おうとするも、何故か魔法が使えない。

魔法使用を阻害する、イグリシウムという物質のせいだった。

「所詮、人間の編み出した小細工だけどな」と自らの腕を切ったエーレは聞いたこともない言葉を話し始めて……

 




 彼の口から紡がれたのは聞いたこともない、流れるような――旋律のような言葉。


 ――’’エーレは精霊と会話しているのだ’’


 ユリウスはその光景に目を疑った。



 こんなことが……こんなことが起き得るのだろうか。



 人は精霊を感じて同調し、その力の一端を借りることは出来ても、彼らの存在を見て知ることは出来ない。

 ましてや、会話をすることなんてありえない。



 ユリウスが驚愕している間に、エーレと光の精霊との間で会話が終わったのか、光がエーレを中心に集まり、眩いほどに凝縮していった。

 それは弾けるように辺りに散らばると、貨物室全体を覆っていく。



 太陽が砕け散り、淡い星が降り落ちる――幻想的な光景だった。


 その光は温かくて、包まれるような……全てを許してくれるような……

 そう、まるで母の愛情に触れたような。



 ユリウスは呆けることをやめて、前の檻の亜人を見た。

 幼い亜人も唖然として、険しい表情を隠していた。

 その体中の傷は、まるで最初からなかったように綺麗に癒えていく。


 亜人の瞳から一筋の涙が流れ、それが顎からこぼれ落ちるのを光が受け止めた。

 そのまま穏やかな顔で眠るように気を失った。



 光の粒子が亜人の周りを漂い、エーレの元へと帰っていく。

 ユリウスはそれを追うようにして、再びエーレを見た。



 光の粒子は一塊になり、エーレの傍らに留まっている。

 途端、澄んだピアノの音色のような音が響いた。


 それは言葉ではなく、ただの音だった。

 その音を聞いたエーレは、困ったように眉を下げると、その光を撫でるように手をあてる。



「そう悲しそうにするな。俺は大丈夫だ」



 彼が言ったとは思えない――あまりにも優しい声色。

 光はエーレの腕へと移動してその傷を癒やし、彼の周りを回るように浮遊した後、ユリウスの元へやってきた。


 ユリウスは両手を掬い手にして、それを受け入れる。

 光はそこに数秒とどまると、ふわりと耳元へと移動してきて、再び、澄んだ音色を奏でた。



「え」



 何を言っているのかは、わからなかった。


 人と同調したときに、流れてくる思考や感情のイメージとは違い、それはあまりにも大きな括りで言葉には出来ない――

 そんな漠然としたイメージだった。


 けれど、勘違いでなければ、解釈が大きく間違っていなければ……

 光の精霊は最後にユリウスに、こう耳打ちしたように聞こえた。


 決して一言では表現できないイメージ。

 あえて一言でいうとするなら。


 ――彼のことどうか……――



 そのあとに続くイメージをユリウスは言語化することは出来なかった。


「任せた」と言われたようにも聞こえたし、「助けて」と言われたようにも聞こえた。


 どちらにせよ、エーレをユリウスに託すといったニュアンスであったはずだ。

 その意図を推し測ろうと、しばらく頭を悩ませていると、前のエーレが踵を返した。


 まるで用は済んだと言わんばかりに、無言でさっさと来た道を引き返していく。


 ユリウスはそんな彼に気づき、一旦悩むのをやめるとその遠くなった背中を追いかけた。









 あてがわれた船室の部屋の前で、シュトルツと鉢合わせた。

 エーレは彼を認めると無言で、先ほど使ったナイフをその胸に押し付けた。



「ちょ、なんか一本足りないなと思ったら……エーレさんが持ってってったの?」


「管理の甘いお前が悪い。俺は港に着くまで引き籠るから、邪魔するなよ」



 エーレが消えた扉とシュトルツを交互に見たユリウス。

 シュトルツはナイフに目を落としたあと、こちらに視線を投げてきた。



「なんかあった?」


「色々聞きたいことがあるので、話せませんか?」



 ユリウスが隣の部屋を指すとシュトルツは一度、自分の部屋の方に戻って、小さなケースを持ち出してきた。

 二人で隣の部屋へ移動すると、リーベは在室していた。


 シュトルツは「ちょっと待って」と断りを入れると、ケースから布を取り出して机の前に座り、ナイフの手入れし始めた。

 リーベは一段目のベッドにいたから、ユリウスは右手の壁に設置されている――固定ベンチへと腰掛けることにする。



「エーレさん、シャツの上からザクっと、やったみたいだね。

 お気に入りのシャツだっただろうに。それにナイフも血をつけっぱなしで……誰が手入れすると思って……」



 シュトルツはナイフを布で拭いて、魔法まで行使しながら手入れを始めた。



「そんなに大事なナイフなんですか?」



 ナイフの一本や二本、彼らならすぐに買い換えられるだろうに。

 本を閉じたリーベが代わりに答えた。



「エーレが本にこだわるように、シュトルツは刀剣類にはうるさいんだ」



 なるほど、とユリウスは口の中で呟く。



「エーレさんのこだわりに比べれば、俺のなんて可愛いもんでしょ。

 武器は俺たちに欠かせないもんだし。それに比べて、エーレさんのこだわりは……」



 ナイフを勝手に持ち出されたことが、そんなに腹ただしいのか、珍しくシュトルツが苛立っているような口ぶりだ。



「本だけじゃないんですか?」


「エーレは色々と自分なりのこだわりが強いところがある。

 ところで、色々とあったんだろう?」



 リーベに促されたユリウスは頷き、まず今日あった一連のことを説明することにした。






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