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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
1章

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亜人の奴隷

湾港都市レネウスを発つため、貨物船に乗り合ったユリウスたち。

エーレ率いる2人の目的を知り、彼らと共にいくか、この先は一人で逃げるかを考えていた。

船酔いが酷いエーレを見かねたユリウスは、水の魔法――感覚の共有で、彼の船酔いを治す提案を持ちかける。

その度に断られるものの、ムキになってしつこく申し出てくるユリウスに、エーレは最終的に折れ、ユリウスは水魔法の応用を習得するのであった。

ほんの少しだけエーレと距離が近づいた気がしたユリウス。船は途中停泊するセラノへ到着する。



 





 翌日の夕刻。停泊する予定の王国、セラノに到着した。



 ユリウスたちは、セラノの港街に用はない。

 けれど、五日間船に缶詰状態だったため、港で気分転換をすることにした。


 港に降りる頃には、エーレは船酔いが再発していたようだったが、それも港に降り立つと、すぐに回復していた。


 夕刻ということで、四人は近くの大きな食事処に入り、夕食にした。


 船で寝泊まりは出来たものの、乗組員の邪魔になってはいけない。

 と、いうのは建前で、また狭い部屋に戻るのは息が詰まるという、全員の意見の一致から、港の宿屋に泊まることとなった。



 春の港は込み合っていたようで、いつもの部屋割りではなく、四人同じの大部屋しか空いていなかった。

 ユリウスとしては何の問題もなかった。エーレが少し機嫌を悪くしたことを除いては。




 船旅の疲れのせいかユリウスは早くに就寝した。

 翌日。港に降りたといっても、街を発つまでユリウスにやることはない。



 今後の身の振り方――彼らについていくか、王国についたら一人でいくか――を考えるということは頭の隅に常にあるが、四六時中そのことを考えていても埒が明かない。

 それに未だに答えは出そうにない、



 食事は宿屋に併設された食堂で用は足りる。

 街を見回りたいが、おそらく一人行動は許してくれないだろう。


 エーレに借りた本でも読むしかないか……

 そう諦めていたとき、シュトルツから誘いを受けた。



「素敵なお嬢さんでも、ひっかけにいこうぜ。

 俺がおこちゃまに、女性を口説くテクニックを教授してやろう」



 意気揚々と言ったシュトルツに、ユリウスは嫌な予感しか覚えず、リーベに視線を投げた。



「ほどほどにしておくんだぞ、シュトルツ」



 彼はシュトルツを止めることはせずに、それだけ言うとどこかへ行ってしまった。

 エーレはというと、朝からすでに姿はない。

 ユリウスは観念して、シュトルツに引っ張られるように、街へと繰り出すしかなかった。






 シュトルツは有言実行と言わんばかりに、街で好みの女性を見かけるたびに声をかけていく。

 ユリウスはそれから必死で逃れるようにして、遠目から見守っていた。



 シュトルツはたしかに外見はいい。

 背も高いし、顔だって整っている。

 声はエーレやリーベよりは少し高めではあるが、よく通る声で、明るく馴染みやすい印象を与えた。



 けれど、どうも掴みどころがなく、飄々としていて本心が読めない。

 気遣いは出来る。というか、思ったより周りをよく見ている。

 なのに、あえて空気を読まないことだってある。



 もう少し誠実に振舞えば女性は引く手は数多だろうに……

 ユリウスは何度目かに、振られて戻ってくるシュトルツを見て思った。



 女性は直観が鋭い。

 掴みどころのなく、軽やかな雰囲気の男性に惹かれる人も多いだろうが、シュトルツにはやはり、どこか危ない雰囲気を感じるのかもしれない。


 それにシュトルツが声をかけている女性は、全員そういった香りを敏感に嗅ぎ分ける、身持ちの固そうな女性ばかりだった。


 まるで、振られるために声をかけているようだ。



 一体、彼は何がしたいんだろう……



 遠目でぼんやり彼を見ながら、そんなことを思っていた。

 呆れながらもシュトルツを迎え入れようとした。

 その時だった――



 ユリウスの目の前を馬車が激しい勢いで通りすぎていった。

 馬車も通れる道幅の広い大通りではあったが、人が多く歩く通りでこんな勢いを出して、馬車が通るなんて非常識すぎる。


 そう思う暇もなく、咄嗟に後退して、尻もちをついた。

 通りの端にいたユリウスは路地裏に放り出され、お尻と背に衝撃を受けた。



 同時に真後ろから小さくか細い、驚愕の声が落ちてきた。

 ユリウスは衝撃に顔を顰めながらも、ぶつかってしまった人に謝ろうと、すぐに後ろを振り返る。


 けれど、視界に入った姿を見て、咄嗟に言葉が喉に引っかかった。




 標準より小さな体躯、頭の上に生えた人間ならざる獣の耳。

 瞳孔の開いた大きな瞳、五指から伸びた鋭い爪。



 ――亜人だ。



 それだけではない。

 首には鉄の首輪が嵌められ、両手足にも鉄の枷があった。


 足の枷は鎖が無残に引きちぎられていて、すでに枷としての機能を果たしていない。



「大丈夫か?」



 言葉を失って唖然としていたユリウスの後ろから、聞きなれた声がした。

 大きな影が落ちてくる。


 その声にハッとして振り返り、ユリウスが何かを言うよりも早く、シュトルツがその腕を掴み、ぐいっと引き上げた。

 次の瞬間、ユリウスは強引に表の通りへと、引きずり出される。



「ちょ、まって……!」



 冷静になって考えると、あれは亜人の奴隷だ。

 あの手足の枷を見るに、逃げ出してきたに違いない。



「待たないよ。君をこのまま好きにさせると、また厄介事に持ち込むに決まってる」



 シュトルツに掴まれた手は、いくら振りほどこうとしても無駄だった。

 体格差も力の差もありすぎる。

 随分な距離を引っ張られて、ようやくユリウスは解放された。



「どうして――」



 口から訴えがこぼれ出るが、シュトルツの言葉を思い出してぐっと飲み込む。


 ――逃げ出した亜人の奴隷。

 その逃亡をほう助したとして、厄介事にならないわけがない。

 セラノに停泊するのは三日だけだ。乗り遅れるわけにはいかない。



「さっき見たことは忘れることだね。亜人の奴隷なんて、珍しくもないでしょ」


「そんなの……実際、見たのは初めてだし」



 亜人の数は少ない。

 人間より身体的には優れているが、魔法――精霊と同調して生命力を行使する適正には乏しい種族だった。


 結果として人間に迫害され、森の中に隠れ住むか、こうして奴隷として人の街での暮らしを余儀なくされている。



 ユリウスは知識としては知っていた。けれど、実際に見るのは初めてであった。


 奴隷制度は勿論知っていたし、もともと王国では、奴隷制度が禁止されていたことだって知っている。

 帝国主権の政治に移行してからは、王国にも奴隷制度が復活したのだ。





 ユリウスは重りがつけられたように、心が沈んでいくのを感じた。

 もう街を出歩く気分ではない。


 そんなユリウスの心情を察してか、シュトルツはユリウスを率いて、さっさと宿屋に引き返した。



 宿の部屋には、誰もいなかった。

 ユリウスはベッドに体を投げ出して天井を仰ぐ。

 しばらくはシュトルツも在室していたが、思い出したように立ち上がって扉の方へと向かった。



「一人で出歩くなよ。部屋には結界を張っておくから、何かあったら、すぐわかるようになってるからね。

 とりあえず、頭冷やしておきなよ」



 すぐに扉の閉まる音が聞こえた。


 ユリウスの吐き出した長く重い溜息が、部屋に吸い込まれていく。

 今なら闇の精霊と同調できるのではないか、というくらい心は重い。



 あの時――シュトルツが来る前に声をかけることが出来ていたら、咄嗟に亜人の手を握って逃げられていたら……



 そんな考えが頭に過って、ユリウスは強く首を振る。


 そうしたとして何になる。

 ユリウス一人の力では、街から出ることだって難しいだろう。

 ユリウス自身も逃げている身であり、逃げ切れる自信もない。


 その上、逃げ出した亜人の奴隷が一緒ではすぐに捕まってしまうことは、目に見えている。



 湾港都市レネウスを出発していて、それほど時間も経っていないというのに、身に覚えのある無力感が、ユリウスの体を支配した。


 まるで重力が何倍にもなったみたいだった。

 体が重い。



 今後彼らについていくかどうかは別としても、今優先すべきは、目の前の衝動に動かされて無謀な真似をすることではない。


 出来るだけ、確実に皇帝の支配圏から逃れることであった。



 頭ではわかっている。

 わかっているのに、心を切り離して考えることが出来ない。



 どうしたら彼らのように――時には他人を、そして自分の感情を切り捨て、冷静に合理的に動くことができるのだろう。



 ――僕には彼らのことも、彼らの気持ちも到底理解できない。



 小さな絶望は少しずつ心に波紋を広げていき、そのうちユリウスは思考に溺れるように眠りに落ちた。






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