表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/204

水魔法の応用―感覚の共有

読んでいただきありがとうございました!

お気軽にリアクションや感想いただけたら嬉しいです!

頑張ります!

 




 食器を返し終わり、部屋に戻っても、することはない。

 何せ、ここは船の上だ。

 それに、今後のことを考えて、答えを出さなきゃいけない。


 ユリウスはそのまま甲板に向かうことにした。

 外は、昨夜の大雨が嘘だったように、晴れ渡っていた。

 見上げた先には真っ青な空に色んな形の雲が漂っている。見ているだけで楽しそうだ。



 昨日と同じ場所で、雲でも眺めながら考えよう――ユリウスがそちらへ目を向けると、そこには先客がいた。


 エーレだ。

 どこまで見ても青と白の景色に、全身真っ黒な彼の姿はよく目立つ。

 彼はレールに背中を預けて座っていた。



 先ほどのリーベの話を聞いた後のせいか、会うのはなんとなく避けたかったが、まさかここにいるとは思わなかった。

 一瞬の逡巡のうちに、彼がこちらを見て、しっかりを目が合ってしまう。踵を返して戻ることも憚られた。

 ユリウスは予定通り、船舷のほうへ行くことにした。

 二人分の間隔を開けて、バルレール越しに海の方を見る。



 ちらりとエーレの顔を見ると、やはり体調は悪そうだ。

 彼はこちらを見る様子も、何かを話そうとする様子もない。


 ユリウスは気まずくなって、何か話そうと口を開きかけたが、「黙っとけ。話すのも辛い」と先手を打たれてしまう。

 たしかに船酔いだと話すのも辛いだろうと、再び海の先を眺めることにした。

 その一瞬だった。



 ――時間が止まった。

 そんな衝撃が、ユリウスの頭のてっぺんから足の指先まで駆け抜けた。



 水平線、小さな無人島、空を駆ける白い鳥、雲の形。

 揺れる船の上で、隣にいるエーレのたった一言。



 それらまるごと全ての既視感。

 時間が切り取られたかと錯覚するほどに、あまりにも強烈な既視感(それ)に、ユリウスはしばらく焦点の合わない瞳で、海を見つめたまま止まった。



 ――昔、経験したことがあるような……見たことがあるような……



 今までも何度か、既視感を経験したことはあった。

 けれど今のは、そんなものとは比べ物にならない。衝撃の余韻にユリウスの思考は止まった。



 真っ白な頭の中、心の奥底で泡立ったものが、沸々と湧き上がってくる。

 酷く懐かしいと感じる、そんな感情。



 ――おかしい



 ユリウスが船に乗ることは初めてだった。

 甲板でエーレと居合わせることも初めてだ。



 今まで彼にぴしゃりと言い伏せられることは何度もあったし、ここから見える景色は昨日見たばかりだ。

 脳が錯覚し、それらを繋ぎ合わせて、既視感として作り出したのかもしれない。

 衝撃を収めようと、ユリウスが考え付く可能性で理論立ててみた。


 ――けれど。

 無意識に胸に当てていた手をぎゅっと握る。

 この胸が締め付けられるような郷愁の念は、あまりにも奇妙でうまく説明は出来ない。



 潮風がユリウスの頬を撫でていく。

 徐々にそんな感覚も感情も遠のいていった頃、隣のエーレが立ち上がった。

 風に当たりにきただけなのだろう。エーレの背にユリウスは声を投げた。



「大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃないっつったら、どうにかなんのかよ」



 いつにも増して不機嫌な返答に、ユリウスは一瞬慄いた。

 けれど、どうにも辛そうなエーレも見て、ユリウスはつい言葉にしてしまった。



「水の魔法……感覚の共有で、どうにかなりませんか?」



 水の魔法が人と人を同調させるものであり、感情や思考を共有することが出来るのなら、体の感覚も共有できるはずだ。

 リーベの問いに対するユリウスの答えがそれだった。



「お前に、それが出来ると思ってるのか?」



 怪訝そうに眉を寄せて振り向いた彼が言葉に、その答えが間違っていないと知った。

 しかし、ユリウスは押し黙った。


 ようやく人と同調できるようになったばかり。感情や思考の共有すらまともにしたことはない。

 たとえ可能性があってもエーレ相手に水の魔法を使えば、湾港都市(レネウス)でリーベに対したときの二の舞になるだろう。



「昨日、僕も酷い船酔いになったから辛さがわかりますし……

 まだまだ日にちはあるのに、そのままじゃ見てる僕も辛いから……」



 おずおずと紡いでみた言葉は、語尾が萎んでいった。

 そろりと目線だけ上げたユリウスに、エーレは嘆息を吐き捨てた。



「どうして俺のことでお前が辛くなるんだ。放っておけ。

 それにお前は、他に考えることがあるだろ」



 彼はそれだけ言うとさっさと踵を返して戻ってしまった。

 ユリウスはそれ以上何かを言うことは出来ず、その背を見送るしかなかった。



 背が扉の先へ消えたのを見て、再び海の方へと視線を投げる。

 王国のヴェリティア港に着くまで後、八日以内に答えを出さなければいけない。

 昨日の船酔いで、忘れかけていた。忘れたいと思っていたのかもしれない。



 エーレの言葉で無理やり現実に引き戻されたような感覚に、ユリウスは深い溜息を吐き出す。



 彼らと共にいくか、一人でこの先に行くかを決めておかないといけない。

 ユリウスには自分がどうしたかなんてわかっていなかった。先も見えない。


 思考と感情の糸――それらが絡まって、大きな塊を作っている。

 解く術は知らないし、そうする気力も根気も湧いてこない。



「僕は、なにをしたいんだろう……」



 長い間、皇帝の魔法によって思考を奪われていた。

 そんな実感が今更ながら湧き上がってくると共に、その皇帝の顔がユリウスの頭をよぎった。



 ――僕は、父上のこともほとんど知らないようなものだ。

 ただもう、絶対に戻りたくない。

 その気持ちだけが、確かなものだった。



 長く掠れたため息が、ユリウスの口から零れ、風がそれを攫っていく。


 風のように自由に、どこまでもいけたらいいのに――ユリウスは思った。

 渡り鳥のように大陸のその先へ。まだ見ぬ、新しい土地へ自由に行くことができれば……



 けれどユリウスの背中には羽は生えていないし、飛ぶことだってできない。

 答えを出そうと考えれば考えるほど、どうすればいいのかわからなくなっていく。


 ユリウスは空をぼんやりと見上げて、雲の形をなぞるだけだった。










 翌日も、そのさらに翌日も、同じ時間帯にエーレは甲板にいた。



 本来なら、本日中にはセラノの港に着く予定であったが、天候の関係で到着は明日の夕刻になるとの連絡があった。


 日に日に顔色が悪化していくエーレを見て、ユリウスは顔を合わせるたびに、水の魔法を使ってみる提案をした。

 昨日は言い終える前に却下され、今日も再び顔を合わせたからには、言わずにはいられなかった。



 三日連続の提案にエーレは深いため息をついて、うんざりしたように言った。



「お前も大概しつこいな。俺は水の力を向けられることが嫌いなんだ」



 そのことはリーベの口調からユリウスは察していた。けれど……



「レネウスの時は、大丈夫だったじゃないですか」



 群れの嵐(ホルデンシュトゥルム)――湾港都市(レネウス)で魔物の穢れを浄化した時、ユリウスは確かにエーレに水の魔法を行使したはずだ。

 あの時は反発も何もなかった。



「勘違いするな。あの時は状況も対象も違う。お前は俺の光の力に水を乗せただけだ。

 俺自身に向けたわけじゃない」



 そう言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。

 けれど、ユリウスにはその違いがはっきりとわからなかった。

 今思うとどうしてあの時、エーレはそんな指示をしたのだろうか。



「水は他の力に乗せると、それを増幅させる効果もある」


「そう考えると、使い方によっては、色んなことができるんですね」



 思考を先回りしたような彼の言葉にユリウスは納得する。

 他の属性魔法は、どんなことが出来るのだろう――


 夢想するように思考を巡らせようとした時、船が一度大きく揺れた。

 同時に隣でエーレが呻いたのが聞こえてそちらを見ると、彼は口に手を当てている。

 こんな状態で、何かあった時に対処できるのだろうか。



「意地張ってないで、試すだけ試させてください」



 咄嗟にユリウスの口からついて出た言葉に、エーレは強くユリウスを睨んだ。

 一瞬怯んだユリウスだったが、その視線から目を逸らさず受け止めると、エーレは諦めたように息を吐いた。



「勝手にしろ。言っておくが責任は取らないからな。

 受け入れたとしても、俺は無意識まで制御できるわけじゃない」



 ようやく得た承諾に、ユリウスは頷く。

 一度、深呼吸して早速、水の精霊と同調することにした。


 エーレの舌打ちが聞こえたような気がしたが、ユリウスは目を閉じて集中する。


 行使する水魔法の生命力が、エーレの生命力と触れ合うのを感じて、ユリウスは身構えた。

 リーベの時のような――それ以上の反発がくるのではないか。

 けれど、それは杞憂に終わった。


 ぐっと押し返されるような抵抗は感じた――その程度だったのだ。




 ――’’感覚の共有’’


 今のユリウスの正常な感覚をエーレに共有する。


 ぐらりと頭の芯が揺れる感覚が、ユリウスを襲った。

 感覚を共有するどころか、彼の感覚が流れ込んできたことに気づいた時には、もう遅かった。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
「上位の存在に水は使わない方が良い」ながら、エーレの体調を気遣ってどうにかしようとするユリウスの優しさが窺えますね…同じように、エーレはエーレで、ユリウスに気を使っているのかな。みんな結局は優しいんで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ