運命というものがあるのならば
エーレ、シュトルツ、リーベ。
彼らは結局、素性をほとんど明かさなかった。
王国の人間であるということ以外は何もわからない。
神の加護と権能を持ち、強大な権能に対して、加護枷という制約を抱えている。
制約によって、彼らは高い実力を持ちながらも、表立って動くことが出来ない。
歴史や記録に残るようなことをしてはいけない――そうシュトルツは言った。
それに反した時、代償が発生し、歴史が調整され、世界の人々の記憶が修正される。
神の権能がどんなものなのか、エーレが一身に背負うという代償とは何なのか。
大事なことは何も明かさなかった。
――俺たちの加護や加護枷がどうだとかは、お前が気にすることじゃない。
肝心なのはお前がこれからどうしたいかだ。利害が一致するなら俺たちといくし、そうでないなら俺たちは他の手段を探すだけだ――
エーレはそう言った。
彼の言葉通り、彼らの正体や加護、加護枷などは一旦保留にしておいて考えよう。
彼らはこの大陸にある――帝国、王国、聖国、その三国の在り方を変えようと動いている。
彼らには、それを成せる力があるのかもしれない。
実際、彼らの力は、ユリウスの見てきた誰よりも、飛びぬけている。
けれどそれも、制約によって、発揮することは出来ない?
いや、記録に残るような場面で使うと、湾港都市の時のように代償が発生するということなのかもしれない。
そのために、ユリウスの協力が必要である。
けれど、彼らはユリウスの意思に反してまで、連れて行こうとは思っていない。
ユリウスがどうしたいのか、それに任せると言った。
帝国の皇太子――ユリウスが、今のこの大陸の在り方に異議を唱え、反旗を翻す。
そういったシナリオを作ろうとしているのだろうか?
そのシナリオが、無事ハッピーエンドを迎える可能性はあるのだろうか。
まるで、夢物語を聞かされた気分だった。
ユリウスは現在、孤立無援の状態だ。
たとえ、強大な力を持つ彼らがいたとしても、この大陸全土を、相手取って戦うことなんて不可能だ。
彼らのことだから、何かしら策はあるのだとは思う。
もし……彼らと道を共にすることを、選んだのなら――きっと、血塗られた茨の道を進むことになる。
そしてそれは、進んでしまえば一歩も引き返すことは、出来ないに違いない。
容易に決断してしまえるほど、ユリウスは無謀でも浅慮でもなかった。
それにユリウスには、彼らと共に行くための動機がない。
動機。皇帝から逃げ切れないとわかっていて、それでも逃げる。
どれくらい先の話かはわからないけれど、連れ戻される未来が待っているに違いない。
そこから本当の自由を掴み取るなら、彼らの手を取るのも一つの選択では、あるのかもしれない。
――本当に? 他の方法は?
その両者どちらを選んでも、最悪の未来には’’死’’が待っている。
皇帝によって連れ戻されたとしても、あの城の地下で見た光景が、ユリウスの身に起こらない保証はない。
そして彼らと行くとなれば、常に生と死の狭間――命のやりとりが、日常に溶け込むだろう。
――利害に一致というけれど、僕は彼らを信用できるのだろうか?
彼らは、ユリウスの意思を尊重する発言をしている。
これまでもユリウスを助けてくれた。それは目的にユリウスの存在が必要であったから。
最後の最後まで、本当にそれは続くのだろうか?
もし利害が一致しないとなれば容易に切り捨てられ、その剣がユリウスに向けられないとは言えない。
では、彼らとは別の道を進むとしたら?
その先で、どこに向かって逃げて、何をすればいいのだろうか――
ユリウスは考えた。
けれど、何一つ思い浮かばない。
希望的観測を最大限に使ったとして、この大陸の中に、皇帝の目が届かない秘境の地があったとする。
あったとして、そこで一生、隠れ住むのか?
「どうしたらいいんだろう……」
気づけば、声に出ていた。
一寸先も見えない、霧の中を歩いているようだ。
どこに行くのが正しくて、どれが間違いなのかもわからない。
もしかしたら城を出た時点ですでに、それは間違いだったのかもしれない。
運命というものがあるなら。
僕はどうしたらいいのか、どうすべきなのか、何を選んだら正しいのか、教えてほしい。
道を指し示してほしい――
ユリウスは強く思った。
リーベが一段目のベッドに仰向けになり、二段目の床板を、ジッと見ているのが目に入った。
いっそのこと、もうこのまま、僕の意思なんて気にせずに、無理やり連れて行ってくれた方が楽かもしれないのに……
野望のため、利用できるかもしれない皇太子が目の前にいるのに、それでもユリウスの意思に任せると言った。
彼らの目的を鑑みるに、ユリウスのことを敵視していてもおかしくないはずの彼らが、だ。
ユリウスは帝国の皇太子という肩書は持つものの、まだ政治に関わっているわけではないし、王国に何かをしたわけではない。
王国の内乱の隙をついて、帝国が大陸の主権を握った。
王国は帝国に従属せざるを得ない状況になった。
それを知ってるだけだった。
それでも’’帝国の皇太子’’でもあった。
「どうして……」
今度は自分の意思で、問いかけるように言葉を紡いだ。
その言葉を、最後までいうべきか、わからなかった。
救いたい人がいる。
リーベとエーレの言葉を思い出す。
それが、彼らがそこまで突き動かすのだろうか?
ユリウスにはわからない。
そこまで大切に思った人なんて、今までいなかった。
聞いてもきっと、答えは返ってこない。
ただただ、思考の渦の中でユリウスは、リーベを見ていた。
「元を辿ると、私とエーレも利害の一致の関係だ」
突然、リーベが誰に向ける風でもなく、言葉をこぼした。
期待していなかった言葉に、ユリウスは驚き、耳を傾けた。
「私が助け出したい人と、エーレが助け出したい人が、同じだからだ」
「さっき帝国の手中にいるって言ってた人のことですか?」
リーベは、それに対しては、是とも非とも言わなかった。
「私はその人を助けられるなら、この国にも大陸にも未練はない。
どこか遠くに逃がして、もしかしたら、そこで幸せを見つけてくれるかもしれないと思っている。
だが、エーレはその人が自ら生まれ育った国で、幸せになること望んでいる。
勿論、それが全てでないのは、確かだが――」
リーベは嘆息をこぼして、右手で目を覆った。
「私たちが貴方に、伝えていないことは多い。
そのせいで、貴方が混乱していることも、よくわかっている。
けれど、私たちにもどうしたらいいのか、わからないことが多すぎる」
リーベは感情を表に出さない。必要なことだけを淡々と話す。
けれどもうユリウスは、リーベのことを冷たいとはもう思っていない。
今もこうして、悩んでいるユリウスに、リーベなりに言えることを伝えようとしているのだろう。
リーベの最後の言葉が、ユリウスの頭に幾度と響いた。
悩み、考えあぐねているのは、ユリウスだけではないのかもしれない。
彼らは、ユリウスに選択肢を与えようとしてくれているのだ。
不安定な立場のユリウスを、脅迫することだってできるはずなのに。
「ありがとうございます、リーベ」
ユリウスは立ち上がった。
「ちょっと僕、甲板に行ってみますね」
「部屋を出て右だ。あとは道なりに行けば、わかる」
リーベはユリウスを見ずに、そう言った。




