エーレが望んでいない
どちらをとっても危険が伴う選択肢を前に、
「わかりません」
そんな言葉が自然と、口をついて出た。
――わからない。
自分のことを自分で決めたことなんて、これまでなかった。
全部が全部、父である皇帝の言う通りに生きてきた。
城から飛び出せたのは、奇跡に近い――衝動に過ぎなかった。
ユリウスは重力に負けるように、気が付けばいつしか膝を見ていた。
頭は混乱するどころか、ぼんやりとしてきている。
「私たちが決められることではない。
貴方が自分で、しっかり考えて決めるしかない」
頭上から聞こえてきたリーベの声は、変わらず平坦なものだった。
「もし貴方が私たちと共にくるというのなら、私たちは全力で、貴方を守ると約束する。
だからこそ、エーレも代償を覚悟の上で、貴方を助けたんだ」
「代償?」
続けられた言葉の真意を問うべく、ユリウスは声のした方へと顔をあげた。
そういえば、さっきまで権能や、その制約の代償という話をしていたことを忘れていた。
制約に反すると代償が発生する――そう言っていたはずだ。
答えは視線を投げた右側から返ってきた。
「俺たちの権能がどんなものかは、ちょっと言えないんだけどさ。
その力が歴史を狂わせるとは言ったよね? だから俺たちは表立って動けないんだ。
つまりレネウスで、エーレさんがああやって、目立っちゃうと記録に残るでしょ?
まぁ、その基準は曖昧で、俺たちも把握しきれてないんだけど。
表立って、歴史や記録に残るようなことを、俺たちはしてはいけない」
声に釣られるまま、正面を見ると、シュトルツは僅かに眉を下げて、悲しそうな顔をした。
「それが制約の内容――それに反すると、代償が発生して、事実が修正される。
だから、俺たちは防衛に参加したがらなかった」
ユリウスはハッとした。
彼らは薄情な理由で、街を離れようとしたのではなかったのだ。
そこには、ちゃんと理由があった。
「その代償をエーレが一身に背負ってる。だから俺たちは、エーレの決定を一番に優先する」
「もしかして、群れの嵐の後に倒れたのって……
その代償って、なんなんですか?」
エーレが群れの嵐を退けたあとに、胸を押さえて、苦しみだした姿が蘇った。
けれど、シュトルツもリーベも首を振るだけだった。
「私たちが言えることは、全て言った。
それ以外の子細を教えることは、エーレが望んでいない」
"エーレが望んでいない"
彼ら個人よりも、優先される意思。
「どうして、教えてくれなかったんですか……
もっと、早くに言ってくれてたら……」
彼らの目的も背負っているものも、制約や代償もわかっていたら――
「あんな無謀な真似はしなかったって?」
シュトルツの声色には、非難が色濃く滲んでいて、ユリウスは思わず、身を引いてしまい、口を噤んだ。
「シュトルツ。非があるのはこちら側だ。当たるな」
すかさずリーベが厳しい口調で、そんなシュトルツを諫めた。
「悪い。つい……俺だって、エーレさんに辛い思いしてほしくなくてね。
イラついたのは俺自身になんだけどね。
もっと、どうにかできたんじゃないかって……まぁ、今更だけど」
「いえ、僕の方こそ……
わかっていても、わかっていなくても、あの時の僕の行動は無謀すぎるし、短慮すぎました……」
ユリウスはそう言いながら、項垂れた。
二人も沈黙してしまい、部屋は重い空気に包まれた。
数秒だったかもしれない。けれど、数分にも思えるような沈黙――それを破るように、部屋の扉が乱暴に開けられた。
「俺は反省会をしろっつって、そこ石を渡したんじゃねえぞ」
その先には、顔を真っ青にしたエーレがいた。
いつもの不機嫌そうな表情であるが、あまりに顔色が悪くて、覇気は感じられない。
咄嗟にシュトルツが駆け寄るが、エーレは犬でも追い払うように手を払った。
どこからどうやって、三人の会話をきいていたのだろうか。
ユリウスが口を開く前に、その答えをエーレが言った。
「石を通して聞いてりゃ、お前らは俺がいないと、建設的に話もできんのか」
なるほど、とユリウスは納得した。
全く仕組みはわからない。闇の力は未知数であることを知っただけだった。
エーレは余程、具合が悪いのだろう――憎まれ口を叩きながらも言葉は弱弱しい。
「え、すんごい建設的な会話だったよね? ね?
俺、すんごい頑張ったんだけど」
シュトルツが二人を交互に見ながら、賛同を求める。
確かに、彼にしてはよく説明してくれたと思う。
説明してくれはしたけれど、「エーレが望んでいない」ということで、詳しいことは聞けていない。
それが建設的な会話を妨げてる――と言ってしまうと、きっとエーレは気分を害するのだろう。
それでもやはり、彼らにしてみれば、かなり建設的な会話だったとも思う。
「とりあえずだ。もう一度言っておく。
俺たちは現状の大陸をひっくり返したい。そして帝国の手中にある、ある人を救い出したい。
この二つどちらが欠けても、俺たちの目的は達せられない。
だが、俺たちは表立って動けない。そのために、お前の協力が必要だ。
俺たちの加護や加護枷がどうだとかは、お前が気にすることじゃない。
肝心なのは、お前がこれからどうしたいかだ。
利害が一致するなら俺たちと行くし、そうでないなら、俺たちは他の手段を探すだけだ。
王国までいけば、お前を追う追手からも、しばらくは逃げられるだろう。
だからお前が決めろ。王国に着くまで、時間はやる」
エーレは一息に捲し立てるように言うと、さっさと部屋から出て行ってしまった。
その背を見送った三人は、再びしばらくの沈黙に包まれた。
扉の先を見つめていたシュトルツが、感心とも言えるような息と共に「いや~」と吐き出す。
「さすがエーレさん。’’建設的’’に要約だけして、戻っちゃったねぇ」
ユリウスは咄嗟にエーレが出て言った扉を見た。
彼の今の言葉をエーレが聞いていたら、拳が飛んできそうだ。
それにしても……
最初からエーレがこうやって、説明してくれたら早かったんじゃ……
ユリウスは、重いため息を吐きだした。
「まぁ、そういうことだから」
いつもの飄々とした口調と共に、シュトルツが立ち上がった。
「ちなみに目的地は、王国のヴェルティア。
その前にセラノで、一旦停まるみたいだから、ざっと見積もって、予定通りすすめば十日ってところかな。セラノでは三日間、停泊らしいし」
「ちょ……」
ユリウスの制止の声も空しく、シュトルツは「じゃ」と言って、そのまま部屋を出て行ってしまった。
それを見て、リーベは机の上においた黒い石を、懐に仕舞う。
「乗組員の邪魔にならない程度なら、出歩いてもいい。
セラノに着くまでは、特にやることもないから、好きなようにしたらいい」
そう言って、リーベはベッドに横になった。
――待って、本当に?
完全に、僕の意思に丸投げ?
いや、それは彼らにとっての最大の尊重なのかもしれない。けれど……
どうしたらいいかなんて、わからない。
正直、彼らについていくなんて、危険な選択肢を選び取るとのは、難しい話だった。
連れ戻される覚悟で逃げれるところまで、一人で逃げるか。
自由を求めて、謀反を起こすという茨の道を進むか。
ほんの少しでも、逃げ切れる可能性があるのなら、前者を選びたい。
それか他に第三の……もっと希望のある選択肢があれば……
彼らとの会話を整理する必要があった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
やっと少しだけ彼らの秘密が明らかになったのですが、これから話が少しずつ動いていきます!
少しでも気になると思っていただけたら、是非ブクマや☆をいただけたら嬉しいです!
欠かさず毎日更新していくのでよろしくお願いします!




