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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
1章

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26/204

加護と権能

昨日、投降したのがあんまりにもわかりにくかったので、投降しなおしました。

 




 四人が乗りあったのは、大きな貨物船だった。

 ダリアの手配で、特別に船室を提供してくれたらしい。



 レギオンは国を介して存在し、各大規模都市に支部を置いている。

 国に依存せず、独立した――準自治権を持つことを大陸で許された特例組織だ。

 そのレギオンで発行された銀板は、持つ者の身分を証明し、レギオンがそれを保証する。

 つまり、それさえあれば、国を渡ることは簡単だった。




 二人で一部屋を提供されたそこは、お世辞にも広いとは言えなかった。

 二段ベッドが正面奥にあり、その手前――左側には、小さな机と椅子。

 右側壁には固定ベンチが設置されている。それだけだった。


 部屋割りはエーレの希望で、エーレとシュトルツ、リーベとユリウスに分かれた。



 国を出るということは、王国に向かっているのだろう。

 けれど、船に乗って出ると言われただけで、ユリウスは彼らが、王国のどこに向かっているのかすら知らない。


 先ほどのダリアとの会話、群れの嵐(ホルデンシュトゥルム)の後の不思議な現象だってそうだ。

 彼らには、聞きたいことが、山ほどある。




 二組の部屋は隣だったため、ユリウスは荷物だけ下すと、すぐにエーレたちのいる部屋へと向かった。

 ノックをすると、すぐにシュトルツが扉を開けてくれた。


 ユリウスを認めたシュトルツはちらりと部屋の奥へと目配せした。

 その視線の先には――部屋に入って早々、荷物すら床に投げ出して、ベッドで寝る態勢入っているエーレがいた。


 その背は――顔でもついているのだろうか――入口からでもわかるほど、不機嫌を物語っている。



「いろいろ聞きたいのはわかるんだけど……そっちの部屋いこうか」



 困ったように肩を竦めて見せたシュトルツの提案に従い、部屋に戻ると、一段目のベッドに腰掛けたリーベが二人を迎えた。



「エーレはいつも通りか」



 いつも通りとは、どういうことなのか――机正面の固定ベンチに、腰掛けたシュトルツの、



「エーレは船酔いが酷くてね。基本的に、船は寝て過ごすと決めてるみたい」



 と言う言葉に、ユリウスは船酔いという存在をすっかり忘れていたことに気づいて、出かけた言葉は喉の奥へ引っ込んでいった。

 ユリウスは船に初めて乗る。確実に船酔いになるに違いない。



「酔い止めならあるが、飲むか?」



 察してくれたらしい――リーベが、鞄から薬を取り出してくれた錠剤をすぐに水で流し込んだユリウスは、僅かな安堵と共に、机の前の椅子に座ることにした。



「もし酔っても、数日で慣れると思うよ。酷い人は、かなり長引くみたいだけど」



 完全に、他人事のようなシュトルツは、すでに慣れているのだろう。そしてリーベも。

 船酔いにならなければいいと祈る思いで、机にコップを置いた後、小さな沈黙が漂った。


 その中で、リーベが音もなく立ち上がった。

 彼はポケットの中から、十センチ大の黒い石を取り出すと、ユリウスの背にある机へと置く。

 すぐに彼の微細な生命力を、ユリウスは感じ取った。



「で、何から聞きたいの?」



 そちらに気を取られていた時、正面のシュトルツが尋ねてきた。 

 まさか彼から切りだしてくるとは思っていなかったユリウスは、先ほどの石をちらりと見て、更にリーベへと視線を投げる。



「隠蔽の魔鉱石だ。外からこの部屋の会話は聞こえない」



 それだけ答えて再び沈黙を選んだ彼を見て、ユリウスは一度崩れた思考を慌てて、整えなおすことにした。

 。


 ――彼らに聞きたいことがありすぎる。



 先に浮かんだのは、彼らの素上ではなく、湾港都市(レネウス)での一件だった。

 



「聞きたいことは沢山あります。一つ目ですが。

 どうしてダリアさんが、群れの嵐(ホルデンシュトゥルム)の功労者になってたんですか?

 沢山のクランに人たちは、エーレさんが魔法を使って、穢れを浄化するところを見ていたはずです。

 まるで、何かに事実が塗り替えられているみたいで……正直気持ち悪いと思いました」



 給仕として働いている間――そこに所属するクランの人たちは、当たり前のようにダリアを褒め称えていた。


 まるで僕だけが、ほんの少しだけ、歴史が違う世界からやってきたような……

 気味の悪さと、世界の異物になったような小さな恐怖。



 ユリウスはそれを思い出して、小さく身震いした。



 正面のシュトルツが、リーベを見た。

 その視線を受けたリーベが、是とでも答えるように瞑目した。



「まず、そこからね。

 どこから話せばわかりやすいかなぁ。とりあえず君の認識は、間違っていない。

 本当の功労者はエーレで、おかしいのは周りなんだよね。

 まぁ、ダリアみたいな一部の加護持ちは除外されるけど」


「それはどういう……」



 シュトルツの言葉を聞いて、自然にそう口から漏れ出した時、何故かエーレの言葉が頭の中で鮮明に再生された。



 ――加護持ちは、天秤の調整――その修正力の影響を、受けないこともある――



「修正力?」


「そう、修正力。

 塗り替えられたみたいじゃなくて、実際、事実がその修正力で、書き換えられたんだ」


「そんなこと、どうやって……」



 当然のことを当然のように、淡々と告げたシュトルツの言葉に、ユリウスは唖然としてしまう。


 事実が塗り替えられる? そんなことあり得ない。

 人一人の記憶の操作くらいなら、もしかしたら可能かもしれない。

 けれど、これはそんな規模の話じゃなかった。


 困惑して、二の句が継げないでいたユリウス。

 その視界の左端に映ったリーベが、シュトルツに目配せしたのが見えた。

 シュトルツは、一拍置くように息と共に肩を落とすと、シャツに裾に手をかけて、胸の上まで捲りあげる。

 その行動の意味をユリウスは問う必要もなかった。



 すぐに目に入った――心臓の位置に浮かび上がっていたのは、大きな加護紋。



「俺たち三人は、神の加護とその権能の一部を持ってる」



 青く輝くそれは、どこかで見たような紋章だったけれど、思い出すことは出来なかった。



「加護とは名ばかりだが、権能を授かるにはまず加護が必要だ。

 私たちは、ある事情で、後天的に神から権能を授かった」



 リーベがそう言いながら、自分の胸の上に手を当てた。

 にわかには信じられてなかった。

 けれど、実際に今、この目で見たのは確かに神の加護紋に違いなかった。



「……権能?

 権能って、神の力ってことですか? そんなの聞いたことが……」



 神や精霊の加護なら、稀に聞く。

 その特性は永続的なもので、小さなものから大きなものまで、さまざまだ。


 けれど神の力――権能を授かった人なんて、記録にも残っていなければ、聞いたこともない。



「まぁ、信じられないかもしれないけど。

 とりあえず、一旦それを飲み込んでくれないと、話が続けられないからね」



 そう言いながらシュトルツは捲っていたシャツから手を放す。

 そこに浮かび上がっていたはずの加護紋は、本当にあったのか疑いたくなるほど、容易く見えなくなった。



「その権能で、書き換えたってことですか?」


「そうではない」



 すぐにリーベが否定し、シュトルツが継いだ。



「えーとね、この俺たちの権能が、歴史に干渉しすぎて、秩序を乱すって反対した他の神様がいてね。

 その神様が加護枷(かごか)ってのを、無理矢理与えてきたんだけど」


加護枷(かごか)……?」



 話が見えない。そしてあまりにも現実離れした内容に、気が付けば、わからない単語をなぞっていた。



「加護の枷と書いて、加護枷(かごか)

 つまり加護の反対――俺たちの権能に対しての制約なんだ。

 その制約に反すると、代償が発生して、同時に干渉しすぎた歴史が書き換えられるようになってる」



 神の加護と権能、加護枷(かごか)

 制約に代償――そして歴史の修正。


 ユリウスは、一度にやってきた情報に頭を混乱させた。



「待ってください。ちょっと理解が……

 わかりました。とりあえず、そういう人知を超えたものを、貴方たちは授かってる。

 レネウスでの不思議な件は、その影響だとして……」



 飲み込めたわけではない。

 けれど、信じてみないと何も始まらなかった。

 まだ聞きたいことは他にもある。



「貴方たちはどうして、その権能を持っていて、何をしようとしてるんですか?

 貴方たちは……一体、何者なんですか?」



 先に彼らの素上から聞くことにした。

 そこと合わせれば、理解が追い付くかもしれない。



 すると再び、二人は目を合わせた。

 シュトルツが渋るように唸る。なかなか口を開かない彼を見て、リーベが言った。



「私たちは王国の人間だ。それ以外のことは……出自も本名も明かせない。

 権能と加護枷を授かるようになった経緯も、それに追随するものだから、うまくは説明できない」



 彼らの名前が本名でないことは、知っていた。

 この大陸では聞いたことのない名前だったからだ。

 それだけではない――彼らの外見は全員、精霊との同調率の高さを表している。


 特にエーレは、世間で忌避される闇の本質を持ち、その力を制御下に置いて、使いこなしている。

 そんな人たちの名前を知らないはずがない。



「言えることといえば――」と彼は続けた。




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