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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
1章

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24/204

出航

 



 湾港都市(レネウス)を発つ早朝。

 ダリアは港まで、ユリウスたちの見送りにきてくれた。



「お世話になりました。あの子たちのこと、よろしくお願いします」


 

 感謝してもしきれない――そういう思いを胸に、ユリウスは深々と頭を下げた。



「こちらこそ、手伝ってくれてありがとう。そうだ、忘れないうちに」



 そう言ったダリアが渡してきた小さな皮袋を受け取った時、中を見なくても、それがお金であることをユリウスは気が付いた。

 彼は驚いて、すぐにそれをダリアへと押し返す。



「これは、あの子たちのために使ってください。そのために手伝ったんですから」



 受け取るわけにはいかない。

 このお金を受け取ってしまうと、もう合わせる顔がなくなってしまう。



「これは受け取るべきなのよ。貴方の勇敢な行動のおかげで、カロンが動いてくれたんだから」



 ユリウスはダリアの言葉を飲み込めず、隣を見るとエーレが顔を顰めていた。

 それを見てようやく、群れの嵐(ホルデンシュトゥルム)のことであると理解した。



 彼女は、ユリウスが魔物の群れの中に飛び込んだことも、エーレが魔物を浄化したことも、’’ちゃんと’’知ってるのだ。



「でもみんなは、ダリアさんが穢れを浄化した一番の功労者だって……何がどうなってるんですか?」



 その問いに、ダリアはゆるゆると首を横に振って、エーレを見る。



「わからないわ。私だって、びっくりしたのよ。

 いなかったはずの私が、帰ってくるなり英雄扱いだもの。

 だからカロンに聞いてみたんだけど……」



 彼女の様子から、どうやらエーレたちは彼女に何も言わなかったらしい。



「カロンなら知ってるでしょう?」 そう彼女が続けた。



 ダリアの強い視線を受けて、エーレは数瞬だけ沈黙すると、舌打ちを挟んで答えた。



「加護持ちは、天秤の調整――その修正力の影響を受けないこともある。

 お前の加護精霊は、よほどお前のことが気に入ってるらしいな」


「あら、私が加護持ちであること知ってたのね?」



 ダリアは、悪戯がバレた子供のような微笑みを浮かべた。



「お前だって、俺たちが訳ありだってことくらい、とっくに気づいた上で知らないふりしてだろう?」


「あら、なんのことかしら?」



 ユリウスにもわかるほど、下手な演技をしたダリアに、エーレは苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。


 ――なんの話をしてるのか、さっぱりわからない。


 加護持ちは知っている。

 稀に、神や精霊の加護を受けて、生まれてくる人がいるからだ。

 加護という名の下、授かる特性は、人それぞれではあるようだけれど。


 けれど、それ以外は話の流れが、全く読めない。

 ダリアとエーレの間で、忙しく視線を交互させていたユリウスに、彼女は微笑みかけた。



「あとでカロンから、ちゃんと教えてもらうことね。

 ね? カロンの皆さん」



 レギオンの人々を黙らせた、殺意に満ちた微笑みをエーレとその後ろにいる二人に、向けるダリア。

 なぜかそれにユリウスが身震いして、三人を見渡した。


 シュトルツは自分には関わりがない、と言わんばかりにそっぽ向き、リーベはさっさと船に乗り込んでいく様子が見えた。


 それにユリウスが苦笑していると、目の前に再び皮袋が差し出された。

 どうしたらいいかわからず、前を見たユリウスの手をダリアはそっと取ると、その上に皮袋を置く。


 ユリウスは今度ばかりは、それを拒絶することが出来なかった。

 一度頷いたダリアは、その場で佇まいを正し、ユリウスとエーレを順にゆっくりを見つめる。



「貴方たちがどこへ向かって、何をしようとしているのかは、わからないけれど」

 


 彼女が言葉を紡ぎ始めた時だった。

 光の粒子がどこからどもなく湧き出してきて、それは彼女の周りを踊るように舞いだした。



 「周りの皆が貴方たちを忘れても、私はいつまでも、ちゃんと覚えているわ。

  ――だからいつか、また顔を見せてね」


 

 言葉を重ねれば重ねるほどに、輝きを増していく粒子たち。

 彼女の感情に精霊が同調して、光となって顕現したのだろう――


 朝陽に照らされ、光を纏う彼女は、まるでこの場に舞い降りた美しい女神のように見えた。



 あまりの美しさに見惚れていたユリウスの隣で、エーレが肩の力を抜くように、息を吐き出す。

 そしてコートの内側からパンパンに張った大きな皮袋を取り出すと、ダリアへと乱暴に突き出した。



「最後に面倒を押し付けて悪いが、これで、貧民街のやつらの寝床と仕事を見つけてやってくれ。

 これが俺にできるけじめだ」



 ダリアは一瞬だけ目を見開いたものの、すぐにそれを受け取った。

 その隣でユリウスは、ダリア以上に唖然として、言葉を失ってしまった。



「この街のことは安心して任せて頂戴。また貴方たちがくるまでには、もっといい街にしておくわ」


「楽しみにしておく」



 それだけ言うと、エーレは感謝も別れの言葉もなしに、さっさと踵を返して、船へと乗り込んでいく。



「ダリア嬢、世話になったね」



 シュトルツもエーレのあとに続いた。

 ユリウスはハッと我に返り、もう一度、深く頭を下げた。



「またね、坊や」


「ダリアさんも、お元気で!」



 ユリウスは船に乗り込むまで、何度も振り返りながら、ダリアに手を振った。


 船が遠くまで離れ、彼女が小さくなっても、ユリウスは手を振ることをやめず、ダリアもまた、見えなくなるまで手を振っていてくれた。






ここまで読んでいただきありががとうございます。

湾港都市レネウス編終わりました。

上がりが遅い話だと思いますが、ここから少しずつ、エーレたちの謎も解き明かされていくので、辛抱強くお付き合いいただけると嬉しいです!

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成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
こんにちは りつるいラジオでコメントさせていただきました、なぎこです。 どんな小説なのか?という問いに対して「移動してる」とお答えいただきましたが……本当に移動してました! レネウスにたどり着いて一…
レネウス編完結まで拝読いたしました! 大部分がユリウスの一人称視点で描かれている点に感嘆しました。緊張、焦り、恐怖、困惑、安堵等々、ユリウスの忙しない感情とそれに連動する色彩や躍動など細かな情景描写…
ユリウスが受け取った言葉や行動の一つひとつが、彼のこれからの旅にとって大切な糧になるのだろうと感じました。 そしてダリアさんの存在が、物語に優しい光を添えていて、とても印象深かったです。 静かで美しい…
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