出航
湾港都市を発つ早朝。
ダリアは港まで、ユリウスたちの見送りにきてくれた。
「お世話になりました。あの子たちのこと、よろしくお願いします」
感謝してもしきれない――そういう思いを胸に、ユリウスは深々と頭を下げた。
「こちらこそ、手伝ってくれてありがとう。そうだ、忘れないうちに」
そう言ったダリアが渡してきた小さな皮袋を受け取った時、中を見なくても、それがお金であることをユリウスは気が付いた。
彼は驚いて、すぐにそれをダリアへと押し返す。
「これは、あの子たちのために使ってください。そのために手伝ったんですから」
受け取るわけにはいかない。
このお金を受け取ってしまうと、もう合わせる顔がなくなってしまう。
「これは受け取るべきなのよ。貴方の勇敢な行動のおかげで、カロンが動いてくれたんだから」
ユリウスはダリアの言葉を飲み込めず、隣を見るとエーレが顔を顰めていた。
それを見てようやく、群れの嵐のことであると理解した。
彼女は、ユリウスが魔物の群れの中に飛び込んだことも、エーレが魔物を浄化したことも、’’ちゃんと’’知ってるのだ。
「でもみんなは、ダリアさんが穢れを浄化した一番の功労者だって……何がどうなってるんですか?」
その問いに、ダリアはゆるゆると首を横に振って、エーレを見る。
「わからないわ。私だって、びっくりしたのよ。
いなかったはずの私が、帰ってくるなり英雄扱いだもの。
だからカロンに聞いてみたんだけど……」
彼女の様子から、どうやらエーレたちは彼女に何も言わなかったらしい。
「カロンなら知ってるでしょう?」 そう彼女が続けた。
ダリアの強い視線を受けて、エーレは数瞬だけ沈黙すると、舌打ちを挟んで答えた。
「加護持ちは、天秤の調整――その修正力の影響を受けないこともある。
お前の加護精霊は、よほどお前のことが気に入ってるらしいな」
「あら、私が加護持ちであること知ってたのね?」
ダリアは、悪戯がバレた子供のような微笑みを浮かべた。
「お前だって、俺たちが訳ありだってことくらい、とっくに気づいた上で知らないふりしてだろう?」
「あら、なんのことかしら?」
ユリウスにもわかるほど、下手な演技をしたダリアに、エーレは苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。
――なんの話をしてるのか、さっぱりわからない。
加護持ちは知っている。
稀に、神や精霊の加護を受けて、生まれてくる人がいるからだ。
加護という名の下、授かる特性は、人それぞれではあるようだけれど。
けれど、それ以外は話の流れが、全く読めない。
ダリアとエーレの間で、忙しく視線を交互させていたユリウスに、彼女は微笑みかけた。
「あとでカロンから、ちゃんと教えてもらうことね。
ね? カロンの皆さん」
レギオンの人々を黙らせた、殺意に満ちた微笑みをエーレとその後ろにいる二人に、向けるダリア。
なぜかそれにユリウスが身震いして、三人を見渡した。
シュトルツは自分には関わりがない、と言わんばかりにそっぽ向き、リーベはさっさと船に乗り込んでいく様子が見えた。
それにユリウスが苦笑していると、目の前に再び皮袋が差し出された。
どうしたらいいかわからず、前を見たユリウスの手をダリアはそっと取ると、その上に皮袋を置く。
ユリウスは今度ばかりは、それを拒絶することが出来なかった。
一度頷いたダリアは、その場で佇まいを正し、ユリウスとエーレを順にゆっくりを見つめる。
「貴方たちがどこへ向かって、何をしようとしているのかは、わからないけれど」
彼女が言葉を紡ぎ始めた時だった。
光の粒子がどこからどもなく湧き出してきて、それは彼女の周りを踊るように舞いだした。
「周りの皆が貴方たちを忘れても、私はいつまでも、ちゃんと覚えているわ。
――だからいつか、また顔を見せてね」
言葉を重ねれば重ねるほどに、輝きを増していく粒子たち。
彼女の感情に精霊が同調して、光となって顕現したのだろう――
朝陽に照らされ、光を纏う彼女は、まるでこの場に舞い降りた美しい女神のように見えた。
あまりの美しさに見惚れていたユリウスの隣で、エーレが肩の力を抜くように、息を吐き出す。
そしてコートの内側からパンパンに張った大きな皮袋を取り出すと、ダリアへと乱暴に突き出した。
「最後に面倒を押し付けて悪いが、これで、貧民街のやつらの寝床と仕事を見つけてやってくれ。
これが俺にできるけじめだ」
ダリアは一瞬だけ目を見開いたものの、すぐにそれを受け取った。
その隣でユリウスは、ダリア以上に唖然として、言葉を失ってしまった。
「この街のことは安心して任せて頂戴。また貴方たちがくるまでには、もっといい街にしておくわ」
「楽しみにしておく」
それだけ言うと、エーレは感謝も別れの言葉もなしに、さっさと踵を返して、船へと乗り込んでいく。
「ダリア嬢、世話になったね」
シュトルツもエーレのあとに続いた。
ユリウスはハッと我に返り、もう一度、深く頭を下げた。
「またね、坊や」
「ダリアさんも、お元気で!」
ユリウスは船に乗り込むまで、何度も振り返りながら、ダリアに手を振った。
船が遠くまで離れ、彼女が小さくなっても、ユリウスは手を振ることをやめず、ダリアもまた、見えなくなるまで手を振っていてくれた。
ここまで読んでいただきありががとうございます。
湾港都市レネウス編終わりました。
上がりが遅い話だと思いますが、ここから少しずつ、エーレたちの謎も解き明かされていくので、辛抱強くお付き合いいただけると嬉しいです!
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