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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

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エーレ誕生日番外「テミサ、二の日に贈る」

 


 宿屋の一室。机に向かっていたエーレの後方で、ノックがした。



「入れ」



 誰かであるかの確認はいらない。


 扉の開閉音と共に、聞き落とすほど小さな金属音が聞こえてきて、ふと壁にかけられた時計で、時刻を確認する。


 今しがた、アルテミス第一刻(零時)を過ぎたらしい。

 ……そうか、今日はテミサ、二の日か。



 彼はノートを閉じて立ち上がると、おもむろに振り返った。

 そこには、いつもは鞘袋に仕舞ってある両手剣を、腰に下げたシュトルツがいた。



 毎度毎度、こいつも飽きないな。


 口の中で呟きながらも、彼は椅子をしっかり直した後、シュトルツに向き合う。



 二メートルは離れない、そんな位置で姿勢を正した仲間は、鞘から丁寧に両手剣を抜いていき――

 剣先は斜め上、柄を左胸に当てる。そうして、数秒エーレを見つめた。


 綺麗に磨かれた剣腹がエーレを映す。彼は自らとシュトルツの顔を、視界に収めた。


 最初から最後まで、無駄のない洗練された動きを崩すことなく、剣を鞘に収めていった。

 そのひとつとして逃さないよう、注視する。


 数秒の沈黙後、エーレはおもむろに、右手の甲を差し出した。


 シュトルツは腰を屈めることなく、そこへ唇を近づける。

 そうしてやっと、彼は言った。



「エーレ、おめでとう」







 ◇◇◇







 その日、立ち寄った街の近くに滞在しているというトラヴィスを訪ねて、彼らは目印のある宿屋へ向かっていた。


 本来なら二日後に予定していたトラヴィスとの接触。しかしリーベを介して行われた伝達で、本日でないと都合がつかないと言われ、仕方なく今日にしたのだが。


 街は、大吹雪に見舞われていた。



「行きたくねぇ」



 珍しくぼやいたエーレに、ルシウスは首を傾げた。



「全員揃ってくるよう指示があったんですよね? 何かあるとか……?」



 嫌な予感を感じて、ちらりと隣のリーベを見たが、「ははー」と奇妙な笑い声が前から飛んできた。シュトルツだった。



「今日を指定してくるってことは、まぁそういうことだろうね。

 なんでトラヴィスが、エーレさんの誕生日知ってるのかは知らないけど」


「大方、ミレイユが言ったんだろう」



 リーベの推測に、エーレの舌打ちが飛ぶ。



「あいっつ……」



 ルシウスを置いてけぼりにして交わされた三者の会話。



「え! 聞いてないんですけど!」


「言ってないし?」



 思わず、大きな声で訴えると、シュトルツが軽く振り返った。



「エーレは祝われるのが、好きではないからな」



 そっと説明してきたリーベに、ルシウスは雪で染まっていく黒の背をじっと見つめる。



 どうしよう、誕生日プレゼント……

 エーレの好きなものなんて知らないし。


 いくつかエーレが好みそうなものを頭に浮かべてみる。


 そうして彼が、突然知ることとなった仲間の誕生日の贈り物を考えあぐねている間に、一行は目的の宿屋についてしまった。












 時刻指定の約束を取り付けていたため、取り次ぎはスムーズだった。


 隠し部屋に近づけば近づくほど、機嫌が悪くなっていくエーレを先頭に、扉を開けた先――

 まず、凍えた体を温める温風が流れ込んできた。


 次に鼻腔をつく料理の匂い。

 その料理が並べられている奥に、何故かあった衝立の後ろから、



「いらっしゃい~、少しまってねぇ~」



 引きつった声が聞こえてきた。


 いつもの彼の違和感しかない声はさておき、ルシウスは部屋の様子に感動した。



 この温風はどうなってるんだろう? 炎と風の魔鉱石だろうか?

 それにテーブルを埋め尽くしている料理と、真ん中にあるケーキ。

 どれも美味しそうだ。



「トラヴィス、仕事する気ある?」



 一方、それを見たシュトルツが言ったのは、そんな言葉だった。

 それに応える声はなく、しばらくした後、



「おまたせ~」 と、姿を現したトラヴィスは……


「エーレちゃん! 誕生日おめでと~!」



 リボンだ。胸に大きなリボン。腰辺りに見えているのも、きっとリボン。

 フリルの丈の短いスカート。腹部は空いていて、申し訳程度に紐が交差している。


 白を基調として、ピンクや黄色、端には黒の生地で彩られたフリルのドレスを着た、トラヴィスがいた。

 刈上げている頭にも、どうにか乗せたらしい小さな丸い帽子にもリボン。


 顎髭はそのまま。隆々とした筋肉が、室内灯に照らされて輝かしい。



 ルシウスは唖然として、空いた口が塞がらない。

 ただでさえ特異な彼のおかしな姿に、目は釘付けになってしまった。



「プレゼントは~」



 彼はスキップを踏むように軽い足取りでやってくると、



「わ・た・し!」



 語尾につけた見えないハートと共にウインクをする。

 その勢いのまま彼はエーレの手を取り、胸のリボンへ手を引き寄せた。



「胸のリボンと腰のリボンを引けば、あっという間に脱がせられるわよ。

 楽しい夜を過ごしましょ?」



 更にウインク。

 されるがままになっていたエーレが、大きなため息とともに首を沈めたことで、ルシウスはハッと我に帰ることができた。



「お前を脱がせて喜ぶやつがどこにいんだよ。仕事しろ」



 手を振りほどいた彼は、一度部屋を見渡した後、仕方ないという風にテーブルの前にある椅子に腰掛ける。


 ルシウスはそれを見ながら逡巡したのも束の間、乱雑に隣の椅子を示してきたエーレに従い、彼の隣の椅子を引いた。



「もぅっ、シャイなんだから。エーレちゃんは」



 エーレの態度がこれっぽっちも響いていない様子のトラヴィスは、何故か嬉しげに、衝立の前にあった椅子を引っ張り腰を下ろした。

 トラヴィスとの対面時、常に立って控えているリーベとシュトルツも、今回ばかりはテーブルの前に座った。



 そして、料理を頂く――ではなく。



「頼んでいた件どうなった?」



 テーブルに一切目を配らないエーレの言葉に、トラヴィスは一度肩を竦める。



「そのことなんだけど」



 ふと落とされた声色。鮮やかなフリルのドレスとリボン。その上で昏く光った瞳に、ルシウスは現実感を失いそうになった。










 情報のやり取りが、交わされ終わる。

 ルシウスの頭にはほとんど会話は残っていなかった。


 ひきつった声色で繰り出される真剣な話。

 その上、たまに挟み込まれるウインクと、女性的な仕草。ドレスが普段より、彼を異様な形で引き立てていた。



 情報よりもそちらに意識を奪われるばかり。

 その中で仲間はそういうものだと受け入れてるのか、誰一人として普段と変わらない様子だった。


 彼らは、食べ物どころか、飲み物にも手を伸ばさない。あのシュトルツすらもそうだった。



 そしてやりとりが終わるや否や。



「戻るぞ」 エーレが立ちあがる。


「え!」



 ルシウスは信じられない気持ちで、彼を見た。



「あら、こーんなご馳走を前にして行っちゃうなんて」



 ヴィクちゃん寂しい~、と腰をくねって見せたトラヴィス。



「あのな、余計なことするな」



 眉を寄せてそちらを見たエーレに、トラヴィスはウインクで返答。



「本当に余計なことかしら? 私は祝われていった方がいいと思うわよ?」



 一瞬、トラヴィスの声色が変わった。ほんの少しだ。引きつった声の中に、妙な芯がある声。

 それを知ったエーレが怪訝そうに、テーブルを眺める。



「いいじゃないですか、エーレ。ここまで用意してくれてるんですし」



 中立中庸を崩さない男が、わざわざここまで用意したのだ。意図はわからないが、祝う気持ちも確かにあるのだろう。

 それを邪険にするのはよくない。



「今回だけだからな」



 うんざりしたようなため息をついた彼は、椅子に座りなおした。



「シャイなエーレちゃんが嫌だって言ったら、リボンを引いてもらおうと思ってたのに」



 うふんと、しっかり口で言ったトラヴィスに、一同は苦笑する。



「毒なんて入ってないわよ」



 早速飲み物を新しく用意し始めた彼の一言に、「知ってる」とエーレは即座に返答していた。

 その彼が紅茶を飲んだ瞬間のことだった。



 シュトルツが喜々としてフォークを取る。皿に肉と野菜をとりわけ、すぐにエーレに渡した。



 そこからはいつもの彼だった。素早すぎる動作で好きなだけ皿に乗せると、シャンパンと交互に肉を口に流し込んでいく。


 詰め込み、数回噛んで、シャンパンを飲む。ゴクリ、と嫌な音が聞こえてきて、ルシウスは口端を引きつらせた。



「シュトちゃん、いい食べっぷりよぉ、素敵だわ~」



 その様子に見惚れたようなトラヴィスが、両手のひらを胸で合わせる。



「てめぇはもう少し警戒しろ」



 苦言を呈しながらも、シュトルツが取り分けた分だけは、しっかり食べていくエーレ。

 ルシウスとリーベは目を合わせて、ようやくフォークを手に取った。










「そのドレス……素敵ですね……」



 料理には手をつけず、シャンパンだけ飲んでいたトラヴィスへ、ルシウスが遠慮げにいった。

 ドレスは素敵だ。



「見る目があるわね。本当は特注したかったんだけど、時間がなかったのよ~」



 むしろその体に合うドレスをよく見つけてきたものだ。

 ルシウスは感心しながらも、返答に困り果て、乾いた愛想笑いを飛ばした。



「この料理はどうしたんだ?」



 さっとナフキンで口をふいたリーベが尋ねた。



「それは勿論、首都の有名な料理人に用意させたわ」


「なるほど」



 リーベは納得いったように頷く。



「お口に合ったようね?」


「というか、トラヴィス。やりすぎでしょ。腹の底が怖いんだけど」



 料理をあらかた食い尽くしたシュトルツが、シャンパンを一気に呷る。


 同じくして、たった数口で終わりそうな料理をようやく食べ終えたエーレのために、彼は中央の丸いケーキを切り分けていった。



 この季節に美味しい、いちごが沢山乗ったケーキだ。


 果物は高価だし、この甘味も基本的に高価。その上、腕のいい料理人に作らせたんだから、このケーキひとつでいくらしたのだろう。



 ルシウスはナイフが入れられていくケーキを注視しながら、そんなことを考えていた。


 その時――



「ん?」 シュトルツが途中まで入れたナイフで、ケーキを少し横に広げる。



 それを見たエーレが皿ごとケーキを手前に寄せ、新しいフォークでケーキから取り出したのは、小さな紙片だった。


 彼はトラヴィスを一瞥して、紙片を開く。そして、小さく息を吐いた。



 その手元を覗き込んだルシウスは、そこに書かれてあることに、目を見開いた。

 情報だ。それもあまりにも重要な情報。



「気に入ってくれたかしら? 私からの贈り物は」



 エーレは紙片をシュトルツに渡し、二人が確認したあと「燃やせ」と指示する。

 紙片があっという間に、灰に変わったのを見届けたエーレの苦笑が、トラヴィスに向けられた。



「こんな手の込んだことまでして、そんなに祝いたかったのか?」



 明らかな呆れと皮肉の混じった言葉をけ受けても、トラヴィスはにっこりと微笑むばかりか、ウインクで応えてみせた。



「当たり前じゃない。大切なエーレちゃんだもの」


「毎回言ってるが、寝言は寝て言ってくれ」



 いつもと同じあしらうようなぶっきら棒な返答。


 シャイ。ルシウスはトラヴィスの言葉を思い出す。

 物は言いようで、なんだか今日は、ルシウスにもそう見えた気がした。









 トラヴィスは最後まで、エーレにリボンを引っ張るよう詰め寄っていた。彼は始終素っ気なくそれを躱し――その帰り道。


 リーベがふと、懐から縦長の箱をエーレに投げた。

 背に投げられたはずのエーレは、振り返りざまに受け取ると、怪訝そうに彼を見る。



「お前の欲しいものなんて私の知ったところではないから、実用的なものにしておいた」


「毎回毎回、お前も律儀なやつだな」



 中はループタイだった。茶色に黄色の線が入った鉱石が嵌めこまれてある。


 土の魔鉱石だ。

 エーレに結界は必要ないだろうし、なんだろう。


 という思考も一瞬で過ぎ去り、



「ああ! 僕、用意してないんですけど!」



 行く道に考えていたことを思い出す。



「いらねぇよ。気持ちだけ受け取っておく」



 こつん、と箱で頭を軽く叩かれた彼は、すでに踵を返していたエーレの背を不満そうに見つめ、それでも贈り物を考えることにした。



「そういえば、シュトルツはエーレに何か贈ったんですか?」



 あのシュトルツだ。ないわけがない。しかし――



「え? 俺は何も?」



 当たり前のように、そう返された。



「え……あのシュトルツが!?」



 エーレの誕生日だというのに、騒がないどころか、プレゼントすら贈っていない?



「だって、ほら。必要ないでしょ? 夜のうちに、おめでとうは言ったよ」



 ね? とエーレの顔を覗き込んだ彼。



「どうなってるんですか……?」



 信じられない事実に見開いたままの瞳を、自然とリーベに向けた。



「そういえば祝いの言葉はいってなかったな。まぁ、今更だ。」



 彼はさも面倒くさそうにつぶやいたあと、ルシウスの視線を受けて、失笑する。



「あの男には、あの男にしかわからない祝い方があるんだろう」


「そう……ですか」



 それでどうにか無理やり飲み込んだルシウスは、三度、エーレのプレゼントを考え始める。



「そういえば、近日。アリレオ・シアの新刊が発売されるらしい」


「それだ!」



 答えの出たルシウスはエーレの背へと駆ける。

 言い忘れていたのだ。



「エーレ! 誕生日おめでとうございます!」



 後ろを一瞥してきた彼は、小さなため息と共に「ああ」と、返しただけだった。





 結局ルシウスは、発売日に新刊を買って、エーレへ贈った。


 それまでの数日間、シュトルツの祝い方とやらを本人に尋ねてみたが、「そんなものないけど」と嬉しそうにニヤけながら、はぐらかされるばかりだった。


 まぁ、いいか。

 アリレオ・シアの新刊を、早速読み始めたエーレに、ルシウスは満足を覚える。


 シュトルツも、トラヴィスも、彼らなりの祝い方があったのだろう。


 彼は、数日前の奇妙な祝いを思い返して、思わず笑いをこぼした。






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