変容を導く踏音
城の中へ入るまで、一行は無言だった。
大広間に行くだけでも随分歩く。途中、一段と豪奢な廊下に差し掛かった時、シュトルツがゆるやかに首を回しながら、ため息らしきものを吐き出した。
見慣れない彼の仕草を見たルシウスは、ここは彼らにとって過去の景色であることを思い出す。
「懐かしいねえ」
ぽつりと呟かれたそれを、すぐさまエーレの咳払いが遮った。
後ろ姿で表情こそ見えなかったが、何故か目だけで隣のシュトルツを睨んだエーレの顔が鮮明に見えた気がした。
「さっさと切り替えろ」
控えめだが、圧のある声色に、「へいへーい」と軽やかな返答が廊下に飛び交う。
二人の相変わらずの様子に――何故かルシウスは安心感を覚えた。
ふっと自然と肩から力が抜けた時、先頭からエリオットの楽しそうな笑い声が続く。
「君たちは仲がいいんだね。羨ましい限りだ」
彼のそんな誉め言葉にルシウスは苦笑する。
その先で大広間に繋がると思われる大きな扉が見えてきた。
改めて一行を目だけで確認したルシウス。
彼らは、コンラート邸で見せた気品らしきものを、いつもと同じようにうまく隠している。
しかし、レギオンで身に着けたという粗雑さは健在だった。
まぁ、彼らのことだからどうにかするのだろう。
不安は完全には拭えなかったものの、そんな根拠のない確信もある。
それよりも自分のことだった。彼らがいくらうまく振る舞ったところで、ルシウスが何かヘマをしてしまうと護衛どころではなくなる可能性だってある。
扉が目の前に迫ってきて、両隣にいた騎士たちがエリオットとこちらを確認してきた。
今日の僕はヴァルハイド家に仕える騎士。今日の任務は前の三人を守ること。
自分に言い聞かせるように口の中で呟いたルシウスの脳裏に、ふとアルフォンスの立ち姿が蘇る。
ずっと隣でアルフォンスを見てきたじゃないか。
そう、アルフォンスが僕にしてくれていたことを真似するだけだ。
ルシウスが背筋を伸ばしたとき、両端にいた騎士によって大きな扉が開かれた。
途端、肌をざわつかせるような空気感がすぐに伝わってきた。
同時に室内の空気の流れと匂い、何度経験しても慣れない貴族特有の雰囲気。そして、一度に集められた人々の視線。
ルシウスは小さく呑んだ息を肺に落とした。
だが――それも一瞬だった。
大広間へ一歩踏み出したエーレとシュトルツの姿に、ルシウスは目を奪われた。
前を行く二人の姿が変わった。
いや、違う。外見が変わったわけではない。
先ほどまで身に纏っていたこの場にそぐわない異様さは、大広間へ一歩踏み出した途端、まるで初めからなかったように消えていた。
代わりに、この場には不釣り合いな空気感を漂わせた、平民の研究者としての彼らがいた。
あまりの身代わりの速さにルシウスは緊張なんて忘れてしまい、自然と隣のリーベを見る。
彼は前を見据えたまま、凛とした佇まいで応えた。
「私たちも無駄に長く生きてきたわけではない。心配することは何もない」
隣にいる彼から漂う雰囲気も普段のそれとは似ていて確実に違っていた。
普段纏っている冷たく刺すような異様さは、主に忠誠を誓う騎士そのもののように、一片の隙もない凛々しく堅い雰囲気へと変容している。
その姿が再び、アルフォンスを想起させる。
ルシウスは彼らの様子に、心強さでいっぱいになった。
いつもびっくりするようなことを当たり前にやってのけてしまう彼ら。
まさかこんな特技があったなんて……
先頭を歩くエリオットもさすが辺境伯の生まれなのか。注がれる視線を受けても、全く気にも留めていない様子で大広間を進んでいく。
彼らが足を止めたのは、少し壁際寄りの円卓の近くだった。
すぐさま隣のリーベが、エリオットの一歩後ろへと進み出だ。気を抜いていたルシウスは、さっと佇まいを直して逆側――シュトルツの隣から一歩下がった位置についた。
テーブルにはすでに前菜が並べられていて、侍従たちがグラスやワインの用意をしている最中だった。
その隙間を縫うようにして、早速と言わんばかりにエリオットを訪ねてきた貴族がいた。
会話が交わされ始めたを見ていた時――
耳につけていた伝達の魔鉱石から、頭の痛くなるような厳しい伝達が送られてきた。
『貴族の生命力を見とけよ。おかしなやつがいたら、どんなやつかリーベにひとりひとり報告しとけ』
エーレの伝達に、ハッとルシウスは交流会へやってきたもう一つの目的を思い出す。
そうだった。
支配魔法の影響がどこまで蔓延っているのかの調査。
水の本質を色濃く持つルシウスになら、見分けがつくのではないかという彼らの推察だった。
支配魔法を皇帝が直接かけているのか、何かしらの方法によって、間接的にかけているのかはわかっていない。
しかし彼らは、王国にまでその影が確実に潜んでいるという確信を持っていた。
どうやってそれを可能にしているのかの方法はわからずとも、範囲くらいなら絞れる。
護衛騎士を務めるためにも、貴族の動向をしっかりと観察しなければいけない。
ルシウスは短い応答だけして、エリオットと会話をしている貴族を注視することにした。
エリオットと同年代に見える、柔らかそうな雰囲気の男性。
勿論顔は知らないが、真っ先に声をかけてきたのと交わされる会話を聞いている限りでは、それなりに親交があるように見えた。
しかしその男性からは、特に何といって変わった生命力は感じない。
水の生命力――支配の影響を中和することと、それを見抜くことではまた勝手が違いすぎる。
ただでさえ、一か月ほど前に生命力感知を身に着けたばかりなのだ。
ルシウスは新たな不安を胸に抱きながら、一度ぐるりと視線を回した先で――シュトルツと目が合った。何故か彼は、少しだけこちらへ振り返っていた。
『もしテオドールが来たら、俺は席を外すからねぇ。卿とは接点がないみたいだから、大丈夫だとは思うけど。あいつだと生命力で俺だと勘づかれてもおかしくないから』
伝達の感じはいつも通りすぎて、今こちらを見ているシュトルツから発せられるとは思えない。
普段の彼と何が変わった影響で、そう見えるのかはわからなかった。
いつもの軽やかさはなく、だからといって普段のエーレのような泰然とした落ち着きがあるものでもなかった。一本の線が通ったような立ち姿は固く、どこか地に足がついてないようにも見えた。そのせいか、広いはずの肩幅が、普段よりいつもより随分狭く映る。
その解離に呆気にとられ、二拍も三拍も遅れて頷いたルシウスの耳に、扉が閉まる大きな音が届いた。
「ああ、そろそろ始まるみたいだね」
すぐに聞こえてきたエリオットの声、その場に空気感が一気に変わったのが――同時だった。
※お詫び
前回の「偽りは黄昏に染まりて」にて、手袋の描写を見落としておりました。二行ではありますが、加筆しております!




