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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
1章

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21/204

浄化

 




 火を血と剣戟だけが漂っていた闇の中。

 煌めく氷片を背負って、細身の剣を下げた男が視界を埋めた。

 ――エーレだ。




 呆然としたユリウスが口を開く暇もなく、魔物がどんどん集まってくる。

 エーレの舌打ちが聞こえてきた。



「立て、さっさと終わらせるぞ」



 彼はこちらへ一瞥もくれることなく。剣を地面に突き刺した。

 その瞬間――剣先から凄まじい勢いで、地面に氷が広がっていった。


 数えきれないほどの魔物。そのすべての足元まで、それが行き渡るや否や、地面の氷が砕けて空へと舞い上がった。

 その幻想的な景色の中で、魔物が悲鳴もなく、どんどん倒れていく。



 氷の本質は断絶――



 ユリウスはその光景を見て、瞬時に理解した。

 魔物に侵食した穢れを、切り離したのだ。



 魔物から切り離された穢れ――器がなくなったそれは、黒い靄の塊となって宙に彷徨い始める。

 それらは集まっていき、やがて大きな塊と化した。

 どうにか立ち上がったユリウスは、見上げた空にあるその禍々しさに、言葉を失う。

 街一つを飲み込んでしまいそうな、巨大な穢れの塊だ。



「おい、俺の力だと浄化しきれない。お前の力を貸せ」



 やっとこちらを一瞥した彼は険しい顔で穢れを睨みつける。ユリウスは戸惑った。



「貸すっていったって、どうやって……」


「水の力しかねぇだろ。時間がねぇ。俺の浄化に合わせて、とりあえず同調しろ。

 穢れを払うことだけを考えるんだ。

 なんでもいい。とりあえず一番強く、描けるものをイメージしろ」



 言い切るよりも早く。エーレから力の波動を感じた。



「安心しろ、お前ならできる」



 背を向けた彼の強く、確信の籠った言葉。

 それがユリウスを勇気づけた。



 やるしかない――



 すでに行使され始めた光の波動。漂い始めた光の粒子を見て、ユリウスは水の魔法を発動した。

 光の魔法に水の魔法を。浄化の力に共感する。

 エーレの生命力に自らの生命力が触れた時――そこから、何かがユリウスに流れ込んできた。



 温かく優しい、けれど同時に、あまりにも不安定で不安にも似た感情。

 流れ込んできたものに、ユリウスはつい、引っ張られてしまいそうになる。



 エーレは自分の力が足りないと言った。

 彼が浄化の力を使うには、同調率が足りず不安定なのだ。


 釣られて泡立ち始めた不安を、ユリウスは大きく首を振って追い払った。

 エーレが不安定なら、その分自分が強くイメージするしかない。


 強く、強く。もっと強く。

 一心不乱だった。

 やり方があっているなんてわからない。それでも全ての生命力を練り上げて、エーレの力に、水の魔法を乗せた。

 自我を失くし、堕ちてしまった精霊たちに寄り添い、慰め、安からな眠りについてもらうことをイメージする。



 浄化された穢れは世界に還り、再び精霊として生まれるのだと聞いた。

 いつか、この世界のすべての人間たちも、世界に還る。



 そう――世界という、海の中の一滴になる。



 大きな流れにたゆたい、陽の光を浴びて、世界のすべてが愛おしく幸せに感じるように。


 ユリウスは、この二日で経験したことを強くイメージし続けた。

 全てに疲弊し、絶望した精霊たちにあの多幸感を感じてほしい。


 今しばらくは、それを抱いて安らかに――



 光の粒子が穢れの上に集まり、徐々に青みを帯びていく。


 それは、まるで花を咲かせたように弾けて舞い降ると、光を浴びた穢れは、少しずつ溶けるように散り散りになっていった。


 無数の黒い穢れが、青白い光と戯れながら空の中を浮遊する。

 相対する二つは、高く高く舞い上がり、やがてどこかへと消えるように去っていった。



 それを見送り、残った青い光が、地上へ降り注いできた。

 光は、水滴にも青白い葉のようにも見えた。同時にどこかから、光が揺れるようなきらきらとした音が聞こえてきた。

 降り注いだ魔法は、血に濡れた大地を癒し、緑を蘇らせていく。



 ユリウスはその光景に、しばらく見惚れていた。



「騒ぎになる前に、戻るぞ」



 その声にハッと我に返ったユリウスは、目の前に倒れている母犬を抱き起そうとした。

 同時に、踵を返したエーレの方から、大きな音がして、ユリウスは振り返る。

 そこには――膝をつき、苦しそうに胸を押さえるエーレの姿があった。



「エーレさん!」



 ユリウスは咄嗟に駆け寄り、彼を支えようと肩に手を伸ばしたが――



「触るな!」



 手がその肩に触れる直前、彼が声を荒げた。



「問題ない」



 よろめき立ち上がったエーレに、ユリウスは伸ばした手を彷徨わせて困惑した。

 苦しそうに胸を押さえたまま、肩で息をする彼は、どうみても大丈夫そうではない。

 そこにエーレを呼ぶ声があった。前方にはこちらへと駆けてきているシュトルツ。



 近くまでやってきた彼を認めた瞬間――エーレは糸が切れたように、意識を失ってしまった。

 その体をシュトルツが、受け止める。

 シュトルツは深刻そうな表情で、ユリウスとその後ろの母犬を見たあと、エーレを担ぎ上げた。



「ワンコ回収するんだろ?」


「あ、はい。でも……」


「いいから、早くいっておいで」



 そう促され、ユリウスは母犬に駆け寄り、抱き上げる。

 痩せ細っているのは変わらないが、息は安定しているのを知って、ホッと胸をなでおろした。

 すぐに合流すると、シュトルツは無言で歩き出した。



 その背は、哀愁と怒りを宿しているように見えた。

 彼の無言の語りかけに、ユリウスは何も言うことが出来なかった。




 門の前には、リーベが待機していた。

 シュトルツに担がれたエーレを見ると、彼もシュトルツと同じ反応を見せた。



「数日は起きそうにないな。どうする?」


「船が予定通り出るなら、出ておいたほうが、あとで怒られないだろうけど……」



 シュトルツは、ちらりと母犬を抱いたユリウスを見て、嘆息をこぼした。



「あとでエーレさんに、仲良く怒鳴られますか」



 配慮してくれたのだろう。

 たとえ今日中に出航できるとしても、ユリウスはそんな気分にはなれなかったし、母犬もこのまま放ってはおけなかった。

 さっさと歩き出した二人の後を追って、ユリウスは宿に戻った。




 エーレの目が覚めるまで、しばらく街に留まることになった。

 責任を感じたユリウスは、エーレの看病を申し出たが、シュトルツにすげなく断られた。



「エーレのお世話は、俺の役目だから」



 いつもの口調ではあったが、断固とした拒絶の意思を感じて、それ以上は引き下がることは出来なかった。




 翌朝ユリウスは、目を覚ました母犬へと食べ物を与えて、すぐに子供の元へ帰らせることにした。

 それから半日と経たずして、ダリアもレギオンへ帰ってきた。

 知らせを受けて、予定を繰り上げ早々に帰ってきたらしい。




 そのダリアを捕まえて、ユリウスは一つ、お願いすることにした。








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成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
「あとで二人で仲良くエーレさんに怒鳴られようか」→シュトルツの優しさが滲み出ていてなんだかほっこりする…。
エーレさんやっぱかっこいいですね〜 そしてお世話するシュトルツっっっ!!! ユリウスはユリウスらしく頑張ってましたね偉いぞ〜
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