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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

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207/233

番外編「願いの揺れる空の下」

孤児院編で出てきたお祭りのお話です!

 


「すごい! お祭りってこんな感じなんですね!」



 エーベルシュタイン王国首都――エルディナでは、祭りが開かれていた。

 収穫祈願祭から派生したこの祭りは、二日二晩続くらしい。

 初めて祭りというものを間近で見たルシウスは、始終感嘆の声を漏らしていた。



「なんで俺がこんなところに来なきゃなんねぇんだよ」



 七月(レウキアス)二十六の日。

 明け方から始まっていた祭りに駆り出されたラクナ一行。

 エーレはルシウスの数歩後ろを歩きながら、先ほどから愚痴を漏らしていた。



「まぁ、いいじゃん。たまには息抜きも大事っしょ。全部ミレイユの奢りらしいし」



 すでにエールの入った紙コップを持ったシュトルツはご機嫌だ。




 事の発端は、ミレイユからラクナへの指名依頼だった。

 何度でも言うが、エーレは指名依頼を基本的に受け付けない。

 今回の祭り、ミレイユが聖女として参加するのは明日だったらしく、髪の染色剤を届けにきた際に、こっそり指名依頼を出していたそうだ。



 貴族交流会への準備で忙しい。

 エーレは一度、そう跳ねのけ却下した。しかし、懲りることなく再三指名依頼を出してきたミレイユに、結局エーレは折れる羽目になったのだった。



 依頼内容は、祭りの同行及び護衛。

 報酬は通常の護衛任務の二倍で、護衛中発生した金銭は、すべてミレイユが持つ。


 勿論、一番にシュトルツが食いついた。



「あいつ。隠蔽のブレスレットを俺からとっていっただろ」



 エーレが憎らしげに、ぼやいた。

 その視線の先ーーミレイユの腕には、数ヶ月前にエーレから奪い取った隠蔽のブレスレット。


 今日は非番らしい、法衣を脱いだミレイユ個人としての依頼だった。

 けれと、何があるかなんてわからない。



 人の錯覚を用いただけの隠蔽だから、彼女を知っている人には、魔鉱石の効果はない。

 聖女という立場の彼女は、個人的に祭りを楽しむことすら難しいのかもしれない。



「はぁー、懐の小さい男ね。

 いくらでも作れるんだから、魔鉱石の一つや二つ、なんてことないでしょ。

 それにね、これをつけてるからと言って、安全だとは言えないでしょ?

 ぐちぐち言ってないで、ついてくればいいのよ」


「王国民は、基本的に穏やかなやつらが多いだろ。

 お前より強い奴なんて、早々いねぇよ」


「私が強いことなんて、言われなくても知ってるわよ! たまには私だって息抜きしたいの。

 ほんっとつまんない男ね! 祭りよ祭り!

 非日常なのよ!? これを楽しめないなんて、可哀想なやつ!」



 全身黒のエーレとは対照的に、ミレイユは金色の長い髪をながびかせている。

 並んで言い合いをしている二人の背。光の闇の攻防を見ているようだな、とルシウスは思う。

 エーレとミレイユの言い合いはいつものことで、もう正直聞き飽きているけれど。



「あれ、なんですか?」



 ふと、ずらりと並ぶ屋台で雲のようなものを見かけた。



「綿あめという砂糖菓子だ」



 すぐさまルシウスの半歩後ろにいたリーベが教えてくれた。


 その彼の綺麗な銀髪と少し色が似たお菓子。

 どれも見たことがないとのばかりだったけれど、何故か一番に惹かれた。


 雲のようで甘いお菓子なんて、眺めているだけで楽しそうだ。



 ルシウスが食べたいと口に出す前に、それを聞いていたらしいミレイユが早速(目にも止まらない速さで)、綿菓子を買ってきてくれた。


 法衣を脱いだ彼女は、聖女の時とは間反対で、男勝りで怖かったりするが、こうして優しいところもある。

 たまに……そう、たまに。



「ほら、楽しみましょ」



 護衛。護衛だけど、みんなもいるし、祭りで何かあることないだろう。

 なければいいな……


 見慣れないこの光景に目を奪われながらも、その視界の中に、ちらりと仲間たちを写したルシウス。


 ミレイユから差し出された綿菓子を有り難く受け取って、最前線で祭りを楽しむミレイユに倣うことにした。





 シュトルツは大量に飲み食いを続け、ルシウスとミレイユは大いにはしゃいだ。

 その後ろでリーベは無口ながらも楽しんでいるようで、エーレも文句を言いながらも、ミレイユに振り回されていた。



「ちょ、あれ可愛い!」



 あらゆる屋台を回って、数刻経った時――

 射撃の屋台で、ミレイユが足を止めた。

 彼女が指差したのは、小さな可愛らしい熊のぬいぐるみだった。



 誰の確認を取ることもなく(彼女の護衛依頼なのだから、そうなるのかもしれないが)早速、お金を払って射撃を始めようするミレイユ。



「やめとけ。お前、射撃は苦手だろ」



 その後ろで、エーレが制止の言葉を投げかけた。



「これくらい、私にだって出来るわよ!」



 そう言いながらもーー結果。彼女は持ち玉全てを外した。掠りさえしない。



「ほらな」



 エーレが鼻で笑い、ミレイユが勢いよく振り向いて、彼を睨みつけた。



「うるさいわね! ならあんたは取れるわけ!?」


「俺も射撃は得意じゃないからな。

 金を溝に捨てるような真似はしない」



 そんな二人の会話を横で聞きながら、その間ずっと気になっていたルシウスも射撃をやってみることにした。


 これがなかなか難しい。

 ほんの少しの高さで全然違ってくるし、玉の込め方も大事だ。

 最後の一発が、どうにかぬいぐるみに当たりはしたものの、ぴくりとも動かなかった。



「俺もこういうのは苦手なんだよねぇ。ほら、俺前線担当だから」



 エールを飲みながら、ちらりと景品を一瞥したシュトルツ。

 たしかに彼が遠距離攻撃をしているところを、あまりに見かけたことがない。



「私がやろうか?」



 そこにリーベが遠慮げに申し出てきた。



「リーベは得意なんですか?」



 そういえば彼も剣を使うけれど、シュトルツが先陣を切り、エーレがそのあとに続き、基本的にリーベは後ろに下がっていることが多い。



「この中では、まだ得意な方だとは思う」


「それなら、最初からリーベがやればよかったんじゃ……」



 こういうのは楽しみをお金で買っているというのは知ってはいるが、得意な人がする方が良いとも思う。



「ミレイユは、自分で取りたい性格だろう。

 それを邪魔するのを気が引ける」



 リーベは、そう言いながらも射撃用の銃を構えた。

 耳に優しい軽い射撃音が鳴る。

 その玉は、見事ぬいぐるみの上部にて命中して、呆気なく倒れた。



「すごい!」



 ルシウスの声を遮るように、辺り一帯にミレイユの、悲鳴にも似た絶叫が響いた。



「なんで取っちゃうのよ! 私が取りたかったのに!」



 掴みかからんばかりにリーベに詰め寄って訴えるミレイユ。

 リーベはこれを予測していたから、手を出さなかったに違いない。


 屋台の店主が苦笑いしながら、リーベに落ちた景品を渡した。



「他も回りたいんだろう? ミレイユに渡すつもりで取ったんだ。

 そんなに怒らないでくれ」



 困ったようにリーベはぬいぐるみをミレイユに渡す。



「まぁ、しょうがないわね。クマさんに免じて許してあげる」



 取ってもらったにも関わらず偉そうなミレイユ。エーレそっくりだ。

 ルシウスはちらり、とエーレを見て思った。




 それからまたしばらく屋台を回っていた。

 この祭りは首都全体で開かれていて、歩いても歩いても回りきれないほどだった。


 その間、あれほどの癇癪じみた悲鳴をあげたミレイユは、腕に熊のぬいぐるみを抱え、さらにご機嫌の様子だった。



「エーレさん、ちょっとは食べたらどう?」



 相変わらず左手にエール、右手に何かしら食べ物を持って離さないシュトルツが、エーレに声をかける。


 面々がそれぞれ何かしら食べているにも関わらず、エーレは何も口にしようとしない。


 基本的に、彼は外で飲食をしたがらない。

 警戒しているのもあるが、偏食がひどく、食に興味がな薄いらしい。



 そう言ったシュトルツが、右手に持っていたナッツの蜂蜜がけ串をエーレに差し出した。

 甘党の彼のために買っておいたのだろう。


 しかし、彼は即座にシュトルツの腕を押しのける。



「いらねぇ」


「昨日から、まともに食べてないだろう。

 私たちが多少食べなくても平気なのは確かだが、だからと言って、食べない理由にはならない」



 リーベが諭すように告げる。



「そうですよ。こんなに美味しいのに」



 ルシウスはそう言いながら、同じ屋台で買ってもらった蜂蜜ナッツ串を齧った。

 甘さと香ばしさがほどよく混じり合い、噛むたびにカリカリとした食感がすごくいい。


 いつもならエーレがほとんど食べないでいようが、彼らが何かを言うことはない。

 言うだけ無駄であるし、食べなくて倒れるなんてヘマを、彼がしないことを知っているからだ。



 でも今日はお祭りだ。この賑わいを、少しくらい分かち合っても悪くない。



 ルシウスがそう思っていた矢先ーー


 前を歩いていたミレイユが、突然立ち止まった。

 そのまま一目散に引き返してくると、シュトルツから蜂蜜ナッツ串を奪い取り……


 流れるような動きで、串を向けたのはーーエーレの口だった。


 その一連の動作は、目に止まらないほど素早かった。




「わがまま言ってないで食べなさい!

 あんたは良くても、周りが心配してんのよ!」


「てっ……めぇ……」



 無理やり口に入れられた蜂蜜ナッツを、乱暴に咀嚼し終えたエーレがミレイユを激しく睨んだ。



「何しやがる!」


「何って、優しい私が食べさせてあげたんじゃないの! 感謝しなさい!」



 エーレの鋭い視線に、ミレイユは全く動じず、真っ向から睨み返していた。


 本当にミレイユは肝が据わっている。

 ルシウスなら、怒気を孕んだエーレの視線に慄いてしまうというのに。



「ふざけんなよ、てめぇ」


「ふざけてませーん、ばーか!」



 また始まった。

 そんな二人を見ながら、シュトルツは楽しそうにニヤニヤしている。

 リーベは呆れたように首を振っていた。



「エーレに真っ向から、ああやって子供みたいに突っかかっていけるのは、ミレイユだけだよねぇ。

 エーレさん元気そうで何より」


「毎回毎回よく飽きないもんだ」



 二人の言葉を隣で聞きながら、ルシウスは首を傾げる。



「シュトルツもよく、エーレと言い合いしてるじゃないですか」


「あれとこれとは全然違うじゃん? ね、リーベ」



 リーベは静かに頷く。

 たしかに、いつもはシュトルツがふざけてエーレにじゃれついて、エーレはそれを嫌がっているだけではあるけど。

 つまり犬が主人にじゃれついて、主人が嫌がるみたいな図だ。


 一方で、前のミレイユとエーレは犬同士がじゃれついてるように見える。



 その二人は、子供のような喧嘩をさらに加速させていた。

 シュトルツとリーベは、それを生暖かい目で見守っていた。



 これじゃまるで、子供とその保護者のようだ。

 ルシウスは四人を順に見ながら思った。



 でも――

 平和だ。こんな平和な時間も、たまには良いのかもしれない。



「そう言えば、特に危険もなさそうですね」



 ふとルシウスは思い出した。楽しくて、護衛任務であることをすっかり忘れていた。


 すると、シュトルツが「え?」と、心底意外そうに瞬きをした。



「護衛なんて、口実に決まってるじゃん」


「え?」



 ルシウスはそれを聞いて、ぽかんと口を開いた。



「ミレイユは私たちを祭りに引っ張り出したかっただけだ。普通に誘っても、私たちはともかくエーレは絶対に来ないからな」



 リーベが当たり前のように付け加えた。



「え……え? みんなわかってたんですか?」


「当たり前じゃん、エーレだってわかってるよ。

 ミレイユってああ見えて慎重だし、一人でも十分強いし?

 祭りを回るくらいで、わざわざ俺たちを護衛につける意味がないでしょ」



 シュトルツの言葉に、ルシウスは唖然とした。


 僕だけ、何も知らなかったなんて……

 本当に普通に警護だと思ってたなんて――


 こんなことならもっと最初から楽しむんだった。

 いや、十分楽しんだけれども。



「ミレイユって俺たちのこと結構、気にかけてくれてるんだよね。

 エーレと似てるから、惹き合うものがあるのかもねぇ。

 有難いことだよ。俺たちがいくら言っても、エーレは息抜きなんかしないから」



 シュトルツの言葉を聞きながら、いまだに前で言い合いをしている二人をルシウスは見つめた。


 彼らのことを心底気にかけて心配してくれる人が、ルシウス以外にも身近にいる。

 そのことを知って、胸に温かいものが湧き上がった。



 勝ち気で、素直ではないーじゃじゃ馬のように傲慢に振る舞うミレイユ。


 聖女として人の上に立ち、人を導く役目を担う彼女。

 その仮面を外してしまうと、こんなにも身近に感じることができる。



「ちょっと、何してんの? ぼさっとしてないで、さっさと来なさいよ!

 まだまだ祭りは終わらないんだからね! 遊び尽くすわよ!

 今日は寝かせないんだからね!」



 前から楽しそうに声を張り上げ、手を振ったミレイユ。



「え、なになに。

 最後はベッドまでご案内してくれるってこと?」



 シュトルツが軽く口を叩きながら、駆け寄っていく。

 ミレイユは彼の頭を叩いて文句を言い、それを隣でエーレはため息混じりに眺めていた。



「たまには、こういうのも悪くないだろう?」



 ルシウスの隣で、同じようにその様子を見ていたリーベ。

 相変わらず感情を顔には出さない彼だが、そう言う彼もどこか嬉しそうだった。



「そうですね」



 いつもとは違う非日常――

 祭りだから、だけではないのかもしれない。


 きっと、ミレイユと彼らと一緒に過ごすこの穏やかな時間が特別なのだ。




 ルシウスは嬉しくなって、前の三人に駆け寄った。



「じゃあ僕、お酒でも飲んじゃっていいですか?」


「「それは絶対だめ!!」」



 ミレイユとシュトルツの声が重なる。



「てめぇは酒癖悪いんだよ。自重しろ」


「やめておいた方がいい」



 エーレとリーベにも反対されルシウスは、不服そうにしながらも「じゃあ」と、食べたいものを全部あげることにした。



 みんなで並んで、狭い通りを歩く。


 こんな日常が続けばいいのに。

 時が止まってしまえばいいのに――



 いつかこれが当たり前のことになればいいな。



 ルシウスはそう思いながら、空を見上げた。





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