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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

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202/205

明日へ向き合うために

 



 今週末に二日続けて夏祭りがあり、先月着工開始のあった公衆浴場建設完成とそれに伴う試運転は、再来月に予定されていた。


 そう思うとヴァルハイド卿の爵位授与は、随分早い段階に思える。

 バイオガスの開発自体もすごいことなのだろうが、やはりその前から散々爵位授与を断ってきたという背景も大きいのだろう。




 あれから数日経つ。



 仲間が何をしているのかは、基本的に知らない。ただ時間が空けば、訓練をつけてくれてはいた。


 ルシウスの頭の中には、まだ整理のつかないものが沢山あった。

 それでも剣や魔法の訓練をしている間は、無心になれていた。



 首都レギオン支部の地下で汗をぬぐったルシウスは、水分補給のために一旦一階に上がろうと剣を収める。

 まばらではあるものの、訓練場はいつも他のクランの人がいて、そうしている間に数人と世間話程度の会話を交わすようになっていた。


 どれも聞いたことのないクラン名の人たちだったが、新人だと思っているルシウスに対して皆が親切に接してくれる。



「今日はもう上がりか?」


「はい、お先に失礼します」


「またあの人たちに稽古つけてくれるよう頼んでおいてくれー」



 ルシウスはそれに答えず、会釈だけして訓練場を後にした。


 時間が空いて気が向いたタイミングで、ルシウスに稽古をつけていた三人は、彼を介して無名のクランに少しだけ戦闘の稽古をつけるようになっていた。


 最初こそ嫌がっていた彼らだったが、しつこく頼まれるのも面倒になったのだろう。



 新人だと認識されている彼らが、どうしてこんなに強いのか。それを誰も聞いてくることはなかった。


 それがカロンのことを察しているのか、それともレギオンに所属するクランの人たちのほとんどが訳ありだからかは知らない。

 それでもルシウスは、他のクランと交流が出来たのを嬉しく思っていた。



 湯でも浴びて、食事でもしよう。ルシウスがそう思って、エントランスホールへ上がった時、最近よく見かけるようになった姿があった。



「あ、ルシウス。丁度いいところに来たわ」



 彼女は、どうしてこうも僕たちの周りに頻出するのだろうか。

 好んで着ているらしい軽やかなワンピースを身にまとったミレイユが、受付カウンター付近にいた。



「どうかしたんですか?」


「はい、これ」



 彼女は手に持っていた紙袋を渡してくる。中を見るといくつかの小瓶が入っていた。



「あいつに頼まれてた染料よ。中のメモに、ガラス職人の住所も入れておいてるから伝えておいて」



 仕事が早い。ルシウスは感心を覚えながら礼を言う。



「余分に入れてるから、一度試しに染めてみることね」



 それだけ言って踵を返したミレイユが、思い出したように振り返る。



「そうそう。明日用事があって、もう一度孤児院にいくつもりだけど、あんたも来る?」


「え」


「また行くとかいってなかった?」



 たしかにリーベには言った。でもあの時彼女は、エーレと言い合いしていたはずなのに……



「ミレイユさんの聴覚、どうなってるんですか……」



 思わずこぼしたそれに、ミレイユが反射的にすら見える速度で強く睨んでくる。



「何? 喧嘩でも売ってるの?」



 ルシウスは口端を引きつらせながら、最近どこかで聞いたことのあるような言葉だなぁと、頭の隅で思い返す。



「別に押し付けるつもりはないけど」



 彼女はレギオンの正面の扉を一度見て、考えるような短い沈黙を挟んだ。



「嫌なことはさっさと終わらせるに限るわよ。どうせ、いつか乗り越えなきゃいけないことなら尚更」



 あちらを向いたままのその輝かしい瞳は、どこか遠くを見つめているようでもあった。



 ここ数日ずっと、心の奥底に押さえつけて沈めている不安と恐れが、再び表面に浮上してくる感覚をルシウスは確かに感じ取った。



 これからは逃げられない。向き合わなきゃいけない。

 忘れることなんて出来なくて、これから先進むためにも、必ず乗り越えなきゃいけない。


 頭ではわかっているのに、それを真正面から見つめる勇気はまだなかった。

 それほどこの問題は、ルシウスにとって深く根付くものだった。


 是も非も言えずにいると、ミレイユがちらりとこちらを見た。



「ま、とりあえず言ってみれば? それから考えたらいいじゃない」



 随分と軽いその提案にルシウスは迷った末、一旦頷くことにしておいた。








 ミレイユとすれ違う形で、まずシュトルツが、間を置かずにリーベが、随分後になってエーレが戻ってきた。


 彼らに染料を渡し、明日孤児院に行くと告げると



「お前だけとりあえず髪染めてみろ」



 と、エーレが言って来た。



 ヘレナという少女は、自分の外見を覚えていてもおかしくない。

 まるで実験台のような扱いに不満を覚えながらも、ルシウスは髪を染めてみることにした。


 親切なことに、ミレイユの手書きで染料の使用方法が書かれた紙が同封されていた。



 色の具合はリーベが、染色はシュトルツが手伝ってくれて、数時間後――



「随分地味になったねぇ」



 鏡には、どこにでもいそうな少しだけ灰がかった茶色の髪の少年の姿があった。



「でも目の色とこの髪、すごく違和感ありません?」



 青い瞳だけが、やたらと浮いているような気がする。



「まぁ、大丈夫じゃない? 目はエーレさんだけ隠せればいいし」



 本来なら、目の色を一時的に変える液体のようなものの話もあるらしい。しかしその植物はこの時期には取れないらしく、調合も難しいとか。


 ルシウスたちは、少しくらい問題ない。

 髪か瞳のどちらにも鮮明に本質が出る人が珍しいだけで、どちらか一方なら、目を引くほど目立つわけでもない。


 しかしエーレに限っては違ってくる。真っ黒な色を持つ人は本当に稀である。



「ミレイユがよこした職人だろ。なら、問題ない。それに隠蔽が効いてないと思ったら、距離をとれば済む話だ」



 あれだけミレイユのことを嫌っておいて、信用となれば別問題。


 とにもかくにもこれで明日のいくと言ってしまった孤児院への懸念の一つが晴れたルシウスは、明日のために未消化の心と向き合う覚悟をすることにした。



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成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
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