虚構、その物語を追って
その後、すぐに屋敷を出ることはなかった。
何故かその場に居座ったエーレが、ヴァルハイド卿と依頼に関係があることやないことを話し始めたからだ。
ルシウスたちは離れた席でお茶を飲みながら、その話が終わるのを待っていた。
背で二人の話を聞きながら、ルシウスは正面でお茶を飲む仲間をじとりと睨む。
ヴァルハイド卿がアリレオ・シアであることを当然のように知っていたのだ。彼が抱える問題も知っていたに違いない。
事前情報を知っているだけで、会話への理解度は違ってくる。だというのに、この人たちときたら……
ルシウスが口を開きかけた途端、先手を打つようにして、シュトルツが声を上げた。
「いやいや~、ね? おこちゃまが言いたいことはよーくわかるよ。
でもほら? 前回と今回が、必ずしも一致するとは限らないじゃん?」
そう言って誤魔化すように手を振ってきた。
「いや、もうあの時点で、公衆浴場の建設始まってましたよね?」
あれだけ世間を騒がせていたことだ。その言い訳には乗らない。そう強い意思を持って訴えたルシウス。
「まぁまぁ、ほら、今日本人からちゃんと事情聞けて、俺たちも答え合わせになったわけだし」
「私たちも今まで本人に確認したことはなかったからな。遠目から成り行きを見ていただけに過ぎない――というのは建前だ」
シュトルツの言葉を継いだリーベは、視線をルシウスの後ろへ向けた。
「事情を先に話した方がいい、とエーレに言っておいたんだが。聞く耳を持たなかったようだな」
こいつにもだが。リーベは隣にいるシュトルツを一瞥する。
視線を受けたシュトルツは知らないふりをするように、さっと視線を逸らした。
ルシウスにとって彼の言葉は少しばかり意外であったが、どうにせよ彼もエーレの承諾がないと余計なことは話せないのだろう。
こちらを見たリーベが眉を下げる。ルシウスは肩を竦めてみせて応え、先ほどの会話を頭の中で反芻した。
空白の時間の中には、今回開発されたバイオガスだけではなく、他に今よりもずっと緻密な電気技術や馬車ではない乗り物など、他にもさまざまなものが書かれてあった。
彼はお茶の入ったカップに手を伸ばして、ふとした疑問を口にする。
「空白の時間に書かれたあったものが、本当に実現可能なんですかね?」
前でリーベがカップをソーサに戻しながら「どうだろうな」と曖昧に答える。
「まぁ、でもエーレさんが卿に期待を寄せてるのは本音だよ」
シュトルツの視線は、再びルシウスの背後に注がれていた。
「さっきリーベが言ったように、俺らは成り行きしか見てこなかったけど、前回も前々回も卿は他の貴族に潰されてたからね。それをエーレさんも良く知ってる。
今回はお互いのメリットが噛んでたから動けたけどね」
ルシウスはその視線を追って、後ろを振り返って見た。
そこではもう依頼とは関係のない、空白の時間に出てきたような専門的な話を繰り出している二人の姿があった。
お互いにそういった専門的な話を出来る相手は少ないのだろう、随分と話が盛り上がっている。
でもルシウスは納得いかないままだった。
「どうしてエーレは、科学技術にそこまでの期待をしてるんですか?」
魔法の理を中心に回っている世界。
たしかに今回のようなものなら大歓迎かもしれない。しかし、改革には常に代償を伴う。
世界の発展は望ましい。けれど、今でも十分とは言わずとも不自由はないようにも思えた。
かちゃり、と小気味良い音が挟まれ、彼が視線を正面に戻すと、
「この世界は神や精霊に依存しすぎている。エーレはそう言っていた」
リーベは目を伏せたまま静かに答え、おもむろにあげられた視線がルシウスのそれと交差する。
「私もそれには同感だ」
相変わらず色の読めない瞳だった。
ルシウスはシュトルツの意見を知るべく、隣を見ると「まぁ」彼は言葉を一度濁した。
「現状が悪いとは言ってないよ。でもどうして今の大陸がこうなってるかと言われると、魔法は人の身に余る力ではあるからじゃないかな? と俺は思うね。これは共存とは言えない依存だとも、ね。
人が魔法に依存している限り、何度でも同じ轍を踏むだろうねぇ」
ルシウスはその言葉に素直に頷くことは出来なかった。同時に、たしかに一理あるとも思っていた。
神の権能、常人よりも強い同調率に親和率。それに伴う強大な力。それを持っている彼らだからこそ思うところがあるのかもしれない。
「でもそれは科学技術だってそうなんじゃないですか?」
力の源が何であれ、人は人の身に余る力を生み出すに違いなく、それは最終的に争いを生むことになるだろう。
シュトルツは肩を竦めて、苦笑した。
「ま、そうなんだけどね。でも人が神や精霊に依存することなく、独り立ちして生きていける世界になればいいな、って俺らは思ってるってことかな?」
そういう彼は飽きもせずエーレの方を見ていた。けれどそれは、どこか遠くを見つめるような目でもあった。




