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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

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陽差す無垢へ葉は落ち

 



 シュトルツの持っていた大荷物には、あらゆるものが詰め込まれていた。



 日用生活に欠かせない石鹸や毛布、靴や衣類、文房具や児童文学書、幼児が遊べる積み木などの玩具や大きな子供たちのための盤上ゲーム。


 そのほかに医療用ハーブや市政ではそれなりに高価な薬類。


 生ものはなく、保存食はいくらかだけあった。




 これを昨日のうちに全て揃えてきていたのだろう。


 金銭の寄付は記録に残りやすい。それに物品寄付の方が、孤児院としても助かるのかもしれない。


 今後もし自分がそういうことをすることがあった場合、これを参考にしよう。

 前で並べられていく寄付品をみながらルシウスはそう思っていた。



 ミレイユがつれてきたシスターは、彼女よりも随分年上のように見えた。


 四十は優に超えているだろう。もしかしたら五十に至るのかもしれない。

 物腰は柔らかく、まさに孤児院の児童全員の母に相応しいおおらかな人だった。


 シスターもレヒト教会の方で、ミレイユが聖女であるとわかっているらしい。


 何度もミレイユの名前を呼びかけて、どうにか訂正している様子を見かけた。



「やっぱり前にいた人、もういないねぇ」



 シュトルツが物品を運ぶのを手伝いながら、室内を眺めて言った。



「誰のこと?」 すかさずミレイユが尋ねる。


「二年前くらいかな? ここに来た時にいたおばあちゃん」


「あー、あの方なら南側の辺境の孤児院へ異動されたわよ。

 余生を田舎で暮らしたいって申し出があったから」



 ミレイユもシュトルツと同じように、物品の片付けを手伝っている。

 ルシウスは手伝おうとしたものの、かえって邪魔になるのではないかと、右往左往しながら室内を見渡していた。



 彼らが通された部屋は応接室だった。正午に食事を終えた子供たちは遊戯室と名付けられた憩いの間で遊んでいるらしい。


 外観通り孤児院内は広々としていたが、どこも内観は質素なものだった。



 シスターはエーレに深く感謝を伝えながら、テーブルの上に残った文房具や本、玩具類を示した。



「衣類などはこちらで判断しながら配らせていただきます。

 こちらを是非、直接渡していただけたら子供たちも喜ぶと思います」


「そうだな、そうさせてもらうことにするか」



 テーブルの上の物を取り上げたエーレは、隣にいたリーベにいくつか渡し、ルシウスにこちらへ来いとでも言うように顎をしゃくった。


 リーベと同じようにいくつかだけ受け取ろうとしたルシウスの両腕に、彼は抱えきれないほどの物品が積み上げていく。



「ちょ、もう少しエーレも持ってくださいよ」



 エーレは本を数冊しか持っていない。



「お前の方が子供得意だろ。配ってこい」


「いや、僕もこうして子供と接するのは初めてなんですけど……」



 二人の視線が自然とリーベに向けられる。彼は扉の先を見て、



「子供なら、あの馬鹿が一番得意だ。対等に遊べるからな」



 とだけごちて、さっさと外へ向かっていってしまった。


 ルシウスはため息を吐きだしながら、両腕に抱えきれないほど積み上げられたものを落とさないよう気を付けながら、それに続くことにした。










「はーい、みんな集合~!」



 遊戯室にはすでに、ミレイユとシュトルツの姿があった。


 ルシウスたちが到着するや否や、ミレイユが明るい声をあげる。



「今日はみんなに贈り物がありまーす! みんなで仲良く遊んでね!」



 その言葉に子供たちは黄色い歓声をあげて、こちらへと駆け出してくる。

 特に贈り物を沢山腕に抱えるルシウスの周りには、大勢の子供がやってきた。



 やはり玩具は人気があるようで、ルシウスの抱えるものを見て、「あれで遊びたい!」「僕も!」「私も!」という声が、多く上がる。


 ミレイユはルシウスの腕からいくつか取り上げて、それぞれに渡しながら「仲良く遊んでね~」ともう一度、声をかけていっていた。



 腕の中のものがすこしずつ減っていくのと、子供たちの有り余るほどの元気が様子を見て、ルシウスは思わず頬を緩まっていくのを感じた。


 孤児院に保護されている子供たちだというから、どんな子たちなのかと思っていたが、想像を大きく超えていく元気さと活発さに、深い安堵もあった。



 抱えているものが両手で持てるほどになったとき、改めて遊戯室を見渡すと、それぞれ受け取ったもので仲良く遊び始めている子供たちの姿が目に入る。


 もう随分と暑くなった陽が差し込み、部屋は明るく照らされていて、そこには悲しみや孤独の気配はひとかけらも見当たらない。



 部屋の隅では女の子たちにリーベが手を引かれて行っているし、エーレは男の子たちに服を引っ張られて、引きつりそうな顔をどうにか堪えているように見えた。


 シュトルツは子供たちに交じって、すでに遊びだしている。



「なんか想像と全然違いました」



 隣にいるミレイユにルシウスが呟くように言うと、彼女は満足そうな息を吐きだして「そうでしょ」と自慢げに答える。



「ミレイユさんは、よくここにくるんですか?」


「それが初めてなのよ。偉そうに言ったけど、私がここにくると面倒になりかねないから、今までこれなかったの」



 悲しげな声色に思わずミレイユを見ると、彼女が右腕に目を落としていた。



「まぁ、あいつのおかげよね」



 隠蔽の魔鉱石。聖女であると同時に、目立つ外見の彼女が孤児院によく出入りすれば、レヒト教会の派閥に更に亀裂を生みかねない。


 そう思うと、エーレから貰ったそれは、彼女にとっては大きく役に立つ物なのだろう。



「ここも私は寄付してるだけで、それ以外何もしてない。だから全部が全部、シスターのおかげなのよ。

 この肩書が役に立つことも多いけど、邪魔で仕方ないと思うことも多いわ」


「でも寄付のおかげでこの孤児院は成り立ってるんだから、すごいことだと僕は思いますけど」



 新啓派への牽制にもなっている。シュトルツがそう言っていたように、聖女としての肩書を持つミレイユにしかできないことでもあった。



「私は好きじゃないのよ。お金だけでしか愛情を示せないことがね。あんたもわかるんじゃないの?」


「まぁ――」



 ふとルシウスの脳裏に数か月前までいた城の生活が過った。しかし是とも非とも区別がつかないそれに、応えることをやめることにした。



「でも、ミレイユさんはこうやって実際、来たじゃないですか」



 話を逸らすと、ミレイユはふんっと鼻で笑った。



「あいつらに先越されたのは屈辱でしかないわ」



 その視線は前方のエーレに注がれている。ルシウスはその輝かしいまでに強い瞳を見て、首を傾げたくなる。



 彼女とエーレたちは、あの密護衛で初めて会ったように見えた。

 けれど、エーレは回帰を経て、前回までの彼女を知っている。


 そしてリクサとルシウスたちの会話に、彼女も同席していた。

 つまりミレイユは、エーレたちの事情を全て知っていることになるのだ。



 そうはいっても、目の前の彼女は、つい最近エーレたちと知り合ったばかりだというのに――



「ミレイユさんって、どうして毎回エーレにつっかかっていくんですか?」



 ‘’ただのミレイユ‘’の時の彼女は、全員に平等に傍若無人である。しかしエーレにだけは特にそれが顕著であった。


 すぐに否定の言葉があると思っていたのに、ミレイユは難しそうな顔をして、数瞬沈黙した。



「あいつ見てるとイライラするのよ。昔の私と似てるから」


「昔のミレイユさん?」



 過去の彼女と今のエーレと似ている。

 でもルシウスには今の二人もよく似ているように見える。



 返答を待つ間、ルシウスはずっと彼女を見ていた。

 しかし彼女はゆるやかに首を振っただけで、それ以上何かを続けることはない。



「ま、どうでもいいけど。私、あいつのこと嫌いだし」



 美しいまでの光を帯びた彼女の瞳は細められ、先ほどとは違った輝きを帯びていた。

 なんだか不穏な気配がしたルシウスは、それ以上問いを重ねることをやめる。


 とりあえず手の中の本を子供たちに配らないといけない。


 そういえば――



「結局、どうしてエーレたちがこの活動してるのか聞いてないなぁ」



 ぽつり、と呟いた程度だった。

 すると隣から「は?」と、恐ろしいまでに固く通る声色が耳を突いてきて、ルシウスは咄嗟に身を引く。


 彼女は信じられないとでも言わんばかりにこちらを凝視していた。



「あんた、そんなことも知らずについてきてたの?」


「え、いや……」



 彼女の逆鱗がどこにあるのか予測不可能すぎる。気づけば自然を一歩後ろへ引いていた。



「そんなの――」 彼女が眉を寄せて、続けようとした時。


「おい」



 前方から飛んできたのは、エーレの声だった。



「さっきから聞いてりゃ、余計なことべらべら喋ってんじゃねぇぞ」



 子供たちに連れられて随分離れているにも関わらず、どうやら彼の耳には全て入っていたらしい。


 そういえば、この二人の地獄耳もお揃いなんだった……



「事実しか言ってないでしょ!」



 反駁したミレイユに、エーレはひと睨みしたものの応えることなく、



「ルシウス、いつまでも突っ立ってねぇで残り配ってこい。もう少ししたら出るぞ」



 と、だけ言ってきた。



「あ、はい」



 今一度手の中の本を見たルシウスが、すぐに遊戯室をぐるりと見渡す。


 すでに贈り物で遊んでいる児童しか見当たらない。

 どうしたものか、と逡巡した彼の隣で、ミレイユが部屋の奥を指さした。



「あっちの部屋は読書室よ」



 示されたところには、生成色の扉があった。


 ルシウスは今一度手の中の本へと視線を落とした後、そちらへいくことにした。



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