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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
4章

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四色に染まる午後



 


 アポロンの時、第二刻(十六時)に首都にもあるヴァルハイド卿の屋敷へ来てほしい。


 そんな連絡が、昨日の内に入っていた。




「随分と中途半端な時間だな」



 エーレはそうこぼしながらも、その二時間前にいくところがあるから半刻前には出る準備とするように、とそれぞれに告げた。



 昨日提出したばかりなのに、指名依頼とはこうも早くに進んでいくものなのだろうか?


 それともヴァルハイド卿が何かを急いでいるのか……





 ルシウスは何か嫌な気配を覚えながら、仲間三人に続いて大通りにいた。


 彼の前には、大荷物を両手に持ったシュトルツが楽しそうに体を揺らしながら歩いている。


 その中身が何なのかわからなかったけれど、彼らがどこへ向かっているのかはすでに判明していた。




 レヒト教会管理下にある孤児院。


 リーベが教えてくれたからだ。


 彼らがそこにいく理由なんて一つしかない。




 先頭を歩く真っ黒な背が視界に映った。


 真夏に差し掛かろうとしている今、さすがにコートやローブは羽織っていないものの、相変わらず首までしっかり絞めた長袖の襟シャツの上にマントを羽織っている。



 一方、その隣を歩くシュトルツは、動きやすそうな半袖の白いシャツから逞しい腕を露わにさせていた。



 そのコントラストとも言える対比をぼんやり眺めながら、



「そういえば――」とルシウスは彷徨わせた視線を隣へ移す。



 さすがのリーベもさすがに長袖は着ていないが、七分ほどの白い襟シャツを着ている。



 ――暑くないのかな?



 紡ぎ出した言葉とは別の思考が流れて、ルシウスはもう一度前を見た。



「エーレが僕を連れて行ってくれるの、初めてじゃないですか?」



 結局のところ、彼らがどうして慈善活動じみたことをしているのか、ルシウスは知らない。



「あ?」 エーレが一瞬だけ首を振り向かせては、ため息交じりに素っ気なく答えた。


「別に、ついてきたきゃついてくればいいだろ」


「ついていっていいならついて行きたいですけど、教えてくれないじゃないですか」


「実は、通ってきたほとんどの街で何かしらしてたんだよねぇ、ね? エーレさん」



 エーレの隣でシュトルツがこちらを見て、口端を釣り上げる。



 レネウスの貧民街の件以外には、トルゲンの奴隷管理棟のことしか知らなかったルシウスは目を見開いた。

 いつの間に……



「余計なこと言わなくていいんだよ。それに、お前は独善つってただろうが」



 隣のシュトルツを睨んだエーレが更に後ろを一瞥してきて、ルシウスはさっと視線を逸らすと、たまたまリーベを目が合った。



「そのことをまだ根に持っていたのは驚きだな」



 やりとりを聞いていたリーベは本当にそう思っているのかも怪しいほど、表情を動かさすことなく、エーレを見た。



「あ? そんなくだらねぇこと根に持ってるわけねぇだろ。

 そう思ってるのについてくるのかってことだ」



 そういえば。ルシウスはふと思った。



 あれから一度もそれに対する訂正をエーレに言ったことはない。


 彼のこの行動を、今のルシウスは独善だとは思っていなかった。



「そうか、私の解釈違いだったか。

 だが逆に、ついて行きたいというルシウスの気持ちを汲み取れないほどに、耄碌してしまったのかと心配になったが」



 ルシウスはその言葉に思わずリーベを見た。



 心配なんて単語を出しておきながら、やはりその表情には一寸の陰りもない。


 彼が自分を庇おうとしているのか、それともただ単にエーレに静かな皮肉を言っているだけなのか、これっぽっちも区別がつかない。



「てめぇ」 エーレが足を止めた。



 しかしそれも一瞬ですぐに足を進めだしながら、彼はほんの少しだけ後ろ首を回す。


 柔らかな黒髪が邪魔をして表情は見えなかった。



「喧嘩なら買ってやるが?」



 隣のリーベが小さく肩を竦める。



「それには乗らないでおこう。私は思ったことを思ったままに言っただけだからな」



 二人の口調はいつものままだった。



 こういうやりとりはエーレとシュトルツや、リーベとシュトルツの間にはよくあることだった。


 それを聞いても、ルシウスは二人がじゃれているとしか思っていなかったが……




 それがここ最近、エーレとリーベの間で交わされることが増えた。



 本人たちにとっては大したやりとりではないのかもしれないが、この二人のこれを聞いているとルシウスは、何故か妙な緊張感を覚えるようになっていた。




 そういえば……


 二人の間でこのような会話が増えたのは、あの騒動の後からだだ。



「あ、あれだよ」



 何も聞いていなかったようなシュトルツの軽やかな声が、前からした。


 視線の先には思った以上に大きな白い建物が見えてきて、それを認めたエーレが歩を速めていく。



 彼が少し離れたのを確認したルシウスは、そっとシュトルツに歩み寄って小声で尋ねた。



「なんか最近エーレとリーベ、仲悪くないですか?」



 すると彼は「ん?」と不思議そうに首を傾げたあと、逡巡するような間を置いて「あー」と声をあげた。



「二人はもともとあんな感じだよ。今まではルシウスに気を遣ってたんじゃない?

 俺と誰かよりも、あの二人の方がよく喧嘩してるし」



 彼の口から紡ぎ出された事実に、ルシウスは耳を疑いそうになった。



 ――エーレとリーベが喧嘩?



 二人とも自分より随分冷静で、人と意味もなく喧嘩なんてしないだろう。



 今までレギオンの他クランに絡まれても、ほとんどに聞く耳を持たずにいたことをルシウスはすぐ隣で見てきていたのだ。



 うまく想像できなくてルシウスはちらり、と一歩後ろのリーベを見た。


 彼は何かを思い出したように鼻で笑った。



最初の回帰の時(一度目)に比べれば、随分打ち解けたと自負しているんだがな」


「あー、あの時はすごかったよねぇ。もう二人、いつでも殺し合い始めそうだったもん!

 いやぁ、懐かしいねぇ」



 あまりにも楽しそうなシュトルツのそれを咄嗟に頭の中で想像してみたルシウスは、口端を引きつらせた。



「ほら? あの時の俺らってまだ若かったし、色々あった後だったから余裕も何もなかったよねぇ」



 まぁ、今もないけど。シュトルツは笑った。



「あのころは、私もエーレも罪悪感に潰されていたからな。その矛先が相手に向いていたんだろう。

 驚かせたならすまかった。特にルシウスが気にすることではない」



 それだけ言って近くに見えてきた孤児院へとリーベは歩を速める。


 隣を通っていく彼の銀髪が、陽に輝かしく揺れるのをルシウスはぼんやり見ていた。



「あ、そうそう。この中で怒らせたら一番面倒くさいのは、リーベだから。気を付けてね」



 同じようにリーベを見ていたシュトルツが、耳打ちするように囁いてくる。



 ルシウスは、もう姿が見えないエーレと前をいくリーベ、隣のシュトルツ。


 三者の怒った様子を想像して、深く頷くしかなかった。



 同時に彼の胸に小さな冷たい風が吹き抜ける感覚があった。




 僕は彼らのことをまだまだ知らない。

 数か月経っても初めて見る彼らの顔がある。



 長い時を共にしてきた彼らのはじまりと今までの軌跡。そこにいた前回までの自分。



 前回までのルシウスから受け継がれた記憶と感情。それも微細なものだった。


 全てを知ろうとはもう思っていない。



 それでも――



 隣にいるうちに知っていけたらいいな。


 そう思うと、リーベとエーレの喧嘩もみたいような気がしてきて、現金な自分にルシウスは苦笑した。





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