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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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【幕間】へたくそたちの静寂

過去番外編「白紙の祈りの果てに」から数日後の話。神視点です。

 



 彼は何度目かわからない微睡みから覚めてすぐに、全身の倦怠感と鈍い頭痛を感じた。



「頭いてぇ」



 いつもの艶やかな髪は乱れているし、いつもの眼光の鋭さも微睡みの中に置いてきたようだった。



 うんざりしたようなため息を吐きだして、首を左右に傾ける。

 全身が怠いを通り越して痛い。普段これほど眠ることがないから余計になのだろう。



 彼――エーレはぼんやりとする視界の中、掛け布団に放り出していたノートを手に取った。


 あの白紙のノートではない。

 これからどうするかを考えるために取り出したどこにでもある紙の束だった。



 ペンがどこに行ってしまったのかわからない。どうやら書いている途中で眠ってしまったらしい。


 それを知り、ベッドの中のどこかにあるだろうペンを探していた時――



 堅いノックが数度、控えめに転がり込んできた。



「起きてる、入ってこい」



 いくら目が覚めたばかりと言えど、扉の先にある生命力が誰のものかがわからない彼ではない。



 その応答から数瞬後、やはり控えめにーーほとんど音も立てずに扉が開かれた。



「どう? 体調」



 まるで親に叱られた子供のように顔だけを出し、部屋を覗き込んできたのはシュトルツだった。



 エーレはそんな仲間を見て、数日前のことを思い出す。


 機会があれば謝ろうと思っていたが、ずっと部屋に籠りっぱなしだったからそんな機会なんてあるわけもなく。



「怒ってねぇから、さっさと入って来いよ」



 口をついて出たそんな言葉にエーレは顔を顰めた。


 しばらく躊躇うような間を置き、部屋に入ってきたシュトルツの手には盆の上に乗せた食べ物と水。



 彼はエーレの隣まで来ると、それをサイドテーブルに置いた。



「あれから一週間は経つけど、エーレさん何も食べてないでしょ?」



 サイドテーブルに置かれたお粥のようなものを見て、エーレは苦笑する。これではまるで病人扱いだ。


 湯立つそれを見ながら、エーレは目を伏せた。


 自然と息がこぼれ出る中、二人の間に沈黙が挟まれふ。



 その沈黙に耐えきれないように、


「あの……さ。エーレ」


 と僅かに引きつったシュトルツの声がエーレの鼓膜を叩いた。



「ごめ――」「言わなくていい」



 エーレが顔を上げた先には、瞬かせた赤い瞳の奥をほんの少しだけ揺らすシュトルツ。


 親に怒られたではない――まるで飼い主に叱られた子犬のようだ。



 エーレはそんな彼を見て、バツが悪くなった。



「謝らなくていい」


「いや、よくないよ」



 だというのに、すぐさま反駁してきたシュトルツにエーレは首を振る。



「今回のことはお前が悪いわけじゃない」



 あの日。代償による深い眠りから起きてすぐに事を把握したエーレの怒りは、真っ先にシュトルツに向けられた。


 しかしあの時の自分はどうかしていたとエーレは思う。



 どうして、と口にしておきながら理由なんて聞くつもりがなかったからだ。



 いくら前回の回帰を想起させることだとはいえ……


 たしかに状況は似ていた。

 けれどタイミングも悪すぎた上に――



「あれは俺の命令(やり方)が悪かった」



 自らへ忠誠を捧げている男に、自分を見捨てていけだなんていう命令。


 その上、リーベの言葉を聞く限りシュトルツはそれに従おうとしたというではないか。



 ーー自分がこの男を責める理由なんて一つもない。



 エーレの言葉にシュトルツは応えなかった。


 彼は開きかけた口は閉じ、また何か迷うように開くも、そこから声が発せられることはなく、代わりにサイドテーブルに置かれたお盆から水の入ったコップをエーレに差し出す。



「エーレさん、声枯れてるよ。とりあえず飲んで」



 大人しく差し出された水を飲んだエーレは途端、咽せこんだ。

 どうやら思っている以上に体の機能が低下しているらしい。



 驚いてそっと背中をさすってきたシュトルツの手をエーレはやんわりと払いながら顔を顰めた。



 情けない。


 気管に入った水分を吐き出しながらもエーレは心の中で毒づく。



 咳き込む声が部屋に響く中――またしても音もなく開かれた扉の前の気配に、彼は顔を上げた。


 幾度か咳払いをして、喉を整えた先にはリーベがいた。



 いつもと何ら変わりない――しかしエーレを見て、幾度か目を瞬かせたあと、苦笑するように僅かに口角を釣り上げた彼。



「平静に戻ったようだな」



 淡々と無感動に、確かめるように呟いた彼は数歩部屋に入ってくると――そこで立ち止まった。



 エーレとリーベの視線が交わる。


 ほんの数秒の沈黙にはどこか穏やかとはいえない、微妙な空気感が含まれていた。



 先に視線を逸らしたのはエーレだった。その口が開かれようとした時。



「謝罪は受け取らない」



 きっぱりと端的なリーベの声が滑り込んだ。


 その言葉に、空気ごとぴしりと切り揃えられたような静寂が落ちた。


 一度は落とした視線をあげたエーレの眉は、仲間の真意を測り切れぬように潜められていた。



 リーベは三歩だけ前に進み出て、一度彼はベッドの掛け布団に放置されたままのノートへと視線を落とすと、



「結果論になるが――」 続ける。


「私のした選択は最善であったと自負している」



 再び二人の視線がかち合った。


 やはり落としきれない僅かな緊張感。

 しかし次に視線を逸らしたのはリーベだった。



「それに」 彼は嘆息を一度挟むと、「ルシウスに風を繋げた時点で、お前に打たれる覚悟はしていた」



 エーレが口を開きかける。しかしそれを許さないように三人の中で一番低い声は続いた。



「今回は――いや、今回もか。状況があまりにも悪かった。仕方がなかった。そうは思わないか?」



 それはまるで提案のように。小さく首を傾げて見せた彼に、エーレは苦笑にもならない息を吐きだした。



「そうかよ」



 三度、かち合った視線の中にはもう、意思のぶつかり合いは見つけられなかった。



「……そうだな」



 エーレの小さな呟きを最後に降りた沈黙。


 その中で、シュトルツは理解できないといわんばかりの視線で二人を交互に見ていた。



 リーベは今一度、エーレの膝元にあるノートに視線を投げた後、さっと踵を返す。



「いつまでも閉じこもっていないで、少しは顔を見せることだな。ルシウスが心配している」



 その言葉だけを残し、扉が小さな音を立てて閉められた。











 扉の先に消えた背を見つめるエーレに、肩を竦めたシュトルツはお椀を取り上げると、そっと前へ差し出した。



「ほんっとに、あんたら二人はーーへたくそだよなぁ」



 何がとは言わない。


 もう何年の付き合いになるのか数えるのすら面倒な長い時を隣で過ごしてきたというのに。


 こういうところは昔からほとんど変わっていない。



 苦笑でもなく、呆れるでもなくーー


 吐き出した言葉に乗った気持ちが何なのかをシュトルツ自身もわからないまま、エーレがお椀を受け取るのをぼんやり見ていた。



 次いでスプーンを受け取ったエーレが「お前に言われたくねぇよ」と失笑交じりで答える。



 エーレが成人男性には少ないだろうそれを食べきるまで、シュトルツはベッドサイドの椅子に座って沈黙を守っていた。



 その間、自然と落ちた視線の先。


 乱雑に箇条書きが記されたノートを見た彼は拭えない違和感を感じて、ちらりと目だけでエーレを一瞥した。



 彼がこうして情報を書きだすのはあまりにも珍しい。

 大体において頭の中で整理していることを知っていたからだ。



 今回は――いやリーベの言葉を借りるのなら、今回も。予想外のことが多すぎる。


 二度目のように、強行突破で皇帝を打破することも難しいだろう。



 今まで計画のほとんどはエーレに任せてきた。


 彼が自分たちの意見を煽ることはあっても、結果的にエーレの立てたものが一番最善であったからだ。



 けれど、どうやら――ここからはそうもいかなさそうだ。



 時間をかけて空になったお椀を受け取ったシュトルツに、エーレは放りっぱなしにしていたノートを差し出した。



「処分しておいてくれ」


「了解」



 人に見られたら困るだろう沢山の情報。隠蔽を書ける必要もない文字の羅列。


 あとで灰にしておくか。シュトルツはそう思ってノートを受け取る。



 そのまま何かを話すこともなく、お盆を持って立ち上がったシュトルツに思い出したようにエーレは続けた。



「あと、ルシウスに風の飼い慣らし方を教える。リーベに伝えておけ」



 背に受けた予想外の言葉に進みだそうとしていた足をその場に留めたシュトルツは、小さく小さく息を吐きだす。



「了解」



 ーーやり方が悪かった、か。



 そんなエーレの言葉を思い出しながらも後ろを一瞥することもなく、シュトルツは扉の先へ消えていった。







 仲間の背を見送ったエーレは、今しがた自分が言った言葉を反芻して瞑目する。


 栄養を入れた体は先ほどに比べると少しはマシだったが、やはり倦怠感は拭えない。



 失くした記憶を埋めるために精神が調節しているのだろう――眠気がいつまでも瞼にこびりついている。


 舌打ちを一つ。エーレはすぐにベッドから出ることにした。



 まず湯あみでもして、シュトルツ相手に剣でも振るえばこの倦怠感も和らぐだろう。


 情報整理と計画の練り込みはそのあとの方が効率がいい。



 立ちあがった彼は、乱雑になっていた掛け布団を整えようとさっと持ち上げた。


 その時、膨らむリネン生地の隙間から飛び出てきたのはーー行方の知れなかったペン。



 それが足元まで落ちてくるまでの数瞬を、エーレはゆっくり目で追うだけだった。





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