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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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【断章】不文律の彼方

手配書への抗議文のくだりです。バルトが皇帝を訪ねるお話。

 




「このような場を設けて頂き、誠にありがとうございます。皇帝陛下」




 バルトは通された応接間のソファーにすすめられる前に、一言硬く告げる。

 前方にはソファーに鎮座した男性。


 ゼヴェルス・アウレリウス・アレクサンダー・フォン・ラクセンベルク。その人がいた。



「貴方の方からお声がけいただけるなんて光栄ですよ。レギオンマスター殿」



 紅茶の入ったカップを口に運びながら、こちらへ一瞥すらしない彼の白々しい発言に、バルトは口端が引きつりそうなのをぐっと堪える。



 レギオン本部を出発した側近のレナードが帝国に着いたのが十日後。

 抗議文書渡してから随分と待たされ、レナードからバルトに伝達が来たのがその一週間後だった。


 すぐに密談を取り付けるよう指示し、指定されたのは更に十日後。

 こいつ舐めてやがるな。バルトはそう思っていた。



 今の大陸情勢の鍵を大きく握る皇帝と昔から付き合いがあると言っても、大きなものを抱える同士、私情は挟めない。


 それでも暗黙の了解を破ったのは皇帝だった。それに関してはきっちり話をつけないといけない。



 三国と特例組織のレギオン、聖国のレヒト教会。帝国と王国にある主神を崇めるそれぞれの宗教団体、ギルド。それらでこの大陸はバランスを取っている。


 どの国にも属せないはぐれ者を受け入れ、各国が手の回らない、もしくはやりたがらない危険な仕事を受け持つのがレギオンだった。



 だからこそ各国は特例組織として準自治権を認めているわけであるし、レギオンの存在を尊重する。

 国同士の諍いには出来るだけ介入しないし、裏稼業も請け負わない。


 レギオンに属する者の裁定権は、まず第一にレギオンマスターであるバルトにある。


 所属するクランの者が、どこの国で何かをやらかしたとしても、その国はまずバルトに意見を仰ぐ。そういう不文律があった。



 皇帝の息子――皇太子ユリウスがルシウスであることをバルトは、彼を一目見てすぐ気づいた。

 記憶力だけはいい。特徴的な髪だが、この大陸にいないことはない。


 まだかなり幼かったユリウスの面影のある少年。それはバルトに遠い過去を想起させた。


 カロンから事情を聞いたバルトは全てを理解した。



 ユリウス――いや、ルシウスが置かれている現状も、ゼヴェルスが彼に執着するあまりにその不可侵の原則を破ったことも。



「どうそ、お座りください。時間が惜しい」



 やはりこちらを見ることなくソファーをすすめてきた皇帝に、バルトは「では失礼して」と一言、彼と向かい合う。



「随分お忙しいご様子ですね」



 前に置かれた紅茶に手をつける気にはならなかった。



「昨今の情勢は落ち着きを取り戻していますから、それほどではありません」


「そうですか。それは優秀な臣下をお抱えのようで」



 人をこれほど待たせておいてよく言う。


 見え見えの嫌がらせに、わからない程度の嫌味を返し、バルトは目を細めながら前の男を見た。



 カップをソーサに置いた旧友がちらりと目線を上げる。彼はその視線を受け止めた。


 随分と老けたな。真正面からセヴェルスの顔を見て、バルトは思った。

 自分より六か七つほど下だったはずだ。それでも自分と大差ないように見える。


 彼とこうして面と向かい合ったのはいつぶりだろうか。稀に開かれる各国首脳会談には参加はしてきたものの、こうして間近で見たのは久しぶりだった。



「抗議文書を拝見しました」


「文書でのやりとりでは、結論に至るまで時間がかかりすぎると思い、直接参上した次第です。

 可能ならば、この場で決着をつけたいと愚考しております」



 バルトは姿勢をただし、即座に申し出た。


 文書だとどれほどのらりくらりされるかわかったものではない。

 出来るだけ早くに手配書を取り下げさせる。それがバルトの目的だった。



「では――」



 皇帝が力を抜いた風に肩を落とし、口元にはぼんやりとした笑みが浮かべられた。

 昔はしなかった表情。前の男から漏れ出る異様な雰囲気にバルトは眉を寄せた。



「抗議内容の確認をよろしいでしょうか?」



 随分と急かすなと思いながらも一つ一つ列挙していくことにした。


 まず、手配書に書かれていたこと。

 帝国への反乱行為、その扇動。あまりにも漠然とした罪状。その事実確認と情報源。


 しかしセヴェルスは「機密案件です」としか答えなかった。



 次にバルトは要塞都市での話を持ち出した。

 皇太子ユリウスの拉致容疑。



「皇太子様が行方不明であるという事実に私は衝撃が隠せませんでしたよ、陛下」



 バルトの言葉に、セヴェルスの眉がわずかに跳ねる。



「レギオンに籍を置くカロンは皇太子様と接触したという事実もなく、ましてや御身を拐わかしたなんてとんでもない。何かの行き違いだったご様子で」



 蒼い瞳がスッと細められた。


 彼が皇帝の地位を引き継ぐよりも遥か前から、バルトは三国と対等にやり合う特例組織の長の座についている。

 こういった駆け引きは得意だった。



 相手は皇太子が自ら出奔したなど口が裂けても言えない。国の威信に関わるからだ。


 それがまさか、はぐれ者ばかりのレギオンに身を置いているなんてことも知っていても言えない。


 公に晒すことのできない事実。

 それでもどうにか皇太子を連れ戻したいがために、ありもしない罪状をでっちあげてカロンを引きずり出そうとしている。


 国から見捨てられた行き場のない者たちを守るのが、レギオンマスターである自分の使命である。

 バルトの信念はそこにあった。


 そして今では、皇太子であったルシウスもそこには含まれる。



 父と子の間に何があったのかバルトは知らない。それでも皇帝の変わりようを見れば、ある程度想像はつく。


 外の世界を知らない子供がひとり、身の危険を承知で飛び出すほどの何かがあったのだ。

 二度と帰りたくないと思う何かが――



「その上で申し上げることをお許しいただきたい。

 この度のカロンの指名手配はこの大陸ですでに根付いている不文律冒すものと存じ上げます。

 早急に手配書の取り下げをお願い申し上げます」



 バルトは真っすぐセヴェルスを見据えた。こちらに利はある。その確信はあった。


 皇帝はすぐに答えることはしなかった。代わりに小さな嘆息。

 そして豪奢な上着から、これまた豪奢な金属製の薄いケースを出すと、その中から煙草を摘まみ上げる。


 その様子をバルトは怪訝に思いながら見ていた。

 皇帝はソーサーからカップを隣に移動させると着火剤で煙草に火をつけ、もう一本取り出した煙草をバルトへ渡してきた。



 随分昔にこういったことがあった気がする。

 差し出された煙草を受け取ったバルトは火をつけるか迷った。


 前から吐き出された紫煙が二人の間に漂い、皇帝は灰をソーサーに落とした。



「侍従が悲しみますよ、陛下」



 そのソーサー一枚で平民が何日生活できると思っているのか。バルトはそんな想いを込めて諫止する。

 だが皇帝は意に介した様子もなく、手元の煙草を見つめたあと、おもむろにこちらへと視線をあげた。


 数秒にも満たない沈黙。

 その中で視線だけが交差し、どちらかがそれを逸らすことはなかった。


 蒼い瞳が小さな影を落とし、ようやくその口が開かれる。



「手配書を取り下げるつもりはない。機密事項と申し上げたが、あれの罪状には皇太子が関わっている。あの者の身の安全を第一に考えると、取り下げることは断じてできない」


「安全、ですか。不文律を破ろうとも、お考えはお変わりないので?」



 色をなくした濁った瞳で皇帝はバルトを強く見つめてきた。


 全身に漂う嫌な気配。目だけではない。生命力そのものが濁っているようにすら思えるそれに、バルトは険しくなりそうな顔から力を緩めた。


 皇帝は応えることなく、代わりに着火剤をバルトに渡してきた。



 仕方なくバルトは煙草に火をつける。煙草をやめたのは、セヴェルスと疎遠になってからだった。


 いつから、どうしてこのようになってしまったのか。おそらくそれは皇妃が死去してからだ。

 皇妃の死が、彼にどんな変化をもたらしたのかをバルトは知らない。



 わかっていることと言えば、皇妃は死去後、帝国上層部が一斉粛清を受けたことだった。

 公の事実としての信ぴょう性はない噂程度ではあったが、その粛清には彼の両親も親類に含まれている。


 皇妃の死の裏に一体、何があったのか。

 それからというもの一人しかいなかった側妃以外に大勢の側妃を囲うようになったという。



 さほど時は経たずして、三国の在り方が急激に変わった。その背景、真実であればある程度知ってはいた。

 帝国が聖国と深く繋がっているなどということが今更だが、王国転覆を後ろ盾として扇動し、結果としてやってみせた時には、バルトは感心さえ覚えたものだった。



 何故なら前の男を、皇帝の器には到底不足していると思っていたからだ。

 国の頂点に立つということは綺麗ごとだけではやっていけない。時には冷酷で非情な判断もやむを得ない。


 昔から知っているセヴェルスという男にはそれがなかった。



 ルシウスとセヴェルスはよく似ている。バルトはそう思っていた。

 だが三国の立ち位置が変わっていく間も、彼は積極的に何かをしようとしたことはない。


 レギオンを第一に守ることこそが自分の本分である。

 しかし今まで通りのやり方ではレギオンが危うくなる。


 皇太子の身を盾に、不文律を冒すことを認めた皇帝。



「――バルト」



 彼の声で久しぶりに呼ばれた自らの名に、彼は紫煙を吐き出しながら、目を細める。


 皇帝とレギオンマスターではなく個人として話そうとしているセヴェルスを見て、バルトはどう応えるべきか迷った。



 大陸を手中に収めようとあらゆる暴挙に出ておきながら、こういった分別のない幼さを見せる彼に小さな安堵を感じた自分。思わず舌打ちが出そうになる。


 前にいるのは旧友ではなく、敵になるかもしれない存在だった。

 だからバルトは口を閉じることにした。



「皇太子を返してもらいたい。そうすればすぐに手配書を取り下げる」



 沈黙を埋めるように即座に続けられたそれは、やはり皇帝ではなくセヴェルス個人としての言葉に聞こえた。

 だがバルトは自らの立ち位置を動かす気はさらさらなかった。



「先ほども申し上げましたが――私どもは皇太子ユリウス様の居場所を存じあげません」



 毅然とした態度で返答したバルトに、皇帝が僅かに眉を潜め、やはりすぐに反駁する。



「訂正しよう。カロンに籍を置くルシウス。その身柄を引き渡してほしい」



 それを最後に沈黙が下り、バルトは吐き出した紫煙で表情を隠した。落ちようとしている煙草の灰を手のひらに受ける。


 手配書に三人の名前を書かず、ルシウスの手配書もなかった。この会話が本命だったのかもしれない。



 ――冷酷で非情な判断、か。バルトは口の中で笑った。



 レギオンを第一に考えるのなら、ルシウスを引き渡してしまった方が早いのかもしれない。

 そうすれば、またしばらくはレギオンは安寧を得られるだろう。


 だが――

 自分が治めるレギオンは国ではない。


 どうしてバルトがレギオンという特異な組織を立ち上げるに至ったのか。

 全ての答えはそこにあった。



 消えゆく紫煙を目で追いながらもレギオンに属する人たちを思い浮かべたバルトは口元を緩ませた。



「たしかに」



 先ほどまでより凛と深く通る声が応接間に響く。

 それは皇帝の意思を切り崩す意思が込められてあった。



「ルシウスという少年はレギオンに所属しております。しかし、彼は皇太子様ではない。

 何故、彼と皇太子様を結び付けるのか。それを仰っていただけなければ納得できかねます。

 それに彼の手配書はなかったはず。皇太子様が行方不明の理由も重ね合わせて、ご教授願いたい」



 ゼヴェルスは沈黙した。

 個人として話し、腹を割って話す覚悟があるのなら、少しは乗ってやってもいい。そう思っていた。


 しかし――沈黙は破られない。皇帝はそうするつもりはないようだ。




 バルトは今後のことに頭を回すことにした。


 この密談――交渉は決裂だ。本人が望まない限り、ルシウスをこの男のもとへ返すわけにはいかない。


 カロンの手配書を取り下げられないのなら、他の手を打つしかない。

 しかしいつまでも帝国からカロンの身を隠しきるには無理がある。



 バルトの脳裏にエーレとシュトルツとの会話は頭に過った。

 二人がトラヴィスへと密かに依頼していた暗殺ギルドの件。その裏にいる聖国と帝国。カロンがどう動こうとしているのかは知らない。


 それでもこれは突破口になるかもしれない。



 今までは三国の成り行きを黙って見ていた。それが最善の選択だと思っていたからだ。

 だが――


 バルトは指に挟んでいた煙草の火を水魔法で消すと立ち上がった。



「これ以上は時間の無駄だと存じ上げます。失礼ながら私はこれにて」



 視界の下で微かに揺れた紺碧の髪。何故かまだ幼さを残したルシウスの顔が頭に過る。



「レギオンマスター殿」



 呼ばれた名称を追って振り向くと、そこには昔の面影をなくした非情な瞳でこちらを見据える皇帝。



「大陸の在り方は変わった。容認してきたレギオンの自治権を今の帝国ならいつでも剥奪することができる。貴方は賢明な方だ。よくよくお考えください」



 その言葉にバルトは口元を引き上げ、初めて笑みを見せた。



「ご憂慮、痛み入ります。仰るとおり、古いやり方は変えていかねばならないと愚行しておりましたところです」



 もう二度とセヴェルスと友として接することはないのだろう。

 バルトは一抹の寂しさを感じて、前の男を見据えた。


 仕方ない。国も人も変わっていくものだ。

 この世界で友として語り合える相手はあまりにも少ない。


 だからこそ扉を開ける前に一言、バルトは彼にどうしても言わずにはいられなかった。



「セヴェルス。お前は自分のガキの名前すら言えねぇのか。舐め腐ってんじゃねぇクソガキが。いつまでも拗ねてんじゃねぇぞ」



 バルトは振り向くことも答えを待つこともせず、応接間を後にした。









 城を出た先で、バルトはシャツの中に隠していた結界の魔鉱石を見た。


 密談へ向かうといったときにカロンから渡されたものだった。



 どういう意図があってこれを渡してきたのか。その時はわからずにお守り代わりとして身に付けておいたが。

 城全体が嫌な気配――いや、生命力を纏っていた。おそらくあれはセヴェルスのものだ。


 王国転覆、その背景は知っていても、実際どうやってそうしたのかバルトは知らなかった。


 しかしこれは、おそらく……



 バルトは城へと振り返る。


 セヴェルスがそれほどの生命力を持っているとは到底考えられなかったが。



 城全体を覆うほどの生命力。水魔法の特性を最大限活かすことは出来れば可能なのかもしれない。

 しかしあの力は一時的なものだった。


 誰かを、ましてや国自体を自らの思いのまま操作し続けるなんて普通の人間にはできない。



 バルトの脳裏に先ほどまで前にいた男が蘇る。


 もうあれは自分の知っているセヴェルスではないのかもしれない。


 この口から決別と対峙の宣言を置いてきたのだ。

 もう過去を振り返る必要なんてなかった。






 そこに駆け寄ってきた側近を見つけて、バルトは歩を進めることにした。



「すぐに戻るぞ」



 バルトの表情を見て察したらしい側近のレナードが、眼鏡を鼻当てをくいっと持ち上げて眉を寄せた。



「これからどうするおつもりですか」


「すぐに手を打つ。トラヴィスに連絡を取ってくれ」



 競歩で馬の待つところへ向かうバルトが唐突に立ち止まった。

 彼は城を見上げ、睨むと唇を引き締めた。



「どうやら俺は大人しくしてるのは耐えられねえ性分みたいだな」



 それだけ言って再び、歩を進める。

 後ろからついてきたレナートが失笑した。



「バルトさんが大人しくしてるところを僕は見たことありませんけどね~」


「十分大人しくしてただろうが、似合わねぇお偉いさんごっこまでしてよ。

 それでもまぁ、子供たちの意見が最優先だけどな」


「レギオンの人たちは全員、バルトさんについていくと思いますよ」



 レナードの言葉にバルトが大きな笑い声をあげる。



「そうだといいがなぁ」



 馬のもとへたどり着き、跨ったバルトを見て「それに」とレナードが口端を引き上げた。



「そろそろ雷神の獅子を見てみたい。そう思っていたところです。

 僕はどこまでも貴方についていくつもりですよ、あの日からね」



 馬にまたがったレナードを見て、バルトは「はん」と鼻で笑う。



「こりゃあ、期待に応えるしかねぇってやつだなぁ。楽しくなって来たぜ」



 二頭の馬が駆ける蹄が石畳を叩く音がやけに大きく、勇ましく聞こえた気がした。


 バルトは前を見据える。



 さぁ、開戦の準備をしようーー




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