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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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186/233

補足番外編「子守歌の代わりに沈黙を」

この話は本編の補足としての番外編になります。

コンラートの屋敷に行く前のレギオン本部での話。

「揺れる紅茶、灯る決意」でエーレとルシウスが二人で話していた時、シュトルツがエーレを迎えにきて、その部屋を退室した後の話です。


「エーレさんとデートだから」というシュトルツに、ルシウスが「大人は楽しい夜をお過ごしください」という皮肉を言った後になります!!!

わかりづらくてすみません!

 



 レギオンマスターの執務室は、四階の一番奥の部屋にある。


 エーレの部屋にルシウスを残したまま、シュトルツとエーレはそこへ向かっていた。



 まぁ、これもデートに変わりない。

 なんてことを口の中で呟きながら、この時間でも明かりをつけたままの廊下を歩くシュトルツが後ろを振り返る。



「そのノート。おこちゃまに見られたんじゃない?」



 エーレの手には、隠蔽の魔鉱石が括りつけられているノートがあった。



「別に見られても問題ねぇだろ。あいつには何も見えんだろうしな」



 代償として失っていく記憶を繋ぎとめるために、あらゆる軌跡を殴り書きしているのだろう――そのノートは勿論シュトルツにも読めない。


 彼が何を思って、それを書き、度々読み直しているかなんてものはもっとわからない。


 ノートに視線を落としていたシュトルツは肩から力を抜いて前方に視線を戻す。



「あの子、思ってる以上に聡いじゃん? そのこともいつまで隠し通せるかわかんなくない?」



 最初は知らなかったし、知ろうともしなかったが、回帰を繰り返す度にルシウスが賢いということはよくわかるようになっていた。


 適応力もあるし、魔法も剣術も伸びが早い。まだたったの十六歳だというのに……

 いや、逆かな? まで考えたシュトルツは背に不機嫌そうな視線を感じた。


 それでも振り返るはせずに肩だけ竦めてみせる。



 先に執務室が見えてきた。

 そこへ辿り着くよりも早く、肌を掠めたのは微細な波動だった。



『鍵は開いてるから適当に入ってくれ。手が離せん』



 突然届いた伝達にシュトルツは目を瞬かせて、足を止める。その隣をエーレは無言で通り抜けていった。


 すぐにその背を追ったシュトルツの先で、エーレがノックもなしに扉を開けようとしているのが見えた。



 レギオンマスターのバルトは前線を退いて長い。

 それでも感が鈍るどころか、戦闘能力は衰えていないと聞く。


 彼が風と雷の本質を持っているのを誰もが知っていても、戦う姿を見たことのある人は――ブラッドバウンズのマスターだけだった。



 エーレに続き、開けられた扉を潜った先で、最初に目に入ってきたのは、書類の山と高そうな酒瓶。


 広い執務室には質の良いソファーが向い合せで並び、その中央にはローテーブル。

 壁一面に本棚が敷き詰めらえていて、奥には大きな執務机。その机は紙の束で埋められていた。



「おーおー、悪いな。ちょっと待っててくれ」



 彼は手元に視線を落としたまま眼鏡の角度を整えた。片手には酒の入ったグラスを持っている。



「レナードさんは?」



 この書類の山を一人でこなそうとしているバルトに、シュトルツは彼の側近が見当たらないことを怪訝に思った。



「あーあいつなら、さっき帝国に飛ばした。抗議文書持たせてな。

 返事もらってくるまで帰ってくんなっていってあるから安心しろー」



 抗議文書。カロン指名手配に関しての抗議であることを聞かずともシュトルツは理解した。

 同時にレナードが不憫にも思えたが、それは気にしないことにした。



「忙しいなら出直すが」



 前でエーレが一言だけ告げる。



「もうちょい待てって」


「どう見てもその量はもう少しじゃねぇだろ」



 すぐに反駁したエーレに、バルトが「はー」とあからさまなため息を吐きだして顔をあげる。


 鳶色の瞳がスッと細められて、エーレを捉えたのも一瞬で、二度目のため息と共にペンを机に放りだした。



「お前は相変わらず堪え性のないやつだな。こんなもん、今夜中に終わらせられるわけねぇだろ」



 彼は酒瓶とグラスを持つと、にんまりと口元を緩めて、こちらへ移動してきた。



「仕事中に酒呷ってるあんたに言われたくねぇよ」



 エーレは不本意そうに顔を顰めて、先にソファーに座る。

 その向かいにバルトは勢いよく腰かけると、テーブルに酒瓶を置いた。



「あーシュトルツ、そこの棚にグラスあるから取ってこい。飲もうぜ」



 こちらに背を向けたバルトが、グラスを持ったままの手でキャビネットのある方を示した。


 シュトルツは思わずエーレを見るが、彼は何も言わない。


 その沈黙が是でも非でもない。つまり飲みたければ飲めばいいということを理解して、シュトルツはグラスを一つだけ取り出すと、エーレの隣に腰掛ける。



「あの坊主……ルシウスか。どうだ? うまくやってんのか?」



 前に座ったシュトルツのグラスに、バルトは見るからに度数の高そうな酒を注ぎながら尋ねた。

 いただきます、と小さく言ったシュトルツの隣で



「うまくも何もねぇよ。事情は話しただろ」



 と、エーレが不機嫌そうに答えた。



「そうかそうか」



 バルトがこちらへグラスを突き出す。シュトルツはそこにグラスを軽く合わせた。

 ガラスが軽くぶつかる鈍い音が部屋の中に溶けていく。


 ほんの少し口に含んだそれは独特の風味のある酒だった。


 その香りを堪能しながら、ふと視線を上げた先には――



 柔和な表情、漂うのは心を開いても問題ないと思わせるような安心感。

 バルトの温かいまなざしがそっとこちらへ注がれ、それは隣にエーレに移っていく。



「あんたの仕事の邪魔をしに来たわけじゃない」



 そんな眼差しを受けてもエーレの淡々とした態度は変わらない。


 今回一度は甘える形になってしまったから尚更なのかもしれないな、とシュトルツはもう一口酒を含みながら思った。



「そらぁ残念だ。構ってほしいから、積極的に邪魔に来てくれたもんだとばかり思ってたんだがなぁ」



 ソファーに深く凭れて、その上端に肘を置いたバルトが楽しそうにエーレを見た。

 その言葉が半分は嘘でないことをシュトルツもエーレも良く知っていた。



「寝言は寝て言ってくれ。用がなきゃわざわざこねえよ」



 ここに来た理由は二つ。

 エーレの言葉を聞いてすぐ、バルトはいつものように「はー」とわざとらしい溜息交じりの声をあげた。



「お前は可愛げをどこに置いてきちまったんだ。四年はもうちとばかし可愛げがあったってのに」



 可愛げなんてものが彼にあったことがあっただろうか?

 シュトルツはグラスに目を落として一瞬だけ考えた。



 見なくても隣の彼が嫌そうな顔をしているのが鮮明に浮かぶ。

 そのエーレの反応を見たのだろう、バルトが楽しそうな笑いを上げたあと「まぁ」と続けた。



「丁度よかった。俺もお前らに聞きそびれたことがあってな」



 彼の言葉にシュトルツとエーレは目を合わせた。


 聞かなくても何のことかは大体想像はつく。


 エーレとシュトルツが沈黙したことを、聞きそびれたものとやらの催促と解釈したらしいバルトが口を閉じることなく話し出した。



「聞きそびれたっつーかまぁ、あれだ。気にかかったことがな。

 一つは手配書の情報源。だがこれは、カロンの名前が出ただけだ。お前らの外見偽装のおかげでそれほど痛手ではない。が、偽装してるからこそ気になるよなぁ?」



 バルトの言葉はそこで途切れた。

 続く意図を二人は理解していた。



 どうして偽装しているにも関わらず、皇太子であるユリウスを見分けることが出来たのか?


 隠蔽の仕組みを二人はバルトに明かしていない。

 明かすことで害になるとは思っていなかったものの、ただ単に言う機会もなかった。



 前回までの回帰での指名手配。勿論、何もせずにされるがままになっていたわけではない。


 どこからカロンと帝国皇太子が共にいるという情報が渡ったのか。その原因は調べていた。


 だが、たどり着けなかった。隠蔽で姿を偽装しているにも関わらず、‘’ユリウス‘’の外見を知っている人物。



 二人が口を閉じた前でバルトが続ける。



「まぁだが……レギオンの所属クラン名だけは公開されているからな。

 こっちの業界に敏い人間なら、クランに所属してる人間の名前もある程度把握してるだろう。

 レギオンランク四位で悪目立ちしてるカロンが、珍しくメンバー補充をしたって噂を聞いた誰かが推測で――」


「だかが、推測で皇帝は動かねぇなんてこと、あんたならわかってるだろ」



 バルトの言葉を遮ってエーレの声色は、少しばかり苛立ちを含んで聞こえた。



「それに随分前から皇帝は、俺たちが一緒にいるのを把握してる」



 湖上都市フィレンツィアでの出来事。

 あの時にはすでに包囲網が出来ていたということは、それよりも更に前ということだ。



 シュトルツはバルトとエーレの会話を聞きながら、思考を巡らせる。



 皇帝が易々と‘’ユリウス‘’確保を諦めるわけはないことがわかりきっていた。


 王国に渡り切る以前――帝国領の港街セラノまでは、密かについてきていた密偵たちを見つけるたびにシュトルツたちが始末していた。


 ――誰一人として生きて帰らせてはいない。



 伝達を送る暇もなく始末したはずではあったが……

 もしそこから伝達がいっていたとしても、シュトルツたちがカロンであるということを確実に把握できるだろうか?


 今まで何度も何度も巡らせてきた思考に、やはり出口は見つからなかった。



「過ぎた話をしても仕方ないだろ」 不機嫌そうな声色のエーレに、


「そこじゃねぇのはわかってんだろう?」と、バルトは声を潜めた。


「レギオン内にお前らのそのよくわからん偽装を突破できるやつがいて、密告し(うたっ)た可能性があるってなら、俺はマスターとして野放しにしておけねぇってことだ」



 その声は低く、唸るようで、肌を刺すような緊張感が伝わってきた。


 バルトの危惧をシュトルツたちが考えてこなかったわけではない。

 それでも前回までレギオン内に密告者がいたという形跡は見当たらなかった。



 隣でエーレが目を細めて数瞬、沈黙した。

 そして小さな息と共に鼻で笑うと、「らしくねぇな」と吐き出すように言った。


 バルトは数回瞬きをし、首を振るとソファーに大きく凭れると、グラスを大きく呷る。



「それはそうだ。俺がこんなに焦るのはらしくねぇなぁ!」



 彼は酒をグラスにつぎ足す時、ついでと言わんばかりにまだ半分以上残っていたシュトルツのグラスへも注いできた。



「まぁ、あれでしょ? 暗殺ギルドの件で苛立ってるんでしょ? 大将は」



 零れそうになっている酒をそっと口元に持っていきながら、尋ねる。

 シュトルツが一口舐める間に、バルトはグラス半分を飲み下して、大きく首を振った。



「ああ、ああ。腹が立ってしゃあねぇぜ」


「だからって飲みすぎだろ……」



 バルトの半分ほどの声で、エーレが呆れたように言った。


 この男は昔から酒豪だとは聞いてはいたが、度数の高い酒をこれほど一度に飲んでも表情は一切変わらない。

 大したもんだ、とシュトルツは口の中で呟く。



 レギオンと暗殺ギルドは随分前から対立していて、冷戦状態を保っていた。


 決して暗殺家業を請け負おうとはしないレギオン。対して暗殺だけを請け負うギルド。

 裏稼業の必要性を否定しないバルトがそれだけでこれほど敵視するはずはなかった。



 護衛依頼を受けるレギオン。その護衛を暗殺対象とするギルド。

 両者の溝はあまりにも深く根付いていた。


 レギオンに所属するクランは決して弱くない。暗殺ギルド相手でも連携さえ取れていれば、対等に渡り合える。

 対立とは行かずに、両者の均衡をどうにか保とうとしていたレギオン。



 しかし数年前――シュトルツたちがレギオンへ所属するよりも前のことだ――今回と似たような件があったらしい。



 立て続けにレギオンに所属するクランが襲撃され、いくつかのクランを壊滅させられた。

 その大体が護衛任務の最中ではあったものの、これほどに残酷な方法はないだろうという殺され方が続いたのだ。


 救援の伝達を受けた他クランがその場に到着したときにはもう、誰一人として息をしていない。


 その裏には大体帝国か聖国がいると推測された。

 しかし暗殺ギルドは物証を残さない。



 今回の湖上都市から要塞都市の一件にも暗殺ギルドも加わっていた上に、首都目前にしてのあの襲撃。


 今回も今までそうだったように、帝国が皇太子ユリウスの拉致容疑という盾を持ちだして揉み消すに違いない。



「その件だが」エーレが静かに言った。


「こっちで手は打ってある。トラヴィスに依頼してな」



 二度目の回帰は暗殺ギルドを放置していたせいで、あらゆる弊害があった。

 三度目は暗殺ギルドの裏に二国がいるという証拠を求めてレヒト教会へと潜入したが、何も得られなかった。


 その教訓を得ての四度目。シュトルツたちは事前に手を打つことにした。




 エーレの言葉に微妙な沈黙が流れた。


 シュトルツがちらり、と前を覗き見ると、バルトはびっくりするほど真顔でエーレを見つめていた。


 呆気に取られたわけでも、怒っているわけでも、驚いているわけでもない。

 まるで言葉を飲み込めていないような反応だった。



 次に隣へ視線を移すと、エーレが怪訝そうな表情をしているのが見えた――



「はあああ!?」



 僅かな沈黙がバルトの奇声じみた声に打ち破られる。



「待て待て待て。俺はなんも聞いてねぇぞ!? 

 あんのオネエ野郎。今度あったらタダじゃおかねぇ! それにお前もお前だ!

 俺には報告せずにトラヴィスには報告するなんて、フェアじゃねぇ!」



 確かに今回の要塞都市から続いた襲撃事件をバルトするよりも早く、トラヴィスに話したシュトルツたち。

 話せばバルトが激昂するのは目に見えていたし、ただ単に報告が遅れたというものあったわけだが……



「本当に可愛げのねぇ息子だちで俺はつれぇよ」と、泣き真似まで始めたバルトにシュトルツは失笑を禁じえなかった。



 隣のエーレは鬱陶しそうに手を数度払うと「必要性の問題だろ」とため息交じりに答える。


 どう工夫しても自分に乗ってくれないとわかったらしいバルトが、一度息を吐きだしながら肩を落とした。



「あの慎重な野郎なら任せておいても問題ねぇだろう。経過報告の要請はこっちでもしておく」



 バルトはその依頼料はレギオンで持つと言い出したが、エーレは譲らなかった。


 暗殺ギルド殲滅はシュトルツたちにとっても、トラヴィスにとっても、そしてレギオンにとっても利のある話だ。


 それに、対価はもう払ってあると付け加えたエーレにバルドは大きなため息と共に頷くしかなかったようだ。



「これは今回の迷惑料みたいなもんだ。あんたが動いてくれるだけで、こちらとしては有難い」



 淡々と言ってのけるエーレに、バルトはこちらへと意味ありげな視線を送ってきた。



「なぁ、シュトルツ。どうしたらこいつは人への甘え方を覚えると思う?」



 まるで本当の父のような真剣味を演出した相談に、シュトルツは僅かに口元を緩ませながら目だけでエーレを見る。



「えー、エーレさんはほら、孤高の人だから」



 ね? と話を振ってみると、彼はじとりとこちらを睨みつけてきて、


「いちいち話を逸らす癖どうにかしてくれ」とうんざりしたように瞑目した。



 その間にちらり、とバルトが壁にかけられた時計を見た気配があった。

 それを察したシュトルツは、グラスをテーブルに置いて話を促すことにした。



「親父の話はそれでおしまいってことでいい?

 こっちからも二つ、話があるんだけど」



 バルトは手の中のグラスに視線を一度落として頷くと、シュトルツと同じようにそれをテーブルへと置いた。


 コトリ、との音の余韻が消えた後に「クラン自体をどうしたもんかと思ってきたんだが」とエーレが告げる。


 指名手配されたクランの身分証はもう役に立たない。

 その上、このままにしておくとレギオンにとってもあらゆる弊害が出てくるだろう。



 僅かな沈黙に息を吐きだす声が挟まれた。

 バルトはソファーに凭れながら、腕組みをすると同時に足を組むと、肩をほぐすように首を回した。



「それに関しては、そう焦るな。抗議文書を持って行かせたって言っただろ。

 一月以内にはあのガーーゼヴェルスに会いに行くつもりだ」



 ゼヴェルス。帝国皇帝の名前に隣のエーレが僅かに反応した気配があった。



「クラン名を変更するのは意味がないし、新しく作るっても時期が悪いってのは、お前ならわかってるだろう?」



 続けたバルトの言葉にエーレが小さく息を吐きだす。



「まぁな」



 レギオンの情報はバルトと職員が管理していて、外には流れないようにはなっている。

 けれど、今回のようにどこから流出するかなんてわかったもんじゃない。


 手配書がばら撒かれたあとに新しいクランを作るなんていうのはやはり、あからさますぎるのだろう。



「万が一に備えてこの一月間、ダミーのクランをいくつか作っておく。

 もし話し合いが破綻しても、それで少しは誤魔化せるだろうしな」



 バルトの言葉にエーレはしばらく沈黙した。



 これまでの回帰で、バルトは手配される度に皇帝に直接抗議しに行ってくれた。

 けれど手配書を取り下げるには至っていない。



 バルトと同じ意見をすでにシュトルツはエーレに提示してはいたのだ。

 それでもバルトの意見を仰がずにはいられなかったのだろう。



 シュトルツはバルトに小さな感謝を覚えながら、テーブルのグラスへと視線を落とした――その先に突然、エーレの手が伸びた。



「え? エーレさん飲むの?」



 酔う酔わないではなく彼は酒が嫌いなはずなのに。



「あ? 嫌いなだけで飲めねぇことはねぇだろ」



 グラスをそのまま口元へ持っていった彼は、口に含んですぐに顔を顰めた。


 ――随分と苛立ってるなぁ。


 それでも彼は二口、三口と連続で口に含んだあと、舌打ちを最後にグラスをテーブルに置いた。



「こんな不味いもん飲んでるやつらの気がしれねぇな」



 ぼそり、と呟いたエーレにバルトが笑いを上げる。



「嫌いなもんをあえて飲んでるやつに言われるとはなぁ」



 笑いの余韻を楽しむように、ソファーから背を離したバルトがグラスに酒をつぎ足すまでの僅かな沈黙。


 その中でエーレが持っていたノートをテーブルに置き、バルトへと差し出した。

 バルトは真っ白な表紙のノートと見たあと、エーレへと視線を投げる。



「俺がどうしても()くしたくないものだ。預かっていてほしい」



 再び小さな沈黙。スッと細められた鳶色の瞳がノートの落ちて、バルトはノートを手に取った。

 背表紙にある魔鉱石を見て、何を思ったのかは知らない。



「俺が中を見るとは思わねぇのか?」



 彼は立ち上がりながら、悪戯げに言った。

 それに対してエーレはバルトを見つめるが、是とも非とも答えない。



 隠蔽がかかっているのだから、見られても問題ない。

 シュトルツにはその声が聞こえたけれど、バルトはどう解釈したのか、「そうかそうか」と笑いながら執務机へ向かっていく。



 そこから取り上げたのは小さな鍵。キャビネットの引き出しにノートを入れた後、鍵をしっかり閉める音がした。

 その間、バルトは何も言わず、何も聞かなかった。



 レギオンマスターである彼は、所属する人たちのことの情報を漏らすことなく把握している。

 けれど、必要以上に詮索干渉はしてこない。


 個々の自由を尊重し、本当に必要な時、もしくは決して踏み外してはいけない線を超えようとしてる者にだけ制止を求める。


 だからこそエーレはあのノートをバルトへ預けたのだろう。


 ソファーへ戻ってきた彼は酒を一口呷ったあと、


「期待に応えて、俺がラブレターでも挟んでおいてやるよ」と楽し気に笑った。



 それを聞いたエーレが鼻で笑いながら立ち上がる。


 用は済んだ。ここに長居してバルトの仕事を邪魔するのは本意ではない。



 シュトルツは背で語るエーレに倣って立ち上がると、残ったグラスを一気に仰ぎ、「親父、ご馳走様」と言い残してその背を追った。



「エーレ、シュトルツ」



 凛と重みを持って響いたそれにドアノブへ手をかけたエーレの動きが止まる。



「いつでも頼って来いよ」



 短く告げられたバルトの声にエーレは応えず扉を開けた。



「その時は頼むよ。雷神の獅子に」



 シュトルツは僅かに振り向いて、バルトを見やる。

 久しぶりに呼ばれたのだろう――その異名を聞いたバルトは一瞬、目を瞬させたあと大きく笑った。



 その笑い声を背にシュトルツは部屋を出た。





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