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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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185/233

失われてゆくもの、受け継がれるもの

 




「……え?」



 シュトルツから、はっきりと告げられたたった一言の事実。

 ルシウスの口から漏れ出た言葉は宙に浮いたまま、彼の周りを彷徨った。


 ソファーに向かい合って座った二人は、言葉をなくしたルシウスを待つように沈黙を守っていた。



 信じられない、信じたくない。そんな想いでルシウスは二人を交互に見る。

 シュトルツは僅かに眉を寄せ、リーベは目を伏せた。


 それがルシウスの拒絶を許さなかった。



「じっ――」



 まるで禁忌を口にするように、言葉が喉の奥に引っかかる。

 ルシウスは一度、深く息を吐きだし、衝撃で鼓動を忘れかけているような心臓(こころ)を整えた。



「自我同一性の喪失って、どういうことですか?」



 単語を知らないわけではない。

 だが、それだけ言われてもピンとこなかったルシウスは、聞きたくないと拒否する頭に逆らって問いを絞り出した。


 一息に尋ねたつもりが、声は上ずり、語尾が揺れることを抑えられなかった。

 それに対し、冷静に答えたのはリーベだった。



「私が私であるということ。そのための記憶、それに係る感情」



 彼は目を伏せたまま、いつも以上に無機質な声で告げる。



「つまり記憶と感情をなくしていってる……?」



 とてもじゃないが信じられない。

 彼はそんな素振りを見せたことが――いや、ただ数か月の付き合いのルシウスに、その判断は難しい。



「そう」 シュトルツが痛みを堪えるような瞳でこちらを見た。


「回帰する度に俺たちは全員、自我の同一性を対価として支払う。

 同じように、制約の代償もそれなんだ。三人分、そのたびにエーレは自分を失っていってる」



「そんなの……」



 あんまりだ。神の権能? 神の加護枷?


 どうして? どうしてそんな対価が、代償が……



「君と会った時から時間がないって散々言って来たと思うけど」



 混乱に陥りそうなルシウスの前で、シュトルツが続けた。



「アイリスを助けるためにも時間がない。でも、俺たちにももう、時間がないんだ」



 ‘次はない’



 彼の最後の言葉が、ルシウスの頭に幾度となく反響する。

 吸い込んだ息が肺に詰まって言葉にならない。


 その中で思考だけがぐるぐると出口の見えないところを回っていた。



 六度という回数制限のある神の権能? なのに、対価が自分という認識の喪失?

 四度目であるという彼らは、六度という制限を待たずにもう時間がないと言っている。


 エーレだけじゃない。

 今、こうして目の前でまだ冷静さを保って事実を告げている二人も、すでに多くの自己を失ってしまっている。


 なんで? どうして? 意味がわからない。

 嘘だと言ってほしい。性質(タチ)の悪い冗談であると、いつものように笑い飛ばしてほしい。



 そんな想いで再びルシウスは見開いた瞳のまま、二人を見る。


 動揺を抑えることを知らない彼に向けられたのは、宥めるような悲しい微笑みだった。

 そんな彼らの姿に、エーレの背中が重なって見えた。


 あの泣いているような背中が――



「どうして……」



 震える声が自分の意思とは関係なくこぼれ出る。

 それが異様に鼓膜に響いて、視界が大きく揺らぎ、わけのわからない感情を更に湧き立たせた。



「――どうして! どうして最初から言ってくれなかったんですか!」



 ガタン、と前のテーブルが音を立て、気づけばルシウスは立ち上がっていた。



「どうして!? もっと早くに言ってくれたら、もっとどうにかできたかもしれないのに!」



 八つ当たりだ、わかっていても止められない。



「貴方たちはいつもそうだ。僕に何も教えてくれない。

 そんな大切なことを――どうして今まで黙ってたんですか!」



 こちらを見上げたシュトルツが目を見開く。けれどそれも一瞬で、痛々しいまでに眉を下げ、口元を歪ませた。


 ルシウスはハッとする。



 本当に? 本当に、全てを知っていて、僕に何かが出来たのだろうか?


 彼らはこれまで三度。あらゆることを考え、あらゆる方法を試してきたはずだ。その上で取った選択がこれだったのだ。


 失望と諦念。この部屋に入る前のシュトルツの気持ちが、嫌と言うほどわかった気がした。



 重い感情がルシウスの全身から力を奪っていき、重力に引かれるようにソファーへと腰を戻す。

 剣だこの出来た柔らかいままの皮膚が目に映った。


 ルシウスはそれが悔しくて、これ以上ないほど拳を強く握る。



「僕は、僕はこんなに貴方たちのことが……」



 大切なのに、失いたくないのに。


 渦巻く感情に涙も出なかった。ただただ受け入れたくなくて、悔しくて、辛くて、噛み締めた歯が軋む音が、その気持ちを更に悪化させる。



「エーレも同じだよ」



 頭上から聞こえてきた、この場にはそぐわない柔らかな声に、ルシウスは目を見開いた。

 言葉の意味を理解するより早く、顔をあげた先では二人がこちらを見ていた。



「エーレも君を失いたくないんだ。勿論、俺たちも」



 数瞬の沈黙。その中でリーベがこちらへ向けた瞳は、ただただ何かを想うように遠くを見つめていた。



「もう二度と同じ轍は踏まない。あいつもそう言ったはずだ。

 前回と同じように、貴方を失いたくない」



 隣で天井を仰いだシュトルツ。



「エーレはね」



 彼は何かを追うようにしたまま続けた。



 三度目のルシウスには全て最初から情報を開示していた。


 六度の回帰まで、エーレは自分が持たないと判断したのかもしれない。

 ルシウスに賭けるような気持ちだったのかもしれない。


 そして彼は、その弱さによる自らの判断を悔いた。



「前のルシウスが俺たちのためだけに必死なっていたのを、隣でずっと見てきたんだ。

 到底身の丈には合わない速度で成長して、あんまりにも多くのものを抱え込ませすぎた。

 今回の戦場みたいに一度、俺たちが危機に陥ったことがあったんだ。結果、風の精霊が彼の怒りと悲しみに同調してしまった。


 エーレは彼を助けに行こうとしたよ、命を懸けて」



「――それを私たちが止めたんだ」



 シュトルツの言葉の先に挟まれた冷ややかな声が、どこかへ突き刺さるようだった。

 リーベは色のない瞳で、やはり遠くを見つめたままだった。



「こんな方法しか選べなかった私たちを許してほしい。それがまた貴方を苦しませることになった」



 どこへ向けられた言葉なのかルシウスにはわからなかった。


 自分なのか、前のルシウスなのか、それとも――



 苦しいのは辛いのは自分だけじゃない。いや、彼らの方が何倍も何十倍も苦しいはずだ。

 ずっとずっと気が遠くなるような長い時間の中で、それでも進んできたのだ。



 どこか奥深くに心が落ちていくような感覚があった。

 落ちていった底に心と意識が、そっと足を付けた時――


 何かが鼻腔を掠めた気がした。


 前の二人を捉えたままの視界の中、意識だけがどこか遠くに繋がったような感覚。

 ルシウスの全身を包んだのは、懐かしく温かい遠い遠い’’彼’’の過ごした時間と感覚だった。



 ふっと自然と全身から力が抜け、言葉では決して説明できない何かを受け取った彼は、一度深く瞑目する。


 衝撃に混乱して、感情に呑みこまれていても前に進めない。

 今は立ち止まっている時間なんてない。



 簡単に潰れるつもりはない。僕はエーレにそう言ったはずだ。



 僕は――

 息を大きく吸い込む。背筋を正す。顔を上げる。



 ――前を向け。



「僕は彼を知りません。でも僕と彼は違う。

 僕は彼とは違う理由で、僕自身が貴方たちと共に行くことを選びました。

 同じルシウスの名前を継いで、僕が彼自身の全てを継いで、それでも僕は貴方たちとこの先も進むことを選び続けます」




 ずっと錯覚だと疑う自分がいた不思議な現象たち。


 今思えば、あれは彼らと出会ってからだった。

 強烈な既視感と同時にやってくる僕の知らない感情。

 僕ではない僕から伝わってきた強い意思。


 あの時からずっとルシウス()は、僕に声を送り続けていたんだ。



 今ならはっきりわかる。

 彼らの野望のような願い、その望む未来。


 想像できないような苦しみの中、それでも藻掻き続けてきた彼らの隣に並ぶことを選び、彼らを笑い合える未来を本気で願った。

 そんなルシウス()の気持ちが――



「僕は、貴方たちの(ルシウス)になることを絶対に諦めない」




 ルシウスとはなんだろう? そのために僕にできることはなんだろう?

 僕にそんな大役が務まるのだろうか?



 数か月前の自分が僕へと問いかけてくる。


 答えはまだわからない。答えがあるのかもわからない。

 それでも必ず見つける。この手で掴み取るんだ。僕自身のために。



 ルシウスの言葉が強く、凛と部屋に響く。

 しばらく二人は何も言わなかった。ルシウスもまた何も言わなかった。



 覚悟を決めなおす時間にはあまりにも短い余韻の中で、ルシウスが再び口を開いた。



「エーレはどこまで自分を失っているんですか? あとどれくらい――」



 その問いにリーベは沈黙し、シュトルツは首を振るだけだった。







 ◇◇◇







 ゼレンの去った部屋で、エーレはベッドヘッドに凭れて座りながら、再びノートを手に取る。



 何度見たところで思い出せるはずのない記憶を辿るように。

 まるで何かに縋るように。



 ふと、ノートを持ち上げた時、紙片が彼の膝元に落ちた。

 何かの切れ端のような小さな紙片だ。


 そこには彼が数度見たことのある太い筆跡。バルトのものだとすぐにわかった。



『俺からのラブレターだ。有難く受け取れ。

 頑固なお前には、何回言っても足りねぇみたいだから書いておく。

 お前らがどこの誰であれ、俺の息子であることに変わらねぇ。そこんところはちゃーんと覚えとけよ。お前らの帰る場所はここだ』



 調整の天秤が――半月前に交わしたバルトとの会話の中で、冗談じみたやりとりだけは奪っていかなかったことを知ったエーレは、漏れ出た小さな苦笑と共に顔を伏せる。




 全員を追い出した部屋の中、彼が紙片を握り、肩を震わせていたことを知る者はいない。



 同じく彼が最後まで隠し通そうとしていた代償の内容(秘密)。それをルシウスが知ってしまったということを彼はまだ知らない。





これにて3章閉幕です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

4話挟み、4章。まず孤児院編を投稿していきたいと思います。

お気軽に感想いただければ嬉しいです。

これからもよろしくお願いします!

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