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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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裏返された信頼、彼の怒り

 



 どうやら、目が覚めてすぐにエーレが全員を部屋に呼んだらしい。


 部屋に入るとすでにリーベがいて、彼はベッドから距離を開けた位置で立ったまま待っていた。

 その表情は何故か暗い。


 そして部屋に入ったシュトルツの表情も同じく曇っていて、一度はエーレへと投げた視線を気まずそうに逸らしているのが見えた。



 ルシウスは彼らの中に漂う雰囲気の理由がわからず困惑する。

 エーレが無事に目を覚ましたというのに、これは一体どういうことなのだろう?

 先ほどシュトルツに告げられた言葉がルシウスの脳裏をよぎった。



 安堵と不安が入り混じった胸を抱えて、それでもルシウスがエーレの近くまで歩み寄ろうとした――

 その時、エーレがベッドから出てくると、そのままシュトルツへと迫るように近づいた。



「どういうことだ?」



 数歩分開けて、立ち止まった彼。

 声色こそ静かだったが、いつもとは違う異様な雰囲気の怒りを纏って、シュトルツを激しく睨んだ。



「ごめん」



 謝罪を述べて、視線を落としたシュトルツ。

 普段とはあまりにも違うそれぞれの様子に、ルシウスは二人に近づこうか迷った。それよりもエーレの怒りの方が先だった。



「どういうことなのかってのを聞いてんだよ……! 俺はお前に’’命令’’したはずだ」



 怒りを極限まで抑えたエーレの唸るような低い声が、部屋の底から響くようだった。

 シュトルツは顔を伏せたまま応えない。



「なのに、これはどういうことだ。どうして’’あいつ’’の気配が残ってる?

 どうしてルシウスに風を呼ばせた!?」



 更に前へ詰め寄ったエーレ。抑えきれない肌を刺すような緊迫感が彼を中心に発せられていた。

 その時――



「私が繋いだんだ」



 その空気感にあまりにもそぐわない、落ち着いたリーベの声がぽつんと浮かび上がる。

 しかしその声色は、どこか沈んでいるようにも聞こえた。



「――は?」



 信じられないという風に後ろにいた彼を見たエーレ。

 その露わになった怒りを受けても、リーベは前へ進み出てきた。



「シュトルツは命令に従おうとしていた。風を呼ぼうとしていたルシウスに彼女を繋いだのは私だ」



 すぐ側までやってきたリーベへと振り向き、こちらに背を向けたエーレの表情を見えなかった。しかし明らかな怒りが伝わってくる。

 それでも、リーベは彼を見る視線を逸らさなかった。



 刹那。

 何かが空を切る音。続いて乾いた衝撃音が、静かに沈み込んだ部屋に響いた。

 ルシウスは息を呑む。



「てめぇ、自分が何したのかわかってんのか!」



 部屋に鳴り響いた怒号は、今まで聞いたことのないような激しい怒りだった。

 頬を強く打たれたリーベは、打たれたままの方へ視線を落とし数瞬、沈黙する。



「わかっている」



 ただ一言。反駁も弁解もない。だが彼は再び強くエーレを見つめた。

 それがエーレの更なる怒りに触れたのか。その手が再び振り上げられようとした時――

 ルシウスの脳裏にシュトルツの言葉が蘇った。




 ――エーレさん、すんごく怒ると思うんだよね。行き過ぎると思ったら……君が止めてくれないかな?

 俺たちにそうする資格は、ないからさ――




「エーレ!」



 ルシウスは咄嗟に駆け寄って、彼の腕を掴んでいた。

 すぐに鬼の形相で振り返ってきたその圧に、彼は怖気づいて身を引いてしまいそうな自分を制して、腕を掴む手に力を込めた。



「リーベは悪くないんです! 僕がエーレを置いていけなかったから……!」


「うるせぇ!」



 精一杯掴んだはずの腕は乱暴に振り払われてしまい、彼はまたリーベへ視線を投げた。



「忘れたとは言わせねぇからな! シュトルツもリーベ(お前)も、()()()のことを――」


「エーレ……!」



 こちらを見ようともせず、声を聞こうともしない彼。

 ルシウスはリーベの前に滑り込み、立ちはだかるように両腕を大きく伸ばして彼へと存在を主張する。



「僕の話を聞いてください!」



 やっとこちらを目に留めたらしい彼が、息を呑むようにして言葉を止めた。

 そして痛みに耐えるように顔を歪めると、真っすぐ声を放ってきた。



「てめぇもてめぇだ……! 風には話しかけるなっていっただろうが!」



 その時になってようやく、今回の風への霊奏の件に怒っていると理解したルシウスは大きく首を振る。



「なんでダメなのか僕は聞いていません! どうしてそこまで怒るんですか!?」



 たしかに彼は風の精霊に話しかけるなとは言っていたし、彼女が僕に執着しているとも言っていた。けれど、ここまで怒る理由がわからない。


 彼の怒りの声に、負けじと声を大きくして問い返した時、一瞬怒りに揺れる漆黒の瞳が、ハッとするように見開かれた。



 そして悔しそうに口元を歪めると――



「’’あいつ’’は……前のお前はあの風のせいで死んだんだよ! 少し考えればわかることだろうが!」



 頭を殴られたような衝撃だった。ルシウスの瞳が大きく揺れる。


 彼は……彼がここまで怒った理由は……

 ぐっと拳を握っていた。



「僕は死んでません! 僕はここにいるじゃないですか!」



 前回の僕がどうして生命力を暴走させて死んだか。たしかにもう少し頭を捻ればわかることだったかもしれない。


 ――それでも……そうじゃない。そうじゃないんだ。


 言葉を失うように口を噤んだエーレを見て、出来るだけ冷静に言葉を紡いだ。

 彼の怒りにつられてはいけない。僕がしっかり伝えるんだ。



「みんな無事に戻ってこられたんだからいいじゃないですか。どうしてそこまで怒るんですか。

 どうしちゃったんですか。貴方らしくないですよ」



 エーレは普段不機嫌ではあるけど、常に冷静だ。声を荒げても心は常に揺らがない。

 なのに、こんなに生命力を揺らがせて激怒するなんて――


 過去に後悔があったとしてもここまで冷静さを欠くのは、エーレらしくなかった。



 彼はじっとこちらを見つめてきた。

 そして内にある何かを鎮めるように、ぐっと歯を食いしばったのがわかった。

 ほんの数瞬、すぐにその瞳はさっと視線を逸らされて、彼はベッドの方へ無言で歩を進めると、こちらに背を向けた。



「出ていけ」 重い一言が部屋に沈んでいく。


「でも――」


「出ていけ!」



 その背は何故か泣いているように見えた。



「頭を冷やしたい。一人にしてくれ」



 僅かに揺れた肩を見て、ルシウスは顔を歪めた。



「わかりました」



 その言葉を最後に、シュトルツとリーベが先に部屋を出ていく。

 そして扉を出る直前に振り返ったルシウスが見たのは、前に見た――あの白紙のノートに手を伸ばすエーレの姿だった。










「リーベ」



 四階の廊下を少し歩いた先で、ルシウスは彼の名前を呼んだ。

 振り返った彼の頬は、赤く腫れていた。



「問題ない、予想はしていた」


「予想してたって……」



 彼なら避けることも止めることも出来たはずだ。なのにそうしなかった。

 罰を望むように、あえて打たれたのだ。



「話を聞かせてください。もう全部、教えてください。お願いします」



 耐えられない。このまま僕だけが肝心なことを知らずに、彼らの苦しみをただ見ているだけなんて、もう……



 振り返ったシュトルツの瞳は諦念のような光を帯びていた。

 彼はどこか遠くを見つめるようにして、おもむろに首を傾げると、踵を返す。



「三階で話そう。まーたエーレの信頼を裏切っちゃうことになるけどね」



 乾いた笑い声が二度上がった。

 これほど意気消沈を露わにして、諦めのような失望の声を宿す彼は初めてだった。


 その失望はきっと彼自身に向けられているのだろうということをルシウスはわかってしまった。





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