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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
1章

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18/204

氷魔法の本質

 




 仄暗くなった街に規則的に並んだ街灯。その人口の光の下、二人はレギオンへと戻っている最中だった。

 陽は沈もうとしているのに、街の賑わいは衰えていない。

 昼とは違った様子だった。夜になると酒を酌み交わす人たちで、溢れかえるらしい。

 この街は眠らないのかもしれない。



 大通りからレギオンへ戻る道すがら、リーベは保存の効く食料を購入していた。

 そんな彼がレギオンの門を潜ろうとした時、ユリウスはふと、路地裏に続く小道に、見覚えのある影を見つけた。



 ユリウスは前の背へと呼びかけながら、控えめに彼のコートを引っ張って、そちらを示した。

 リーベはその視線の先を辿った後、何も言わずに干し肉を数枚取り出し、渡してくれた。

 朝と同じざわつきが、ユリウスの胸に蘇る。



 小道へ入るとそこにはやはり、今朝と同じ野良犬がいた。

 朝とは違い、僅かな警戒を見せた犬の足元へと、そっと干し肉を置いて距離を取った。

 すると野良犬を差し置いて、どこからか飛び出してきた二匹の子犬が、干し肉に食らいつき始めた。

 子犬の存在に驚いたものの、一心不乱に食べるその姿に、ユリウスはほんの少しの安堵を感じることが出来た。



 ――あれは偽善だ――



 突然、リーベの言葉が頭に反響した。

 口ではそう言いながら、それでも目の前で飢えているものに、食べ物を差し出していた彼。

 一時の施しという独善。



 今、ユリウスがしたことだって、自らの胸のざわつきを紛らわせるため――自分本位のものに違いなかった。

 小さな憂鬱が心の隅を巣食うのを感じて、ユリウスは足元から視線を剥がして、戻ることにした。



 待っていてくれたリーベは、やはり何を言うわけではなく、レギオン支部の扉を潜る。

 丁度夕食時だ。料理と飲み物の匂いが僅かな熱気と共に、むわりと鼻腔に押し寄せてきた。

 ホールは相変わらずの喧騒で満ちている。



「明後日の朝まで、食事は各自のタイミングでいい。

 ただ貴方は、私かシュトルツと一緒の方がいいかもしれないが」



 たしかに一人行動をして、面識のない人に絡まれると、逃げだせる気はしない。

 リーベと一緒に食事をすると言おうとした時、右前方から声がかかった。



「思ったより早かったねぇ」



 カウンターに座りこちらへ手を振っていたのは、シュトルツだった。両側に女性を連れている。

 間を置かず聞こえてきたのは、隣からの嘆息。

 彼は、そちらへ行くのかと思いきや、さっと踵を返して逆方向にあるテーブル席へと向かった。



「いいんですか?」


「隣に女性を侍らせているやつの近くになんて、行きたくない」



 彼の声色には若干の呆れと、冷ややかさが滲んでいる。

 シュトルツの女性好きは、レギオンに来てから薄々感づいていたが一方で、リーベはあまり得意ではないのかもしれない。



 彼は近くにいたメリアさんを呼んで、いくつかの注文をした。

 運ばれてきた飲み物は、口に含むとほんのり香る甘さと酸味が口に広がって、とても飲みやすかった。

 1刻歩いて、乾いていた喉を潤すには贅沢すぎる味だ。



「お酒ですか?」



 昨日も彼は、同じものを飲んでいた。



「ああ。シュトルツほどではないが、私も少しは酒を飲む。エーレは嫌うがな」



 ユリウスは昨日、浴びるほどエールを飲んでいたシュトルツを思い出した。

 なのに、全く酔った風でもなかったのは不思議でしかない。

 自然とシュトルツの方を見ると、目が合ってしまう。

 すぐに視線を逸らしたが、彼は数秒後、意気揚々という風にこちらへとやってきた。



「こっちくればよかったのに」 ユリウスの隣に勢いよく腰かけたシュトルツ。


「いいのか? 彼女たちを放っておいて」 リーベが僅かに眉を寄せて尋ねた。


「いいのいいの。あの子たちは男待ちみたいだし」


「あのエーレさんは?」


「さぁ。もう少しで帰ってくるんじゃないかな」



 なんとなく聞いてみると、シュトルツは少し首を傾げただけだった。



「船はとれたのか?」


「まぁどうにか。ダリア嬢に頼もうとしてたんだけど、そういえば魔物の調査に行くっていってたじゃん?

 だから、メリア嬢にどうにか都合つけてもらった」



 二人のやりとりを聞きながら、少なくなった飲み物を、ちびちび飲んでいた。



「で? どうだった?」



 思い出したようにシュトルツが、こちらを見てきた。

 で? と言われても……

 返答に困ってしまったユリウスの代わりに、リーベが答えてくれた。



「瞑想を使って、ある程度調整はできたはずだ。

 まだ瞑想の段階だから明日、本格的な練習をしてみようと思う」



 それを聞いたシュトルツは、心から安堵したように大きく肩を下げた。



「リーベでよかったねぇ。俺だったら、まーたエーレさんをキレさせる羽目になったかもしれないし」


「え? そんなことがあったんですか?」


「まーいろいろと、ね」



 その話を少し詳しく聞きたい気もしたが、それ以上話すつもりはないらしかった。

 前のリーベは、何故かそんな彼に冷ややかな視線を送っていた。



「で、どうやって訓練したの?」



 シュトルツは気まずそうな感じで、視線と共に話を逸らした。



「’’断絶’’して、線引きを作っただけだ」


「あー、その手があったねぇ」



 リーベの簡潔な説明に、シュトルツは手を打って感心して見せた。



「断絶?」



 聞きなれない言葉に、ユリウスは首を傾げる。



「本質の話、してないの??」



 ユリウスの反応に、シュトルツは訝しむような声をあげ、リーベが素っ気なく端的に答えた。



「水と闇に関してしかしていない」


「断絶ってのは、氷の本質の一つ。

 リーベは君の同調中に、氷魔法で線引きをしたってことだよ。

 まぁ、本質の話はまた、リーベ先生から教えてもらって?」



 一言多いシュトルツへとリーベは目を細めて、小さく睨んでいた。

 ユリウスはそれを見ながらも、今日の不可解な現象を思い返して、妙な納得感を感じた。



 昼間に感じた壁のようなものの正体は、リーベが力を行使して、干渉してきたものだったのか。

 魔法をうまく使えば、人の訓練を手助けすることだってできるということだ。



 彼が腑に落ちたタイミングを見計らったように、メリアが料理を運んできた。

 二人分しか頼んでいないはずなのに、大量の料理がテーブルに並ぶ。


 酷い既視感を感じたユリウスの口端が、自然と引き攣った。

 その隣ではシュトルツが目を輝かせて、すでにフォークを持っていた。







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