終焉を告げる光柱
『ちょっと、遅くない!? 割と厳しいんだけど!』
ルシウスが海側へと駆けていく先で、敵がどんどん砂浜へと向かっているが見えた。
左手でシュトルツが暴れているのは見えるが、その勢いは先ほどより落ちていくのが目に見えてわかる。
同時に海の先で、膨大な生命力が伝わってくる。
リーベが幾隻かの船を足止めしているに違いない。
シュトルツの声に、誰かの苛立ちの感情が感応の魔鉱石を通して流れてきた。
光の魔法で治癒してもらったとはいえ、ルシウスも気力の限界だった。
集中力が落ちてきている。
先ほどのあの感覚を保てる気がしない。
『うるせぇ。まだ先から次がきてんだよ。弱音吐いてねぇで、集中しとけ!』
そんなエーレの言葉で、第三陣がやってきていることをルシウスは知った。
敵に囲まれていたルシウスは、早鐘を打つ鼓動を耳の奥で聞きながら、大きく息を吸って吐き出す。
揺れる剣先を見て、ぐっと手に力を込めて、海を背に振り返った。
その時――
後方から空気を震わせる轟音が鳴り響いた。
間を置かず、形容しがたい海が裂けるような音が耳朶の奥を突く。
嫌な予感が全身を駆け巡った。
咄嗟に後方へ振り返った一瞬だった。ルシウスの隙を狙って、敵が一斉に襲い掛かってくる。
『リーベ!』
どうにか大勢の敵の攻撃を躱しながら、ルシウスは叫んだ。
――返答がない。何があった!? 届いていた彼の生命力が揺れている気がする。
狼狽を抑えきれず気が逸れた一瞬。気が付いた時にはもう遅かった。
「ぁあ゛っ――!」
左腕を刃が裂いたのを目視した数瞬後、斬られたという認識が追い付く。
頭を貫いた痛みにルシウスは、がくりと膝を折りかけながらもどうにか踏ん張るが、痛みが全身に伝わってきてうまく動けない。
その僅かな隙に、彼の視界が薄い闇で覆われた。次いで剣が空を裂いていく音。
右手に持つ剣がうまく握れずに震える。
恐怖が湧き上がる暇さえなかった。
反射的に目を閉じた――すぐだった。当然やってくるだろうと思われた痛みはなく、突然の浮遊感。同時に耳が痛くなるような金属音がすぐ近くからした。
「あっぶねぇ……」
上から落ちてきたのは余裕をなくしたシュトルツの声だった。
「おこちゃま、とりあえず先に離脱しな?」
雨と風が頬を打つ。顔を上げるとそこは空中だった。
彼は驚くほど高く跳躍していて、内臓がひっくり返るような急降下の末に降り立ったのは、砂浜。
彼の言葉を聞いたルシウスは、自分が敵に斬られたことも、仲間に間一髪で助けられたことも忘れて、海を見る。
「リーベが……!」
痛みに顔を顰めながらも、焦燥を露わにして訴えるルシウス。
シュトルツは何故か応えることをしないまま、彼を地面に下ろし、腕の傷を一瞬のうちに治癒した。
何も言わないシュトルツに、ルシウスが更に焦燥を募らせた時だった――
「私がどうかしたか?」
「……え」
あまりにも淡々とした、ルシウスの心境に合わない声が、背後から飛んできた。
振り返ると、そこには全身ずぶ濡れのリーベが呆気らかんとした様子で立っていた。
それを見たシュトルツが、幾度か笑いをあげる。
「はー、いい気味。遅れを取ったねぇ」
リーベがやってきた先へ視線を移すと、五隻の船(だったように見える)はバラバラに砕けて海の上に浮かんでいた。
「それはこちらのセリフだ」
濡れた前髪をかき上げながら、いつも以上に苛立ちを見せたリーベがシュトルツを睨んだ。
その視線を追うと、シュトルツも全身傷だらけだった。
「シュトルツ、傷が……」
「これくらい大丈夫。今は生命力が惜しいからね」
ルシウスは漏れ出そうなになった言葉を咄嗟に飲み込む。
みんな僕のために残り少ない生命力を……
「まだやれます」
後ろから数えきれない敵の気配。先ほどより増えている気がする。
「んー」
シュトルツが島の方を見た。その視線を追うようにリーベが。
そしてルシウスも釣られてそちらを見た、その時だった――
眼前に押し寄せるような圧倒的な大きな波動が先にやってきた。
大気が騒ぎ、海を揺るがすような衝撃。ほぼ同時に島がある位置に光の円柱が、目では捉えられない速さで天に伸びていった。
前の二人が大きく息を吐きだしたのが聞こえてくる。
「やっと終わったねぇ……さすがに限界」
シュトルツは脱力するように、両手剣を砂浜に刺し、再び息を吐きだす。
『合流する、そこにいろ』
察知したエーレから即座に感応があった。
「あとは離脱するだけか」
リーベがルシウスの後方を睨んだ。
エーレが合流するよりも早く、敵は砂浜にやってくるだろう。
「ちょい、おこちゃまは休憩しといて。エーレさんがきたら教えて」 両手剣を手に取ったシュトルツ。
「シュトルツ、髪紐を貸してくれ」 髪先を絞ったリーベが手をシュトルツに差し出す。
「え~、ちゃんと返してよね? これ俺の命より大事なんだから」
シュトルツは渋りながらも、うなじ側で結んでいる黒の革紐を解き、リーベへと渡した。
結んでいた赤髪が、はらりと潮風に攫われて彼の頬へとかかる。
「善処する」
リーベは髪をもう一度しっかり絞ると、彼よりも随分と長い髪を高い位置で一つに束ね、剣を抜いた。
それを合図に二人はやってくる大軍へと疾走。
あっという間に二人が離れていった直後だった。
後方で光の円柱が徐々に収束していくのが見えた。
美しい輝きが空へと溶けて消えていくと――島の輪郭が徐々に明らかになっていく。
結界が解けたのだ。
ルシウスの脳裏に、岩のように泰然とした老エルフの姿が蘇る。
――あの老エルフは、役目を終えたのかもしれない。
ルシウスは島を見て、瞑目し、老エルフの安息を祈った。




