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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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179/233

終焉を告げる光柱

 




『ちょっと、遅くない!? 割と厳しいんだけど!』



 ルシウスが海側へと駆けていく先で、敵がどんどん砂浜へと向かっているが見えた。

 左手でシュトルツが暴れているのは見えるが、その勢いは先ほどより落ちていくのが目に見えてわかる。


 同時に海の先で、膨大な生命力が伝わってくる。

 リーベが幾隻かの船を足止めしているに違いない。



 シュトルツの声に、誰かの苛立ちの感情が感応の魔鉱石を通して流れてきた。


 光の魔法で治癒してもらったとはいえ、ルシウスも気力の限界だった。

 集中力が落ちてきている。

 先ほどのあの感覚を保てる気がしない。



『うるせぇ。まだ先から次がきてんだよ。弱音吐いてねぇで、集中しとけ!』



 そんなエーレの言葉で、第三陣がやってきていることをルシウスは知った。

 敵に囲まれていたルシウスは、早鐘を打つ鼓動を耳の奥で聞きながら、大きく息を吸って吐き出す。

 揺れる剣先を見て、ぐっと手に力を込めて、海を背に振り返った。



 その時――


 後方から空気を震わせる轟音が鳴り響いた。

 間を置かず、形容しがたい海が裂けるような音が耳朶の奥を突く。


 嫌な予感が全身を駆け巡った。

 咄嗟に後方へ振り返った一瞬だった。ルシウスの隙を狙って、敵が一斉に襲い掛かってくる。



『リーベ!』



 どうにか大勢の敵の攻撃を躱しながら、ルシウスは叫んだ。



 ――返答がない。何があった!? 届いていた彼の生命力が揺れている気がする。



 狼狽を抑えきれず気が逸れた一瞬。気が付いた時にはもう遅かった。



「ぁあ゛っ――!」



 左腕を刃が裂いたのを目視した数瞬後、斬られたという認識が追い付く。

 頭を貫いた痛みにルシウスは、がくりと膝を折りかけながらもどうにか踏ん張るが、痛みが全身に伝わってきてうまく動けない。



 その僅かな隙に、彼の視界が薄い闇で覆われた。次いで剣が空を裂いていく音。

 右手に持つ剣がうまく握れずに震える。

 恐怖が湧き上がる暇さえなかった。



 反射的に目を閉じた――すぐだった。当然やってくるだろうと思われた痛みはなく、突然の浮遊感。同時に耳が痛くなるような金属音がすぐ近くからした。



「あっぶねぇ……」



 上から落ちてきたのは余裕をなくしたシュトルツの声だった。



「おこちゃま、とりあえず先に離脱しな?」



 雨と風が頬を打つ。顔を上げるとそこは空中だった。

 彼は驚くほど高く跳躍していて、内臓がひっくり返るような急降下の末に降り立ったのは、砂浜。

 彼の言葉を聞いたルシウスは、自分が敵に斬られたことも、仲間に間一髪で助けられたことも忘れて、海を見る。



「リーベが……!」



 痛みに顔を顰めながらも、焦燥を露わにして訴えるルシウス。

 シュトルツは何故か応えることをしないまま、彼を地面に下ろし、腕の傷を一瞬のうちに治癒した。



 何も言わないシュトルツに、ルシウスが更に焦燥を募らせた時だった――



「私がどうかしたか?」


「……え」



 あまりにも淡々とした、ルシウスの心境に合わない声が、背後から飛んできた。

 振り返ると、そこには全身ずぶ濡れのリーベが呆気らかんとした様子で立っていた。


 それを見たシュトルツが、幾度か笑いをあげる。



「はー、いい気味。遅れを取ったねぇ」



 リーベがやってきた先へ視線を移すと、五隻の船(だったように見える)はバラバラに砕けて海の上に浮かんでいた。



「それはこちらのセリフだ」



 濡れた前髪をかき上げながら、いつも以上に苛立ちを見せたリーベがシュトルツを睨んだ。

 その視線を追うと、シュトルツも全身傷だらけだった。



「シュトルツ、傷が……」


「これくらい大丈夫。今は生命力が惜しいからね」



 ルシウスは漏れ出そうなになった言葉を咄嗟に飲み込む。

 みんな僕のために残り少ない生命力を……



「まだやれます」



 後ろから数えきれない敵の気配。先ほどより増えている気がする。



「んー」



 シュトルツが島の方を見た。その視線を追うようにリーベが。

 そしてルシウスも釣られてそちらを見た、その時だった――



 眼前に押し寄せるような圧倒的な大きな波動が先にやってきた。

 大気が騒ぎ、海を揺るがすような衝撃。ほぼ同時に島がある位置に光の円柱が、目では捉えられない速さで天に伸びていった。


 前の二人が大きく息を吐きだしたのが聞こえてくる。



「やっと終わったねぇ……さすがに限界」



 シュトルツは脱力するように、両手剣を砂浜に刺し、再び息を吐きだす。



『合流する、そこにいろ』



 察知したエーレから即座に感応があった。



「あとは離脱するだけか」



 リーベがルシウスの後方を睨んだ。

 エーレが合流するよりも早く、敵は砂浜にやってくるだろう。



「ちょい、おこちゃまは休憩しといて。エーレさんがきたら教えて」 両手剣を手に取ったシュトルツ。


「シュトルツ、髪紐を貸してくれ」 髪先を絞ったリーベが手をシュトルツに差し出す。


「え~、ちゃんと返してよね? これ俺の命より大事なんだから」



 シュトルツは渋りながらも、うなじ側で結んでいる黒の革紐を解き、リーベへと渡した。

 結んでいた赤髪が、はらりと潮風に攫われて彼の頬へとかかる。



「善処する」



 リーベは髪をもう一度しっかり絞ると、彼よりも随分と長い髪を高い位置で一つに束ね、剣を抜いた。

 それを合図に二人はやってくる大軍へと疾走。


 あっという間に二人が離れていった直後だった。



 後方で光の円柱が徐々に収束していくのが見えた。

 美しい輝きが空へと溶けて消えていくと――島の輪郭が徐々に明らかになっていく。


 結界が解けたのだ。

 ルシウスの脳裏に、岩のように泰然とした老エルフの姿が蘇る。



 ――あの老エルフは、役目を終えたのかもしれない。



 ルシウスは島を見て、瞑目し、老エルフの安息を祈った。





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