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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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177/233

《切り開け》

 




『もう平気です! 僕は……僕は戦えます!』



 伝えながら、ルシウスは丘陵の先――遠くに見えている第二陣を見据えた。

 先ほどの二倍以上。



『ならいい。リーベ、シュトルツ。前方の敵を攪乱しろ。

 ルシウス、どうにか間を縫って後ろに回り込め。俺と魔法師を先に片付けるぞ』


『どうにかって……』



 エーレの無茶な要求に、どんどん輪郭を露わにしていく敵をじっと見てみた。

 あの間を縫っていくなんて無理がある。



『なんのために隠蔽かけてると思ってんだよ。どうにかしろ。ついでに斬りながら進んで来い』



 要求が上がったことに、思わず苦笑が零れた。

 そんな自分に驚いて、息を吐きだす。


 戦場にいてもなお、普段と変わらない彼ら。実力だけではない。圧倒的な心の強さ。

 大丈夫、やれる。


 改めて覚悟を決めおしたとき――



「前に出る」



 リーベの声が聞こえた。

 耳に届いた時には、もう彼は風を纏い疾走していて同時に、



 ぽつり。雫が頬を濡らした。



 ……雨だ。



 ぽつりぽつりと静かに降り出した雨は、リーベに追い付いた時にはもう、視界を塞ぎ、あらゆる音を阻むように勢いよく降り出した。


 精霊が味方をしてくれている。

 ルシウスは半身を逸らして、剣先でやってくる敵を捕らえた。雨が体を打つほど、体内の生命力が沸々を湧き上がる感覚がはっきりとする。


 隠蔽が解除されたリーベへと敵がなだれ込んできていた。

 間を置かず、丘陵の方から大きな波動を感じたルシウスは咄嗟に身を翻して、右手へ向かった。



 姿を曝け出したリーベ()の後方に控えているのは危ない。



 どこから間を縫っていけば……


 一瞬視界を彷徨わせた瞬間だった。

 大地を揺るがすような振動が足元から伝わってきて、咄嗟に震源地を見ると、そこには天へと達しそうな火柱が顕現していた。



「こっちだ、こっち!」



 張り上げられたのは、シュトルツの声だ。

 目を引いてくれている。敵が流れるように左右――リーベとシュトルツに向かっていく。

 その間を縫えそうな道を見つけた。


 一度大きく息を吐きだして、覚悟を決める。



 〖僕は水だ〗



 自然と足が動き出すと共に、どこかからか、そんな声が聞こえたような気がした。

 咄嗟に首だけで後ろを振り返るけれど、誰もいない。



 〖僕は雨の一部で、全ての流れを感じ取れる。恐れずに進むんだ〗



 ――誰だろう。わからない。それでも誰かがそこにいる。

 背を押すわけでもなく、ただそこにいる。


 ’’彼’’は僕で、僕は’’彼’’で、水は僕たち自身だった。

 雨を通して、あらゆる生命力の流れを感じとれる。


 その一滴一滴が、ルシウスを導くようだった。



 敵と敵の僅かな合間を縫い、突き進む。

 一人目の敵を切り払った時、それに気が付いた近くの敵がこちらへと剣を振り下ろしてきたのが見えた。


 咄嗟に避けて、流れのままに剣を返す。

 先ほどまで何度も止まっていたものとは思えないほど、足はよく動いた。


 倒れていく味方に気が付いた数人の敵が、こちらを向いたのもかまわず、そのまま駆け抜ける。




 奥へ、奥へ――

 どんなに進んでも、後方にいる魔法師は見えてこない。


 そうしているうちに左右に分かれたはずの敵が、ルシウスの方へと流れてくるのを彼は感じた。



 流れが変わった。

 肌に伝わってくる、強く波打つ生命力の嵐。


 四方八方からやってくるそれにつられてて辺りを見ると、敵がこちらを視認していることがわかった。

 隠蔽が解けたことを瞬時に理解した。

 しかし不思議と恐怖はなかった。


 流れが見えるようだ。雨の音に消されていく敵の雄たけびの中、頭の芯は冷え切っていた。



 またあの感覚――

 地を蹴る靴から水が跳ね、鎧が雫を打ち、雨が剣先まで垂れていく。


 全ての音が伝わってくる。

 水が全てを伝えてくれている。


 それ以外の余計な音も、思考もどこかへ吸い込まれていくようだ。


 僅かに先走るような敵の生命力の波動で、剣の軌道が不思議なほどわかった。

 一寸先の軌道に沿って、剣を滑らせ、ステップで先回りする。


 前へ前へと進もうとする足はもう、自分の意識の外にあって、雑念の消えた空白の世界には、ただただ目の前の一瞬があるだけだった。



 辺り一帯を包む生命力の渦。そこに進むべき道がはっきりと見える。

 ルシウスはそれに従って、足を動かした。



 視界に見えるところは勿論、死角からやってくる刃も感じ取れる。

 先ほどまであれほど恐れていた重騎士の固い鎧も、禍々しいほど巨大な両手剣を見ても、そこに恐怖はない。


 流れに誘われるまま、体の赴くまま、肌スレスレを裂いていく衝撃さえも、もうただの流れだった。



 雨に消されていく自分の呼吸音が、どこかから聞こえてくる。

 遠くで大きな波動を感じた。


 肌を撫であげる大きな波。

 まだだ。前にいるだろう――エーレのところまではまだまだ遠かった。


 後ろに置いてきた敵が、追ってきているのがわかる。

 このまま先に連れて行くわけにはいかない。



 頭の片隅でそんな考えが浮き上がってきて、自然と体を返そうとした、その時だった――



 足元から伝わる大きな振動。彼は振り返りかけた重心のまま、体を捻って大きく回転し、周囲の敵を切り払った。

 もう思考とも呼べない、反射的で本能的な判断が彼にそうさせていた。


 後ろの敵は置いたままでいい。足を前に動かせば動かすほど、敵の気配が遠のいていく。

 何故なら、すぐ後方に敵を足止めしてくれる大きな壁がせり上がったのだから。



 不思議だ。見なくてもわかる。

 そこに大きな生命力の塊を確かに感じる。


 目に見えないところまでも、辺り一帯を全て感知できる。

 敵との距離も、戦っている仲間がどこにいて、何をしているのかも。


 その中で自分がどこに立って、どの道を進むべきなのかも。


 そして――前方にいるエーレが次から次へと魔法師を薙ぎ払っていっていることも。




 ――早く、早く、先へ、先へ。

 ――流れに乗って、更に先へ。



 ふと、視界の右下に映った自分の手が、二つに重なり揺れて見えたような気がした。

 同時に、自分を通して誰かが前に駆けていく錯覚のようなものが、彼の瞳に鮮明に映った。


 それをおかしいとは思わず、さも当然のようにルシウスは受け入れていた。



 ’’彼’’がエーレに会いたがっている。エーレの背を守りたいと望んでいる。

 誰かなんてわからない。

 けれど確実で、確信のある強いイメージ。そこにいることが当然の存在だった。



 先には、大勢の敵がこれ以上進ませないと言わんばかりに、守りの陣形を整え立ちはだかっていた。


 もう流れに乗って進むだけじゃ弱い。

 次から次へと終わりの見えない敵。



「〖切り開け〗」



 道がないなら切り開け。"彼"と僕の言葉が同時だった。



 流れの渦を作り出すんだ。



 その意志に強く共感するように、雨が更に激しく降り始めた。

 ルシウスの生命力はそれに呼応し、気が付いた時には、彼は水と風を纏っていた。まさに、嵐の目のように。


 どんどん研ぎ澄まされていく感覚の中で、その嵐は敵を圧倒していく。

 切り開いた道の先に――黒が見えた。





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