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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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番外編「染色ー世界を捧げるー」

 




「シュトルツの本質って炎ですよね?」



 宿屋で休憩中。つまり俺がベッドでゴロゴロタイムを満喫してた時だ。

 その日は大部屋しか空いてなくて、横に二つずつ計四つ並んだベッドの斜め前にいるルシウスがそう唐突に聞いてきた。



「そうだけど?」


「風でも水でもないんですよね?

 シュトルツって二重人格か何かですか?」


「え、なにいきなり。怖い」



 話の流れが読めない。でも嫌な予感はした。



「だって炎の本質は情熱って世間では言われるじゃないですか?

 シュトルツの性格見てたら全然違うなぁって。

 僕が見てきた炎の本質を持つ人ってもっとこう、真っ直ぐで勝ち気というか、曲がったことが嫌いで正義感が強くて。

 ともかくシュトルツみたいに飄々としてたり、ぶさけないというか……」



 ギクリとして、バレないようにうつ伏せになって顔を隠した。



「え、なに。悪口なの?

 本質は本質で、生きてたら性格も変わってくでしょー。ね、リーベ?」



 背後――正面のベッドにいるはずの仲間に助けを乞う。

 後ろから何となく冷ややかな視線を向けられている気がした。



「悪口じゃないですよ、シュトルツじゃあるまいし。

 なんとなく不思議だなぁって。

 でも後天本質が光だし、その影響なんですかね?

 炎の情熱と光の慈愛で、とか」



 いやでも、とまだ続けているルシウスの言葉を聞いて、俺の頭には一人の男の存在が浮かんだ。

 この部屋にはいない俺の唯一。



「あ! 俺、エーレさんにお遣い頼まれてたんだったわ!」



 その唯一の名前を出して、俺は飛び起きる。



「じゃ、そゆことだから!」



 ルシウスの方を見ないようにして、財布だけ持って足早に部屋を後にした。







 生まれ持った本質で使える魔法が変わってくるこの世界。


 炎は世間では情熱。掘り下げた先には勇気と覚悟。

 つまりは直情的だとか愚直で正直だとか、無鉄砲だとか。そんな性格の人が多くを占める。

 俺だって元はそうだったし、後天本質の光を発現した時でもそれは変わらなかった。



 ルシウスに会った時にはもう、こういう風に振る舞うのが癖になってしまっていただけで……



「痛いところを突かれた、みたいな顔だな」



 後ろからやってきたのはリーベだった。

 どうしてついてきたんだか……



「別に? 隠すようなことでもないけど、俺としては恥ずかしいじゃん?」



 あの日、神の権能を手に入れ、エーレと共にこの地獄を生きると決めた日。

 あれから俺は本来の名前と立場を捨てて、この演技を始めた。



 四人で笑い合った遠い過去が、いつかまたやってくることを願って――




「お前の本来の性格が、ルシウスとよく似てることがか?」


「はあ? 俺はあんな短絡的でもないし、お子ちゃまでもないっての」



 そもそも水の本質を持つルシウスとは似ても似つかない性格だ。

 あの本質を持つ人は基本的に縁の下の力持ち。前に出ることを好まない。

 人と人の調整役のような……とまで考えたところで「あれ?」と思考を止めた。



「まぁ知らない人から見たら、俺は風とか水ぽいのかもねぇ」



 仲間の関係を取り持つ位置を買って出ているつもりだった。

 少しでも暗い空気になれば、ふざけてみたり、いつも飄々と振る舞うものだから、俺のことを知らない人からすればイライラすることだってあるだろう。


 でも人にどう思われようと俺には関係なかった。



「お前の世界がエーレを中心に回ってることは私もよくわかってる」



 エーレ。

 一度は命を落とし、その寸前で神の権能を授かって、何度もこの人生を繰り返すという地獄の中にいる人。

 そこに俺もついていくと決めた。



 エーレの悲願は俺の悲願だし、エーレの幸せが俺の幸せだ。



 気がつけば宿屋に併設されている食堂にいた。

 こんな時は飲まずにはやってられない。

 エールを注文して、テーブル席に座る。


 少し酒を飲んだくらいじゃ、神の権能によって生かされてるこの体は全く酔いを受け付けないのだけど……



「触れられたくないことは誰にだってあるものだろうが、お前にとってルシウスの言葉がそこまでのものだとは知らなかったな」



 前で同じく酒を注文したリーベがちらりと俺を見た。

 昼間から酒を飲む男二人組。

 まぁ、どう思われたってどうでもいい。



「触れられたくというかまぁ、思ったより鋭いなぁって思っただけだよ。

 あのままあそこにいたら、ついつい本音を語りたくなりそうだったし?」



 そんなの今の俺には似合わない。

 運ばれてきたエールを飲んで気を紛らわせる。



「エーレは神ではないんだぞ?」



 前で諌めるような声色に、小さな苛立ちを覚えた。



「俺にとって、エーレは神だよ。

 俺が今ここにいることはエーレが望んだことだし、エーレの望みはすなわち俺の望みでもあるの」



 騎士として生きてきたことのない前の男にはわからないだろう。

 そう思いながら、面白くなくて鼻で笑ってみせた。



エーレ(あいつ)が暴君になって虐殺を望んでも、お前ならやりかねないな」



 呆れたようなリーベの声色。



「エーレが望むなら俺はなんだってするよ。

 それでエーレが少しでも幸せに近づけるならね」


「危険思想と変わりない」


「リーベだってアイリスを助けるためならなんだってするでしょ?

 それと同じだよ」



 帝国の手中にある彼の婚約者。

 前の男が、俺たちと同じ権能を授かる道を選んだ唯一の相手。

 対象と目的が違うだけで、根っこの部分はそう変わらない。



「そう言われるとそうだが……」



 リーベは言葉を濁して酒を煽った。



「お前がエーレに、変わらず忠誠を誓うのはわかっている。

 しかし、もう少し自分のことも大切にしたらどうだ?」



 彼から口から出た模範のような言葉に、思わず鼻で笑ってしまった。



 自分を大切に?

 俺たちの進む道にそんなもの必要ないというのに。

 目的を果たすためだけに、今ここにいる。



「そんなこと、とうの昔に置いてきたよ。

 自分を大切にしたところで何になるの?

 俺たちの向かってる場所にそんなものいる?」



 二杯目のエールを一気に煽った。

 酔うはずのないのに、頭がぼんやりする。



「独りよがりなのはよーくわかってるよ。

 それでも俺はまた、あの日みたいに……エーレが笑う顔が見たいだけ」



 エーレと俺、リーベとアイリス。

 隠されるように立った屋敷の前で、四人で笑い合った遠い遠い過去の記憶。

 本当にそこにあったのかも、もう確信が持てないそんな記憶。


 孤独で愛を知らなかった彼が、笑って過ごせた遠い場所――



 復讐と、愛するものの居場所を取り戻すためにエーレが立ち上がると決めた時から、俺の道も決まった。


 エーレが笑わないなら、代わりに俺が笑う。

 彼の尽きない悩みと不安が少しでも軽くなるようにふざけてみる。

 一人で抱えて潰れてしまいそうになる彼の代わりに、俺が楽観的な提案をしてみる。



 それはもう俺の一部になっていた。

 俺の全てはエーレを中心に回っていて、それはこれからも変わることはない。



 遠い昔に違えることのない忠誠を捧げたあの日から――

 彼の刻む轍が、俺の道になる。



「私が何を言ってもお前に届かないことはわかってる」



 リーベがちらりと俺の後ろに視線を投げた。

 その視線を辿った先には、俺の全てを捧げた唯一の男。



「お前ら、いい身分だな?」



 エーレは俺たちの持つジョッキを見て、皮肉と共に眉を寄せる。



「エーレさんもどう?」



 そんな態度ですら、思わず頬が緩んでしまう。



 ――これが恋なんてものなら、もっとわかりやすくてよかったのかもしれない。



 リーベが立ち上がると、何を言うでもなくエーレの隣を通り過ぎて部屋の方向へと行ってしまった。

 エーレはそれを目だけでちらりと追ったあと、ため息をついた。



「何かあったのか?」


「さぁ? 強いて言うなら価値観の相違かな?」


「そんなもん今に始まったことじゃないだろ。さっさと戻るぞ」



 踵を返したエーレに、俺は飲みかけのエールを置いたまま立ち上がった。




 部屋の前まで来ると、中からは二人の声が聞こえてきた。

 前にいたエーレは、扉に手をかけると振り向くことはなく、



「お前のやりたいようにやればいい」



 小さく呟かれたそれは、俺に遠い昔を想起させる。



 ――君のやりたいようにやればいいよ――



 いつかまだ彼と主従ではなく、友達だった頃。

 まだ何も知らず、まだ何も始まる前の話。


 いつだって何かを強制することなく、俺の羽根を折ろうとはしなかった――そんな心優しい俺の主。




 俺だけが知っていればそれでいい。

 彼の望みも、苦しみも、人には見せようとしない彼のそんな不器用な優しさも、



「なんか言った?」



 人を苛立たせる飄々とした振る舞いも、子供のようにふざけて空気を読まないことも、取るに足らないことで笑ってみせたり、怒ったふりをするのも。



 独りよがりでもいい。

 彼はそれを許してくれるのだから。



 扉を開けて入った先には楽しそうに笑っているルシウス。

 それを見たエーレはため息混じりに首を傾げる。


 その背を見て、俺は小さく微笑んだ。




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