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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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シュトルツ外伝「彼の愛した人」 sideエーレ、リーベ

 




 Sideエーレ




 扉の前にシュトルツがいる。


 なのに、いくら経ってもあいつが扉を叩く気配はない。

 いつまでそうしてるつもりなのか。そろそろ痺れを切らしそうだった。


 前からあいつが時折、見慣れない生命力の残滓を漂わせて帰ってくるのは嫌でも気が付いていた。

 最初こそ苛立ちを覚えてけれど、その度に違う残滓を抱えて帰ってくる彼のことが心配にすらなってきた。

 それでもあえて何も言わなかった。


 やりたいようにやればいい。

 俺はそのスタンスを崩すつもりはない。



 ところが今回は違った。同じ残滓の気配を二度目感じた時は、小首を傾げた程度だった。

 気に入る人でもいたんだろう、と。


 それが三度、四度と続いていたのを見て、いよいよおかしいと思った。

 リーベも気づいているだろうけれど、何も言わない。

 その彼が俺の用事を、シュトルツに代わって買って出ると申し出てきた時は、二人の間で何か話があったのだろうと察した。


 二人が何も言ってこないのなら、俺が首を突っ込むほどのことでもないのだろう。


 どうにせよ、二週間後には首都を出る。

 何か厄介事を抱えているとしても、時間が解決してくれる。



 そう思っていたのも束の間――顔を合わせるたびに同じ生命力の残滓と、ほのかに揺れ動くシュトルツの生命力。

 あっちへいったりこっちへいったり、くるくると変わる隠しきれていない表情。


 呆れて、苦笑が漏れた。

 俺が巻き込んだせいで、こいつがいつしか被るようになっていた仮面を剥いでくれようとしている人がいる。



 予感は確信に変わり――情けない表情、訴えかけるような瞳の彼が目の前に立っても、俺に言えることは変わりなかった。



 ’’やりたいようにやればいい’’



 飽きるほど、散々口にしてきた言葉。

 彼は常にそれを受け入れ、自分の意思で動いてきたはずだ。


 シュトルツが俺に敬愛を向け、帰依を求めていることなんてとっくの昔から知っている。


 その帰依は、決して依存であってはならない。

 彼の心の主は、常に彼自身でなければいけない。



 その彼が俺を選んだというのなら、俺はその忠誠に相応しい応え方を模索するだけだった。

 たとえ主従という関係でなくても、それは変わらない。


 なのに、今回ばかりは違ったようだ。



「あんたはいつもそうだ。いつだって、やりたいようにやればいいって」



 仮面を脱ぎ捨て、本来の自分を曝け出した彼を見て、俺は怒るどころか安心を覚えていた。


 常に飄々とした余裕のある振る舞いを崩さない彼を、ここまで揺さぶってくれる人が、彼の前に現れた。

 目的を第一にして、全てを切り捨ててここまできたというのに。


 そんなことに心を揺さぶられている彼を見て、呆れた。けれど、それ以上に嬉しいとも思った。


 彼がそれを望むのなら。

 そう思って、立ち上がった。



 彼の忠誠を受け取るには未熟で至らない俺が、彼にしてやれることはなんだろうか?

 俺がどう思っているかを聞きたい。俺に引きとめてほしい?

 俺のそばにいろと、恋なんてくだらない感情は切り捨てろ、と。


 ――果たしてそれは正解だろうか?



 頭の中であらゆる考えを巡らせて、出した答えがこれだった。

 外見年齢にあったほんの少しの幼さを残した悲痛な表情のまま、前に立って俺を見下ろしてきた彼。


 遠い昔にこんなことがあった気がする。

 そう思いながら、手の甲を上にして。右手を彼の前に差し出した。



 それが何を意味するかなんて、考えなくてもわかる。

 それほど、繰り返してきた行為だった。


 目を見開いた彼が、差し出された手と俺を交互に見た一瞬の静寂――

 彼はほんの少しだけ腰を屈めると、当たり前のように流れるような動作で俺の手を取って、手の甲を唇に近づけた。


 本来なら忠誠を確認するだけで終わる些細な儀式。

 放された手を俺は一度胸に引き寄せて、唇を落とされたところを自分の口元へと近づけた。



 忠誠への返礼。

 ’’貴方の忠誠を受け入れ、心からの感謝を示す’’



 ほとんどもう使われなくなっていた形式上のもの。

 手の甲へと落としていた視線をあげると、そこには驚愕と、言い知れない感情を露わにしたシュトルツの顔。



「俺はもう、お前からの忠誠を十分に受け取った」



 彼は俺が何を続けようとしているのか察したのか。一歩下がる。

 手を下ろした俺は、その一歩を詰めるように歩み寄った。



「お前はカロンを離脱して、その人と一緒に幸せになれ」



 それが彼をおもって示せる唯一の答えであり、感謝だった。

 想像はしていたけれど、彼はその想像を超えて、酷く傷ついた顔をして、一度息を呑んだ。けれど、開いた口からは何も言葉は紡がれなかった。


 そして逃げるように出ていった彼を、俺は見送るしかなかった。







 Sideリーベ





 呆れて言葉が出ない。

 そんなことも今更になっていて、とりあえず思ったことをそのまま口にする。

 それでこの馬鹿がどう思おうが、私にとっては大した問題ではなかった。



 アメリ・ヴァレッタ。

 私が学院を卒業して、随分後に入ってきたはずだ。シュトルツよりたしか一学年下。

 時折、学院に顔を見せることもあったから、彼女の優秀さを耳にすることもあった。


 爵位を持たない平民だが、大商会の一人娘で魔法に長けている。

 シュトルツが名前を上げなければ、この先もずっと思い出すことはなかっただろう、その程度の認識。



 どんな縁があって、彼とアメリが再会しなければいけなかったのか。

 普段なら、アイデンティティと(のたま)うその仮面を利用して、いとも簡単に切り離してしまうだろう状況だった。

 けれどなぜか彼はそうはしなかった。


 何故か、なんてものは誤魔化しで、私にはよくわかっていた。

 頭の隅にアイリスの笑顔が蘇る。


 恋というものは唐突に訪れる。それは感情をかき乱して、言動すら自分の想う通りにならなくなってしまう呪いのようなものだった。

 それが愛に変わると尚更厄介だ。



 私は、この短期間で何度もベッドに伏せては泣き言を繰り返す男に、一つの提案をしてみることにした。


 たまには羽を休めて、非日常を楽しんでくればいい。

 それが彼自身のためになると判断したからだ。



 エーレとの過去、そして現在の関係。

 その葛藤を常に抱え、今の立ち位置を確かめるように繰り返す自傷行為にも似たあらゆる言動や行為。


 彼が彼自身を大切にしようと思えるきっかけになるかもしれない。

 ならなければならないでいい。


 いつか言っていた。



 ――自分を大切にしたところで何になるの? 俺たちが向かってる場所にそんなものいる?――



 自分を大切にするということがどういうことなのかを知らない。

 それならまだ救いようもあったが、この男がそれをしっかりわかったうえで、あえてしようとしない。


 私には似合わない小さな願いがこもった提案であることを、彼の部屋から出たあとに気づいて自嘲した。



 シュトルツの言う通り、私たちが私たち自身を大切にする理由なんて、もうどこにもない。

 それでも仲間がたとえ一瞬だとしても安寧な時間を過ごせたらいい。そう思ってしまう。


 ――愛なんてものを知らなければ、こんな気持ちも知らずに済んだろうか?


 どちらにせよ、あの馬鹿が馬鹿なりに自分で答えを見つけるまで、私は余計なことは言わずに、ただただ、その図体だけ大きくなった背を見守るだけだった。






 Sideエーレ





 朝、目が覚めるとシュトルツの荷物を抱えたリーベが、エントランスホールで待っていた。


 シュトルツが持っていると大した荷物でないように見えるのに、リーベが抱えると大荷物であったことが見て取れる。

 シュトルツが自分からせっせと買って出るから任せていたが、俺も随分あいつに甘えていたんだな、と改めて思った。



「エーレ、いいのか?」



 いつもと変わらない表情のリーベ。

 色を映さない瞳の奥で、彼は何を思っているのだろうか?



「いいも何もあいつが決めたことだろう。俺がとやかくいうことじゃあない」


「後悔しないのか?」



 彼の言葉を背で聞きながら、レギオンの大きな扉を手をかける。



「後悔? そんな感情とうの昔に――」



 ふわり、と漂って来たのは朝露に濡れた風と、そこに混ざってあまりにもよく知る生命力の香り。



「どうやら、もう何も心配する必要はねぇみたいだな」



 扉を開ききり言うと、それに応えるようにリーベが後ろで息を吐きだしたのが聞こえた。



 ほどなくしてまだ人通りの少ない道の先から「エーレさん! リーベ!」と聞きなれた声が響いた。



「馬鹿をこれほど心配する私たちも相当馬鹿なようだ」



 苦笑する背からの声に俺は、



「違いねぇ」



 と、バカバカしくなって笑った。







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