表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

166/233

【過去編】 誇り ーStolzー

 




 映えあるエーベルシュタイン王家に仕える騎士の家系。


 その使命を誇りとして役目を全うすることが、グライフェン伯爵家に生を受けた俺の運命の轍であり、全てであると、幼い頃から言い聞かせられていた。



 情熱と呼ばれる炎の先天本質を生まれ持った俺の気質は、蛮勇に近かった。


 父の言うことに反発を繰り返し、

「仕えるべき主は与えられるものではない、自分で見つける」

 と、豪語した。


 そのためであれば、爵位なんて溝に捨ててもいい。

 本気でそう思っていた。


 今思うと誰かに仕える前提だったのは、俺にもしっかり騎士の血が流れていたと言うことだろう。




 王家が男児を授かったという報せを受けたのは、俺が五歳の頃だった。

 幼いながらに、俺の将来定められた主は五つ年下の「アレクシオン」という名なのだと記憶していた。




 そして、二年の時が過ぎた日。


 父に連れられ、やってきたのは城の後ろに隠されるように建つ小さな屋敷。



 そこで俺は初めて、シオンを見た。王族とは思えない漆黒の髪と瞳の王子。

 遠目でもはっきりとわかるその瞳は、全てを見透かすような闇色で、ただただ身のすくむような恐怖を覚えた気がする。


 その時はまだシオンが何者で、どうしてあの屋敷にいるのか知らなかったし、誰も教えてはくれなかった。



 二歳年下、右も左もわからないはずの5歳の男児に得体の知れない恐怖を感じてから三年後。

 俺は正式に、しかし内密にシオンの従者としての拝命を賜った。



 俺が十歳、シオンが八歳の時である。



 ひとりでやってきた隠された屋敷。


 その扉を叩いても反応はなかった。何度叩いても出てこないため、失礼を承知で勝手に扉を潜った。

 屋敷の中は綺麗に整えられてはいるが、人の気配はない。



 それほど広くない部屋の奥――三年前のあの日と同じように、窓際のテーブルに向かって座り、窓から外を眺めていたシオンがいた。

 その姿は、得体の知れない恐怖とは正反対に寂しげで儚げな雰囲気だった。



 自分の意思に沿ったものではないが、一応は主であるのだから失礼があってはいけない。

 あれほど扉を叩いたのに、こちらに気付いてはいないのか、その態勢からピクリとも動く様子はない。



 そうしてどれくらい経っただろうか。

 一分かそれとも十分か。



 直立不動でいるのも飽きてきた。

 そろそろ声をかけようかという頃に、彼はこちらを見ることなく告げた。



「いつまでそうしてるつもり?」


「あ、いや」



 つい、そう口について出て、慌てて膝を折って挨拶をした。



「お初にお目にかかります。

 グライフェン伯爵家嫡男ヴィンセント・エルンスト・グライフェン。本日より正式にシオン様の従者として拝命を賜りました」



 窓から柔らかい風が吹き込んでくる。

 顔を少し上げて彼を見ると、彼もこちらを見ていた。

 それは感情の一切篭らない眼差しで、何も見てないようにも見えた。



「そう。君も災難だったね」



 そう言うと彼は音もなく立ち上がり、部屋にあったティーポットとカップを二客取り出した。


 俺は慌てて立ち上がり、彼のやろうとしてることを買って出ようとするが、彼はやんわりと断る。

 仕方なく隣でそれを見守り、勧められた椅子へと座ることになった。



 従者が主とテーブルを共にするなんて言語道断だ。

 しかし彼はそんなこと全く気にも留めない様子だった。



 彼の入れたお茶は美味しかった。

 王族のたった八歳の子が、こんな美味しいお茶を淹れられることに驚いたことよりも、彼が不憫に思えた。


 まだ親の庇護を必要とし、親に甘えたい年頃の子供が一人屋敷に隔離されている。



 何を言うでもなく静かにお茶を飲む佇まいは王族の気品に溢れていた。



 やはり、どれくらいそうしていたのかわからない。

 冷めてしまう前に、お互いお茶を飲み終えた頃だった。



「君を僕の従者の任から解任する。

 もう明日から来なくていい。陛下には僕から進言するから、君は何も気にしなくていい」



 唐突だった。それは俺の意見を述べる隙も与えない、決定事項のような口ぶりだった。

 彼はゆっくり立ち上がると、一度瞑目して感情の篭らない瞳で静かに俺を見つめた。



「僕からの最初で最後の命令を下す。

 君の主は、君自身が選べ」








 それから数日後には、陛下から解任の件を申し渡された。


 シオン王子が何をどう進言したのかは定かではないが、陛下は申し訳なさそうにその旨を伝えると、しばらくは勉学に励むようにと仰った。



 俺はすぐに父にシオン王子が何者で、何故あんな屋敷に隔離されているのか問いただした。

 しかし父は言葉を渋らせた後、今知る必要はないと一蹴した。

 母に聞いても結果は同じだった。



 それでも気になって、剣の師匠である執事長コンラートに尋ねると彼はこう言った。


「気になるのでしたら、王子本人に尋ねてはいかがでしょうか?」と。



 俺は勉強と剣の修行の合間を縫って、再びあの屋敷に足を向けた。




 俺を認めた王子はほんの少しだけ驚いた後、心底面倒くさそうな表情をした。

 けれど文句を言うことも追い出すこともなく、前と同じように無言でお茶を出してくれる。


 俺は勇気を出してその無言を破り、シオン王子について尋ねた。



「君には関係ないことだ」



 そこには怒りはない。無関心、無感動。静かすぎる声色だった。



「もうここには来ない方がいい」


「それは命令ですか?」



 すると彼はただ緩やかに、首を横に振るだけだった。

 それでも俺はたびたび彼を尋ねた。



 どうしてそうしたのか、自分でもわからない。

 そこに憐憫や同情がなかったと言えば嘘になるだろう。

 しかしそれ以上に、俺は彼のことを知りたいと思った。




 そのたびに彼はため息をつきながらも、俺を迎え入れてくれた。

 彼が二度と顔を見せるなと命令するならそうしただろう。

 しかしそうしないのなら、俺は俺のやりたいようにやる。そう開き直った。



 長い沈黙の中で思い出したように、ほんの少しだけ会話を交わす。

 それを繰り返しながら少しずつお互いのことを知っていった。




 闇の強大な力を生まれ持ったこと、それは王家にとって災いになる可能性があること、そうして存在を隠蔽され、彼が今ここにいることなどを知った。


 それ以外のことを彼はほとんど語らなかったが、ぽつりとこぼした言葉は俺の頭に鮮明に響いた。


 生まれてすぐに殺されなかっただけ幸運だ。

 その一言。




 闇の本質を生まれ持つものはあまりにも稀だ。

 それは、どの時代にも災いとなり、世界に混沌を招いてきた。

 それが王家から生まれたとなれば民衆は恐れ戦き、最悪の場合内乱につながる。



 一番の賢明な判断は生まれてすぐにその命を絶つこと。

 しかしシオンの両親――国王と王妃はそれをしなかった。



 ――しなかったのか、できなかったのか。



 自分のことを語る時の彼は少し寂しげな表情を見せた。

 存在を隠蔽され、継承権を持つことさえ許されない王家の血を引いた呪い子。



 立場はあまりにも不安定だ。

 彼はきっと国王に死ねと言われれば、死を選ぶのかもしれない。

 そんな危うさを常に漂わせていた。




 彼の屋敷には生活に必要な最低限のものと、少しの本以外なにもなかった。



 生に興味がなく執着する術も知らない。

 ただ死んでいないだけ。俺にはそう見えた。


 愛情が何なのかも知らず、それを求めることも許されない。

 もしかしたら今、彼がこうして生きていること自体が親からの唯一の愛情だと感じて、息を吸っているだけなのかもしれない。



 彼の態度には何の期待もなければ、希望するということすら知らないように見えた。






 彼の屋敷に通うようになって数か月経った頃、俺は自分の希望を口にした。



「俺と友達になりませんか?」



 お茶を淹れていた彼の手がピタリと止まる。

 そして、怪訝そうな顔つきでこちらを見てきた。


 まるで知らない言葉を聞いたような、そんな表情だった。



 それも束の間、沈黙したままいつものようにティーポットとカップを持ってテーブルについた彼は、

 「君のしたいようにすればいい」とだけ答えた。



 拒絶ではない、しかし肯定や受容とも違う。

 ただ俺の要求に応じるだけの言葉。


 俺はそれが無性に腹がたって、勢いよく立ち上がった。

 言質はとったのだ。王家の人間に二言はない。



「俺の名前はヴィンセント・エルンスト・グライフェン。

 でもあんたの前ではただのヴィンスだ。あんたもただのシオン。

 これが友達になるってことだ。わかったか!?」



 勢いに任せて声を張り上げた俺を見て、彼は目を瞬かせた。

 そして何かを考えあぐねるように息を吐き出した。



「残念ながら僕には、君の言っていることがよく理解できない。

 けれど嫌じゃないのはわかる」


「今はそれだけで十分だ」








 それから俺はそれまで以上にシオンを訪ねた。


 娯楽を知らない彼のために、お菓子や家にたくさんある盤上のゲームなどいろいろ持ち込んだ。



 最初こそ動揺を示したシオンであったが、しつこく繰り返すうちに、仕方ないという風に娯楽を覚えて行った。

 驚いたのは、彼の知識に対しての吸収力と頭の良さだった。



 俺も勉学にはそこそこの自信があったというのに、ルールを覚えた彼に盤上ゲームでは一度も勝てたことはなかった。


 室内での彼とする娯楽にも飽きてきたころ、俺はコンラートに打診して彼の屋敷までついてきてもらった。




 屋敷の周りは林に囲まれてこそいるが、広い庭がある。

 剣術の稽古をするなら、そこでシオンと一緒にやろうという打診だった。


 コンラートは快く承諾してくれるばかりか、こう言ってくれた。



「坊ちゃんに新しい風を吹き込んでくださった方のお顔を、(わたくし)めも拝見したいと存じておりましたところです」



 シオンは慣れない顔に最初こそ警戒をしたものの、稽古用の木剣を受け取ると、不思議そうに眺めてはコンラートの指導に従い始めた。

 シオンが俺と並び、剣の腕を越すのにそう時間はかからなかった。



 俺は生まれて初めて敗北感を味わった。


 伯爵家嫡男として、王家の剣として生まれ、厳しい教育と訓練を幼い頃から受けてきた。


 勉学も武術も同年代の中で頭一つ抜きんででいたし、それが当たり前でそうでなければいけないと常に自分を律してきた。



 木剣での一体一の模擬試合。

 魔法の使用は不可。


 

 幼いころから数年剣を握ってきた俺が、剣術を知って一年にも満たないシオンに文句のつけようがない敗北をした。


 一年足らずの間、シオンが努力したのは目に見えて感じていた。

 貧弱だった体は筋肉がついて見違えるように逞しくなったし、全てに無関心で何も映さなかった瞳は、勝利への喜びに満ちていた。




 天才。これが本当の天才か。



 敗北は屈辱感にはならず、そこには一つの感情が芽生えた。

 しかしそのころの俺は、その感情を言語化できるほどの経験を積んでいなかった。



 今ならわかる。それが尊敬、この人に付き従いたいという敬服の念だということをーー








 そんな感情を覚えてからしばらくして、俺をアレクシオン殿下の従者に、という話が持ち上がった。



 王家唯一の王位継承権を持つ王太子。その騎士として従者として、俺がそれを拝命するのは当然の流れのように思えた。

 同時にシオンの顔が浮かんだ。



 もう俺も幼い子供ではない。貴族として伯爵家嫡男として、正しく生きることがいかに重要かは理解している。

 けれど胸に生まれたざわめきをついに払うことはできず、謁見の間にて俺は失態をおかした。




 王命を承る段になって「謹んで受け賜わります」という、ただ一言が口から出てこなかったのだ。


 それどころか勢いよく立ち上がると、陛下に背を向けて謁見の間を飛び出してしまった。



 足の向いた先は、シオンの屋敷だった。

 息を切らしてやってきた俺にシオンは目を瞬かせた。

 慌てて父が、そして陛下までもが俺のあとに続いてシオンの屋敷へとやってきた。



 俺はその機を逃さなかった。

 グライフェン家の宝剣を俺は腰に下げたままだった。


 俺はそのままシオンの足元へと膝を折り、宝剣を両手で彼へと捧げた。



「私、ヴィンセント・エルンスト・グライフェンは――

 シオン・ルクリツィア・アルバ・ディ・エーベルシュタイン様に、生涯違えることのない忠誠を捧ぐことを、ここに誓います」



 シオンの視線が俺に注がれるのを感じた。


 彼がこの忠誠を受け入れるとは到底思えなかった。 それでも俺の忠誠は彼にしかない。

 譲ることなんて出来なかった。



 数秒の間をおいてシオンがその剣を受け取ったとき、奇跡が起きたと思った。

 驚きと歓喜が胸に溢れた。


 シオンは宝剣を鞘から抜いて、俺の首元へと当てる。



「シオン・ルクリチィア・アルバ・ディ・エーベルシュタインは、その忠誠を心より受け入れる」



 宝剣を鞘に収めたシオンは俺へと手を差し伸べた。

 彼はまるで手に負えない子供をなだめるような困った表情で微笑んでいた。



「まったく君は……」


「貴方が俺に命令したんですよ。主は自らの意思で選べと」



 最初こそ習わしによって与えられた使命でしかなかった。でも今、俺は俺の意思で主を選んだ。

 俺は後ろで唖然としている父と陛下の前へ進み出ると、再び膝を折った。



「先ほどの無礼、深くお詫び申し上げます。いかなる処罰も賜るままに受けさせて頂きます。

 しかし私は今ここに騎士としての誇りをもって、シオン様に忠誠を捧げました。

 これだけはたとえ廃嫡を受け賜わろうとも、決して譲ることはできません」



 陛下を前にして、俺の声は震えていた。

 するとシオンが隣で同じように膝をついて言った。



「陛下。私の生涯でたった一度のわがままを聞き入れてください。

 私はエーベルシュタインの闇を背負って、陛下の期待に必ずや応えて見せます。

 そのために私にはこの者が、ヴィンセントが必要です」



 それだけ言うとさっさと立ち上がり、真正面から陛下を見据える。


 その瞳は初めて彼を見た時と同じ、得体の知れない恐怖を感じさせる何かを宿していた。

 わがままと表現するにはあまりにも物騒で、何か何でも自分の意思を貫き通すとの表明を感じさせた。



 陛下は俺とシオンを交互に見ると、深いため息をついた。



「グライフェン家の伝統ある騎士の誓いを覆すわけにはいかん。

 ヴィンセントよ。あとは頼んだぞ」



 踵を返した陛下と父の背に、シオンは何か言いたげに口を開いたものの、最後までそれを言葉にすることはなかった。








 俺がシオンに忠誠を誓って一年後。


 シオンの屋敷に王家の末の姫、アイリス王女が突然顔を出した。

 王城でもシオンの存在は最重要機密であり、王女がたった一人のメイドを伴っただけで来ていい場所ではなかった。



 まだ幼い王女はシオンによく懐いた。


 エーベルシュタインを守護神、クロノスの加護を授かり生まれた国の宝。

 彼女が訪れるようになって、シオンは笑う頻度が増えたように思える。


 アイリス王女は誰にも分け隔てなく接する、心優しい子供だった。

 そんな彼女の温かさがシオンの心を溶かしたのかもしれない。



 その頃になって、俺には後天本質が発現した。


 光――慈愛の本質を持つものが開花するという稀な力。

 その深い本質は、信頼と犠牲。



 シオンに生涯の忠誠を誓った俺にはぴったりの力だった。

 しかしシオンは俺に何かを「命令」することは、一度もなかった。


 俺はそれが少し寂しく感じたこともあったのは否めない。




 そして数年の月日が経ち、王国の内乱が起こる二年前のことだ。


 執事長コンラートが突然辞職した。

 それに続きさらに一年後、俺は謂れもない濡れ衣を着せられ、廃嫡される事態に陥った。

 廃嫡を告げた父の顔を、今でも昨日のことのように思い出せる。




 そのままコンラートの屋敷に身を寄せた俺は死んだように過ごした。


 強制的に首都から追いやられ、別れを告げることも許されずシオンの元を離れねばならなかった理不尽に、俺の心は折れてしまったのだ。



 そうしている間に王国で国王派と王弟派の内乱が起こり、国王が討ち取られたという情報が耳に入った。

 国王派の多数が処刑されたという報告とともに。



「残念ながらアレクシア殿下は処刑を免れせんでしたが、そこにシオン殿下とアイリス王女はいなかったという報告を受けました。

 どこかへ連れ去れたか、幽閉されていると思われます」



 まるでこの事態が起こることを知っていたかのように、コンラートが淡々と告げた。

 彼はこう続けた。



「伯爵閣下より言伝を承っております。

 たとえ爵位を失ったとしてもヴィンセント、お前が誇り高きグライフェンの騎士であることは生涯変わらない。

 その誇りと忠義をもって、己が選んだ運命を貫きなさい。

 とのことです。私が何を言わずとも、坊ちゃんならおわかりいただけますね?」



 最後に父が見せた顔を思い出した。

 怒りと憎しみを露わにして廃嫡を告げたあの表情。


 あの感情は一体、誰に向けられていたのだろうか。

 父は俺を見捨てるどころか、信じたからこそ放り出したのだ。



「すぐに屋敷を出る」と告げた俺にコンラートは、


「その方がよろしいかと。王弟、今は国王陛下になりますか。あの方は不穏分子を放ってはおかないでしょう」

 

 と、すぐに荷造りをしてくれた。



 久しぶりに握った剣は重かった。





 それから俺はシオンを探した。

 しかし国内のどこを探しても見当たらず、身分を偽り、帝国へと足を伸ばした。


 探して探して探し続けて、気が付けば一年と半年が経とうとしていた。



 ひたすら主を探す旅。どこにいるのか、生きているのかさえわからない終わりのない旅。

 それに終止符を打ったのは一人のエルフの来訪だった。



 彼、もしくは彼女は唐突にシオンの場所まで案内してやろうと提案した。

 信じたわけではない。

 けれど藁にもすがりたい状況だった俺は、その提案に乗ることにした。


 

 エルフの古代精霊魔法でたどり着いたのは、地下牢の前。

 そこにいた看守はすでに血祭りにあげられた後だった。



 地下牢に繋がれ、やせ細り、至るところに惨い傷を負った少年。

 二年と半年見ないうちに、随分と変わり果ててしまった俺の主。



 牢へと踏み込み鎖を断ち切ると、シオンは力なく倒れた。

 彼を受け止めたその体はあまりにも冷たく、背筋がひやりとした。

 弱弱しいものの息はしているようで、安堵したことを覚えている。



 すぐにエルフの魔法で移動した先は、見知らぬ部屋の中だった。

 目が痛いくらいに白で統一された、もの寂しい部屋。


 そこがどこかなんてどうでもよかった。

 エルフの目的が何なのかもどうでもよかった。

 俺はその部屋でシオンの意識が戻るまで隣に付き添い、懺悔を繰り返した。







 窓のない部屋で何日過ごしたのかはわからない。

 ようやく目が覚めたシオンは俺を見て、反射的に怯え睨みつけてきたが、すぐに俺だと認識すると次に部屋を見渡した。



「そうか、俺は……」



 俺はすぐに跪き、口を開こうとした。

 その前に響いたのは、シオンの声だった。



「ヴィンス。いい、いいんだ。お前は悪くない」



 悲しげで優しい声色にハッと顔をあげた。

 しかし俺の目に映ったのは、怒りと憎しみを露わにしたシオンの顔だった。



「ヴィンス、聞いてほしい。俺は一度死んだ」



 そうして語られたのは信じられない話だった。


 地下牢で命が尽きようとしたとき、シオンは強く思った。

 このまま死にたくない、死んでたまるか。まだやらなきゃいけないことがある。

 アイリスを助けたい。この理不尽に淘汰されたまま死ぬわけにはいかない、と。



 その時、精霊との同調と同じく、しかし精霊ではない何者かと同調した。

 そして、とある提案をされたという。

 シオンはその提案を受け入れた。



 それがクロノスの加護、そして権能の一部。



 そこまで話した時、部屋にエルフが入ってきた。

 そこで俺たちは、聖アメリアと初めて顔を合わせた。


 レヒト教教祖、’’神の灯火’’と呼ばれた聖アメリア。

 彼女は秩序神の化身として、俺たちに事の成り行きとこれからのことを告げた。



 クロノスの加護、その権能は世界の秩序をあまりにも乱す。

 シオンのそれをそのまま容認することは出来ない、だから加護枷として制約を与えるとのことだった。



 六度という制限付きではあるものの、大きな対価と引き換えに繰り返される回帰。

 そんなものをシオン一人に背負わせるわけにはいかなかった。



「ヴィンス。頼みがある」



 まただ。俺の主は決して命令をしようしない。

 俺はその場に跪いた。



「シオン様。俺に命じてください。

 貴方の命令が俺の誇りとなり、貴方と俺の運命の轍として、決して途切れることのない絆となります」



 シオンはしばらく沈黙したあと、その手は俺の腰に下げられた剣へと伸ばされた。



「俺とともに、この業を背負え。命令だ」



 俺はシオンを見上げ、微笑んだ。シオンは苦しそうに表情を崩して、それに応えた。


 シオンの握る剣が俺の心臓を突き破る。

 衝撃に血を吐き、意識が遠のきそうになったが、剣が引かれるとそれはすぐに癒え、代わりにクロノスの加護紋が浮かび上がる熱い熱に襲われた。




 シオンが俺に手を差し伸べる。

 そういえば昔もこういうことがあったな、とあの日の記憶が重なった。



 これから待っているだろう地獄と言える苦難も、シオンとなら怖くなかった。


 俺が人生で唯一、自分で見出した自分の進むべき道。

 たとえ爵位を捨てても名前を捨てても、この心だけは変わらない、違えることはない。



 このstolz()にかけて。俺はエーレへの忠誠を誇りとして、永遠に共に。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ