表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/204

水魔法の本質

 




 ユリウスは一度陽を見上げ、次に海を見渡し――そっと目を閉じた。

 途端、先ほどと同じように、辺りのあらゆる情報が五感を駆け巡り、体の感覚が遠のいていく。



 目を閉じているはずなのに、どこに何があって、それがどの程度離れているのか。

 波がどんな形で押し寄せて、引いていくのか手に取るようにわかる。


 それは目を開けて見るよりも鮮明で、身近なものだった。



 自然の中に溶け込んで、一つになっていく。

 本当は自分という存在は、初めからいなかったような錯覚に陥る。

 それは、そうなることが当たり前であるかのように、あまりにも自然な感覚だった。



 意識が遠のき始めたところで「目を開けるんだ」という声で、我に返った。

 上を見上げると、リーベが困ったような顔で、こちらを見下ろしていた。



「入ってしまうと考えがまとまらなくなっちゃって……つい……」



 言い訳がましい言葉が、つい口に出た。


 けれど、嘘ではない。

 同調してしまうとつい、思考が遅れを取ってしまう。

 その言葉に対してリーベは逡巡する様子を見せたのち、ユリウスの隣に腰を下ろした。



「最初に認識のズレを正した方がいいか」


「認識のズレ?」


「エーレが言っていただろう。理解が追い付いていないと」



 その言葉は確かに、昨日から引っかかって気になっていた。



「そもそも、水の精霊の本質は何だと思う?」


「え……」



 その問いかけに、ユリウスは思考が止まった。


 水の精霊に同調し、魔法を行使することを、世間では’’調和の力’’と呼んでいる。

 だから、その力を扱える人の本質も、調和と区分されていた。



 精霊の本質とは何か――という議題を、ユリウスは今まで見聞きしたことはない。



 何故なら調和の本質を持つ人間は、水の精霊と同調できるという事実から、水の精霊の本質はすなわち調和である。

 それが言葉にする必要のない、共通認識だったのだ。



「調和だと思ってたんですけど……」


「なら、調和とは一体なんだと思う?」


「何って言われても……」



 調和は調和であって、それ以外考えたことはない。



「言い方を変えよう。調和というのは嚙み砕くと、どういうことだと理解している?」



 調和を本質とする人間は基本、前に出ることを好まず、人々の調整役に回ったりする、縁の下の力持ちのような性格が多い。



「誰かと誰かを繋ぐような、バランスをとるような性質なんだと……」



 ユリウスはどうにかそう言っては見たものの、自信がなくて語尾が萎んだ。



「ズレというのはそのことだ」



 理解が追い付かず、ユリウスは沈黙した。


 調和の解釈にズレがあるのだろうか?




「つまりリーベさんたちは」と繋げたユリウスに、「敬称はいらない」とリーベは口を挟んだ。


「リーベ……たちは、調和の解釈を別にしてるってことですか?」


「そうじゃない。たしかに調和という解釈が、完全に間違っているとは言わない。

 けれど、調和と一言で、まとめてしまうには足りない。

 水の精霊――彼らの本来の本質は、調和だけではないんだ」


「え……だって……」


「私たちが水の力のことを、一度でも調和の力といった記憶はあるか?」



 ユリウスは、彼らと出会ってからの会話を思い出せる範囲で辿ってみた。



 たしかに彼らは、一度も調和の力とは呼んでいなかった。

 どの会話においても、水の力と呼んでいた。

 それで会話は成り立つし、特に気にも留めていなかった。



「じゃあ、リーベたちがいう水の精霊の本質って、一体……」


「そもそも精霊にとっての本質や感情というものを、人間の解釈によって言語化するのは難しい。

 口では調和といいながら、感覚ではそのズレに気づいて修正できている人も稀にはいる。

 だからこそ、そうでない者には、なるべく正確に言語化する必要がある」



 リーベは長い前置きを置いて、ようやく答えを口にした。



「私たちが定義した水の本質は――’’共感と支配’’だ」



 ユリウスはまるで聞き覚えのない言葉を、耳にしたような感覚に陥った。

 提示された定義をユリウスはどうしても飲み込めない。



「待ってください」つい、身を乗り出して声が大きくなった。


「共感はまだわかります。たしかに調和と似てるけど違う。

 それが本当なら、そこのズレは認めます。

 ただ支配というのは頷けません。共感とは真逆じゃないですか」


「本当にそう思うか?」



 その声は、耳に刺さるほど冷ややかだった。


 突然の彼の声色の変化に、ユリウスが驚く間もなく、リーベから水の魔法を感じた。

 間を置かず、ユリウスに彼の生命力が流れ込んでくる。




 これを受け入れてはいけない――ユリウスは本能的に、そう察して抵抗しようとした。

 自らの生命力でそれを押しのけようとした時、ほんの一瞬だけリーベの心が垣間見えたような感覚あった。


 それもすぐにリーベの力に押し負けて、心の中に土足で入り込んでくるような嫌悪感。


 しかしそれは一瞬の出来事で、次の瞬間にはその嫌悪は跡形もなく消え去り、それどころか慰められるような安心感を覚えた。



 流れ込んでくるのは彼の感情――ユリウスを理解しようと、寄り添ってくれるような……


 それはあまりにも優しくて温かく、今まで経験したことのないものだった。


 父に抱擁されるとこんな感覚なのだろうか? と想像してしまう。

 そこに、愛情を感じてしまうほどの安息。




 これが……彼のいう共感なのだろうか?

 このまま無防備に、心を曝け出してしまいたい。

 彼にすべてを知ってもらい、保護を求め、いやそれでは足りない。

 彼に、帰依してしまいたい。



 突如、胸からあふれ出したこれは、感情ではなく本能に近い。

 親の庇護なしでは生きられない幼子が持つような……



 このまま本能に抗うことすらやめてしまおうと思った途端――まるで押し寄せてきた波が引いていくかのように、それまでの感情が薄れていった。


 ぼんやりしていた思考が、徐々にクリアになる。



「どうだ、知っている感覚ではなかったか?」



 ユリウスはすぐには理解できなかった。


 こんな安心感を得た記憶は、ここ数年にはない――

 だが、リーベが言いたいのはそれではないのだと、すぐ気づいた。



 彼の力が、抗いがたい帰依の感情を生み出した。それは……

 心の芯が捻じ曲げられ、それに気づくことすら困難な感覚。



 ユリウスの脳裏に、一人の顔が浮かんだ。



 誰よりも近く、誰よりも恐ろしい存在。

 逃げたくてたまらなかった相手。


 皇帝——ユリウスの父。



「手加減したつもりだ。もっと残酷な力の使い方もある。

 頭で理解できないなら、感覚でわからせた方が早い」



 暴論も暴論であったが、たしかにユリウスはこれが水の力であり、共感と支配なのだと認めざるを得なかった。

 そして父もこの力を使って、自分を支配しようとしていたのだと。



「共感と支配」



 ユリウスは今一度、確かめ飲み込むように呟いた。



「じゃあ父上……皇帝は、水の力の本質を理解してるということですか?」



 先ほどの感覚は、ユリウスにとって馴染み深いものだった。



 父である皇帝は、いつの間にかユリウスにとって、絶対的な存在になっていた。

 ユリウスがその支配から逃れられたのは、衝撃的なきっかけによる一時的な解放だった。


 今思うと、それまでの自分は正常ではなかった。



 皇帝は、水の精霊の本質を理解しているのか?

 そのユリウスの問いに、リーベは緩く首を振った。



「貴方は水の精霊との同調率が特に高い。

 それは、ある場合においては、加護のような側面を持つこともある。

 しかし、本当の意味で本質を理解して使いこなせる相手だと、今の貴方じゃ抵抗できないだろう。

 たとえ、どんなことがあっても簡単に支配は解けたりしない。


 つまり、皇帝は未だ完全な本質の理解には、たどり着いていない」



 確信をもった口調だった。


 ユリウスには皇帝とリーベの力の波動の違いが、はっきりとはわからなかった。

 けれど、彼のいうことが本当なら、今こうして皇帝の支配から抜け出せのたが、その証明だ。



 ユリウスは、ほんの少し安堵した。

 水の力を使いこなせるようになれば、皇帝に対抗できるようになる可能性はある。



 安堵の表情を見せたユリウスに対して、リーベは「話を戻すが」と続ける。



「支配ではないもう一つの側面――共感は、つまり寄り添うことだ。

 寄り添うというのは、相手の感情に溺れることではない。

 相手の意見や感情を理解し尊重する。

 相手の感情に共鳴するが、自分のというものはしっかりもっておく。

 違いがわかるな?」



 リーベの説明に耳を傾けたユリウスは、自信なさげに頷いた。

 頭では理解できるが、経験が伴っていない。



 ユリウスは常に強者の意を受け入れ、それに流されて生きてきたからだ。


 王城から逃げ出したのも、衝動で向こう見ずな勢いだった。

 皇帝の支配下にあったため、自分が何を考えていて、どうしたいのかユリウス自身が理解していなかった。





 その後、三度ほど瞑想を繰り返したが、結果は同じだった。

 申し訳なさそうにするユリウスに、リーベは鞄からパンと干し肉を取り出した。



「そんなすぐにできるものではないから、気にしなくていい」



 ユリウスは彼から食料を受け取ると、急に空腹を感じた。

 リーベの「しばらく休憩しよう」と言う言葉で、ユリウスは手の中のパンへと齧りついた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
圧倒的に練られた世界観に引き込まれ、ここまで一気に拝読させていただきました! 情景描写や心理描写が本当に丁寧に綴られているなぁと感じ、特に前話にてユリウスが初めて海水に触れた時から同調するまでの描写が…
調和、共感、支配・・・似て非なるどころか、ベクトルの違う状態を、この先、どう統合していくのか俄然興味が出てきました。 支配のステージによっては調和に近い状態になるんだろうと想像。 すると、皇帝とユリウ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ