砕ける砂時計
その日コンラートは、僕に剣に魔法を乗せる方法を教えてくれた。
イグリシウムでも用いられているように、鉄は生命力と相性が良い。
大体においては特性ではなく、具現化した魔法を剣に纏わせて使うらしいけれど。
剣術もまだ体に染み込んでない僕が、具現化を留めたまま剣を振るうのは至難の業だった。
けれど、もしこれが出来たのなら、水を纏わせた剣で炎の魔法を切り払うことだってできるだろう。
それにしても……
「覚えることが多すぎるなぁ」
一日を終えて、生命力が尽きかけた体は悲鳴を上げている。
手には剣だこが出来て、もう痛いを通り越しているし、生命力が回復するまで倦怠感は酷い。
これ以上生命力を使うと、吐き気や眩暈までしてくるのだ。
エーレたちが帰ってきたら、あっと言わせられるように、もっともっと頑張らないと。
それにしても、バルトからは未だに連絡がこない。
そろそろ二週間経とうとしている。いつまでこの屋敷に留まるのだろうか?
不満はないし、今の間に出来るだけ力をつけておきたい。
明日に備えて早く寝よう。
倦怠感に身を委ねるように意識を底に落としたのが、おそらくハデス第一刻(二十一時)を過ぎたあたりだった。
巨大な砂時計がバラバラに割れる夢の最後――どこかで大きな衝撃音がして、目が覚めた。
それが夢なのか現実なのかの区別がつかなくて、暗闇に慣れない目で数瞬、天井を見つめた。
屋敷には夜のとばりが深く降りていて、静まり返っている。
その中で、ぶわりと全身の生命力が揺らいで泡立つ感覚。
咄嗟に跳び起きて、近くの手半剣を持った。
耳が痛いほどの静寂の中にある、確かな違和感。細かい揺らぎのようなものが、肌を撫でていく感覚。
全身の鳥肌は収まらず、今まで感じたことのない、その原因を探るために意識を集中させた。
それは徐々にイメージを頭の中に浮かび上がらせる。遠くないところにその揺らぎの根源。それも複数。
これは……
正体を探っていた時、部屋の扉が激しく開けられて、思わず身構えた。しかしそこには――
「コンラートさん?」 手に剣を持った老爺がいた。
「結界が破られました。何者かが侵入してきたようです。迎え撃つご準備を」
暗くて表情は見えない。けれど声はいつもより低く、緊張が滲み出ていた。
僕は手の中の手半剣と首元のペンダントを確認した後、ぐっと剣を握りなおして、無言で一つ頷きを返す。
そのまま老爺に導かれるまま廊下に出た。
月明かりだけが差しこむ薄暗い廊下に出た時、それまでの肌を撫でる波が大きくなって、ぶるりと体が震えた。
右側に二つ? 左側に二……いや三つ。庭先にばらけて四つ、それぞれ違う波動。これは……
「近くには九人のようです。おそらく他にも隠れているかと」
コンラートが剣を抜いて構えた。
僕も同じようにして、コンラートに背を預ける形で反対方面の廊下の先を見る。
まだ生命力が回復しきっていない。この不安定な状態だと霊奏は厳しい。
緊張に体が硬直しているのを自覚して、お腹から息を吐きだし肩の力を抜いた。
暗闇の先から黒い影。見覚えのある装束――暗殺ギルドだった。
二つの影を目で捉えた瞬間、すぐ後ろから剣戟が耳を貫いて、呑んだ息が喉の奥に引っかかる。
思わず振り返ろうとした時――正面からの波動が強くなって、咄嗟に剣を正面に持ち上げた。
刹那。耳の痛い金属音と共に全身に衝撃が走った。
受けた剣圧に体の軸を失いかけて、すぐに後方へステップを踏んだ。
たった数メートル先にいる黒装束がやたらと不気味に映った。
――落ち着け、落ち着け。訓練した通りにするんだ。
荒く吐き出す息が、耳に張り付く。剣と握る手に、汗が滲みだす。
月明かりがその影を照らし出した時、敵の刃が鈍く光ったのが合図だった。
手が痺れて汗が落ちる。弾かれた剣ごと体を持っていかれて、重心を戻せずに立ち止まった。
「足を止めるな。力が入りすぎだ。重心を剣圧の方向へ乗せろ」
シュトルツとの打ち合いを、近くで見ていたエーレの淡々とした口調。
すぐに打ち合いは再開させた僕は、シュトルツの速度についていけず、どうにか受け止めるはするものの、相手の軌道に乗せられない。
振り下ろされた剣を受け止めはじくので精一杯だった。
目の前のシュトルツは舞うように、軽くはじかれた剣を更に次の軌道に乗せる。
「真正面から受け止めるな。滑らせて流せ。全身と剣を繋げろ」
近くから聞こえてくるエーレの指導。頭ではわかっていても体がついていかない。
視界の端に赤髪が揺れたのを知って、喉の奥がひゅっとなった。
「空気の流れと衝撃に意識を傾けて。君は水だ。そう思い込め」
背後を取られたときのシュトルツの言葉――
視界もままならない薄暗闇の中で、一週間前の記憶が頭を掠めた。
空気の震え、流れ、相手の微細な波動。
その中で、腕の先からやってくる衝撃に、何度も重心を持っていかれていた時だった。
――受け止めるな。流せ。相手の剣に沿って――
どこかでエーレの声が聞こえた気がした。
それはあまりにも当然のように、僕の頭から心に馴染むように溶け込んでいく。
数瞬の合間に、何故か頭の芯がスッと冷えていく感覚がした。
――水、僕は水だ。流れを読め。流れに乗れ。
迫ってくる剣の短双剣の軌道。
目で追うことをやめたその先に、ぼんやりと何かが映った。




