朝食と剣のひととき
ものすごい勢いで、朝食を口に詰め込むシュトルツ。
この屋敷に来た時とは別人のようだった。どうやらエーレに負けたことが余程、悔しいらしい。
「坊ちゃん、少しは落ち着いてお召し上がりください」
隣でコンラートが笑いながらナフキンを差し出していた。
シュトルツはそれを受け取ると、水を飲んで口を拭き、長く重たい息を吐きだした。
「エーレさんに勝てるとは思ってなかったけどさぁ。やっぱり負けるとショックだよねぇ」
「は? 勝つ気でこいよ」
相変わらず小食のエーレはほとんど手をつけずに、斜め前のシュトルツを睨む。
「本気なのは本気だったよ。でもあれはないでしょ。最後のあれ。
どう考えても邪道じゃん、あんなフェイント」
不満たらたらの様子のシュトルツを見ながら、僕は目の前の料理をせっせと口に運んでいた。
たしかに、最後のフェイントはエーレらしくないと思った。
両手から利き手ではない左に持って、更に右手に持ち替えて一瞬だとはいえ、あえて相手に背を向けるなんて。
「お前相手だから、したに決まってんだろ」
当然のように答えたエーレに、僕は思わず首を傾げる。
すると何故かその言葉にコンラートが笑いを上げた。
「坊ちゃんの癖はなかなか直りませんからなぁ」
「癖?」
シュトルツの剣技に癖なんてあっただろうか?
どう見てもバランスの取れた素晴らしいものだった。
「結構直ってると思うんだけどねぇ」
「前よりは直っては来てる。だからフェイント仕掛けてみたんだよ。
双剣と違って両手剣だとお前、慎重になりすぎだ。最後の最後で軸足の癖出てただろうが」
首を振ったシュトルツに、手を払いながら答えたエーレ。
シュトルツのスタイルはたしかに、双剣よりかなり慎重だった。
「どういうことですか?」僕は誰ともなく尋ねた。
「私にもよくわからないが、シュトルツは左軸足で体術を繰り出す癖があるらしい」
朝に珈琲しか飲まないリーベが、今日も珈琲だけ飲みながら答えた。
うーん。そう言われてみれば最後、シュトルツは右足で回し蹴りをしていた。
けれど、当然のような流れだったように思える。
「それは相手がエーレだったからだよ。普段はここまで慎重にならないでしょ。
グライフェン家の流派が主を守る剣だし、同時に道を切り開く剣じゃん」
――主を守って、道を切り開く剣?
弁解じみた言葉を並べたシュトルツを、気づけばじっと見ていた。
シュトルツを中心に誰も寄せ付けないような――結界のような剣。
剣が間に合わないと思うと体術を繰り出して、確実に牽制していく剣。
なるほど、と口の中で呟く。
一対一の戦闘では見られなかったけれど、これが大人数相手になるとこの流派は、主のために鬼神のように道を切り開く剣に一変するのかもしれない。
「お前はちょっと冷静をなくすと、すぐにその癖が出る。左軸足の体術の軌道がわかりやすすぎる」
「大丈夫だって。それ、エーレさんにしかわからないと思うし」
まだそのことについて話している二人の視線の間を縫って、リーベをもう一度見た。
すると彼は首を振る。
「私はシュトルツのその癖を頭で知っていても、対処は出来ない。
だからこの男を突破できる人間も早々いないだろう」
「ほーら、エーレさん」
珍しくリーベがフォローする形になって、シュトルツがそれに乗っかった。
調子に乗りかけたシュトルツに、
「お前、ゼレン相手でもそれ言えるのか?」
エーレが彼を半眼で睨んだ。それにシュトルツは言葉をなくして口端をぴくりと引きつらせた。
「あの人はほら、人間じゃないから。人外だから」
ふと視界の隅で、白水の髪と緋色の外衣が揺れた気がした。
同時にあのぼんやりとした笑みが想起される。
レギオンランク一位のマスター。彼はそんなに強いのだろうか?
そこに乾いた咳払いが挟まった。コンラートだ。
「私からも一つ、申し上げてもよろしいですかな? 坊ちゃん」
改まった態度に「え、爺やもなんかダメだしあるの?」とシュトルツが身を引く。
「いえいえ、そうではありません。建設的なご提案でございます。
短双剣も随分と相性が良いと思いましてなぁ。ただ、少々軸がブレておりました。
右の剣だけ少し重くした方がよろしいかと。そうですなぁ、三十グラムくらいでしょうか」
◇◇◇
エーレたちが境界都市に出かけて、そろそろ一週間経とうとしていた。
境界都市まで森を出てから片道三日はかかる。そろそろ帰ってくる頃だと思うけれど……
トラヴィスに会いにいくとは言っていた。けれど、詳細は聞かされていない。
その間僕は、剣術と魔法の訓練を前以上に真剣に取り組んでいた。
エーレがコンラートに何をどう指示したのか知らないけど、同じ水の本質を持つコンラートが動物を捕まえてきて支配魔法を使い、それを僕が中和するということを繰り返して、コンラートの生命力くらいなら中和を安定させることも出来た。
これが皇帝の魔法となると、また別問題なのはしっかりわかっていたけれど。
水の具現化、コンラートの魔法の生命力の揺らぎを見つけて、相殺する方法もある程度感覚は掴めてきた。
魔鉱石生成の特訓のおかげか、格段に親和率が上がったことを実感できた一つだった。
朝から晩まで剣術と魔法。
魔法は毎日、生命力が尽きかけるまで付き合ってもらう。
そうしている間に体内で生成、貯蓄できる生命力の上限が上がったような感覚。
魔法発動時の生命力の効率が上がったのかな? 無駄を削ることができたのだろうか?
そんな僕の問いに、コンラートはこう答えた。
「あまり好んでする方はいらっしゃいませんが、生命力を使いきることを繰り返せば、体がそれに適応しようとして、生命力の底値が少しずつ上がってくるのです」
初耳だった。軍人などが取り入れる方法らしい。
そして勿論エーレたち三人もそういった方法を取ってきただろう、と。
でなければ、あの夜に感じたあの膨大な魔法は使えない、とも。
そんな方法があるのなら、どうして教えてくれなかったのだろうか?
最近ようやく剣や魔法を教えてもらえるようになったのだから、まだ時期尚早と判断されたのかもしれないけれど。
夜になると生命力はもうギリギリで、霊奏の練習は朝に時々挟んだ。
最初こそなかなか精霊は応えてくれなかったけれど、水の精霊とのコンタクトを安定してとれるようにもなった。
そうしているうちに霊奏に応えてくれる水の精霊が、毎回同じであることも感覚でわかっていった。
エーレたちが話しかけた時に応じる精霊も同じ精霊なのだろうか?
芝生に寝転がったときに耳に違和感を感じて、つい手がいく。
まだ朝陽は上り切っておらず、空は薄明。
僕の右耳のつけたイヤーカフもあんな色だった。
彼らが境界都市に出かける直前にシュトルツが渡してきたのだ。
簡単な細工が得意だという、彼が作った感応の魔鉱石のイヤーカフ。
何かあったらこの魔鉱石に少し生命力を乗せて、同調と同じ要領で連絡が取れる。
目の前で当たり前のように針で耳に穴をあけていたシュトルツとリーベを思い出して、苦笑が零れた。
エーレと僕には最初からイヤーカフを渡してきたシュトルツ。
「ピアスの方が取れにくいからねぇ。どう? お子ちゃまもピアスにする?」
そう、揶揄うように言って来た彼の顔を思い出した。
彼らとこれだけ離れて過ごすのは、要塞都市ぶりだ。
空が明るくなってきたのを見て、僕は隣に置いていた手半剣を取って立ち上がった。




