一閃、朝を告げる
木々に囲まれた、まだ薄暗さの残る広大な芝生の上。
そこには一定距離を開けて、向かい合っているエーレとシュトルツがいた。
ゆらり、と半身を逸らして下段に剣をさげたエーレ。
一方でシュトルツは低く構えて両手剣を握っていた。
「頑張ってるから、エーレさんが君にご褒美くれるんだってさ。何がいい?」
僕の選んだご褒美がこれだった。
エーレとシュトルツの本気の戦いを見たい。
せっかくコンラートが綺麗に管理している芝生をめちゃくちゃには出来ないと言われたので、純粋な剣だけの勝負。
両者の中央――奥側にはリーベがいて、一応結界を張って戦いを見守っていた。
あのシュトルツが両手剣を握っている。グライフェン家独特の流派。それを見たいと思った。
そのシュトルツ相手のエーレの戦い方も。
それを言った時に、シュトルツは苦笑いしていたけれど。
まだ朝陽は芝生を照らしていない。遠くで朱く焼けている。
その中で数秒経っても、両者は動かない。
その間にはこの前の模擬戦闘とは違った、言い知れない緊張感が漂っていた。
小さな小さな風が僕の髪を揺らして、前髪が視界を少し遮った。その時だった――
仕掛けたのはエーレだった。
疾走の後、身く踏んだステップで、シュトルツの間合いに踏み込もうしたのが見えた。
軽い剣戟が響く。下段から打ち上げるように切り払われたエーレの剣。
シュトルツは低く構えた態勢のまま、一歩も動くことなく剣先だけでその剣を牽制する。
小さく後方に跳躍したエーレが再び切り込むが、軽く払われる両手剣に、踏み込む軌道を見い出せないように再び距離を取った。
そんなやりとりが幾度か続く。シュトルツはその間、一歩も動かない。
まるで、彼の周りに見えない結果があるように見えるほどの、堅い守りだった。
リーチの差がありすぎる。間合いにさえ入ってしまえばエーレの方が有利なのかもしれないけれど、シュトルツにその隙は見当たらない。
エーレがおもむろに構えを解いた。その肩が力を抜くようにふっと下がると、いつもとは逆の左足を前に出し、半身を逸らす。
片手剣を背へと引き上げられるように持ち上げた。
そのまま、ほんの少し斜の構えた彼がシュトルツを見据えると、それに応えるようにシュトルツは前に出していた左足をじりっと滑らせる。
エーレが地を蹴る、森の先から朝陽が顔を出した、幾羽かの鳥が飛び立つ。
全てが当時だった。
刹那、空気が引き裂かれるような音が耳に届く。
水平に凪いだ斬撃がシュトルツの間合いを揺らしたように見えた。
シュトルツは前に出していた足を一歩引いて、剣を左下段に滑らせるようにして、エーレの一撃をいなし、土を弾いた。
その引いた足がすぐさま踏み出される。
剣はその勢いのまま、下から上へ、体重を乗せて返す。
重い一撃に舞い上がった剣戟。しかしエーレはその剣圧すら推進力に変えるように、受けた瞬間、素早く体を回転させ――
回り込むようにシュトルツの空いたわき腹へと切り込む。
死角だ。容赦のない斬撃に、僕は思わず首を引いた。
シュトルツにはそれが見えていたのだろうか?
彼は振り上げた剣を右手にだけ残して、体をそのまま倒し、剣を持ったまま右手を地につけた。
回避ではなくて逸らすように。
次の瞬間。シュトルツの左足が、振り切ってきたエーレの手首を狙い、鋭く蹴り上げられた。
足がエーレの手首を掠める寸前、彼は後方へ跳躍。
その中で土を蹴る音と斬撃の余韻だけが残った。
目が回るような戦闘。昨日とは一変、何もかもが違うシュトルツのスタイル。
堅い守り。両手剣とは思えないくらいの素早い反応。そこに体術まで。
互角に見える勝負。
ごくり、唾を飲み込んだ音さえ邪魔だった。この行く先が気になって仕方ない。
エーレはあの守りをどう突破するつもりなのだろう。
そんな僕の期待に応えるように、再び短い距離を詰めるように駆けたエーレは、剣を両手で持っていた。
彼が持つのは一応は長剣の類だ。まさか素早さを捨て、力で押し切るわけではあるまい。
そう思ったほんの数瞬。彼が片手剣を左に持ったのが見えた。
シュトルツがそれに応じようと、剣先を揺らめかせる。
しかし――左から少し振り上げた片手剣を右手に持ち替えながら、エーレが半時計方向へ回転。
そのフェイントに、彼が背を向ける瞬間にもシュトルツは切り込めずに、反対側から勢いよくやってきた切り下げに対して、下から両手剣を這い上がらせた。
火花が飛び散り、剣が悲鳴のような音を響かせる。
上から跳躍と共に切り込んだエーレは、勢いをそのままに、迎え撃ってきた両手剣の上へ自らの剣を滑らせ、更に間合いに入る。
スッと――シュトルツの右へとすれ違うように通り過ぎるような。
それはあまりにも軽やかで、そうなることが当然のように計算されたが如く、隙がなかった。
背面を取られたシュトルツはすぐさま軸にしていた足で回転、剣先を切り替え切り伏せるが――
そこにはもうエーレはおらず、空を切った。
斬撃分だけ後方ステップで交わしたエーレは、すぐさま地を蹴って間合いを詰める。
振り下ろされようとする剣へと、シュトルツは咄嗟に剣を返して、柄で刃を受け止める。
すぐさま一歩前に踏み入れ、右足ですさまじい回し蹴りを放った。
エーレはその鋭い蹴りをギリギリのところでひらりと躱し、返された剣先は――
シュトルツの首元に突き付けられていた。
太陽が芝生の青さを照らし出し、二人の影が大きく伸びた。
辺りの音は彼らの勝負の余韻に浸るように、しばらく静寂を守っていた。




