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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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154/233

残光に映る想い

ルシウス視点→シュトルツ視点です。

 




「えっと」



 作業室で待っていろ、とのエーレからの言伝をコンラートから聞かされて、食事の後に燐影石(ラブラドライト)の入った木箱と共に、大人しく待っていた。



 前に出されたのは、アクリルで描かれた素晴らしい人物像。

 しかし――



「本当にこれでいいんですか?」



 本職の絵描き顔負けの画力で描かれた三枚に目を留めて、僕は困惑してしまった。



 一枚目は、綺麗なアッシュグリーンの長い髪の少し可愛らしい顔立ちの女性。


 二枚目が全身贅肉、特にお腹が突き出ていて、その上、茶色の髪は薄くなっている壮年の男性。


 最後の一枚は、体格がよく身長も高く見える唯一、武装らしき恰好の用心棒風の男性。

 若干強面ではあったものの、精悍な顔つきだ。



 リーベが、どうしてこのイメージを描いたのか不思議で仕方なかった。

 隣で立っているエーレをそろりと一瞥する。



「まぁ、いいんじゃないか」



 彼は何一つ、気にした様子はない。



「自由商、その見習い、用心棒。どこにでもいそうな組み合わせだろう」



 なるほど、と口の中で呟く。

 彼の話を聞くと、女性が自由商、肥えた男性がその補佐、武装している男性が用心棒という設定らしい。



 まぁ、エーレに不満がないならこれでいいのだろう。

 そう思って、飲み込むことにした。



 イメージを生命力に乗せて、鉱石に込める。

 水の応用――感覚の共有などの‘’支配‘’寄りの方法。



「俺の生命力をなぞればいいだけだ、難しくない」



 燐影石(ラブラドライト)には、すでにエーレの隠蔽が下地として施されてある。


 水のイメージ同調だけを魔鉱石に付与しても、外見は偽れないらしい。

 隠蔽の上へと、それを更に施して初めて偽装として効果を発揮する、と彼は説明した。




 たしかに……

 自分で一から鉱石の波長に合わせながら、その回路を辿るよりは簡単かもしれない。


 そんな小さな希望は、一つ目に手にとった鉱石で呆気なく打ち砕かれた。



 固い風船がはじけ飛ぶような衝撃音と同時に、眼前まで鉱石が飛んできて、思わず目を瞑った。

 随分と慣れてきたと思っていたのに、予期していなかった衝撃に、ショックで一瞬呆然とした。


 ほとんど弾け飛ぶように粉々になって、机の上に散らばった残骸。



「待ってください。これ、なんか今まで鉱石(もの)と全然違うんですけど……!」



 この五日間の練習通り、変わったことは何もしていない。

 たしかにイメージ同調のため、込める生命力の方向性は変えたけれど、さほど大きな違いではないはずだ。



 ショックのやりどころがなくて、咄嗟にエーレを見ると「相性の問題だろ」と素っ気なく返された。

 怖い物でも見るような気持ちで、木箱に中の石に目をやる。口端がピクリと痙攣した。



燐影石(ラブラドライト)は闇への相性の方が強い。だが、水と光も悪いわけではないからな」



 当然のような口ぶり。この男は本当に自分が無理難題を言っている自覚があるのだろうか?



「あのー、他の石に変えるとかは……?」


「めんどくせぇ」


「そうですよね……」



 僕は大きな息を吐きだして覚悟を決めると、もう一度机に向かいなおした。






 夕陽が小さな窓から差し込む。

 狭い作業室の床がその陽を受けて、海面のような輝かしい光を放っていた。


 そう、粉々に砕け散った燐影石(ラブラドライト)たちが見せてくれた幻想的な最後の贈り物。

 勿論僕はその輝きを見て、申し訳なさでいっぱいだった。




 けれど――


「出来た」



 手の中には三つだけ残った燐影石(ラブラドライト)

 木箱の中にはあと四つしか残っていない。


 勿論二十数個で成功できたわけじゃなかった。



 一度退室したエーレが途中で当然のように、それ以上の燐影石を補充していったのだ。

 どこにこんな大量の燐影石があったのかという疑問よりも、どうせ補充するなら他の鉱石に変えてくれたらよかったのに、という不満が沸々と湧き出してきたが、これも水の親和率を上げるため、とぐっと飲み込んだ。



 掃除しないと……


 そう思って、立ち上がろうとした時、ぐらりと体が傾いた。

 足を引いて踏ん張ろうとしたけれど、運悪く椅子の足に引っかかって、そのまま尻餅をついてしまった。


 右手に持ったままだった燐影石の無事を確認して、ホッと胸を撫でおろす。



 遅れてやってきた痛みに声をあげる気力もなく、鉱石の残骸の上についた左手に痛みを感じるまで、しばらくかかった。



「痛い」 ぽつり、と口からこぼしてみた言葉。


 集中力と生命力を使いすぎた。頭がボーっとしていて、特に心に響くものはない。


 その時金具がこすれる掠れた音が、ぼんやりとした頭の外から聞こえた気がした。


 間を置かず、「あー、ルシウス大丈夫?」と久しぶりに聞いた気がする声がした。


 何故か彼の声が安堵するものがある。

 左側、長い足が近づいてくる。



「大丈夫じゃなさそうです」と首もあげるもの辛くて、そのままで答えた。

 すると彼の大きな手が伸びてくる。気づいた時に両脇を抱えられて、椅子へと導かれていた。



「お疲れさん」



 柔らかな温かさが、一度だけ頭に落ちた。

 今日はそれが心地よかった。



「これ」 右手に持つ、燐影石を差し出す。



 どれがどのイメージなのか、生命力を込めた僕にはわかる。

 それだけ説明すると突然眠気がやってきた。瞼が重い。


 前の彼が何か言っていたけれど、分厚い膜の外から聞こえてきているようで、ただ意味もなく頷いた。

 閉じていく視界の中で、持ち上げれた左手に淡い光が灯るのが、温かくて気持ちよかった。











「エーレさん、ちょっとスパルタすぎない?」



 扉の先に隠れるようにして、状況を見守っていたエーレへとシュトルツは声をかけた。


 ルシウスに一言くらい労りの言葉をかけてやってもいいだろうに。

 シュトルツは小さな息と共に肩を竦める。



「明日の昼まで時間があったからな。今日出来なきゃ、明日他のものでやらせようと思ってたんだよ」


「そうだとしてもさぁ」



 姿を見せたエーレに振り返り、手の中の石を見た後、机と周りに飛び散った鉱石の残骸をぐるり、と見渡した。


 ルシウスの生命力は、平均値と言っていいくらいで決して多くない。

 生命力が底をつきかける辛さを、エーレならよく知っているだろうに。



「どうしてもルシウスには中和を習得させなきゃならん。同時に生命力の底上げも必要だ」



 尽きる寸前まで生命力を使い果たす。それを繰り返してようやく少しずつ生命力の底値は上がる。


 彼がちらり、とルシウスを見たのを知って、言葉にするか悩んだ。

 きっと彼ならわかってる。全て承知の上でやっている。


 だからこそ――


「エーレ。ちょっと慎重になりすぎじゃない? 前のルシウスとこの子――」


「言われなくてもわかってる」



 強い苛立ちの含んだ声が飛んできた。



 三度目のルシウスには、エーレは最初から全てを開示した。

 その上で、もっと早い段階から剣術も魔法も霊奏も全てを教え込んだ。


 勿論、生命力の底値の上げ方も、しっかり全部説明した上でやり方を教えていた。



 前回のルシウスが死んで、今回はルシウスの負担にならないように、出来るだけ明かさない方針でいくと決めてからのエーレは、あまりにも慎重に思える。



 開きかけた口を閉じて、また開いてと躊躇いの逡巡を繰り返していた時、ふと扉の先から気配がした。



「シュトルツ。その件に関して、私たちがエーレに言えることは何もない」



 リーベだった。挟まれたそれにシュトルツは、ぐっと言葉を飲み込む。



 あの時――魔法を暴走させたルシウスへ、身の危険を冒してまで助けに行こうとしたエーレを俺たちが止めなければ、何か変わっていただろうか?


 あれだけ暴走させたルシウスの生命力を吸収しに向かおうとしたエーレ。そんなことしたら確実に死ぬ。回帰できるなんて考えよりも、目の前のエーレを止めるのに必死だった。



 思考を迷わせたシュトルツの元へとリーベは音もなくやってくると、眠っているルシウスを楽々と抱え上げた。

 細く見えるこの体のどこにそんな力があるのか不思議だといつも思う。

 ルシウスを横抱きにした彼は、怪訝そうな表情で腕の中の顔を見た。



「思った以上に軽いな」


 何度もルシウスを抱え上げたことがあるシュトルツは「そうなんだよねぇ」と頷いた。


「なかなか重くならないんだよね。無理やりにでももう少し食べさせようかなぁ」



 そういえば、三度目のルシウスの食事もエーレが指導していた気がする。

 何度も一から体を作り上げてきたエーレは、そう言った分野は得意でもあったのだ。

 その反動で、今はもう食事にほとんど興味を示さないけれど。


 無意識にエーレを見てしまうと、彼もこちらを見ていた。


 複雑だなぁ。口の中で呟く。

 エーレもルシウスのことを言えないくらいに極端なところがある。



 そのまま部屋を出ていこうとするリーベの後ろに、ついて行くことにした。



「あ、そうだ」



 扉をくぐった時に、ふと思い出してエーレへと振り返る。



「ルシウス頑張ってるんだから、たまにはご褒美でもあげたら? 褒めてあげるだけでもいいと思うけど」



 そのまま彼の言葉を待たず、シュトルツは退室した。





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