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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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三つ巴の剣戟

 




「おこちゃまじゃん、お疲れー」



 二階に繋がる階段を上っているとき、後ろから声がかかった。



「あれ、戻ってきてたんですね」



 応えながら振り返ると、タオルで頭を拭きながら上半身裸でこちらへと向かってくるシュトルツがいた。

 いつ見ても、惚れ惚れする体つきである。けれどそうではない。



「服くらい着て下さいよ」


「この馬鹿はペットらしいからいいんじゃないか?」



 この位置からでは1階の天井に隠されて見えない――廊下の先からリーベの声がした。



「そ、ペットは服着ないもんね? あ、じゃあ下も脱いでおく?」



 シュトルツがそんな馬鹿なことを言いながら首だけ振り返った先で、姿を見せたリーベが冷めた視線を彼へと送る。

 リーベはシュトルツの隣を素通りして、こちらへとやってきた、



「獣は森ででも暮らしておくんだな」と一言、そのまま2階へ上がってしまった。



 相変わらずのやりとりを聞いて、安堵を覚える。



「ほんっとリーベは冗談に乗ってくれないよねぇ、エーレさんもだけど」



 同じく階段に上がってきたシュトルツと共に僕も2階へ上がることにした。



「そういえば、エーレも戻ってるんですか?」


「あ、エーレさん今風呂だから。覗かないように」



 昨日の今日でそんなことを言うシュトルツ。その言葉にちらりとエーレの傷跡が頭に過る。


 けれど、どうしてか気分は昨日ほど重くはならなかった。

 部屋の前までついた僕の隣を、通り過ぎていく背を見て、ふとコンラートのやりとりを思い出す。気づけば彼の名を呼んでいた。



「お互いに歩み寄りたいけど、歩み寄れないできない2人がいて、もしこっちが武器を捨てたら、和解できると思います?」


「え、何それ。戦場の話? それとも喧嘩の話?」



 意味がわからないとでもいう風に振り返ったシュトルツに「さぁ、たぶん喧嘩です」と首を傾げた。


 すると「ああ」と納得した様子のシュトルツが、首にかけたタオルの両端を持ち、「爺でしょ、それ」と鼻で笑う。


「まぁ、そんな感じです」


 彼は一度考えるように天井を仰ぐと


「俺は基本、相手を叩きのめしてから仲直りするタイプだけど」


 口に出した言葉に、自分で納得したように一度頷いた。



「でもま」その視線が僕の後ろへと投げられる。咄嗟に後ろを見るけれど、そこには誰もいない。



「相手によるよねぇ。結局は自分が何を大事にするかじゃない?

 俺はエーレさんのためだったら、喜んで武器を捨てるよ」



 じゃ、そゆことで。と彼は手を一度あげるとさっさと踵を返した。










「今日中に仕上げろ」



 たった一言。

 作業室に顔を覗かせたエーレがそれだけ言い置いて、出ていったのが3刻前だった。



 自分が出来るのだから、他人も出来て当然。

 彼はそんなことを思ってそうだな、と深い諦めを感じて、今日も鉱石を向き合っていた。



 コンラートが取り出してきたのは、水と相性の良い鉱石たち。


 今日中にこれらに感応の付与をマスターする。

 それが出来れば、明日エーレの頼みとやらを実行する水準までには至るだろう、とのことだった。



 5種類ほどある鉱石を何度も何度も破壊していく音だけが狭い作業室に響いて、耳に張り付く。

 それは、食事休憩を挟むために庭へ続く廊下を歩いていても、まだ耳の中で反響していた。



 昌石(クリスタル)よりも格段にコントロールが難しい。ほんの些細なミスですぐに割れてしまう。


 今日中に仕上げろだなんて……


 ため息を吐きだしそうになった時、庭の方から聞き慣れた甲高い音が聞こえてきた。



 誰かが剣の打ち合いをしている音だ。

 コンラートは今、僕の食事を持ってきてくれているし、すると3人の誰かしかいない。



 肺に溜まったため息は小さな興奮に変わって、気づけば駆け出していた。




 庭を出て、低い門扉を抜けた先――、一面に広がる芝生の上でそれは繰り広げられていた。



 空高く舞い上がる剣戟と、舞うように躍動するエーレ。

 短双剣を両手に下げ、シュトルツが疾走している様子が、目に飛び込んできた。



 自然とピタリと足が止まる。一陣の風が後ろから吹き抜けていった。


 エーレとシュトルツの打ち合い。釘付けにならないわけがない。



 疾走したシュトルツは、一気に間合いを跳躍する。同時に体をひねり、高い位置からエーレへと刃を振り下ろした。


 エーレは剣を持つ右手首を緩やけに曲げ、剣先を下に向けると、一度目の斬撃を流した。

 シュトルツは双剣だ。そのままもう片方の刃がエーレへと襲い来る。



 すると――

 僕の吐いた感嘆の息と、剣戟が重なった。



 流した勢いを殺して、すぐさま重心を移動。手首のスナップで片手剣を返したエーレが、下段からやってきた2度目の剣をはじき上げる。


 しかしシュトルツもそこで終わらなかった。その反撃を予期していたように、弾かれた方向へと勢いを乗せ、時計回りに身を翻しながら、新たな軌道へと乗せる。



 シュトルツの流れが、エーレの背へと向けられたとき――

 視界の端に何かが過る――逆側、長剣を突きだそうとしているのはリーベだった。



 2人の戦闘に見惚れ、気づくのが遅れた。


 背から襲い来る双剣。左側からやってくる鋭い突き。息を呑むことも忘れて、目が離せなかった。

 ほんの一瞬、瞬きをした瞬間だった。



 エーレが軽いステップと共に、くるりと回転。そのまま後方へ小さく跳躍しながらもシュトルツの斬撃を打ち上げ、空を切ったリーベの突きを切り落とす。


 彼が着地したと同時。

 落とされた位置からの一歩踏み入れたリーベの這い上がるような剣と、高い位置から切り落とされるシュトルツの双剣。

 僅かにリーベの剣の方が早い。僕なら後方に跳躍して両者を避ける。



 そう思ったのも束の間。エーレは逆の選択をした。


 着地と共に、すぐに地を蹴って一歩間合いを詰める。

 這い上がってきた剣身へと沿うように中段から流して、両者の剣鍔が噛み合わさった。

 それも一瞬で、エーレは右方向へとリーベの剣を巻くようにいなすと、すぐに左肩を前にして半身を入れる。


 同時に振り下ろされたシュトルツの双剣――片方を肩越しの剣の背で、片方を剣鍔で受け止めた。




 3本の刃が交差し、火花が飛び散る。



 ……静寂が下りた。

 風が鳴き、木々がざわめく。






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