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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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声なき信頼

 



 パキッと手の中の石が割れる音に、ほんの少し顔を顰めた。



 綺麗に割れてしまった昌石(クリスタル)の断面を見て、無感動を装う。

 それ以上考えないようにした。そうしていないとエーレのあの傷跡が、否応なく頭に浮かんできたからだ。



「体調を崩しましたかな?」



 心配そうな声色が前からしたけれど、視線は上げられないまま、ゆるく首を振る。



「少し困ったことになりましたなぁ。殿下には、本日中に魔鉱石生成を仕上げるようにと仰せつかっておりまして」



 たった5日で魔鉱石生成を習得しろだなんて、無理がある。

 それをわかっているのだろうコンラートが、細い笑い声をあげた。


 その笑いが途切れる頃、僕はやっと顔を上げた。

 そこには集中できない僕を責めるでも、急かすでもなく、ただただ温かいまなざしを向けた老爺がいた。



「この老いぼれでよければ、どのような相談にでも乗らせていただきますぞ。

 若いうちはよく悩み、よく考えるものございます。

 大人になってしまうとそれもまた、許されない時がございます故」



 コンラートは最初から、僕が何か悩んでいることを知っていたのだろう。


 白くなった髪と皺の多い顔。そこに湛えられた微笑みに安心感を抱いた。

 先人である彼に全てを話してしまえれば、楽になるだろう。答えを教えてくれるかもしれない。



 この気持ちは、なんというものなんですか?


 この気持ちは、どこに持っていけばいいのですか?



 けれど、全てを話すことは許されない。

 それでも何も言わずに、このまま抱えていることは出来なくて口を開いていた。



「大切な人たちが、抱えているものを僕に見せてくれようとしないんです。

 何を考えているのかわからないことが多くて。


 僕は全てを教えてほしいのに、一緒に背負いたいのに、絶対にそうしようとはしてくれない。

 それが僕のためであることをわかってはいるけれど、それでもなんだか辛くて、寂しくて……」



 なんだかこれは、彼らと出会った時からずっと言っているなぁ。


 もう一人の僕が、遠くで笑ったような気がした。

 それに重ねるように、コンラートが楽しそうな笑い声をあげた。


 まさかに反応に虚を突かれて、目を丸くする。



「これは失礼」



 コンラートは椅子に座りなおすと、姿勢を正す。



「では、ルシウス様は大切な方たちの全てを知りたい。そうおっしゃれるのですね?」



 ――全てを知りたい。

 シュトルツが教えてくれた通り、エーレは本当にそう思っているのか?

 心のうちを知りたい。

 そこにたどり着いた全ての過程を知りたい。



 僕は小さく頷いていた。



「残念ながら、ルシウス様」



 皺の多い手が、そっと僕の手に伸びてきた。

 それは僕の手の中の割れた鉱石を取り上げて、テーブルに戻していく。


 そして次にやってきたのは乾いた感触。ほんのりとした温かさが、僕の手の甲を包んだ。



「人は人の全てを知ることは叶いません。

 精霊の力を借り、同調したとしても決して叶うことはないのです。

 それと同じように、人は人のことを完全に理解することは出来ません。

 何故なら私たちは、同じ世界に生きていながらも、全く同じ世界を見ることはできない生き物だからでございます」



 ゆっくりゆっくり、幼子に諭すような口調と眼差し。

 不思議と嫌ではなかった。


 老爺が言うことは、頭では知っているはずのことなのに、初めて聞くようなものにも聞こえた。



「失礼を承知で言わせていただきますと、誰かの全てを知ろうなぞ、あまりにも傲慢なことでございます。

 私たちは神や精霊とは違うのです。

 不完全だからこそ、人は大切な人から理解を得る努力をし、また深く理解しようと心を寄せ合うのです。


 ルシウス様。それでも貴方様が大切な方を知りたい、と仰るのならば――どうぞ、心のうちにある恐れを乗り越えてください」


「恐れ?」



 コンラートは重ねていた方の掌を見せるように裏返した。



「人とは恐れる故に、武器を手に取る生き物でもございます。

 武器を持って理解を得ることは叶いません。武器を捨て、何も持たない両手を差し出すのです。

 貴方様が先に心を開いてください。傷つくことを恐れないでください」


「武器を捨てる……」



 頭の中で想像した。


 歩み寄りたい両者がいたとして、それでもお互いに恐れてるせいで、武器を捨てられない。



 もし、どちらかが武器を地面に投げ捨て、何も持たずに進めばその先は――、一体どうなるのだろうか?

 殺されるかもしれない。けれど、歩み寄れる可能性だってある。


 それに現実にはエーレたちは僕を殺さないし、故意に傷つけることだってしないはずだ。



 ニコリ、と口に弧を描いたコンラートは「ハーブティーでもお持ちしましょう。少しは落ち着くはずでございます」とおもむろに立ち上がろうとした。



 僕は咄嗟にその手を掴んでいた。



「いえ、ちゃんとやります。集中します。だから、続けてご指導お願いします」



 前の老爺のいったことを、この短時間で落とし込めたわけではない。それでも少し視野が開けたような気がした。


 僕だけ一人でドツボにハマって、足を止めているわけにはいかない。

 そう切り替えて、エーレの期待に応えられるよう、魔鉱石と向き合うことにした。







 剣や魔法の訓練を中止にして、ずっと作業室に籠っていた。


 何度失敗と繰り返しても、コンラートは根気よく見守り、時折指導を挟んだ。

 そのおかげで昌石(クリスタル)への魔法付与の感覚を少し掴めることに成功した。



 昌石(クリスタル)でも、生命力を流す具合が石によって変わる。

 出来るものもあればできないも出来ないものあったけれど、水の特性を活かした「感応」の付与に何度か成功することが出来た。




 ’’感応’’


 それは風の伝達とは似ていて、異なる。


 土台として水魔法の特性を付与し、その上に更に使用者特定の指定波動を込めることで、遠く離れていても持つ者同士の意思疎通が可能という優れものだった。


 つまりは基礎を作った人の生命力の波長を鉱石同士で呼応させ、その上に生命力を込めた人たちがそれを介して意思疎通できる。そういうことらしい。


 しかしこれを、他の鉱石で成功させる必要があった。


 昌石(クリスタル)はたしかに生命力の許容量も多く、初心者が付与するには向いてはいる。



 その代わりに消耗が激しく、長期間の効果を期待できないのが一つ。


 更に昌石(クリスタル)は内在する波動が置かれた環境によって変化しやすいため、次に込めなおす時に、手間がかかるらしい。


 どうにしろエーレから頼まれるものは、昌石(クリスタル)ではないだろう。



 手の中で海色に輝く昌石(クリスタル)を見て、僕は確かな成長を感じた。


 何かに没頭して集中するというのはいいことだ。頭の中がすっきりした気がする。



「おやおや、もうこんな時間ですな。急いで夕食の準備をしませんと」



 懐中時計が小気味よい音を立てて閉められる音で、ハッと意識が戻った。

 外はもう暗い。



「少し準備に時間がかかりますので、ルシウス様は一度、お部屋に戻りになってお寛ぎください」



 軽い身のこなしで立ち上がったコンラートが静かに扉へと向かっていく。

 それを見て、僕も立ち上がると、膝の違和感に思わず手を当てた。長時間座っていたせいだろう。



「ああ」そこにコンラートの柔らかい声が落ちてくる。


 顔だけ上げると扉を潜った老爺は、半身を逸らして緩やかに微笑んだ。



「若いうちは悩むのも良しとは申し上げはしましたが、この老いぼれはこうも思うのです。

 わからないことは、わからないままでも良いのでは、と。

 声なき信頼というものも、この世には確かに存在しております」



 それでは、と老爺はすぐに消えてしまった。



「声なき信頼」



 まるで謎かけを出されている気分になって、思わず首を振った。


 先人の言うことは難しい。






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