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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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主亡くとも、忠誠は死を知らず

 



 翌日。


 起きたら3人の姿はすでになく、コンラートが用意してくれた美味しい食事を朝から堪能した後、老爺に誘われて向かったのは、小さな作業室だった。



 棚には、薬草などの普段見かけない物が並んでいた。


 木製の椅子に座って待っている僕の前に、コンラートはいくつかの木箱を持ってやってきた。

 その中には――



「鉱石ですか?」



 見慣れた石が沢山入ってあった。



「殿下より、ルシウス様の魔法の訓練と平行して、魔鉱石生成の指導してほしいと承っております」



 エーレが言っていた頼み事とは、このことだったのか。


 種類の違う青色の鉱石が、テーブルの上に並べられていくのをジッと見ていた。

 見たことがあるものもあったが、ほとんどが知らない石たち。



「魔鉱石の生成は親和率の上昇にも、うってつけですからなぁ」


「コンラートさんは魔鉱石が作れるんですか?」



 鉱石に生命力を込めるのは、普通の人には至難の業のはず。



 すると老爺は「失礼」と一言、僕の前に腰かけると、取り出した昌石(クリスタル)を軽く握った。



 微細な生命力が、糸のように流れていく波動。

 視線をあげると皺の多い瞳が細められ、そっと眉が寄っていた。


 しばらくして、小さな息を吐き出す音。

 そっと開かれた昌石(クリスタル)は、薄く茶色に濁っていた。



「残念ながら(わた)には、これが限界ではありますが。

 先天本質の土でようやくこの程度です。殿下のような高度な付与は出来ません。

 しかし指導くらいなら、ある程度は」



 彼は付与した石をそっと取り下げると、新しい昌石(クリスタル)を僕へと差し出してきた。

 ころり、と手の中に転がったそれは、ひんやりとして触り心地がよかった。



「効果などは気にせず、まずはこれを割らないように、生命力を込める練習を致しましょう」



 少し前の嫌な記憶が一瞬頭に過ったけれど、一度つばを飲み込んで、手の中で小さく光る昌石を見る。

 こんな綺麗な石、もう二度と割りたくない。


 大きく息を吸い込んで、僕は姿勢を正した。







 手の中のサンドイッチに粉々に砕けた昌石(クリスタル)が重なって、大きなため息が漏れ出た。


 その様子を見ていたコンラートの細い笑い声が、温室の草花へ吸い込まれていく。



「私も昔、ああしていくつもの石を割って、落ち込んでおりましたなぁ」



 楽しそうに続けられた笑い声。



「もうなんか、申し訳なくて……」



 3刻ほど昌石(クリスタル)を睨めっこしながら、割った石は数知れない。



「なんの問題もありませんぞ。屋敷には使っていない鉱石をたんまり蓄えておりますから」



 サンドイッチの味は美味しかった。けれど、なんだか飲み込むのが大変で水でどうにか流し込む。



「どうしてあんなに鉱石が保管されてるんですか?

 この屋敷にはコンラートさんしか住んでませんよね?」



 呪いの森、骸の森、灰の森。

 そんな数多な異名を持ち、人々が恐れ、近寄らない森の中の屋敷にはやはり、コンラートしかいなかった。


 なのに、どうしてこうも色んなものが揃っているのか。


 彼は眉尻を下げて、懐かしそうに、けれどどこか悲しそうな瞳をしていた。



シュトルツ(坊ちゃん)のことについて、御存知でしょうか?」


「ある程度は聞いてます」



 左様ですか、そう言ってゆったりと歩き出したコンラートは、温室の花たちを眺めながら続けた。



「この温室も、鉱石も、全ては坊ちゃんのために揃えたものでした」



 こちらに背を向けた足がぴたりと止まった。

 僕はその背を見つめながら、ジッと次の言葉を待った。



「主から引き離された騎士の気持ちを私は知りません。しかし、もう二度と会えないという不安と絶望でしたら痛いほどわかります。

 坊ちゃんは一度、剣を置かれてしまった。そんな坊ちゃんが少しでも何か夢中になれるものがあれば、とご用意したのです」



 そうか。シュトルツは廃嫡されたと言っていた。

 そして、彼はコンラートの元へやってきたのだ。


 声色は変わらずゆったりとして柔らかだったが、それがもっと僕には悲しそうに聞こえた。

 何も言えなくて、手の中の残り少ないサンドイッチに視線を落とす。



「どうして」――ぼつり、と出た言葉。それに続く疑問が多くて、一度飲み込んだあと視線を上げた。


 老爺は足元の花へとしゃがんで、そっと手を伸ばしていた。



「どうしてこの森へ? その……寂しくないんですか?」



 シュトルツと二人で暮らすのに、この森はあまりにも不便だったに違いない。

 そして、シュトルツがいなくなって、ここにはもう、コンラート1人だ。



 老爺は態勢をそのままに、僕の言葉を飲み込むような間を開けてから答えた。



「この森が、’’忘却の森’’と言われていることはご存じですかな?」


「はい、聞いたことはあります」



 ここに来たものは、二度と生きては出れない。ここにやってきたものは世界から忘れ去られる。そういった由来だったはずだ。



「全てを抱えた私は、ここで世界から忘れ去られることが望ましい。そう思ったのです」


「それはどういう……」



 この老爺は一体、どうやって生きていて、今何を思い、考えているのか。全くわからなかった。



 世界から忘れ去られることを望んでいる?

 抱えているものーー何がこの老爺をそこまでさせるのだろうか。



 コンラートは軽やかに立ち上がり半身を逸らした。

 皺に埋もれた瞳には、確かな意志が宿っていた。



「私はディートリヒ様――坊ちゃんのお父上の最後のご命令に従っているだけなのです。

 ヴィンセント様とテオドール様を見守り、お守りする。

 それが、私がこの先もこの森で生き、死んでいく理由でございます」



 彼の主を僕は知らない。老爺の話す内容の半分も理解が及ばなかった、けれど――



 胸と頭を同時に強く打たれたのだけは確かだった。


 静かに――それでいて、強く宿るたしかな忠誠。守るべきものへの強い愛情。


 それ以上何も語ることが必要ない、と言う風に小さく微笑まれた口元を見て、僕は一度深く瞑目した。



 これが、この人が選んだ忠誠の示し方だったのだ。


 ふと、頭の片隅にトラヴィスから聞かされたアルフォンスの伝言が浮かんだ。








 午後には、剣の指導をしてもらった。


 老爺は燕尾服のまま、木刀を握っていた。

 棒のように細い体躯。そのイメージとは反して、彼が振るう軌道はあまりにも適格で、一つ一つが重かった。



 手半剣――つまり真剣をもっているはずの僕は、木刀の一撃を受け止めるだけで苦労して。反撃できない。


 ほんの少しだけ打ち合いをしたあと「ふむ」とコンラートは納得するように頷いた。



「坊ちゃんからは伺っておりましたが、そうですなぁ」



 彼は木刀を置くと、僕に近寄ってきて、僕の全身を食い入るように眺めた。



「それでは、基礎トレーニングと平行して、まずはステップの訓練から始めましょう。

 剣を持つのはそれからです。無暗に剣を振るって、おかしな癖がついては困りますからなぁ」



 そういって細められた瞳を見て、僕は顔がひきつりかけた。

 何故かそれが、シュトルツと重なったからだった。



 休憩を挟みながら3刻。基礎トレーニングはシュトルツにすでに教えてもらっていたものに、少しを足したくらいだった。



 僕のスタイルで使われるというステップの踏み方も、コンラートに教わった。



 前に出るときは、地面を押して体を送る。戻るときもただ引くのではなくて、重心で引く。


 そこから八の字を描くように踏むステップ。上半身がブレることなく、地面をすべるようにする感覚を掴むまでかなりの時間がかかった。


 更に、重心の切り替え。この動きは回避しつ攻撃する、という動きの準備に必要だと教わった。


 全てにおいて、重心で体を動かす。

 僕は今までやってきた剣術とはあまりにも違いしすぎて、感覚も頭もついていかない。

 リズムを持たない、流れるようなスタイル。



 ――本当にこれが僕に合っているのだろうか。



「思った以上に上達が早くて、この爺は驚きでございますよ」



 僕に同じことを教えていた老体とは思えないほど、余裕綽々の声が落ちてきた。

 息が切れて、眩暈がしそうだ。陽は落ちてきているし、汗が服をびっしょりと濡らしていて気持ちが悪い。



「明日はこのおさらいをして、基礎トレーニングのあとに剣を持ってみましょうか」



 続けられた声に、僕は大きな息を吐き出す。


 風呂に、風呂に入りたい。

 体が悲鳴を上げているこの感覚も、最近では慣れてきた。


 これを続ければ体力も技術もそれなりにつくはず、ついてもらわなければ困る。


 そう思って、顔を上げた時「では」とコンラートが微笑んだ。



「魔法の訓練といきましょうか」


「え」



 僕はちらり、と空を仰いだ。森の先にあるだろう太陽が、橙に焼けている光が滲んでいる。



「体力が削られてから、集中力が極限のところでの魔法の訓練は、親和率上昇にうってつけてありますからなぁ」



 まるで僕の反応を楽しむようにあげられた細い笑い声と、どこかからの鳥の泣き声が同時に響いた。



 ああ、僕の周りは鬼……化け物しかいない。







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