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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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145/233

年齢という数字に意味はない

 


 汗をかいた体を流すために,、風呂に入った。


 森の中にあるとは思えないほど、大きな浴槽もあって、久しぶりにゆっくり休めた気がする。

 結局あの後は軽食を持って帰ってきたコンラートは、夕食を作るとすぐに退室してしまったため、何も話せなかった。



 甘味で機嫌を直したらしいエーレを見て、ホッと安心したが、前でサンドイッチを食べるシュトルツがいつもと違った綺麗な所作のままで、違和感がぬぐえなかった。



 やはり縁者がいるところだと彼らも安心して、昔の一部を取り戻せるものなのだろうか?



 そんなことを頭の中で巡らせ、濡れたままの髪を拭きながら、1人1部屋貸してもらった2階の部屋へとたどり着いた。


 いつ用意していたのか――ベッドには真っ白なリネンのシーツと掛け布団、枕が用意されていて、僕はその誘惑に勝てずに、倒れこむようにして体を投げ出す。


 夢の扉を開けるには、あまりにも簡単だった。



 ふわりふわり、としたあまりにも心地の良い微睡みを破ったのはノックの音だった。

 あまりにも控えめだったため、夢の中までそれが聞こえてくるのに時間がかかった。


 それが現実から聞こえてきていると知って、ようやく目を覚ました時、扉の先から


「ルシウス様、お休みのところ申し訳ありませんが、夕食のご用意が出来ております。食堂へお越しくださいませ」


 という、これまた控えめな老爺の声が聞こえてきた。


 寝ぼけ眼を抱えながら。「はい!すぐに向かいます!」と答えはしたものの、なかなか意識が覚醒しきらず、しばらくぼーっとしてしまう。


 なんだか、あまりにも心地がよくて、ずっとこのまま、こうしていたいような感覚だった。


 そういえば、また夢を見ていたような……


 最初はすごく嫌な感じだったけれど、場面が変わった後に溢れるような幸福感を感じた夢だった気がする。



 夢と現実の境をうろうろしていると、ふと蛇のような鋭い瞳が唐突に脳裏を掠めた。

 それはもう天啓のように。



「やばい! エーレに怒られる!」



 こういう状況の度に、彼の鋭い瞳と声で叱られてきたからだ。


 僕はベッドから飛び出して、何も考えずに1階へ向かい、先ほどみんなで集まった部屋を開けた。

 しかしそこには誰もいない。



「食堂って、どこ……」



 貴族の屋敷とは言わずとも、この屋敷も平民の家が3~4つ入ってしまうほどの大きさなのだ。


 それらしいところへ向かって、うろうろして、いくつかの扉を開けて見る。

 ラウンジより奥側には物置や洗濯室、使われていない部屋多く、庭に近しいところには温室まであった。


 結局迷いに迷った末、どうにか食堂へとたどり着くと、そこにはすでに食事をしている面々がいた。



「ああ」真っ先に、僕の顔を見ると安心したように微笑んだのはコンラートだった。


「食堂の場所を伝え忘れておりましたので、今からお迎えに上がろうかと思っておりました」



 その恰好は会った時とは一変。身にぴったりと合った燕尾服である。

 髪もぴちっと整えられていて、現役でも通用しそうな立ち姿であった。


 そんな彼はさっと半身を逸らして、エーレの隣の席を示す。


 やはり、席はそこなのか……とげんなりしながら、僕は先ほど頭に過った蛇の瞳とエーレを比べて、ホッと息を吐きだした。



「ありがとうございます」



 僕はそう応えながら、椅子へと向かっているとふと3人が目に入る。

 思わず、ぴたり、と足がとまった。



 同時に前のシュトルツが「ん?」とこちらへと目があげた。


 彼は口の中のものをゆっくり咀嚼し、ナプキンでそっと口元を拭うと一旦、手に持つフォークとナイフを置く。

 その一つ一つの動作を、僕はじっと見てしまっていた。



「どうかした? そんな俺のこと見つめて」その口元がニヤリ、と釣り上げられる。


「シュトルツって、本当に貴族だったんですね」



 素直な感想がつい、口をついて出る。自然と彼の手元へ視線が落ちた。


 これだけ綺麗な所作が身についていたというのに、よく今まで、その片鱗も見せずにこれたものだ、と感心してしまう。



 当たり前だけれど、音を立てることもないし、今までの彼のように、食べながら話すこともない。


 やっぱりこの男は二重人格――まで考えたところで「おこちゃまの綺麗なお手本、見せてもらわないとなぁ」とその瞳が悪戯に細められる。



 口元が引きつった。この男は……



「嫌ですよ。高貴なふるまいから卒業しろって言ったのは、シュトルツですよ」



 そう言いながら、僕は音を立てて、椅子に座ってやった。


 その段になって、ハッと失言に気づいた。

 咄嗟にコンラートを見るが、彼は何も聞いていなかったように、ワゴンの整理をしていた。

 ついでと言わんばかりに、目が勝手に左隣のエーレを捉える。



「あ? しょうもねぇこと言ってねぇでさっさと食え。つーかお前、髪すげえことになってんぞ」



 そう言われて、自分が濡れた髪のまま眠ってしまっていたことに気が付いた。

 思わず髪に手が伸びかけたが、ぐっと堪えて、目の前の綺麗に盛り付けられた料理へと手をつけることにした。








 食事が終わり、食後のお茶を堪能していた。


 コンラートが作ったらしい料理は絶品だった。

 執事というものは、ここまで出来て当然なのだろうか?


 リーベはあまり普段と変わらない。僕から見ると、シュトルツはもう言いようがないほど、おかしい。

 エーレも普段より、よく食べていた。


 それぞれの心境がそこから垣間見えるようで、僕は食べながらずっと彼らのことを観察してしまっていた。



「前から言ってるとは思うが」しばらくの沈黙を破ったのは、エーレだった。


「お前はコンラートに訓練を付けてもらえ。

 俺たちの時間が空いた時に、頼みたいこともあるからな。とりあえず第一優先は、水の親和率だ」


「頼みたいこと?」



 持っていたカップをそっとソーサーに戻して、隣のエーレを見た。



「もう全てコンラートに任せてある。明日聞いとけ」



 彼はちらり、とコンラートと一瞥する。目の端でコンラートは小さく頷くような気配があった。



「で、シュトルツとリーベは言った通りだ。早朝には出るから用意しとけよ。特にシュトルツ、寝過ごすなよ」



 相変わらず唸るような淡々とした声色ではあったが、その表情はいつもより穏やかだった。



「了解。今日はゆっくりしときたいなぁ。久しぶりに風呂でも浸かろうかなぁ」だるそうに椅子に凭れたシュトルツ。


「悪くないな。たまにはゆっくり休むとしよう」賛同を唱えたリーベ。



 それを聞いたコンラートがおもむろに一歩、進み出てきた。



「洗濯ものは、脱衣所にある籠か、部屋にも同じものをご用意しておりますので、そちらに。後は(わたくし)にお任せください。

 寝衣は、クローゼットの中にご用意しております」



 彼はそこで言葉を止めて、僕たちをぐるりと見渡したあと、唸るように首を傾げた。



「ただ……坊ちゃんのご身長にサイズが合うかあるかどうか……」



 皺の多い瞼へ、白い眉が近づくように下げられる。



「ああ。俺たち一応、ちゃんと持ってるから平気だよ、爺や」


「ならよろしゅうございました。たった6年というのに、これほど大きくなられて……嬉しいのか寂しいのか」



 彼は空になったシュトルツのカップへとお茶をつぎ足しながら、続ける。



「6年。つまり坊ちゃんは……25になられましたか」


「え」漏れ出た僕の言葉に間を置かず、「あー」とカップを持ち上げたシュトルツが首を傾げる。


「多分そう? エーレさんが次24だから……あれ? 違うね、26かも。

 リーベが29?」



「……おそらくそれで合っているはずだ」



 シュトルツが大きく首を傾げながら、隣のリーベに問うと、彼は一瞬考えるような間を置いて答えた。



「そうですかそうですか。まだまだ元気なお年頃でございますなぁ」



 コンラートは嬉しそうに何度も頷いている。

 そんな彼らを見ながら、僕は改めて3人を順に見てしまった。



「エーレが一番、年下だったんですね……」



 どうしても口に出さなければ、落ち着かなかった。



「あ? だからなんだよ」



 カップを持ち上げているのが目の端に映っている。おそらくその瞳は鋭くこちらを睨んでいるに違いない。



「いや、特に意味はないです」



 出来るだけ彼を視界に入れないように、さっと目を逸らす。

 すると「まぁ」と斜め前から声が飛んできた。



「年齢なんてただの数字だ。私たちにとってそんなものは、大した意味を持たない」



 淡々と無感動に。そんなリーベの様子に安心さえ覚えてしまう。


 同時に改めて思う。回帰している彼らにとっては、彼の言う通り、年齢なんてものは何の意味も持たないのだろう。もう何年生きているのかも把握していないのかもしれない。



 それをコンラートは知らない。彼らの過ごしてきた時間を僕は知らないけれど、この老爺はこんなにも愛おしそうな眼差しを3人に向けているというのに。


 それでもエーレたちは、コンラートに多くは語らないのだろう。


 目の前にいる3人の若者が、自分の数倍生きていることを、老爺が知ること由はない。



 そう思うと、なんだか胸の中に冷たい風が通り過ぎたような気がした。







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