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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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主のない忠誠の向かう先

 


 先に頭に浮かんだのは、昨日のエーレとの会話。

 風の精霊。と丁寧に書こうとしたけれど、揺れる幌の中ではうまく書けなくて、結局走り書きにした。



 風の精霊と会話をするな。その理由もわかった。けれど、何か引っかかっていて……

 記憶をたどると浮かんだのは、白昼夢。

 更に辿ると、ルミナスでの泉で起きた、僕ではない‘’僕‘’と重なって存在しているような、あの感覚。

 その両方が今では、かなり遠のいている感覚だった。



 ルミナスの泉では確かに僕は彼を感じた。共鳴した。

 昨日の夢もあまりにも現実味を帯びていた。



 もし……もしあれが前回までの僕であったなら?

 前回の僕が、もう過ぎ去った僕であるのか、それとも今同時にどこか違うところに存在しているのか。何もわからない。

 けれど、僕ともう一人の僕が記憶を共有するなんてことが……可能なのだろうか?



 どんなに思考を巡らせてみても、今ではもう輪郭がぼやけてよく掴めない。

 ふと、視線を上げてエーレを見る。

 彼らなら何かわかるだろうか? けれど、何一つ確信の持てない空想のような話だった。



 それに今、それが重要であるとは思えなかった。

 だから一旦、横に置いておくことにした。


 そうして他に書き進めて、最終的に分かったことと言えば、やはり今の僕に出来るのは、剣と魔法と霊祖の訓練が第一ということだった。

 特に魔法については、親和率をあげないといけない。

 中和の完全習得もあるし、風の精霊に引っ張られることが今後ないように。

 ペンを置いて、もう一度メモ帳を眺める。さらに頭がすっきりした気分だった。


 こうしてみると、昨日までの自分があまりにも不安定だったことがわかる。

 肩の力を抜いて、小さな安堵を感じながら、細く息を吐きだした。



「リーベ。このメモ帳もらってもいいですか?」



 するとリーベは僕の方を見て、「勿論。もともと貴方に霊奏を教えるために用意したものだからな」と快諾してくれた。


「そうだ、忘れるところだった」そこに本から顔をあげたエーレの声が挟まった。


 彼は僕を見ると、「隠蔽の魔鉱石、込め直しておくから渡せ」と手を差し出してくる。



 そういえば、彼に渡されてから一度も生命力を込め直してもらっていない。よくこんな長期間効果が持ったものだ。

 僕が手首からブレスレットを外すと、さっとシュトルツが取り上げて、エーレへと渡した。

 途端、闇の波動が、針に糸を通すような繊細さでこちらに伝わってきた。



 ふと頭に嫌な記憶が蘇る。彼らの持っていた鉱石を全て粉々にしてしまったあの記憶が。

 魔鉱石への付与も課題に入れておかないといけない。そう思って、メモ帳に書き足した。

 付与更新はすぐに終わったらしく、またシュトルツを介して、ブレスレットが手元に戻ってきた。



「その迷子札も、またリーベに調節してもらっておけよ」エーレが付け足す。



 首から下がっている翡翠のペンダント。これをつけていたおかげで、彼らが連れ戻しに来てくれた。

 あれからも肌身離さずつけていた。けれど。



「迷子札って言い方、やめてくださいよ。もう子供通り越して、ペットですよそれじゃあ」



 最初は子供扱いされて嫌だと思っていたが、ここまでくるともうペットだ。

 彼らの庇護なしでは旅を出来ないのが現状なのだから、ペットと言われても強く否定はできない。そんな自分の情けなさも相まって出た言葉だった。



 自分で言っておきながら、思わずため息がこぼれ出そうになったとき――



「いや、ペットは俺の立ち位置だから」と、足元から意味不明は言葉が聞こえてきた。


「は……?」思わず、そんな声が漏れ出る。



 カロンの中で一番大きな男は一体、何を言っているのだろうか?

 足元に目を落とすと、シュトルツは勢いよく体を起こして、こちらへ背を向けてきた。



「ほら」



 彼はそう言いながら、うなじ辺りで髪を一つに結んでいる――黒の革紐を見せてくる。



「これ、俺の首輪」



 当たり前のことを当たり前に、そして誇らしそうな口調で言いのけた。


 意味がわからなくて、咄嗟に前のエーレを見る。

 シュトルツがその革紐を首輪というのだから、それを贈ったのは一人しかいない。

 しかしエーレは嫌そうな顔をして、小さく瞑目しながら視線を逸らした。



「ほらーエーレさんの瞳と髪と同じ色じゃん? もう愛だよねぇ~」


「気持ちわりぃ解釈してんじゃねぇよ、それが一番安かったんだよ」



 やはり、エーレがシュトルツに贈ったので間違っていなかったらしい。



「エーレが誰かに何かを贈ることなんて、あるんですね」



 ミレイユには弁償としてティーカップは買ってあげていたが、それとこれとはまた別の話だろう。

 素直は感想を口にしてしまって、咄嗟に後悔した。

 つい先日、もう少し考えて言葉にしろと言われたばかりだったのだ。


 それを思い出して、ちらりとエーレを見ると、不本意そうな顔で僕を見て、そしてシュトルツへと視線を投げた。



「お前の中の俺は、どうなってんだよ」


「いやぁ……」そう言葉を渋らせては、前の嬉しそうなシュトルツを見て、ふと思いだした。



 そういえばこの二人は――



「ああ、でも二人の関係なら、シュトルツがペットで喜んでも不思議じゃない気もしますね」



 僕は絶対に従者をペット呼ばわりなんてしないけれど、相手はシュトルツなのだ。おかしくない、はず。しかし……



「関係?」



 僕の言葉を聞いて、きょとんと首を傾げたシュトルツに「……え?」と間の抜けた声を漏らした。

 そんな僕を見て「ん?」と再び逆方向へもたげたあと「あー」と彼が手を打つ。



「そういえば、言ってなかったっけ? 俺とエーレさん、随分前に主従解消してるよ」



 あまりに当然のように言うものだから、僕はその言葉を飲み込むのに時間がかかった。



「え? だってでも……」



 僕から見るに、どう考えてもシュトルツの忠誠はエーレだけに向けられている。



「だって今は、エーレとシュトルツだし?」



 前で「ねー?」とエーレに賛同を求めているシュトルツを見て、僕は理解が追い付かなくて、気づけば手の中のメモ帳へと視線を落としていた。



 じゃあ、彼の忠誠はどうなるのか? 受け皿のない、宙ぶらりんということなのか?

 主従という立ち位置ではなくなった、彼らの今の関係は?



 先ほど、首輪といって嬉しそうに見せてきた黒の革紐が、目の前に掠めた気がした。


 

 ぼんやりと手帳を見ていると、「おい、もうそろそろ着くから用意しとけよ」と何の変りもないエーレの声が頭からして、ハッとする。

 とりあえず先に、手の中のメモ帳を鞄に仕舞おうと幌の奥へと立ち上がった。



 その間、いつものようにシュトルツがエーレにじゃれついていたのを見て、二人のことなのだから僕が口を挟むことではないのだろう。そう納得した。



 鞄を持って、元の場所へ戻ろうとした時――


 じゃれついてくるシュトルツを、鬱陶しそうに手で払ったエーレの膝元から、本が足元へと落ちていくのが見え、咄嗟に拾おうと手を伸ばす。


 同時に前から手が伸びてきて、気づいた時にはその手に重ねようとしていた。

 引くにはもう遅くて、僅かに触れたその瞬間――



「っ……!」



 手に走った衝撃とともに、両者の手が目の前を飛んで掠めた。

 彼に、強く手を払われたことに一拍遅れて気づき、衝撃を受けて手の先を見る。



 するとそこには、同じように目を見開いたエーレがいた。

 その瞳は酷く揺れていて、怯えているようにも見えた。


 しかしそれも一瞬で「悪い」と目を逸らさせ、謝罪される。

 僕は払われた手を自然と胸に抱えて、困惑するしかなかった。



「いえ、僕の方こそ……エーレが本を大切にしているのを失念していました」



 その時、緩やかに荷馬車が速度を落としていくのがわかった。それは気まずい沈黙の中で完全に停止した。






読んでいただきありがとうございます!

次回から「コンラート屋敷編」突入です。

これからもお付き合いいただけたら嬉しいです!

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