白紙の埋め方
目が覚めるともう正午前で、幌の中だった。
どうやら随分寝てしまっていたようだったが、責めるような言葉はなかった。
寝すぎたはずなのに、体も頭もすっきりしていたし、見上げた先の雲一つない空を同じように晴れ晴れした気分だった。
「なんか、かなり体調いいです」
相変わらず本に目を落としていたエーレに言うと、「ん」とだけ返ってきた。
風の精霊に引っ張られていたものを、彼が断ち切ってくれたのかもしれない。
意識が途切れる前の、あの感覚――
氷魔法だけではない、おそらく闇の魔法も込められてあった。
2属性の魔法を同時に使用するだけでも、かなりの練度が必要なのに、異なる属性を織り込んで行使するなんて……
「ああ」前からエーレが何か思い出したような声をあげる。
「リーベ、そいつに書くもの渡しとけ」
隣にいたリーベは無言で立ち上がると、幌の奥に置いてあった鞄から小さなメモ帳とペンを僕に渡してきた。
「ありがとうございます」リーベに礼を言う。
エーレが、これを渡せといった理由は聞かなくてもわかる。
メモ帳を開いて、ペンを持った。けれど、何を書けばいいのかわからない。
しばらく白紙のページと睨めっこしていると、前から視線を感じた。
ちらり、と目だけで見ると、そこには半眼のエーレ。
「お前は……1から10まで説明してやんねぇと、なんも出来んのか」
何も言い返せなくて、口を噤む。代わりに彼の隣のシュトルツへと視線を投げてみた。
一瞬目があったシュトルツは、何も知りませんよ~と言わんばかりに、ごろりとエーレの正面――幌の中央に寝転んだ。
この男は……助けてほしい時に限って沈黙する。
なんだか憎たらしくなって、そのままその赤髪へと視線を落とす。
「まぁ、いい。昨日言いそびれたから、俺が今のお前に教えてやれることを一つ言ってやる」
ため息と共に吐き出された言葉は案外、普通だった。
それに安堵して「お願いします」と教えを乞う。
「一度に考えるな。以上」
「……」
用は済んだと言わんばかりに、読書へと戻ったエーレ。
落とされた視線を見つめて、顔が引きつるのをそのままにしておいた。
彼が制約について、噛み砕いて説明してくれたのは奇跡だったのかもしれない。
寝転がっている問題児は、またへたくそな歌を歌い出したし、それを聞いてため息が零れた。
けれど、昨日までのように苛立ちは感じない。
不思議なものだなぁと思って、再びメモ帳へ視線を落とす。
さて、この白紙をどう埋めたものだろうか?
そんな風に頭をひねっていると「それはただのメモ帳だ」と隣から声がして、綺麗な手がスッ手元に伸びてきた。そのままメモ帳とペンを、そっと取っていく。
「頭の中にある情報を全て書き出せばいい。なんでもいい、思っていること、考えていること。脈絡がなくても書き出していけば、少しは整理される。
その中から、優先順位をつけて、一つずつ潰していくんだ。
一度に考えて、一度に全てしようとすると、心身共についていかなくなる場合がほとんどだ」
リーベは話しながら、すらすらとメモ帳に何かを書き込むと、僕の方へと渡してくる。
少し角ばった、公式書類にありそうな文字。
そこには――「シュトルツのへたくそな歌がうるさくて耳に悪い、黙ってほしい」と書いていて、思わず吹き出してしまった。
白紙を意味のない言葉で埋めても大丈夫。そんなお手本を見せてくれたようにも感じた。
「リーベも案外、面白いところあるんですね」
メモ帳からリーベに視線を移すと、彼はきょとんとしたような感じで首を傾げる。
「私は思ったことを、思ったままに書いただけだが」
「まぁ、僕もこれには同意ですけど」そう言ってちらり、と足元を見ると、シュトルツと目があった。
彼は一度瞬きすると「あ、わかった。俺の悪口だな!?」とカッと目を見開いた。
「悪口なんかじゃないですよ!ねぇ、リーベ?」
僕はさっとメモ帳を胸に抱えて。身を引く。
「ああ、悪口ではない。事実を事実として、私の感情を書きだしただけだからな」
隣から平坦で冷たい声。シュトルツは両腕を枕にして、「ふーん、どうせ俺の歌がへたくそでうるさいとでも書いたんでしょー」と拗ねたような口調で言った。
さすが直観感覚派の人間。そんな彼に僕は小さな感心を覚えながら、お手本に沿って、自分の内にあるあらゆるものを書きだすことにした。




