表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

135/233

揺れる紅茶、灯る決意

 



 しばらくして、エーレはティーカップ2客とティーポットを持って戻ってきた。

 僕の部屋にはこんなものなかったから、借りてきたのかもしれない。

 案外、用意周到なところがあるんだなぁ、と思いながら目の前に置かれた空のティーカップを眺めていた。


 視線の上で、エーレがノートをスッと手元に下げるのが見えた。

 それを見て、先ほどの白紙のノートが頭に浮かぶ。

 忘れていた不安がちらりと顔を出してきた頃、彼は手慣れた手つきでポットから紅茶を注ぎ始めた。



 傷は多いけれど、綺麗に伸びた5指。そっと目だけで上を見ると、伏せられた瞳に長いまつ毛がかかっている。

 一瞬だけ垣間見えた、彼の気品ともの呼べるそれに目を奪われていると、ポットが彼の手元に戻っていった。



「ありがとうございます」



 目を落とすと、薄茶色の液体が室内灯に照らされて、気持ちよさそうに揺れていた。

 エーレは何も言わずに、持ち上げたカップを音もなく口に運ぶ。

 その所作には、やはりどこか庶民とは違う何かが染みついているように見えた。


 リーベからはよく感じていた。

 シュトルツは完全に隠しきっていたし、そもそも前の男に関しては、傲慢で乱暴なイメージが先だって、しっかり見ようとしたことがなかった。



「冷める前にさっさと飲め」



 カップに落としていた真っ黒な瞳がちらり、とこちらを見る。



「いただきます」



 そっと口に運ぶと香しい香りが鼻に抜けていき、口の中ですっと溶けていった。

 使われている茶葉が何かはわからないし、昔に飲んだことのあるものに比べれば安いものなのかもしれない。

 正直僕は紅茶が得意ではない。けれど、紅茶をこんなにおいしいと感じたことは初めてだった。



「そういえばエーレって、しないだけで割と自分で何でも出来ちゃう人なんですよね」



 僕はお茶の淹れ方を学んだことはないし、こんなにおいしく淹れられる自信もない。

 すこし減った薄茶色を見て関心していると、前からカップを置く音がして顔をあげた。

 そこには呆れたように、眉をさげながら眉間に皺を寄せる彼。



「てめぇはもう少し考えてから言葉を口にしろ。褒めてんのか貶してんのか、どっちなんだよ」


「いや、褒めてますって!」



 咄嗟にカップを持たない方の手を軽く振って、言い直す。


「まぁ」エーレがそっと僕の方のカップへと目を落とした。


「昔はよく俺が紅茶を淹れてたからな」



 その口調はどこか懐かしそうな色を帯びていた。



「え? シュトルツじゃなくてですか?」


「あいつが淹れるより、俺が淹れたほうが美味い」


「リーベは?」


「論外だ」


「は、はぁ」



 彼ら4人の過去の話は聞いたことがないけれど、王族にお茶を淹れさせる貴族。

 わけがわからなかった。いやまぁ、どうせエーレが譲らなかったんだろうけど。



「で? 本題は?」



 椅子に背を預けたエーレがちらり、と扉の方を見た気がした。

 僕は手に持ったカップをそっと机に置いて、



「とりあえず、指名手配の件です。

 信用できる知り合いとか言ってましたけど。どこに向かうのか。これからどうするのか。

 あと父上のことはまぁ、ちょっと一旦置いておいても。今の僕に何が出来るかとか、あと……」



 開いた右手を一つずつ折っていきながら、忘れないうちに上げた。



「わかったわかった。一度に言うな」


「僕は考えを整理するのが苦手なんですよ」



 呆れたように声を上げたエーレに、咄嗟に言い訳まがいの言葉で反駁する。



「んなもん、言われなくても知ってる。整理できないなら、文字にでも起こしてみろ。

 少しはマシになる」



 その言葉にふと、もう机にはない、白紙のノートが頭を過る。

 思考があっちへこっちへ飛んでいることを自覚して、とりあえず目の前のことから聞くために折っていた指を見つめた。



「指名手配。どこへ向かうのか。これからどうするのか」



 自分に言い聞かせるように呟く。父上のことも整理はしきれていないけれど、概要はすでに把握している。先に気になるのはそちらだった。



「今まで2度」そんな声がして顔を上げた。

 エーレは預けていた背を椅子から離すと、カップを持ち上げて口に運ぶ。

 2秒ほどの沈黙を挟んで彼は続けた。



「2度目と3度目。時期はもう少し後だったが、今までも同じことがあった。

 その度にマスターが動いてくれたが、取り下げるには至ってない。

 2度目は結局、皇帝を討つことで収束したし。3度目はその前に‘’あいつ‘’が死んだ」



 最後の言葉が先に頭に入ってきて、その前の言葉を飲み込むのに時間がかかった。



「え、なんて言いました?」



 カップを置いた彼が眉を寄せた。



「だから指名手配を取り下げられたことは――」


「じゃなくて、そのあとです」



 エーレは納得したように数度頷くと、こちらの方を指すようにして、人差し指を立てた。



「1度目は渡した記憶で知ってるだろ。お前は連れ戻されて、皇帝の器として死んだ。

 2度目のお前は、俺たちと皇帝を討ったんだよ」



 前で指が2本に立てられたのを、ジッとみつめていた。



「でもじゃあどうして――」


 どうして彼らは再び、やりなおしたのか。


「その時にはもう、アイリスは生きてなかった」



 ぽつり、と小さく呟かれた言葉が、ほんの少しだけ残ったカップの中身を揺らした気がした。



「3度目も今回も、急いでるのはそれだ。

 一度は皇帝を討つことに成功した。けれど、それじゃ遅かったんだ。

 あの時は時間がかかりすぎた。だから俺たちは最短の方法で事を進めていかなきゃいけない」



 息を継ぐ間もなく語られた言葉と、痛みに耐えるように険しくなった彼の顔を見て、僕も気づけた眉を寄せていた。

 それでも感情を引っ張られないように、鼻から勢いよく息を吸い込んで止める。



「そのために――これからどうするつもりなんですか」



 自然と佇まいを直して、エーレを真っすぐ見た。

 その視線を感じ取った彼がその視線を受ける。小さな沈黙の幕が下りた。



「まず」エーレの深い奈落色の瞳が光る。


「明日ここを発って、ノアロスの森へ向かう。そこでマスターから何かしら連絡があるまで身を隠す。

 俺たちは情報収集に出かける予定だ」



 ノアロスの森――

 聞いたことがある。たしか……



「お前は厄介になるその人から剣と魔法を学んでおけ。特に水魔法。中和を完全に習得しろ」


「え、また僕だけ置いてけぼりですか?」



 どんな森か思い出している最中に続けられた彼の言葉。思考が途切れる。


 森の中に人が住んでいる――彼らの知人が誰なのかも、どんな関係なのかも、何も言わずに飛ばして言われた言葉。

 けれど、問題はそこじゃなかった。



「僕にも何か出来ることないんですか?」



 彼らと道を共に進んでいるはずなのに、まるで歩いている速度が違う。

 胸に何か小さな燻りを感じて、不満げな声が漏れ出した。



 テーブルに再びエーレの手が伸びて、残った紅茶を飲み干すまでの短い沈黙。

 そっと置かれたカップのコトンという音と、長く掠れた息が聞こえた。



「お前の水の力だ」



 ゆっくりあげられた目線。何かを訴えるような強い眼差し。



「俺たちの切り札はお前の水魔法なんだよ。

 中和――皇帝が大陸中に張り巡らしてる支配魔法を根元から切り崩すこと。

 お前が出来て、俺たちにできないことだ。わかるな?」



 水魔法の高等応用、中和。

 僕以外の3人も水魔法を使えるはずだけれど、みんな同調率も親和率も高くないと言っていた。彼らだけではないミレイユも。


 けれど、僕以外でも訓練を重ねたら、出来るのではないか?

 エーレに向けられた強い視線から逃れるように、手元のカップへと目を落とした。



「皇帝のこと。お前自身が決着をつけたいと思うなら、習得しとけ。それだけだ」



 少し上から落ちてきた言葉に、ハッと顔をあげる。静かに、淡々と。

 視線から逃げた僕を責めることもなければ、宥めることもない――誠実な声色。



 そうだ。たしかにこの大陸を探せば、中和を使える人は僕以外にもいる。

 けれど、これは僕がやるべきことだ。

 どうして、僕じゃなくてもいいんじゃないか、なんて考えが頭に過ったのか。

 どうして僕は逃げようとした?



 ぐっと唇を引き締めた。



「精一杯頑張って、絶対に習得します」



 真っすぐエーレを見ると、彼は小さく息を吐き出して肩を落としながら、再び椅子に凭れた。

 天井に視線が投げられ、顎の綺麗な輪郭がこちらに向けられる。



「まぁ。ほどほどにな。無理に走ったらどうせ転ぶだろ」



 そう言って、彼は目だけ下げてこちらを見ながら、小さく鼻で笑った。



「転んでもすぐ立ち上がりますよ! シュトルツもエーレも、僕を子供扱いしすぎです」


「実際子供だしな」


「いや、そうかもしれませんけど!」



 ムッとなって売り言葉に買い言葉で、話が逸れたのに気づいて「……じゃなくて!」とすぐに切り替える。



「それはわかりました。とりあえずノアロスの森のエーレたちの知り合いにあって、僕は訓練する。そのあとのことも教えてください」



 彼らの計画。それを知っておくべきだ。

 前回までがどうだったのかも知りたいし、照らし合わせたい。

 こちらを見ていた瞳が再び天井へと向けられたあと、彼はスッと立ち上がった。



「もうすでにいくつか裏で動くよう頼んである。それ次第だ。

 お前はとりあえず、訓練に集中しとけ」



 それだけ言うと、エーレは扉の方へ向かっていってしまう。

 置いて行かれた僕は、前に少しだけ残った薄茶色の液体を見つめた。


 彼が何を思って、これからのことを全て教えてくれないのか。

 まだ準備段階で、確信がないからなのかもしれない。

 それに……



「ノートにでも書き出してみようかな」



 たしかにこれからの仮計画を聞かされても、それが邪魔して訓練に集中できないだろう。

 エーレの判断はいつだって正しい。



 僕は冷めてしまったカップの中身、その最後の一口を呷ったその時――



「おこちゃま! ずるくない!?」



 すぐ後ろからそんな声が聞こえて、紅茶が気管に入り込んだ。

 いつの間にそんな近くにきてたんだろうか。


 突然の闖入者のせいで、僕は何度もむせ返って、涙目になりながら振り向くと。案の定子供のように不満げな顔をしたシュトルツがいた。



「い、きなり……びっくり、させな、いでくださいよ……!」



 咳き込むのが止まらないまま、睨みつける。

 しかし彼はくるり、と体を回して、後ろにいるエーレに「ねえねえ、エーレさん。俺のは? 俺に紅茶は?」とせがみ始めた。


 エーレは近づいてくるシュトルツへと手を払いながら、こちらへ進み出てくる。



「とりあえず明日の早朝には出る。着くまで5日前後かかる。今日は早めに寝とけ」


「わかりました。エーレたちは?」



 すぐ隣にきたエーレを見上げて問うと、その間にスッとシュトルツが入り込んできた。

 やたら背の高い彼を見上げる形になる。首が痛い。



「エーレさんは今から俺とデートだから。だからお子ちゃまは、さっさとねんねしてきな?」



 シュトルツは本当に今から好きな人とデートをするのではないか――というほど嬉しそうに口元を緩めながら、勝ち誇った顔で見下ろしてきた。

 そんな彼を見た途端、何故か悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。

 そのままため息を吐きだして、立ち上がる。



「じゃあ、子供は寝ますね? 大人は楽しい夜をお過ごしください」



 僕は口から自然と出た皮肉を置いて、そのまま部屋を後にした。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ