守られてばかりじゃダメなんだ!ーーレギオンの矜持ーー
小さな違和感。先ほどまでとは、まるで違う険しい表情に、外されたその視線をちらりと覗き見る。
「まぁ、名前が伏せられてるってことはだな。こっちの出方を窺ってやがるんだろうな」
嘆息と共に、鋭い視線が以外の3人を順に回っていく。
そして、「だがまぁ」と紡がれた言葉と同時で、あまりに唐突だった。途端、肌を刺すような緊張感が部屋に漂う。
つま先から頭のてっぺんまで泡立つ感覚が通り抜けて、無意識に体が強張る。
全身に走った戦慄。上がり切らない視線で、真っ白な髭に乗った口を知らずのうちに見つめていた。
「お前らがそこのお偉いさんを攫って来たってえなら……」
一変、低く響き渡る声――
数瞬遅れて理解したその言葉に、ハッとしてどうにか視線を引き上げると、とび色の鈍く光った視線がエーレを射るように捕らえていた。
あまりの変わりように、息を呑むことも忘れて、開いたままの口を急いで動かした。
「ち、違います! 僕はエーレたちに助けられたし、自分の意思でエーレたちと一緒にいるんです……!」
必死に動かした口から漏れた声は、小さく震えてしまっていた。
あらぬ疑いだ。レギオンのマスターまで彼らの敵に回ってしまっては、もうどうしようもない。
それを証明できるのは、僕しかいない。
それ以外にも言葉が浮かんだけれど、焦りが更なる焦りを呼んで、頭の中であらゆる単語が飛び交う。
けれどそれは形にならなくて、口を開きかけては閉じて、また開いてを繰り返した。
結局、咄嗟に言葉にできたのはそれだけだった。否定を伝えるために、子供のように首を強く振ってみせる。
その間も、殺気の籠った視線がエーレへと注がれ続けている。
その視線を真っ向から受け止めているエーレは何故か、うんともすんとも言わない。
それに更に焦った僕は動揺を隠すことも忘れて、バルトとエーレ両者に視線を交互させ、
「違うんです!」気づけば大きな声をあげていた。
バルトの殺気はエーレに注がれているはずなのに、緊張と焦りで頬に一筋の汗が流れていく。
先ほどの、柔和なそれとはまったく色を変えた真剣な表情で、とび色の瞳がこちらへと向けられた。
僕は思わず息を呑む。
その強い視線を受けて、咄嗟に目を逸らしそうになるのを耐えた。
――僕に出来ることはなんだ?
守られてばかりじゃダメなんだ!
ほんの数秒交わされた視線。息をすることも忘れて、ぐっと目に力をいれてそれを受けた。
すると――ニカリと白い歯を見せて、バルトが大きく微笑んだ。
「及第点ってところだなぁ」そう言って大きな笑い声をあげ始める。
「え?」その言葉も笑いも、理解できなかった。
「大将、貴方のその癖は本当に直らないな。私たちならまだしも、ルシウスにそれをするのはやめてやってほしい」
「え?」
後ろから落ちてきたリーベの心底呆れた声に、頭が真っ白になった。僕は詰まった呼吸を思い出して、首をくるくる回す羽目になった。
「なーに言ってんだ。レギオンに入ったならみんな平等だ! これでルシウスも俺の息子だな!」
嬉しそうに笑うバルドを見て、僕はやっと今の状況を理解した。
及第点――試されていたのだ。
もし僕が、うまく言葉にできなくて、あの視線からも逃げていたら……
そう思うと、また汗が頬を伝った。
「ルシウス」バルトの柔らかな声が僕を呼ぶ。
「お前さんがどこの誰であれ、カロンの一員になるなら、仲間を守らにゃならん場面も出てくる。その覚悟を試させてもらった。これくらいの殺気にビビってるようじゃあ、なぁ?」
柔らかく微笑まれた口元とは反して、瞳は笑っていない。
「僕は……合格でいいんでしょうか?」
底の見えない鈍く光る瞳に、小さな怖気を覚えた。
「ま、こいつらが連れてきたんだ。本当は俺の言えることなんてねぇんだが」
けれど、バルトの声色は呆気からんとした風で、瞳の光はすぐに閉じられ、その大きな肩を少しだけ竦めさせる。
それを見て、僕はふっと肩の力が抜けた。
「でも、この状況も僕が原因みたいなものです」
「それとこれとは別だ。それにお前が原因なわけじゃない」
続けた僕の言葉を遮るように、隣のエーレのぶっきら棒な声がした。
「あ〜」バルトが大きな体を揺らして、ソファーに座り直す。
「そこを俺にわかるように、最初から説明してくれや。こっちもそれがわからんと出方に困るからなぁ」
バルトのその言葉を聞いて、エーレが事の流れを説明し始めた。
支配魔法から一時的に抜け出した皇太子を、‘’偶然‘’助け出し、逃げる手助けをしたのが始まり、というシナリオだった。
そして僕と彼らの利害が一致したから、共に行動している。
決して、拉致したわけでもなければ、帝国への反乱行為もその扇動もしていない――と。
そう、今の時点ではまだ何もしていない。嘘は言っていなかった。
説明の途中、要塞都市であったことも説明していた。
全てを聞き終わったバルトは一度瞑目して、静かに、それでいて長い息を吐きだした。
その瞼がピクピクと痙攣しているのが見て取れた。そして。
「あんの、クソガキ……こっちが大人しくしてりゃあ調子乗りやがって……
拉致容疑だぁ? 王国軍と帝国の隠密部隊に囲まれただぁ? 暗殺ギルドだぁ?
あのガキ、しばきたおさねぇと気が済まん!」
言い終える前に勢いよく立ち上がったバルトは、怒り心頭の様子だった。
大きな体が、見上げると更に大きくて、その姿に圧倒された。
背中がソファーの背もたれに当たる。知らないうちに身を引いてしまっていた。
「ちょっと大将。あんたが冷静じゃなかったら、俺らが困るって」
宥めるシュトルツの声に、バルトはハッと我に返ったのか、勢いよくソファーへと座りなおす。
その姿になぜかホッと胸を撫でおろした。
「悪い悪い。というかお前ら。どうして要塞都市の段階で俺に言わなかった!
レギオンを無視しての拘束なんざ、ルール違反だってわかってただろーが!」
「あれは俺たちで切り抜ける自信があったんだよ。わざわざあんたに動いてもらうまでもない」
バルトの強い声にすぐさま、エーレが落ち着いた声で返す。しかし。
「なんのために俺がいると思ってんだよ!
お前のそういうところは、前からちーっとも変わっちゃいねぇな!」
短いやりとりの最後はエーレが押し黙って途切れた。あのエーレがバルトに押されている。
僕は会話の内容も忘れて、珍しいものでも見た気分になっていた。その時。
「お前の親父は変わっちまったけどな」
何かを思い出したよに、ぽつりと呟かれるように言われた言葉。
ハッと顔を上げるとバルトは深い溜息をついて首を振ると、僕をちらりと見た。
「昔の父上をご存じなんですか?」
クソガキ。やはり、皇帝のことだったらしい。
彼は思い出すように、天井に一度視線を投げると、すぐに目を伏せた。
「まぁ、それなりに仲良くしてたんだがな。どれくらい前だったか、人が変わったみたいになっちまった。今じゃ、俺の言葉に耳を貸すこともねぇしな」
「そうだったんですか……」
父上がレギオンマスターの話を出したことは、一度もない。
政治に関わらせてもらえなかったから、当然といえば当然であったけれど。
記憶の中の父上と目の前にいるマスター。
2人が同時にそこにいることを一瞬想像した。けれど、うまく思い浮かべることは出来なかった。
父の知り合いを目の前にして、聞きたいことが沢山湧いて出てきた。
僕の知らない父上を知る機会だと思った。
「あのよかったら」その声と同時にバルトの後方――正面の扉からノックが転がり込んできた。
「もうちょい待ってくれー」すぐにバルトが首だけ振り向き、扉に向けて声をあげる。
「お前ら、俺が話をつけてくる間、ここに籠っとけ」
その声と同時にエーレが素早く立ち上がる。彼のコートの裾が僕の膝を撫でていった。
「いや、俺たちがここにいたら迷惑がかかるだろ。他のクランのやつらも騒ぐ。
遠くないところに、信用できる知り合いがいる」
上から落ちてきたエーレの言葉を辿って、視線を上げるとすでにソファーの前から移動ようとしている彼の姿。
信用できる知り合い?
僕は首を傾げたくなる気持ちを押さえて、立ち上がる――同時にバルトがちらりとこちらへ視線を投げて、それに続いた。
「そうか。ならいいが」
バルトはそう言いながら、大きな体を揺らして勢いよく進み出てきた。
ソファーの外側まで出ていたエーレが咄嗟に1歩引いて、バルトを見上げる。
「今度もしなんかあったら、絶対に、ぜーったいに俺にいうんだぞ? わかったな?」
言葉を重ねるごとにエーレに顔を近づけるバルト。
エーレはその勢いに押されるように、数歩引いて、さっと顔を背けた。
「有難い申し出だし、今回のことは甘える結果になるが、これ以上のことは俺たち自身で片付ける。
あんたに無駄な迷惑をかけるつもりはない」
素っ気ない返答に、「くぅ~」とも「はぁ~」ともつかぬ、妙な声を上げたバルトが勢いよく僕を見た、
「お前さん、この石頭どうにかしてやってくれよ。いつもこうだ。こいつは人に甘えるってことを知らねぇ。
俺が何のために、レギオンを立ち上げたと思ってんだ。
お前らみたいな、はぐれ者を守るためだろうが!」
広い部屋にバルトの声が響く。その余韻の中で気づけば、言葉を拾って繰り返していた。
「守るため」
レギオンの成り立ちにそんな理由があったなんて……
「そうだ」バルトは胸を張って、僕たちをぐるりと見渡した。
「お前らが何を抱えてようと何をしようとしていても、そこにお前らなりの正義があるなら、俺は耳を貸すし、力にだってなる。守ってやる。
だから、どうしても駄目なときは頼ってこい。わかったな?」
後ろで嬉しそうなシュトルツの小さな笑いが聞こえてきた。隣からリーベが小さく動く気配も。
「覚えておくだけは、覚えておく」
半歩後ろのエーレが踵を返したが見えて、続いて後ろの二人がそれに倣ったような足音。
僕もそれに続こうと半身を逸らした時――「ルシウス」とバルトの優しい声がした。
「色々と大変だったみたいだな。でも、こうやって大きくなったお前を見れて安心だ。
あいつらのこと頼んだぞ」
同時に頭に大きい温もりがそっと落ちてきた。
「え」
どこかで……
僕はその手の感覚を知っているような気がした。
「ほら、行ってこい。達者でな」
その手が背中を押して、僕は扉の方へと押し出される。
「ちょ、まって」
すぐに振り向くと、もう逆側の扉のドアノブに手をかけているバルト。彼は左手を一度あげただけで、振り返ることはなかった。




