罪の名の裏に、沈黙の名は隠される
「はぁ? 指名手配?」
獣人の男の報告を受けて、混乱が湧き上がってきた僕よりも早くに、そんな声を上げたのはミレイユだった。
近くにある焚き火の薪が爆ぜる音が、かき消されるほど大きなそれに、何故か僕の混乱が少しおさまったのを感じた。
火を右手に置いて、僕たちとミレイユは獣人男と向かい合っていた。
少年少女は、彼らが乗ってきたという荷馬車に先に戻ったらしい。
「レギオンマスターにお前らを連れてこいって言われてなぁ~、ここまでやってきたってわけよぉ~」
獣人男が持っていた茶褐色の用紙をエーレに渡し、彼は一瞥しただけでシュトルツに渡した。
隣にいた僕はそれをちらり、と覗き込んでみる。
暗くてしっかりは見えないけれど、たしかに手配書だった。
手配書?どうして?
再び、混乱の渦に呑まれそうになった時――
「へぇ、他の人たちにはこんな風に見えてるんだねぇ」
いきなり後方からハスキーな声をして、肩を跳ねさせて振り向くと、ゼレンが手配書を覗き込んでいた。
隣のシュトルツも気が付かなかったのか、嫌そうに体を背ける。
つい先ほどまで、少し離れたところにアヴィリオンの3人はいたはずなのに……
そう思って、すこし後方を見ると、荷馬車の近くでラディアとアリシアは我関せずと二人で話しているようだった。
「隠蔽って便利だね。僕も使えないかな?」
ふわり、とゼレンの羽織る長衣が僕の視界の下で揺れ、シュトルツがさっと手配書を伏せたのが見えた。
何気ない彼の言葉に「いんぺぇ~?」と獣人男が尋ねる。
それを遮るように、エーレがシュトルツの前にさっと立ちはだかり、獣人男を見た。
「とりあえず、今から向かう。
ゼレン、ミレイユを任せることになるが、構わないだろう?」
首だけ振り向いたエーレに「勿論」とゼレンは跳ねた声で答える。
「そういうことだ」続けてエーレは左近くにいたミレイユを見た。
「問題ないわ」
「頼んだこと、覚えてるだろうな?」
「はぁ? 私を誰だと思ってんのよ。それに……私も気になるから、任せておきなさい」
目の前のわけのわからないやりとりを聞きながら、僕はシュトルツが手に下げた手配書から目が離せないでいた。
手配書を実際に見ても、なんの現実味も押し寄せてこない。それはただの紙切れだった。
けれど、これと同じものがもうあらゆるところにばら撒かれている。そう思うと、体が震えた。
どうして、みんなそんな落ち着いていられるんだろう。
その話を伝えにきた獣人だけではない、ゼレンもミレイユも、そして当事者であるカロンの面々も……
ゆっくりとそれぞれを見渡すが、慌てる様子はやはりない。
胸に、言い知れない不快感が込み上げてくる。
全く予期していなかった、何か大きな流れにどんどん流されて行っているような――
「ねぇ、エーレくん」
すぐに向かおうと踵を返しかけていたエーレを、ゼレンが呼び止める声が後方からした。
自然と視線を彷徨わせると、視界の端までゼレンが歩み出てきていて「大丈夫なの?」と尋ねながら、前方にいるエーレへと近づいていく。
「心配される筋合いはない」
エーレは一瞥するだけだった。
「そうじゃなくて――」
続けたゼレンは、音もなくエーレにぐんっと近づき、その口元を手で隠しながら、エーレの耳元で数言囁いたようだった。
それを聞いたエーレの目が一瞬、大きく見開かれたのがはっきり見えた。
しかしそれも一瞬で、彼は嫌そうに距離を取ってゼレンを睨みつけると、「余計な世話だ」と突き放す。
ゼレンは肩を竦めて「そうだよね。それでも僕は……」軽く一歩離れると首を傾げた。
「君が心配なのかな?」
「それが余計な世話だって言ってんだよ」
目の前での二人のやりとり。彼らの影を火が照らし出す。ゼレンの長衣とエーレのコートの裾が掴みどころなく風と共に揺れた。
小さな静寂が、胸の中の不快感をあぶりだし、更なる不安を募らせた。
僕は踵を返したエーレの背から目が離せなかった。
直観的にわかってしまったのだ。
エーレはまだ何か、僕に大事なことを隠している――




