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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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127/233

エルフに"化け物"と呼ばれて

 



 街道から離れたところにあった大きな岩の前で足を止めたミレイユは、悲壮感を全身に漂わせていた。

 抱えていた子供を、岩に凭れさせるようにそっと地面に下す。

 そしてその子のフードをミレイユが遠慮げに外すとそこには――茶褐色の髪、泥だらけの顔、そして見覚えのある特徴的な耳が現れた。



「エルフ……」



 女の子のように見える。

 どうしてこんなところに、エルフが……



 ミレイユはそのまま手を翳すと、光魔法で治癒を始めた。

 数十秒の沈黙。終始無言の末、その首が小さく振られる。


 生きているんだろうか……

 彼女のその仕草に僕は思わず、眉を寄せた。


 一連のことを黙って見ていたエーレが、おもむろに数歩足を進めた時だった――

 唐突に目をカッと見開いたエルフの女の子が、顔をあげてキッとエーレを睨んだ。



「こないで!」



 少女の上げた声ではなく、何故か自分の息を呑む声が鼓膜に張り付いた。

 先ほどまで、ぴくりとも動く様子のなかった少女のそれに、僕は思わず怖いものでも見たように、肩をびくりと跳ねさせてしまっていた。

 まるで少女の恐怖がこちらまで伝わってきたように、体が固まる。



「お前、人間(こっち)の言葉が話せるのか」


「落ち着いてください。私たちは貴方の敵ではありません」



 一方で、前の2人はただただ冷静だった。

 エーレの問いに間を置かず、ミレイユが宥めるように、声をかける。

 しかし少女はその声が聞こえなかったように、首を大きく回して視線を彷徨わせた後――僕を視界にとらえると、目を見開き、体を震わせた。


 少女と目が合う。透き通るようなエメラルドの瞳は恐怖で揺れていた。

 目が離せない。



「化け物……! 帝国の化け物!」



 帝国の化け物……


 小さな口から震えながらも、悲痛に訴える声が頭に響いた瞬間、呼吸が止まった。

 ぴくりとも動けないでいた。


 狭まる視界の中の少女は、ミレイユへを見て、「聖国の化け物! いや! 殺さないで!」と混乱したように、立ち上がっては頭を振っている。



「私はゼファ様の遣いです。敵ではありません。どうか落ち着いてください。

 ゼファ様です。わかりますか?」



 ミレイユが念を押すように、ゼファの名前を繰り返す。するとそれは少女の耳に届いたのか――名前を咀嚼するように少女は一点を見つめ、数秒沈黙した。

 そして正気を取り戻したように、少女がそろり、と呟く。



「長の?」


「そうです。エルフ長、ゼファ様です」



 ぼんやりと聞こえてくる会話の中の最後に、聞こえてきたのは霊奏。それで僕はようやくハッと我に返った。

 同時に少女がその場に崩れ落ちる。ミレイユを見上げるその表情は、安堵の色を宿していた。



「現在、古代言語はエルフに認められた者しか使えません。お分かりいただけましたか?」


 うん、と少女は小さく頷いた。


「お前、聖国から逃げてきたのか?」



 エーレの問いかけに、少女は思い出したように顔を上げると、大きなエメラルドの瞳に涙をため始めた。



「同胞を助けて! あいつらが、同胞を……!

 そいつと同じ色の髪の男と、聖国が禁術を使うために同胞を攫って……!」



 少女は僕を指さして、涙ながらに訴える。

 こちらに伸ばされた細く小さな手の奥に、目を引かれた。


 その白い手首は枷を付けられていたとわかる――赤くなった跡と、さらに奥に黒い穢れを連想させるような、墨のようなものが見えた。

 全身で恐怖と混乱を語る少女を、僕はぼんやりとした視界で見ていた。


 少女の姿が遠くなっていくにつれ、頭の中であらゆる思考が駆け巡る。


 エルフ、禁術、僕と同じ髪色の男――皇帝。

 フラッシュバックにも似た感覚に、視界にチカチカとした光が埋もれていったのも束の間――酷い頭痛に気が付けば頭を抱えていた。


 目に見えない複数の手が、僕の意識を底へ底へと引きずり込んでいく。




 エーレから渡された記憶――


 最愛の女性を亡くし、皇帝は正気を失った。あまりの絶望のせいか、その際に闇の精霊と同調してしまい、国を本来、導くべき方向を捻じ曲げてしまった――という事実。


 彼が3度目までの回帰で見てきた皇帝の野望は、大陸の掌握と王妃の蘇生。

 死んだ人を生き返らせる。そんな人が踏み入れてはいけない領域、その力はエルフの間では禁術として受け継がれている――という伝承。


 それには、霊奏の習得の末、多くの代償によってかなえられるという。

 永きに渡って、聖国と帝国は裏で繋がり、大勢のエルフを犠牲にして、その方法を模索し続けてきた。

 しかしそれを、彼らが見てきた3度目までの皇帝は、成し遂げてはいない。



 そして――

 1度目の僕が辿った結末。


 それが自分のことかのように頭に過った。体が硬直して、視界が暗く閉じていく。


 記録から手繰り寄せた想像が、今まさに、僕の目の前で起きているかのような感覚が襲ってきて、息が詰まる。まるで、首に鋭利な刃を当てられているような、死を間近にした戦慄――



 僕は皇帝にとって、その野望を叶えるために用意された、皇帝の‘’器‘’だったのだ。



 どんな方法を用いたのかはわからない。けれどエーレの記憶が間違っていなければ、1度目の僕は、老いた皇帝に体を奪われて、自我を失い――死んだ。



 一瞬の死への恐怖が遠いて行った後、自然と乾いた笑い声に似た息がこぼれ出た。

 そんな自分の笑いを聞いて、もっとおかしくなった。



 そうか……だから父上は、僕がいくら魔法を上達しなくても、どんなに頑張っても、関心を持つことはなかったのだ。

 父上にとって僕は、ただの入れ物に過ぎなかったのだから……



 受け入れがたい真実を知って、僕はそう納得せざるを得なかった。

 聖国も帝国もエルフの魔法――霊奏と禁術を欲している。


 目の前で助けを乞うエルフの少女を見て、体の底からドス黒いモヤが、止めどなく湧いて出てくる。

 みるみる視界がぼやけていく。



 失望なのか、絶望なのか。はたまた他の何かなのか。

 理解できない――したくもない感情に、吐き気がこみあげてきた。

 記録として渡された記憶に、感情がようやく追いついてきて、とてもじゃないが受け入れられなかった。



 父上はどうして……

 夢で見た、獣のような声が頭に反響してくる。



 ――そうか……!そ うだったのか。お前は私のために生まれたのか――



 違う……違う、違う!



 一滴一滴と雫が地面を濡らしていく。その事実だけが、とても客観的に映った。


 その時――鼓膜を優しく震わせる小さな旋律が聞こえてきた。

 柔らかなそれが、出口を閉ざした思考を溶かし、切り開いていく感覚。


 間を置かず、頭の中を占領していた黒いモヤを裂くように、風が鳴いて空気が震えた。

 ハッとして顔を上げた時には――正面には少女を腕に抱え上げるゼファの姿があった。


 薄闇に暮れる中で、ゼファの透き通るエメラルドの瞳と少女の同じ色の瞳が呼応するように、きらりと光った。



「哀れな我が同胞よ。よくぞ生きて帰ってきた」



 ゼファは愛しそうな表情で、少女の頬を撫でる。

 その言葉を聞いた少女が、息を呑む声。そして、堰き止められていた水の流れが溢れ出すように、赤子のように泣き声が薄明の空に響いた。



「同胞を助けてくれたこと、心から感謝する」



 ゼファが僕たち3人をそれぞれ見て、小さく頭を垂れる。



「たまたま見つけただけだ。それよりその子供、穢れに――」


「言われずともわかっている」



 エーレの言葉を遮って、ゼファが強く言った。


 そこに後方から「エーレさん」と呼びかけるシュトルツの声がして、咄嗟に振り向く。


 シュトルツとリーベが合流して、先ほどの場所を見たときには、ゼファと少女はもう姿を消していた。





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