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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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126/233

呪われた祝福






 ぼんやり視界が曇る。

 けれど、温かい。前には深い黒が見えて、上に視線をあげると、鮮やかな紺碧の束が頬を撫でた。



「ユリウス」



 心地よい声が、僕の名前を呼ぶ。

 良く知っているはずなのに、初めて聞いたような声だった。



「我が王妃は子を産むことは出来ない。だから将来はお前が王になりなさい、

 その本質にふさわしい、この大陸を平和に導く王に――」



 大きな手がふわり、とあまりにも優しく頭に置かれる。



「お前は……」




 視界が突如、暗転した。




 お前は――



 暗闇の中で、その言葉がどこからともなく、何度も繰り返され反響し始める。

 それは徐々に元の色を失い、暗く低く、獣が唸るような響きに変わっていく。

 そこに、一筋の光が落ちた。雷が視界を裂く。



「お前は……」



 狭い視界の中で、濁った水のような髪が揺れ、男がこちらへと顔を向けた。

 突然、狂気に満ちた高笑いが場に轟いた。



「そうか……! そうだったのか。お前は私のために生まれたのか。

 覇誓(はせい)神アレスから賜った‘’贈物‘’だったのか」



 その間も体の底を震わせるような、高笑いは止まらない。

 男の隣には、横たわった白い何かが見える。目を凝らしてそれが女性であると気付いた時――



「――っ……!」



 今のは……?


 赤橙が視界をぼんやりと埋める。それが大きく揺らめいたのと、いつしか見開いたままだった目に砂が入り込み涙が出て、ようやく自分が飛び起きたことに気が付いた。

 目を瞑って、異物を取り出すために指で擦っている間も、奇妙な余韻が抜けきることはなかった。

 漏れ出す息の荒さが遠くから聞こえる。

 そんなことよりも……


 輪郭が薄れていく夢を引きとめるために、すぐにその内容を思い返す。

 温かい声と手、目に入った黒の服と僕と同じ色の髪。あれは……父上だった。


 場面が変わって、聞こえてきた身の毛もよだつ笑い声と、正気を失ったような獣のような声。


 それに、あの言葉……

 今のはただの夢? それとも……


 僕は過去のことを思い出しても、どこか客観的事実のようにしか覚えていない。

 父上にあんなに優しい声で呼ばれたことも、あんなに大切そうに頭を撫でられたこともない。


 けれど、最後の場面は……

 思い返そうとした時、酷い頭痛に襲われた。



「……い、おい」



 その時になってようやく、数メートル先でエーレが呼んでいたことに気が付いて、顔を上げた。


 彼は僕の顔を見ると、眉を寄せながら目を細めて、何か言いたげに口を少し開いた。

 しかし、何かを言葉にすることなく、しばらく沈黙が漂う。


 それを気にする余裕はなく、気づけば消え入りそうな前の火へと視線を落としていた、



 あれがもし、幼いころの記憶だとすると……いや、そんなわけがない。

 僕は父上に抱き上げられたことすらないはずだ。

 そして、あんな狂ったような父上を見たこともない。



 ’’愛されたかった’’


 そんな自分の本音を自覚した。

 だからあれは、ただの幻想――僕の願望が作り出した夢に違いない。


 ぐるぐる回る思考を持て余して、気が付けば何度も首を振っていた。



「起きて早々、元気なのはいいが、明後日には境界都市につく。もう一度寝とけ」



 少し高い位置から聞こえてきたそれ。エーレはいつものように、何かを聞く様子はなさそうだった。



 ――少しは聞いてくれてもいいのに。

 小さな不満を抱えて顔を上げると、エーレと目があった。


 その表情は、少し困った風に眉が下げられていた。

 予想外だった彼のそれを見た瞬間、僕は根拠のない確信を覚えた。彼は話を聞いてくれようとしている。

 そう思って、口を開いた。聞いてもらいたい。



「夢を見たんです」


「そこから入らなくていい。見りゃわかる」



 言葉を重ねるようして、返答があった。

 もしかして、彼は僕の言葉を待っていてくれた?



「で?」彼は側に置いてあった小枝を拾って、火の中にくべると、魔法で焚き火の火を安定させる。

 その手先を見つめた時、彼の手の甲に小さな傷跡が多いことを初めて知った。



「父上が、僕の頭を撫でて優しく話しかけてくる夢で……」



 記憶している夢の一部始終を、ゆっくり思い返しながら話した。

 その間、エーレは一度も口を挟むことなく、黙って聞いていてくれた。



「ただの願望なんでしょうね、幼いころの記憶なんて覚えてませんし……」



 言い訳をするように付け足した僕の言葉を最後に、小さな沈黙の幕が下りた。

 その中で、火の粉が弾ける音だけが、小さな心地よさと大きな寂寞感をつれてきた。


 エーレが小さく息を吐く音、間を置かず僕を漆黒の瞳が捉える。

 その口から紡がれたのは、またしても予想外の言葉だった。



「お前が皇帝のことを知りたいというなら、教えてやる」


「え」


「今の話を聞く限り、あながち願望だけとは言い切れないからな。

 ‘’あいつ‘’も、そんなようなこと言っていた気がする」


「どうして、エーレが……」



 言いかけて口を噤んだ。

 回帰している彼らが、皇帝の背景や野望を知らないわけがない。


 回帰前の世界と今いるこの世界がどういう関係で、どういう原理かはわからない。

 それでも彼らは()()()()()()()()()()()()()()があるのだ。

 それなのに、皇帝を父に持つ僕が、何も知らない。


 どうして今更そんな――昔の忘れていた記憶を夢に見たのかなんてわからない。

 ルシウスとして父上と決別したことによって、記憶の蓋が空いたのかもしれない。

 けれど、そんなこと今はどうでもよかった。



「お願いします」



 僕は真っすぐエーレの瞳を見つめ返した。

 この先に進むためには、知っておかなければいけないことだ。

 僕自身が決着をつけなきゃいけないこともたくさんある。


 おもむろに立ち上がったエーレは火の側を通って、僕の前で片膝をついた。

 右手がそっと僕の顔へと伸びてくる。掌には火傷の跡が見えた。



「風魔法……じゃ、無理か。霊奏で俺の記憶の一部を送る。

 多少、辛くても我慢しろよ」



 その手が僕の両目を覆った時、呟くような小さな旋律が聞こえてきた。

 ふわり、と地面を風が這うような感覚があった途端――



「っ……!!」



 言葉にはできない、大量の何かが、目まぐるしい速度で頭の中に流れ込んきた。

 それが膨大な記録であるということを知り、駆け巡る感覚に、息が詰まった。


 エーレの記憶というよりかは、ただただ、客観的事実――まるで歴史のようなものだったけれど、それでもその記録が、感情を押しのけて波のようにやってきては、無理やり刻み込まれるような感覚。



 視界に光が戻っても、しばらく何も見えなかった。

 一瞬で大量の情報。けれど、不思議と全ては認識できている。


 僕は……


 僕は父上のことを何も知らなかった。知ろうともしなかったし、そんな余裕もなかった。

 父上の立場でものを考えたことすらなかった。


 皇帝であっても、父であっても――あれだけ大きく映っていた存在は、1人の人間であるということを理解していなかった。



「はっ……」



 どうにか呼吸を思い出して、視界の焦点を絞ると、目の前には眉を寄せたエーレがいた。

 乱れた息を整えている間に、彼はスッと立ち上がって、元の位置に戻っていく。

 彼が座るのを自然と目で追っている間も、頭の中はパンクしそうで、何も言えなかった。



「送ったのは夢みたいにすぐには消えない。一旦寝て、明日考えろ

 整理したいなら、付き合ってやる」



 遠くから聞こえてきたような声の後、もう聞きなれてしまった氷の砕けるような音がした。

 途端、僕の意識は闇に落ちた。

 その直前、ふわりと風が頬を撫でる感覚と、小さな霊奏が聞こえたような気がした。








 境界都市ラースティアまで、あと1日の道のり、というところだった。

 そこを通ってしまえば国境までは、すぐらしい。


 陽か傾いてきて、夕日が幌の中に差し込んでくる。

 眩しい光を受けながら、僕は重い頭を抱えて、前のエーレを見てはため息をついた。



「てめぇ、こっち見るたびにため息ついてんじゃねぇよ」



 幾度目かのため息の途中で、不機嫌そうな声が飛んでくる。



「なに? ルシウス、エーレさんに恋でもしたわけ?」



 エーレの隣にいるシュトルツが楽しそうに口元を釣り上げて、そんなことを言うものだから、また深い溜息がこぼれ出た。



「そうですね、そういうことでいいです」


「何かあったのか?」



 隣のリーベが心配そうな声で、僕とエーレを交互に見る。



「そいつに記憶を渡しただけだ。皇帝のことは、ルシウス自身で決着をつけるべきだろ」



 エーレの声が割と大きく聞こえてきて、咄嗟に僕は幌の奥を見た。

 しかし、4人はこちらのことなど気にした様子もなく、今日も飽きずに話に華を咲かせている。



「あ~……なるほど」



 シュトルツの歯切れの悪い反応など耳を通おりすぎていって、手元に視線を落とした。


 皇帝に、王妃がいたことは知っていた。

 王妃が健在だった頃は、側妃は僕の母上一人だけだったらしい。

 しかし王妃は体が弱く、子供を授かることは出来なかった。彼女が亡くなったのは、まだ僕が幼いころだ。


 だからもし、面識があったとしても僕の記憶には残っていない。

 あの夢は、願望なんかじゃなかった。

 エーレから渡された記録で、そのことが確信に変わった。



「ねぇ、少し早いけど、ここらでよくない?

 この先は風通しがよすぎて、夜寒いで――」


「……!」



 ミレイユの声が飛んできたのと、馬車が急停止したのが当時だった。

 複数の小さな悲鳴が幌の中に響き、すぐさまシュトルツとリーベが幌の外に飛び出した。

 反動で体を幌の外に投げ出されそうになってしまった僕も、どうにか立ち上がって外を見た。


 後方から見える範囲には何かあるようには思えない。

 敵襲ではなさそうだった。

 ホッと息を吐きだしたのも束の間、いつの間にか隣に来ていたミレイユが「この気配……」と呟くと、跳ぶように外へと駆けていった。


 遅れて、外に出た僕とエーレの前には、荷馬車の前で酷く狼狽する御者。

 そしてその前方には――地面にしゃがみこみ、何かを抱えているミレイユがいた。


 古びたローブ。ミレイユの腕に収まる体躯。

 子供……?



「エーレさん」



 隣にやってきたシュトルツが、小さく呼びかける。

 エーレはちらりと幌の方を見て、「離れたところで先に野営させておけ」と短く告げる。


「了解、伝えてくる」それだけ言うとシュトルツは幌の中へと戻っていった。


 リーベもその声を聞いて、御者へと向かっていく。



「ミレイユ。場所を変えろ」



 エーレの指示に、ミレイユは何かいうわけでもなく、腕の中の子供を抱えたまま立ち上がる。

 フードを深く被っているその子の顔は見えない。ただあまりにも幼い体つきであることは、見て取れた。



「エーレ、あの子……」


「問題ない、生きてはいる。場所を帰るぞ」



 言葉もなくミレイユが向かっていく方角へ、エーレが続く。

 僕はわけがわからないまま、それでもそのあとについていくことにした。




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「回帰者たちと神々の椅子取りゲーム」(2話前)のミゲルに関しての説明を少し加筆させていただきました。

 リクサと対話回想シーンの後です!お時間があれば確認していただければありがたいです。

 内容としては、ミゲルに加護枷はつけられないのか、という説明を忘れていました!

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 読んでいただける方のおかげで励みになって続けられています。

 これからも欠かさず毎日更新していきます。よろしくお願いします。


「回帰者たちと神々の椅子取りゲーム」(2話前)のミゲルに関しての説明を少し加筆させていただきました。

リクサと対話回想シーンの後です!お時間があれば確認していただければありがたいです。

内容としては、ミゲルに加護枷はつけられないのか、という説明を忘れていました!

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

読んでいただける方のおかげで励みになって続けられています。

これからも欠かさず毎日更新していきます。よろしくお願いします。

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