似ているのに、まるで違う
「やぁ、ルシウスくん」
また僕が一人になったタイミングで、もう聞きなれたハスキーボイスが背にかかった。
地面がまだ濡れているところが多かったため、適当な濡れていない石を選んで座ってボーっとしていた時だった。
いつ見ても、どこか異様な雰囲気。
ゼレンは僕の隣まで歩み寄ってくると、僕と同じように、遠巻きに休憩を挟んでいる面々を見渡してしばらく沈黙した。
そっと目だけでその顔を覗き込むと、やはり何を考えているのかわからない。
微笑んでいるようにも見えるし、ただただ冷静に観察しているようにも見える。
どこを見ているのかわからないし、何を考えているのかなんてもっとわからない。
おかしな男。もうその印象が僕の中で定着していた。
そんな男が「相談があるんだけど」と不意にこちらを見た。
「え、相談ですか? 僕に答えられることなんて、少ないと思いますけど」
ゼレンが何歳かなんて知らないけれど、僕より幾分年上なことだけはわかる。若輩者の僕に彼の相談が務まる気はしない。
しかしその口から出た相談は、身構えた自分が馬鹿だと思ってしまうほど、斜め上の言葉だった。
「ミレイユさんを怒らせるには、どうしたらいいのかな?」
は?とも、え?ともつかない、なんとも言えない声が口からこぼれ出た。しばらく、そのまま空いた口が塞がらなかったけれど、どうにか言葉を絞り出した。
「いや、十分すぎるくらいミレイユさんはゼレンさんに怒ってたと思いますけど……」
何度も睨まれて、刺々しい言葉を吐かれておきながら、自覚がないというのだろうか。
ゼレンはおもむろに正面へと視線を投げると、今度はその視線がミレイユを見ていることがわかった。
そしてその首が緩やかに傾げられて、「うーん」と唸り始める。
その視線はいつの間にかエーレに向いているような気がした。
「君は僕のこと、どう思う?」
次に紡がれた言葉は、何の脈絡もないもので、思わず言葉に詰まってしまう。
「ああ、ごめんね?」すぐにゼレンは訂正した。
「僕は人の気持ちを汲み取れなくてね。誰に何をしたら、どんな反応をするのか分析しないとその人のことがわからないんだ」
突然の告白にやはり言葉は出てこず、前に向けられた視線をもう一度追った。その先にいたのは……揺れる黒髪。やっぱりエーレだ。
「ミレイユさんって、エーレくんと似てると思わない?」
「え、まぁ。すごく似てると思いますけど」
ミレイユとエーレは似ている。ミレイユが聖女としての振舞いをやめてからは、特にそう思う。
沸点の低さも、傲慢に見える振る舞いも。そうと思えば、ふと見せるよくわからない優しさのようなもの。それ以外に何が似ているのかわからないけれど、漠然と纏っている雰囲気が似ていた。
ただ一つ、違うとはっきり言えるのは。一方は太陽であり、一方は影であるということだけだった。
本質は真逆。それでも似ていると感じる。
「ミレイユさんをわかれば、エーレくんをもっとわかるんじゃないかと思ったんだけどね」
エーレが動くのを見て、ゼレンはそれを追う。
視線に気づいたらしいエーレが、怪訝そうな表情で一度こちらを見たのが見えた。
それに応えて、ゼレンが小さく微笑んで手を振ると、エーレは嫌そうに顔を逸らした。
ずっと思っていたことがあった。
「どうしてエーレに拘るんですか?」
まさか恋愛感情ではあるまい。人の気持ちが汲み取れないということが、どういうことなのか僕にはわからないけれど。
すると、おかしな言葉を聞いたように、ゼレンが目を瞬かせながらこちらを見た。
「こだわる?」
まるで初めて聞いた言葉を口にするような、そんな音だった。
「え。ゼレンさんって、あんなにエーレに嫌がられてるのにしつこく話しかけるじゃないですか」
シュトルツ曰く、エーレはゼレンを嫌っていないということではあったが、僕から見たらどう見ても嫌がられている。
「ああ」納得したように、ゼレンは頷く。
「関わるな、喋りかけるなって言われていないから。大丈夫なのかなって」
「は、はぁ……」
顔が小さく引きつるのを感じた。同時に納得した。
この男は本当に人の気持ちがわからないのだ。
はっきり口に出して言わないと伝わらない。
言動から人の気持ちの背景を考えて、汲み取り、寄り添うということを出来ない。
今までの彼の言動を振り返って、なるほど、と思ってしまった。
「エーレくんを見ていると不思議な感覚になるんだよね」
再び、前に向けられた視線。「そう、これは僕の家族に対しての感覚と似ているのかもしれない」そう続けられた。
「家族?」
「ラディアやアリシアを見ている感じかな?」
出てきた名前を見て、咄嗟に視界の隅にいた双子の彼女たちを見てしまった。
家族? あの双子とゼレンが家族?
「え、あのお二人と兄妹だったんですか?」
似ていない。全然似ていない。
けれど確かに、ゼレンがあの二人を見るときの顔だけは感情がにじみ出ていた。
「血は繋がっていないよ。僕が勝手に家族だと思っているだけなんだけれどね」
「そ、そうですか」
僕の思う家族とゼレンの思う家族。その認識が違っているような気もしたけれど、それはぐっと飲み込んだ。
たしかに、血のつながりだけがすべてではない。同時にふと父上のことが頭に過った。
そこで僕は初めて、アヴィリオンが5人で構成されていることを知った。
後二人男性がいるらしい。そしてそれぞれが双子のパートナーであるということ。
ゼレンはその家族を守るために、アヴィリオンのマスターをしているということ。
「こうしていればいつか、僕も家族というものがわかるのかもしれない。そう思ってるんだ」
アヴィリオンの構成の最後に付け足された言葉には、いつも彼の声にはない、どこか遠くへ繋げた祈りのようなものを感じた。
「エーレくんもいつか、その家族になれたらいいなと思ってるのかもしれないね」
やはりその視線は、エーレを見ていた。
小さな違和感が胸に過る。
口調自体は、天気予報でも話すような淡々とした調子なのに、どこか胸に重たく残るそれに僕は返す言葉はなかった。
小さな空白の中で、ふとリーベが言っていた言葉が蘇ってきた。
――私は内に抱える狂気を十分に理解している。しかしあの男にはそれがない――
変わらずエーレを捉え続ける彼の、白水の髪が風に揺れた。
あの時はリーベがそう言うのなら、ゼレンと似ている部分もあるのかもしれない。そう思っていた。
二人とも整った顔の上に乗せる表情は多くない。感情の起伏はほとんどないし、それを表にも出さない。
けれど、僕から見たら二人は全然違う。
違和感はどこからか、小さな胸騒ぎを連れてきた。
彼にはたしかに‘’何か‘が足りない。それが本人の言うように、人の気持ちがわからないからか、それとは別のことなのか、僕にはわからなかった。
でもやっぱり――ゼレンはおかしい。




