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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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122/233

失われた声と精霊の饗宴

 



「お約束、しないの?」



 シュトルツが泉へと一歩、進み出て尋ねる。



「そのつもりはなかったんだけどな」



 こちらへ背を向けているエーレが、息を吸い込んだのがわかった。




 ――Nocten riguna Elne-Lume,eshar――



 その口から紡がれた旋律。

 柔らかく、温かみを帯びた低すぎず高すぎない、心地よい歌声。

 聞き取れた単語からは、光の精霊に呼びかけたことがわかった。



 ――Elne-Kyya,vel nira sona...melas?――



 それに乗せるように、シュトルツが(うた)った。

 彼の霊奏は初めて聞いた。エーレの隣を通ってこちら側へとやってきた彼。

 顔の前へと、楽しそうに手を伸ばしたその彼のそれは、地声とは打って変わって、深みのあるものだった。

 炎の精霊と呼ぶ声。何かを誘ったようなニュアンスだった。


 自然と僕は、リーベを見る。

 その視線を知ったリーベは、3人の間に視線を迷わせて、諦めたように息を吐いた。



 ――Elne-Faen,vel falta nina..melas?――



 小さめに奏でられたリーベの歌声もまた、地声より高めのハスキーな優しいものだった。




 3人の古代言語が泉に響き、先に風が空気を震わせた。


 ふわりふわりと戯れるように、軽やかに風が草木を揺らす。

 揺れる草の間から、光がルミナスに隠れるようにして、溢れてきた。

 最後にどこからか、線香花火のような火が風に乗って、ルミナスたちからは少し距離を置いたところで火花を散らす。


 3人の歌声がもう1フレーズずつ続いたあと



「雷と氷も読んどく?」と、シュトルツにいるエーレへと振り返った。


「やめとけ、喧嘩しだすだろ」



 こちら側へと振り返ったエーレが、首を振る。



「え、精霊って喧嘩するんですか」



 思わず、そんなことを聞いてしまった。



「相性が悪いやつらもいるんだよ」



 そのエーレの後ろでリーベが、途切れた歌を少しだけ奏でる。

 それを聞いたエーレが、僕を見た。



「お前もやってみたらいい。水なら呼べるかもしれん」


「え、いや……」



 ちらりとリーベを見ると、頷かれた。

 単語はわかる。呼ぶくらいなら、どうにか繋ぎ合わせれるかもしれない。けれど……



「心配ない。先に私が少し呼びかけておいた。きっと応えてくれるだろう」



 先ほどのリーベの短い歌がそれだったと知って、「じゃあ」と僕は泉の方へ近づいた。



「Elne-syl」



 水の精霊という単語を、怖じ怖じと紡いでみる。



「vel sona lir..eshar?」



 ――水の精霊、僕の声が聞こえますか?――



 幻想的の風景に、小さな沈黙が下りた。



「lir...esher?」



 隣でシュトルツが発音と旋律を教えるように、繰り返した。

 僕はそれを真似して、もう一度諷ってみた。


 すると、泉が小さく揺れた気がした。

 そして、ピアノの音のような水音が、耳の奥を打つ。



 ――Yuna, falta! Vales-ta falta!――



 シュトルツが両手を空に掲げて、高い声を上げた。途端――




 今まで緩やかに舞っていた精霊たちが、色を変えて、遊ぶように舞い始める。


 泉からは小さな水滴が浮き出てきて、光と溶け合い、火とぶつかり合って、その度に美しい音を奏でていた。

 風が伴奏を奏でるように草木を揺らし、光と小さな火が戯れるように螺旋を描く。

 水滴がその間を潜り抜けて、ルミナスたちに寄り添うように、花びらの模様を描いた。



 精霊の声なのだろう――あらゆる軽やかで、鼓膜の奥を震わせる旋律が泉に反響する。

 それに応えて、3人は幾度か霊奏を奏でる。



「なんて言ってるんですか?」


「俺らの祈りを待っていたってさ。お礼にたくさん楽しませてくれるんだって」



 少年がはしゃぐように、笑って見せたシュトルツは、再び声を上げた、が。

 すぐにそれを打ち消すように、エーレの霊奏が滑り込んだ。



「おい、シュトルツ。やりすぎるなよ。精霊たち(こいつら)もすぐ調子乗るんだ」



 諫めるようなエーレの声を聞いて、僕は思い出した。


 夢の中で、彼らが笑って話していた失態――



「もしかして、昔ここで火事寸前になりました?」



 途端、3人の霊奏が止んで、視線が集まった。


 その様子に僕はぎょっとして、「あ、いや」とそれぞれを順に見た。

 その時、一段と高い音がその場に響いた。スタッカートを打つような音を聞いて、すぐに理解した。



 ――精霊たちが、笑っている。

 その声にハッとしたらしい3人は、気まずそうに苦笑して見せた。



「まぁ、そんなこともあったよね」空を仰いだシュトルツ。


「この馬鹿が調子乗ったんだよ」シュトルツをひと睨みしたエーレ。


「あれはたしか、2度目だったな」懐かしそうに、小首を傾げたリーベ。


「2度目なんですか?」



 3度目までの、それぞれのルシウスの面影。

 それを知りたい。



「まぁ、1度目はここまで来れなかったからね。2度目でやらかして、3度目は自重した」


「そして4度目の今回、またやらかすつもりだっただろう?」



 シュトルツを半眼で見たリーベに、シュトルツはすぐに首を振って、否定する。



「いやいや、そんなつもりないって。多分」


「多分」



 復唱した僕の言葉に、再び精霊たちが笑い声をあげる。



「ヤケにルシウスの声に反応するな。人間の言葉は理解できていないくせに」



 エーレのそんな不満げな声が響いた。



 僕たちの言葉を理解できずとも、精霊たちは人間の感情を、ある程度汲み取れる。


 なんだか恥ずかしいような――こそばゆいような感覚がして、僕は自然と目の前に揺蕩う小さな水滴に手を伸ばした。

 人差し指が、水滴に触れる。

 思ったより弾力があって、僕の指をなぞるようにして、手の甲までやってきた。



「therna」



 感謝を込めて「ありがとう」と奏でる。


 すると手の甲の水滴が震えるように、振動するとそのまま弾けて、手の甲を濡らした。



 その瞬間だった――



「……!」



 ――いつかエーレたちと一緒に、楽しく笑って過ごせる日を心待ちにしてるんです――



 重なった。僕と()が重なった。

 泉を背に3人を見て、僕が言っていた記憶が、そして感情が流れ込んできた。


 ーー何度目だ……? 何度目の僕だ?


 ()の心と共鳴する。

 僕は――違う。()はエーレたちに信頼を寄せ、そのための覚悟をして、ここまできた。

 そして、本気でそんな未来を描いていた。



 僕ではない。そう頭では思うのに、僕自身が今ーーいや、今までずっと抱いてきたような想いのように。

 そんな感情が唐突に胸に溢れて、自然と涙が零れそうになった。



 僕は彼らとーー



 視界の淡い光たちがぼやけて、何かに呑まれかけた時だった。


 一陣の風が強く吹き抜けていった。

 間を置かずに、甲高い音が空に舞い上がる。

 それは今までのものとは違って、少し耳障りな鋭い音だった。



 その音を聞いて、瞬時にエーレが近寄ってきては、警戒するような声色で(うた)った。


 ふわり、と僕の体を風が取り巻いたのも束の間、その気配はすぐに去って行ってしまった。

 それを知ったエーレが安堵するように、肩を落とす。


 エーレだけではない。シュトルツとリーベも先ほどとは打って変わって、表情を少し険しくしていた。

 突然の異様な雰囲気に、僕は辺りを見渡した。



「なんだったんですか? 何かあったんですか?」



 きっと風の精霊だ。何かを訴えるような気配だった。

 驚きに、気づけば涙は引っ込んでいた。


 数瞬の沈黙後、エーレは首を振った。



「大したことじゃない。風の精霊は気性が激しいからな。

 お前が、水と仲良くしていたのが気に食わなかったんだろ」



 気性が激しい。

 そういえば、闇の精霊はプライドが高いとも言っていた。



「そうですか」



 納得を伝えてはみたものの、どこか胸にひっかかりを覚えた。



「あちゃー」



 そこに、シュトルツの声が飛び込んだ。


 そちらを見ると、泉に舞うルミナスの色が変わっていた。

 先ほどまでの白や緑ではない。真っ赤に染まっている。



「これは……」



 幻想的な雰囲気が一変。何か嫌な予感を覚えて、自然と体が強張った。



「ルミナスは警戒したり、怒りを感じると、赤色に染まるんだ。

 せっかくの景色が台無しだ」



 リーベの落胆の声に、精霊たちは萎むように、徐々に消えていく。



「まぁ、いいんじゃない? そろそろ寝ないと明日辛いでしょ。特におこちゃまは?」



 場を取りなすように、飄々とした口調に戻ったシュトルツに、僕はムッとして見せてそれに乗ることにした。



「そのおこちゃまっていうの、そろそろやめてくれませんか?」


「だって、16でしょ? まだまだおこちゃまじゃん。

 なんせ俺ら、すんごい長生きだし? 孫みたいなものでしょ」



 声をあげて笑うシュトルツを見て、そういえば……と思い出した。


 フィレンツィアで告げた彼の年齢は、冗談ではなかったのかもしれない。



「戻るぞ」



 エーレの言葉を合図に、僕たちは泉に背を向けた。

 僕は後ろ髪を引っ張られるような、名残惜しさを感じて、進めていた歩を止めた。

 振り返る。



「ルシウス……」



 赤の光に囲まれた泉に、蒼い輪郭が浮き出ている錯覚に陥った。

 いつかの、僕ではない’’僕’’が、こちらを見ているような。

 彼の残した想いがここに留まっているような――




「雨が降らなければいいが」



 少し離れたところから、リーベのそんな言葉が聞こえたような気がして、僕はぐっと深く瞑目して、踵を返した。





ここまで読んでいただきありがとうございます。

ルシウス視点での進行でしたので、霊奏(古代言語)の意味を明示しておりません。

それに関しては、ここに出てきたものを後日、活動報告にて説明させていただこうと思います。

もしご興味のある方がいらっしゃれば、是非覗いてみてください。

気軽に感想など頂けたら嬉しいです。

これからも頑張ってまいりますので、応援のほどよろしくお願いします。


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