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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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121/233

【番外編】 星に願いを――flor-lir solm ――

 





 ’’星還祭’’



 かつてこの世界に堕ちた精霊がいた。

 混沌の時代。人々の魂の汚れが蔓延する世界で悲しみに染まり、穢れを抱き、それでもなお、守りたかったもののために。


 その精霊に長く寄り添ってきた、もう一精の精霊がその穢れを引き受け、浄化し、ふたりは星に還ったという。

 人間の弱さが生んだ罪。そして、精霊の強さが残した救い。


 この日、空を見上げる者は祈る。

 ふたりが再び巡り会えますように──

 そして、自らの願いもまた、風と共にあの星へ届きますように。








 王国首都に戻ってきたカロンの4人は、騒然とする首都の雰囲気に呆気に取られていた。


 前を行くエーレの舌打ちが7歩ほど後ろにいたルシウスの耳にまで届いてくる。



「なにか行事でもあるんですか?」



 大通りには、屋台の準備を始めようとしている人たちが大勢いる。

 7月(レキレアス)に入ったのだから、夏祭りの1つくらいあってもおかしくない。

 ルシウスはあちらへこちらへと首を回しながら、見慣れない様子を観察していた。



「あ~、今日ってもしかして7月(レキレアス)7の日?」


 エーレの隣に並んで、気怠そうに長い足を引きずっているシュトルツが空を仰いだ。


「星還際か」


 最後列についていたリーベの無感動な声が背にかかる。


「星還際?」


 聞きなれない行事名に思わず、首を傾げた。


「え、帝国にもあるはずだけど? おこちゃまそんな行事にも参加させてもらえなかったの?

 おこちゃまたちは大好きな祭りじゃん」



 あまりにも意外そうに首だけ振り向いてきたシュトルツに、ルシウスはムッと眉を寄せた。


「そうですよ。どうせ、僕は箱入りですよ。で、なんなんですか? それ」


 帝国皇太子として、城の中に閉じ込められていた過去が頭に過って思わず顔を顰めそうになりながら聞いた。


「星還際は年に一度、星と称して精霊に願いを捧げる祝祭だ」


「まぁ、本来の伝承の半分も形を保ってないよねぇ」



 後ろと前から続けられたリーベとシュトルツの声。

 彼らの様子から祭りに参加する気は感じ取れない。



「俺たちには関係ねぇ話だろ。さっさとレギオンいくぞ」



 こちらを一瞥すらすることなく、忌々しげな声を出しては歩を速めたエーレ。

 思わず、小さなため息が漏れ出た。


 初めて知った星還際。

 色々あって、それどころじゃないのもわかるけど、たまには息抜きの一つくらいしたい。


 星に願い――か。

 僕がもし願い事をするなら、何を願うんだろう?


 ルシウスは陽が暮れるにはまだまだ早い、青く晴れ渡る空を見上げて、ふとそんなことを思った。







 人間の穢れを一身に引き受けた2精の精霊の伝承。


 浄化されて世界に還ったふたりへの感謝と追悼の祈り。そして再び、めぐり合うことを願う行事。


 時代が過ぎてそれは形を変え、今では人々が自らの生命力を込めたインクを使って、紙に願い事を書いて燃やし、そこから立ち上る煙は空へと願いを届ける。

 首都では大広場で人々の手紙を集めて、魔法で燃やし、国から派遣された光魔法の使い手たちがその灰を浄化して、光として空へ届けるらしい。





 ルシウスはいつも通り、レギオンに設けられた宿の一室に待機していた。

 エーレは知らないうちにどこかへ出かけたし、シュトルツはエントランスホールでお酒でも煽っている頃だろう。

 星還際の概要を教えてくれたリーベも先ほど、どこかへ行ってしまった。



「本当に、あの人たちはお子様に優しくない」



 不満がぽつん、と部屋の中に漂い沈んでいく声に、勢いよく立ち上がった。

 彼らに関係なかろうと僕は参加したい。街に繰り出そう。

 財布だけ持って、腰に手半剣を下げる。

 そのままエントランスホールを横切ろうとした時、シュトルツと目があったような気がしたけれど、あえて無視して出ていくことにした。






「あつい」


 陽は頂点に来ていて、空気はからっと乾いてはいるものの、照り付ける日差しが肌を焼く。

 レギオン支部を出て、一つ角を曲がった先の大通りに出ると――


「わぁ」


 喧騒が耳に飛び込んできた。

 ところ狭しと屋台が並んでいる。食べ物の屋台に混じって、簡単な遊戯を設置したもの、星還際をモチーフとした品物や、願い事を書くための綺麗なインクやペンなどの筆記具。

 すでに人でひしめき合っている通りは更にあつかった。


 財布の中身を頭に浮かべた。


「よし」


 とりあえずインクとペンを買おう。燃やすのは魔法でなくてもいいらしいから、何か燃やせるものも。

 そう思って、いくつか小物や文房具を売る屋台を見回っていたときだった。



「ちょっと、おじさん! これ高くない!?」



 聞き覚えのある張りのある声を聞いて、思わずそちらを見ると金色に輝く髪が太陽の陽をこちらへ反射させた。

 彼女はどうしてまた、一人でこんなところにいるのか。

 声をかけようとしたけれど、逡巡した後、やめることにした。


 捕まると面倒くさそうだ。そのまま気配を殺してきた道を戻ろうと踵を返した時「ちょっとあんた」と背に声がかかった。

 僕のことじゃない、きっとそうだ。

 そう思って、歩を進めようとしたルシウスの肩に思った以上に力強い衝撃が落ちてきた。



「私を無視しようだなんて、いい度胸ね?」



 真後ろから聞こえてきた凄みのある声に、顔がひきつるのを感じて、咄嗟に息を吐き出して冷静を装う。



「あれ、ミレイユさんじゃないですか。すみません、気づきませんでした」



 くるり、と振り返ってどうにか笑顔を張り付けてみるが、じとっとこちらを睨んでくるミレイユに口端がぴくぴくと痙攣していく。

 ふとその視線が、ルシウスの後ろを彷徨った。



「あんた一人? 他のやつらは?」


「僕に聞かれても……シュトルツならレギオンにいますけど。他の2人は知りません」



「はー」前から呆れかえった声をともに、大きく首を振った彼女。


「あんたたち相変わらずね。で?あんたはここで何してるわけ?」


「何って、星還際に使う紙とインクを買いたくて……」



 ミレイユの口調に思わず、責められているような気がして、語尾が萎んでいく。



「納得。あいつらこういうの興味なさそうだし……いいわ、私が買ってあげる」



 一人で納得して、完結させた彼女は僕の言葉を待たずに、右手を強く引っ張ってきた。



「ほら、いくわよ。祭りの一日なんてあっという間なんだから! 乗り遅れちゃうでしょ!」


「え、ちょ……」



 ルシウスの制止なんて耳を貸さずに、歩き始めたミレイユ。

 そうして、彼らの楽しい祭りが始まった。







 ミレイユに連れ回されるまま、あらゆる屋台で飲み食いし、射的でほしいぬいぐるみを見つけた彼女は時間とお金を気にすることなく、その屋台で粘った。

 買った方が確実に安いと思うほど、何度も挑戦した末に手に入れたうさぎのぬいぐるみを抱えてご満悦な彼女は、ふと立ち寄った文房具を売る屋台で、インクとペンを手に取った。



「おじさん、これとこれとこれとこれと……あとこっちを2つ。

 それに、こっちの3種類も2組ずつ頂戴。あ、ちょっとまけてよね!」



 ルシウスは屋台の店主とミレイユ、並べられた品物に目線を何度も巡らせながら「え、ちょ、ミレイユさん」とおじおじと言葉にならない言葉を口にしようとした。しかし、気がついた時には彼女は2つにわけられた紙袋を受け取ってしまっていた。



「はい、これ」



 そしてそのまま、大きい方の紙袋を突きつけてきた。



「いや……悪いですよ」



 元は自分で買おうと思っていたのだ。

 しかし彼女は、手を伸ばさないルシウスを見て、その胸に押し付けるとパッと手を離す。

 まさか、彼女が買ってくれたものを落とすわけにはいかない。

 反射的に受け取ってしまった紙袋へと視線を落とした。

 前で、ミレイユがふっと鼻で笑った声がして目をあげると、彼女はすでに踵を返していた。



 日は暮れてきていて、人はさらに増えてきている。

 ミレイユを見失わないように、必死でその背を追いながら出たのはレギオンへ続く道だった。

 突然立ち止まった彼女は勢いよく半身を逸らして奥の通りへと、これまた勢いよく腕を伸ばしながら指した。



「あいつらに伝えなさい。

 それを私が買ってやったんだから、たまには可愛らしく、星に願いでも捧げてみなさいって」



 じゃ、私はそろそろ帰らなきゃだから、と大通りの方へ向かっていく彼女。

 夕陽が差し込み、その姿を照らしていく。


「ミレイユさん!」


 気づけば大きな声で、呼びかけていた。


「ありがとうございます! 楽しかったです!」


 その声を聞いた彼女は、胸元へかかった長い髪を、さっと後ろへ払うだけだった。







 紙袋の中でインクの入った小瓶がぶつかり合う音を、胸元から聞きながら、ルシウスはわくわくと心を躍らせながら、レギオン支部の扉を潜った。

 エントランスホールにカロンの面々は見当たらない。

 けれど、どうやって彼らに渡せばいいだろう? 特に問題はエーレだった。


 一旦部屋に戻ったルシウスは机の上に4種類のインクとペン、そして紙を並べた。


「これ……」



 インクの色は全て違った。黒、赤、茶色、水色。もしかして……

 そこにノックが転がり、ルシウスの返答を待たずに開けられた扉の先には、シュトルツがいた。



「お子ちゃま、エーレさんが――」


 机に並べられたものを見た彼は言葉を区切って、緩やかに首を傾げる。



「なんか面白そうなことしてるねぇ」


「シュトルツ、手伝ってくださいよ。リーベはまだしも、僕はエーレに提案なんてできませんよ!」



 祭りの様子を見ていたエーレの反応。

 あの彼に、用意したものを渡して願い事を書けなんて言えるはずがない。



「そのくせに買ってきたのは、謎すぎるんだけど」



 そんな彼の言葉を聞いて、ルシウスは先ほどまであったこと、ミレイユからの伝言を伝えた。

 すると、シュトルツはニヤリ、と口元を釣り上げる。



「そういうことなら、このシュトルツ様に任せて?」



 そんな彼の反応を見て、嫌な予感が胸を通り過ぎていったものの、自分が提案するよりもマシだと彼に任せることにした。


 エーレがルシウスを呼んでいる、ということを伝えにきたらしい彼は、


「じゃ、お子ちゃま。ここにこのままいて? 俺がうまく言ってくるから」


 と、だけ言い残して颯爽と出て行ってしまった。


 そして10分ほど後に、なぜか夕食を手に彼は戻ってきた。

 はい、とテーブルに置かれたのは1つの皿に取り分けられた料理とパン。

 前の男の思考が読めなくて、ただただ視線を投げていると「あとでみんな揃ってくるから、飯でも食って待機しといて」とだけ言い残して、出て行ってしまった。



 彼に任せて大丈夫なのだろうか……

 屋台で食べすぎたため、お腹は空いていない。

 どうして彼が部屋まで夕食を持ってきたのかわからないまま、テーブルの端に置かれた料理を見つめていた。







 結局料理は後で食べようとベッドで寝転がるとうとうとしてしまっていて、ノック音で目が覚めた。またしても許可なく入ってきたのは、エーレだった。

 彼はじっとこちらを見据えて、眉を寄せている。



「ルシウス~大丈夫~?」



 普段より幾分、ぎこちないシュトルツの声が部屋の中へと響いて、気が付いたらエーレとシュトルツが部屋に入ってきていた。



「え、大丈夫って……」



 何が大丈夫なのか。大丈夫じゃないのは、シュトルツの方だろう。

 そんな言葉が口から出かけたが、それよりも先に「てめぇ、自己管理くらいしとけ」という不機嫌そうなエーレの声を聞いて状況を把握した。



 エーレはルシウスに話があった。そしてルシウスが体調悪いということにしてシュトルツは、エーレに部屋までこさせたのだ。

 思わず、声にならない声をどうにか息として吐きだす。



 この馬鹿な男は、もう少し他にやりようがなかったのか! と叫びたい気分だった。

 エーレを騙してつれてくるなんて、状況を悪化させるに決まっている。

 そこに遅れてリーベがやってきた。

 そして2人が入りきると、出口を塞ぐようにシュトルツが扉に立つのがしっかり見えた。



「てことで、任務完了」



 そんな馬鹿の軽い声が部屋に響いて、頭を抱えたくなる。


「は?」凄んだ声を上げて、シュトルツへと振り返ったエーレ。

 部屋の中央へと進みだしてきたリーベが机の上に並べているものを見て、「ああ」と納得したような声をあげた。



シュトルツ(このバカ)が何か企んでいることには気づいていたが、そういうことか」



 その声に誘われるようにして、机を見たエーレ。

 その視線が、こちらへと投げられる。


「ミレイユ、がルシウスに買ってやったらしいよ。たまには俺たちも可愛らしくお願いごとの一つでもしとけって」



 そこに珍しく、空気を読んだシュトルツのフォローが加わった。

 エーレの目の端が、ぴくりと動いたのが見えた。



「無理にとは言いませんけど、たまにはこういうのも悪くないかな……って」



 怖じ怖じと申し出ると、短くため息を吐きだしたエーレ。

 彼は気怠そうに机から何かを取り上げると、こちらへ投げてきた。



「こんな七面倒なことしなくても、やりたいならやりたいっつったらいいだろうが」



 意外な反応に、手の中へやってきた青いインク瓶を見て、思わず目を瞬かせる。



「だって、エーレは嫌いなのかと……」



 そっと目を上げると、彼は黒のインク瓶を持ち上げて、眺めながら「嫌いに決まってんだろ」と素っ気なく答える。

「でもまぁ」そこに扉から離れて進み出てきたシュトルツ。


「しないと多分、ミレイユがカンカンだろうし?」とエーレの座る椅子の背に手を置いて、ニヤリと彼を覗き込んだ。


「ミレイユとエーレに板挟みにされて、不憫な思いをしたな」


 平坦で無感動な声ではあったものの、リーベの言葉に強く頷きたい衝動に駆られた。



「じゃ、可愛らしく? 俺らもたまにはお願い事しないと? お子ちゃまのために」



 机の上の赤のインク瓶を取り上げたシュトルツが、上機嫌にそのインクに生命力を込める微細な波動が伝わってきた。

 次いでリーベが茶色のインク瓶を取り上げてそれに倣う。

 手の中の瓶を見ていたエーレも嫌々ながらもそれに続いた。


 ルシウスは小さな瓶を両手で包んだとき「おい」というエーレの声が挟まった。


「それ、魔鉱石が刷り込まれてるから、失敗すんなよ。失敗したら割れて飛び散るからな」


「え」



 どうして一般の屋台に魔鉱石入りのインクなんてものが……

 だからこの色わけだったのか、とげんなりした。

 そんなものを選んだミレイユを恨みながら、慎重に瓶に生命力を流し込んだ。


 ホッと息を吐き出す。

 無事成功したことを確認したシュトルツが、それぞれにペンと紙を渡していった。

 小さな机はエーレが占領していて、シュトルツは何故か床で書いている。リーベは小さなキャビネットの上。



 ルシウスはベッドの隣に設けられた窓の桟に蓋を開けたインク瓶を置いて、考えを巡らせた。



 願い事か……


 窓の外から見える街並みは未だに明るい。人々の喧騒は、夜になっても止んでいない。


 ここから見える人たちは何を願うのだろうか?

 将来こんな仕事に就きたい。こんな人と一緒になりたい。試験に受かりたいとか、長年追い続けている夢がかないますように、とか。



 僕には、そんなはっきりと口に出せるような願いはない。それでも……

 ルシウスは窓に紙をあてて、インクをつけたペンを走らせる。

 書き終えて、振り向くと「何書いたの?」と真後ろから声が聞こえてきて、咄嗟に紙を胸に抱いて隠した。



「なんでもいいじゃないですか!」



 楽しそうに目を細める彼の後ろには、なんとなく納得いかなさそうなリーベと、紙と睨めっこしているエーレがいた。



「シュトルツは、何を書いてんですか」



 インクをこぼさないように、蓋を閉めながら問う。



「え? 俺の願い事なんて一つに決まってるじゃん」



 彼はそう言って、後ろのエーレを見た。

 変わらず細められている瞳は先ほどの悪戯な光をひっこめて、優しげな色を帯びていた。



「リーベは書きました?」



 扉近くのキャビネットのいたリーベは、手の中の紙を見て、小さく眉を寄せる。



「一応は」



 全員の視線がエーレに集まった。

 しかし彼がペンをインクに着ける様子は未だにない。


「エーレさん、そういうの苦手だもんねぇ」



 ベッドから降りたシュトルツが言うと、エーレは鋭くこちらを睨んできた。



「嫌いっつっただろ。俺は伝承に縋ってまで、願いたいことなんてねぇんだよ」



 あとあとミレイユに文句を言われるのが面倒なのか。

 それとも、ただただ付き合ってやろうという、優しさからなのか。

 未だに紙を見て、眉を寄せているエーレを見ると、なんだか申し訳なくなってきた。



 ふと先ほどの彼の言葉を思い出す。彼がこういう行事が苦手な理由が、わかった気がした。


 願いを言葉として、形にすることが必要な人と。そうでない人がいる。

 後者の気持ちをルシウスにはわからなかったけれど、なんとなくそう思った。



 小さな沈黙に、紙の上にペンがほんの少しだけ走る音が響いた。

 エーレはそれを2度畳んで、シュトルツに渡す。

 リーベも同じようにした。僕は手の中のものを見て、心でもう一度願いを込めた。



「見ないでくださいよ」そう付け足してシュトルツに渡す。


「そんな野暮なことするわけないでしょ」



 するり、と手から紙を受け取ったシュトルツは宿に設けられた小さなバルコニーへ続く引き戸を開けた。

 ベッドから降りて、彼の後に続く。

 一度空を仰いだ彼は、右手に持つ4枚の紙を、顔の高さまで掲げると――





「Elne-Kyya, ves-ta solm koro nira」

(炎の精霊、俺たちの願いを(かいな)に抱いて)



 シュトルツの深みのある歌声が静かに、静かに囁かれた。途端――

 彼の手の近くから、小さな線香花火のような火がどこからともなく顕現する。

 火はまるで、紙を食べていくように周りから包む込んでいく。

 一枚の紙が徐々に赤く焼けていき、吹き込んでくる風に揺られて、赤の綺麗なグラデーションを描く。

 それは大きく燃えるもない――ただただ静かに紙を溶かしていった。




「Elne-Luma, nai ilam riguna」

(光の精霊、天高く、光として送って)



 続けた旋律に、燃えて落ちていこうとする紙の灰を、光の粒子たちが受け止めていく。

 灰と混ざった小さなな火が、光を合わさって、ぱちぱちと小さく弾ける。

 それは本当に花火のように、バルコニーを綺麗に照らした。

 目の前で起きている、小さな小さな奇跡。その一つ一つを見逃さないように、ルシウスは見守っていた。




 全ての紙の灰を飲み込んだ光が、あらゆる色の輝きを放ちながら、空高くに綺麗な糸を引いて舞い上がっていく。

 それは小さな夜に訪れた、僕たちだけのための天の川のように思えた。

 その周りを守るように、微かに点滅する火花がくるくると旋回し、同じように空へと上っていった。




「Folr-lir solm――」

(星に願いを)



 最後に短く諷われた言葉は、小さな小さな祈りだった。

 それを聞き届けた精霊たちは、上空で一度広がっては、空中で溶けていった。



 4人分の生命力のこもったインクで書いた願い。その紙を精霊たちが、どう解釈したのかはわからない。

 どこに届くのかもわからない。


 けれど、それは世界に溶けて、きっとどこかに繋がるだろう――繋がればいい。

 霊奏の余韻と精霊たちの名残が部屋の中に漂う。

 刹那の静寂を破ったのは、椅子を引く音だった。



「何を願ったのか知らねぇが。俺たちは自分の力で悲願を遂げる――それを忘れるな」



 遠ざかっていく足音。それに誘われるようにして、振り返ったシュトルツは肩を竦めた。

 エーレを見送るリーベも、ほんの少しだけ眉を下げた。

 ルシウスは扉の先へ消えていく背を見ると、小さく息をついて、再び空を見上げた。




 僕は、僕たちは必ず目的を成し遂げる。

 そこには、願いも祈りもいらない。

 自分たちの力で成し遂げるんだ。

 それでも……



 青いインクで書いた願いを思い返す。



 ’’僕が彼らと肩を並べて支え合い、少しでも……ほんの一秒でも、笑い合える時間が増えますように’’



 ――flor-lir solm――

「星に願いを」







ここまで読んでいただきありがとうございます。

七夕番外編でした。

いつも読んでいただいている方たち、私の周りの方たちが元気で楽しく過ごせますように!!!!


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成長/革命/復讐/残酷/皇族/王族/主従/加護/権能/回帰/ダーク/異世界ファンタジー
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