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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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星の綿毛と過去の約束

 


「お前……どうしてここに」



 今しがた僕がやってきた道の方に、驚いたように目を見開いているエーレがいた。



「それが……」



 夢のことを言っても笑われるのではないか、と思ったけれど、そのままこちらへ進んできたエーレを見て、自然と口から出ていた。



「夢をみたんです」


「夢?」



 隣に並んだ彼は、前の光を放つ昆虫を見た。

 何をどういえばいいだろう、と悩んだ一瞬のうちに「そうか」と言ったエーレは、それ以上聞いてこなかった。



「ルミニアたちが星の綿毛を飛ばしてるなら、しばらく雨は降らなさそうだな」


「星の綿毛?」


「あの独特な回り方のことを村人たちはそう呼んでる」



 光る昆虫――ルミニアたちが、∞のような形でゆらゆらと飛んでいる模様のことなのだろう。



「綺麗ですね。エーレは、これを見に来たんですか?」



 夢の中の彼は、僕にこれを見せてくれるために散歩に誘った。

 今、前にいるエーレもきっと、この幻想的な景色を見に来たのだろう。



 エーレは、何も言わずに泉へと数歩近づいて、右手を挙げた。

 そこにルミナスが1匹、綺麗な光の軌跡を描きながら、ゆらりとやってくる。



「来ないつもりだったが、‘’あいつ‘’のことを思い出してな」



 ‘’あいつ‘’


 僕の中で、何かが繋がりそうな気がした。けれど、それはいくつか点が足りなくて、線にはならない。

 でも、エーレの言う‘’あいつ‘’が誰なのか、聞かなくてもわかった。


 それはきっと、過去に失ったという仲間のことで、そして……



「その人は、どんな人だったんですか?」



 僕も数歩進んで、再びエーレの隣に立った。

 エーレは何かを思い出したように、小さく笑うと、少しだけ首を回して僕を見た。



「お前とそっくりのようで、似ても似つかんやつだったな」



 3回目のユリウス――いや、ルシウスなんだな、と僕は確信した。



「理想を語るところは、そっくりだったけどな」



 再び、泉を漂う光を見たエーレの瞳は、懐かしそうに細められていた。


 3回目のルシウスは、彼らにとってとても大切な人だったんだな。

 そう思うと、チクリと胸が痛んだ。



 僕はあと一歩、泉に近づき膝を折って、水面を覗き込んでみる。

 月明かりに照らされて、綺麗な泉には僕の顔が映り込んだ。



 ――君は……僕は、運命の轍に打つ楔にならなきゃいけないんだ。

 僕がユリウスとして――皇太子として生まれたんだから、彼らに応えなきゃいけない――



 前に見た――ヴェリタス湖での僕の言葉が、頭に反響した。

 あれは……

 ヴェリタス湖に映った、覚悟を決めた凛々しい顔つきの僕。


 そして、この言葉の意味。

 あれが、前の僕であったのなら……


 彼は、あの時点ですでに、エーレたちの過去を知っていたことになる。

 3回目の僕。そしてエーレたちが死なせたというのも3回目の僕で。

 線が繋がったような気がした。



「前回の僕は、エーレたちとどんな風に、どんな話をしていたんですか?」



 顔だけ上げて、綺麗な泉を見つめたまま尋ねた。

 そこに答えはなく、星の綿毛だけが綺麗に飛んでいく。


 幻想的なのに、どこか寂しいような雰囲気を覚えた。


 彼らは覚えているのに、僕は知らない。

 前回の僕は、僕にとって過去ではなく、似ていて違う人生を歩んだ――全く別の人物だった。


 本当にそうだろうか? 本当は、僕は忘れてるだけであって、もう一度繰り返しているのかもしれない。

 あらゆる過去、現在、未来の可能性にいる僕――


 僕は、そのうちの一人で……


 そこまで考えてやめた。

 きっと答えなんてわからない。

 彼らにとって、前回の僕と今の僕は別人ということしか。

 小さな痛みを感じて、ゆっくり立ち上がった。



「お前は……」



 ようやく、エーレが口を開いた時――



「あっれ、やっぱりエーレさん、ここにいたんだ。

 って、ルシウスもいんじゃん。なに? こんな夜更けにデート?」



 この幻想的で儚い雰囲気を壊してく、飄々とした声に、僕は肩の力が抜けた。


 この男は……

 大きなため息が漏れだして、「デートかもしれませんね」と鼻で笑ってやった。



「だ、そうだ。シュトルツ、嫉妬でも撒き散らさないといけないんじゃないか?」



 その後ろには、リーベもいた。



「嫉妬? そっか、こういう時はヤキモチを妬くのが鉄板ってやつか~」



 シュトルツは楽しそうに幾度か頷きながら、こちらへ歩み寄ってくる。

 そして、大げさな声色と身振りで


「俺というものがありながら、ルシウスと浮気なんて、酷い! 俺ショックすぎて死ぬ!」


 と高々と言ってみせた。


 煽った張本人であるリーベは後ろで肩を竦めているし、僕の前にいるエーレは何も言わずにシュトルツを見ていた。

 エーレがどんな顔をしているのか気になって、そっと近寄ると、意外にもその口元には笑みの気配が滲んでいた。



 まさか、シュトルツに嫉妬されて嬉しいとか?



 と、一瞬頭を過ったものの「前もこんなやりとりしたんだけど覚えてる? 再現してみたんだけど」とシュトルツが泉を見て、懐かしそうに笑った。



 ふわり。

 それを聞いた瞬間、少し湿った風が、僕の体を通り過ぎた気がした。


 僕に何かを運んでくれたような、そんな言葉には言い表せない、温かい色を帯びた風だった。

 まるで僕の知らない僕と、今の僕が一瞬だけ重なったような、過去と今の一瞬を共有したような――


 思わず、顔がくしゃりと歪んだ。


 なんだろう……わからないけれど、嬉しくて懐かしくて、楽しくて、それでいて……切ない。



「本当にお前は馬鹿な男だな、シュトルツ。デリカシーというものがない」



 リーベが呆れたような声で、シュトルツを諫める。

 歩み寄ってきた彼は、顔を少し伏せた僕を覗き込むようにして


「悪気はない。前の貴方と今の貴方は違うと……」


 僕の顔を見たリーベは、言葉を止めた。

 僕がどんな顔をしていたのか、僕にはわからない。



「全然平気ですよ。ただなんか、こう……嬉しくて」



 顔をあげると、リーベは珍しく表情を崩して、微笑んでいた。



「そうか、ならよかった」



 僕から数歩引くようにして離れたリーベは、ちらりとエーレを見た。


 その視線に誘われるようにして、自然と全員の視線がエーレに集まった。





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