星の綿毛と過去の約束
「お前……どうしてここに」
今しがた僕がやってきた道の方に、驚いたように目を見開いているエーレがいた。
「それが……」
夢のことを言っても笑われるのではないか、と思ったけれど、そのままこちらへ進んできたエーレを見て、自然と口から出ていた。
「夢をみたんです」
「夢?」
隣に並んだ彼は、前の光を放つ昆虫を見た。
何をどういえばいいだろう、と悩んだ一瞬のうちに「そうか」と言ったエーレは、それ以上聞いてこなかった。
「ルミニアたちが星の綿毛を飛ばしてるなら、しばらく雨は降らなさそうだな」
「星の綿毛?」
「あの独特な回り方のことを村人たちはそう呼んでる」
光る昆虫――ルミニアたちが、∞のような形でゆらゆらと飛んでいる模様のことなのだろう。
「綺麗ですね。エーレは、これを見に来たんですか?」
夢の中の彼は、僕にこれを見せてくれるために散歩に誘った。
今、前にいるエーレもきっと、この幻想的な景色を見に来たのだろう。
エーレは、何も言わずに泉へと数歩近づいて、右手を挙げた。
そこにルミナスが1匹、綺麗な光の軌跡を描きながら、ゆらりとやってくる。
「来ないつもりだったが、‘’あいつ‘’のことを思い出してな」
‘’あいつ‘’
僕の中で、何かが繋がりそうな気がした。けれど、それはいくつか点が足りなくて、線にはならない。
でも、エーレの言う‘’あいつ‘’が誰なのか、聞かなくてもわかった。
それはきっと、過去に失ったという仲間のことで、そして……
「その人は、どんな人だったんですか?」
僕も数歩進んで、再びエーレの隣に立った。
エーレは何かを思い出したように、小さく笑うと、少しだけ首を回して僕を見た。
「お前とそっくりのようで、似ても似つかんやつだったな」
3回目のユリウス――いや、ルシウスなんだな、と僕は確信した。
「理想を語るところは、そっくりだったけどな」
再び、泉を漂う光を見たエーレの瞳は、懐かしそうに細められていた。
3回目のルシウスは、彼らにとってとても大切な人だったんだな。
そう思うと、チクリと胸が痛んだ。
僕はあと一歩、泉に近づき膝を折って、水面を覗き込んでみる。
月明かりに照らされて、綺麗な泉には僕の顔が映り込んだ。
――君は……僕は、運命の轍に打つ楔にならなきゃいけないんだ。
僕がユリウスとして――皇太子として生まれたんだから、彼らに応えなきゃいけない――
前に見た――ヴェリタス湖での僕の言葉が、頭に反響した。
あれは……
ヴェリタス湖に映った、覚悟を決めた凛々しい顔つきの僕。
そして、この言葉の意味。
あれが、前の僕であったのなら……
彼は、あの時点ですでに、エーレたちの過去を知っていたことになる。
3回目の僕。そしてエーレたちが死なせたというのも3回目の僕で。
線が繋がったような気がした。
「前回の僕は、エーレたちとどんな風に、どんな話をしていたんですか?」
顔だけ上げて、綺麗な泉を見つめたまま尋ねた。
そこに答えはなく、星の綿毛だけが綺麗に飛んでいく。
幻想的なのに、どこか寂しいような雰囲気を覚えた。
彼らは覚えているのに、僕は知らない。
前回の僕は、僕にとって過去ではなく、似ていて違う人生を歩んだ――全く別の人物だった。
本当にそうだろうか? 本当は、僕は忘れてるだけであって、もう一度繰り返しているのかもしれない。
あらゆる過去、現在、未来の可能性にいる僕――
僕は、そのうちの一人で……
そこまで考えてやめた。
きっと答えなんてわからない。
彼らにとって、前回の僕と今の僕は別人ということしか。
小さな痛みを感じて、ゆっくり立ち上がった。
「お前は……」
ようやく、エーレが口を開いた時――
「あっれ、やっぱりエーレさん、ここにいたんだ。
って、ルシウスもいんじゃん。なに? こんな夜更けにデート?」
この幻想的で儚い雰囲気を壊してく、飄々とした声に、僕は肩の力が抜けた。
この男は……
大きなため息が漏れだして、「デートかもしれませんね」と鼻で笑ってやった。
「だ、そうだ。シュトルツ、嫉妬でも撒き散らさないといけないんじゃないか?」
その後ろには、リーベもいた。
「嫉妬? そっか、こういう時はヤキモチを妬くのが鉄板ってやつか~」
シュトルツは楽しそうに幾度か頷きながら、こちらへ歩み寄ってくる。
そして、大げさな声色と身振りで
「俺というものがありながら、ルシウスと浮気なんて、酷い! 俺ショックすぎて死ぬ!」
と高々と言ってみせた。
煽った張本人であるリーベは後ろで肩を竦めているし、僕の前にいるエーレは何も言わずにシュトルツを見ていた。
エーレがどんな顔をしているのか気になって、そっと近寄ると、意外にもその口元には笑みの気配が滲んでいた。
まさか、シュトルツに嫉妬されて嬉しいとか?
と、一瞬頭を過ったものの「前もこんなやりとりしたんだけど覚えてる? 再現してみたんだけど」とシュトルツが泉を見て、懐かしそうに笑った。
ふわり。
それを聞いた瞬間、少し湿った風が、僕の体を通り過ぎた気がした。
僕に何かを運んでくれたような、そんな言葉には言い表せない、温かい色を帯びた風だった。
まるで僕の知らない僕と、今の僕が一瞬だけ重なったような、過去と今の一瞬を共有したような――
思わず、顔がくしゃりと歪んだ。
なんだろう……わからないけれど、嬉しくて懐かしくて、楽しくて、それでいて……切ない。
「本当にお前は馬鹿な男だな、シュトルツ。デリカシーというものがない」
リーベが呆れたような声で、シュトルツを諫める。
歩み寄ってきた彼は、顔を少し伏せた僕を覗き込むようにして
「悪気はない。前の貴方と今の貴方は違うと……」
僕の顔を見たリーベは、言葉を止めた。
僕がどんな顔をしていたのか、僕にはわからない。
「全然平気ですよ。ただなんか、こう……嬉しくて」
顔をあげると、リーベは珍しく表情を崩して、微笑んでいた。
「そうか、ならよかった」
僕から数歩引くようにして離れたリーベは、ちらりとエーレを見た。
その視線に誘われるようにして、自然と全員の視線がエーレに集まった。




