魔法と本質
ユリウスとエーレたち3人は湾港都市レネウスに到着した。
エーレたちはレギオンに所属しているようだった。
彼らのクランの名前は「カロン」
指定された時間にユリウスは彼らとテーブルを囲むのだった。
四人で食べるのに十分の量であった料理は、あっという間になくなった。
そのほとんどがシュトルツの胃に収まっていったのだ。
エールを何杯もおかわりしながら、食べる勢いもすさまじい。
早く食べないとなくなる――そう言ったエーレの言葉の意味を途中で理解した。
一方、エーレはとシュトルツが取り分けた料理だけに手をつけて、それ以上は口にすることはなかった。
そんなに小食で体は持つのか、と心配になるくらいだ。
リーベはというと、シュトルツに遠慮しながらも、成人男性が普通に食べる量を綺麗な所作で口にしていた。
まるで、どこかの貴族のようであったが、貴族がレギオンに所属しているはずがない。
ユリウスはシュトルツの勢いに圧倒されて、なかなかフォークは進まず、物足りなさを感じた時にはもう、テーブルの料理は全て綺麗に食べつくされていた。
「明日以降のことを伝えておく」
フォークを置いたシュトルツを見て、エーレが唐突に言った。
「念のため、今回は早めに街を出る。
シュトルツは、三日後に出る船を四人分確保。
レギオンから手配してもらってくれ。買い出しも任せる」
シュトルツは「了解」と短く答えた。
ちらりとエーレがこちらを見た。
「お前、魔法の訓練をするつもりはあるか?」
「え、教えてくれるんですか?」
思いもよらない質問に、ユリウスは目を見開いた。
「三日間、時間が空く。やる気があるなら、リーベから教えてもらえ」
エーレの視線を追って、リーベを見た。
彼は目が合うと、僅かに眉を下げてエーレに視線を送った。
「私が教えるのか?」
その声色は不服そうだ。
ユリウスとしても、リーベに教えてもらうのには抵抗があった。
数日間、行動を共にしてきたが、ほとんど話したことはない。
だから、彼の人柄は全くと言っていいほど知らない。
無口で、感情をほとんど表に出さない。
正直、何を考えているのかわからなかった。
リーベは、そのままシュトルツに視線を投げた。
「いや、俺はだめだって! エーレさんから頼まれた用事があるし。ね? エーレさん」
両手を振って、必死に拒否するシュトルツ。
「知らん、どっちでもいい」
助けを乞うようなシュトルツに、エーレは手を払った。
「嫌なら無理に教えてくれなくても……
それに僕は先天本質である、調和の力(水の魔法)すら満足に使いこなせませんし。
今までもいくら教えてもらったり、練習してもうまくならなくて……」
ユリウスはふと、城にいた頃に皇族専属教師に教えられたことを思い出した。
魔法の勉強は、歴史や簡単な理論の理解と、属性問わず行える基礎的な訓練が主だった。
それ以降は、属性によって違ってくるし、魔法の扱い方は精霊への同調率で変わる。
例えば同じ調和の力でも、どんな風に精霊と同調するかによって、大きく能力の使い方に差が生じる。
基本的に魔法は、先天的本質と後天的本質という――その人の持つ気質や、それに伴う感情を精霊と同調することが鍵となる。
精霊と同調して行使する魔法。それはその人の本質、あり方に左右される。
先天本質は生まれ持ったものであるから、自分では選べない。
しかし、後天本質はその人の生き方が、表に出るものだ。
人には必ず、多面性がある――
それは確固たる自分を作り上げる上で、必要なことだ。
その中で生まれ持った本質の次に、その人を構成する大きな要素、核となるのが後天本質だった。
その本質は大きく8種類――精霊の属性の数だけ、あると言われていた。
’’炎は情熱、風は移り気、水は調和、土は堅実、氷は冷徹、雷は衝動、光は慈愛、闇は孤独’’
先天本質と後天本質の組み合わせを聞くと、大体その人の性格がわかるという話もある。
後天本質が発現する予兆さえないユリウスは、これから生きるために必要な確固たる、自分の形成がまだできていない――
自我同一性が、不明確なのだ。
専属教師に習ったことを思い出して、ユリウスは思わずため息をついた。
「俺が話してる最中にため息なんて、いい度胸だな」
「え?」
どうやらエーレが何か、話しかけていたらしい。
「とりあえずリーベから教えてもらっとけ。一人で出歩かれても困るからな」
「あ、はい」
話は聞いていなかったが、どうやらリーベが教えてくれることで決定したらしい。
「お前が魔法を扱えない理由はわかってる。
水との同調率が高すぎるんだ。高ければいいってもんじゃない。
たしかに高いほど扱える幅は広がるが、制御できなきゃ意味がないし、無理に使うと力が暴走しやすい。
とりあえずリーベに教えてもらって、親和率をあげてこい」
エーレが、まくしたてるように言った。
わかるような、わからないような……
何はともあれ、リーベからの教授に期待するしかないようだ。
「よろしくお願いします、リーベさん」
教えてもらうなら、それなりの敬意を払わなければならない。
そう思って、頭を下げた。
「ああ……」
リーベはどこか歯切れ悪く答える。
シュトルツが言うように、彼らを見て信じられるか判断するためには、少し億劫でも関わってみないとわからない。
そう思うことにして、ユリウスはそれ以上考えないようにした。
誰が教えてくれても、大して変わらないだろう。
――誰が教えてくれても?
「皆さん、本質が調和なんですか?」
基本的に、本質以外の魔法は使えないはずだ。
この3人が、僕と同じ調和の本質? 全くそうは見えない。
「好んで使わないだけで、使えないことはない。俺は得意じゃないからな」
エーレがそう言って、顔を顰めた。
「三人とも、ある程度までは使えるよ。
勘違いしてるみたいだけど、俺らの調和の力は本質じゃあないよ」
「本質ではない?」
シュトルツの説明に気づけば、おうむ返ししていた。
「稀に聞くだろう? 第三、第四と精霊と同調できる人のことを」
リーベが言葉を繋いだことに驚いて、彼の言葉を飲み込むのに時間がかかった。
本質ではないけれど、他の魔法を使える人――
先天的でも後天的でもなく、あらゆる経験を経て、内省を繰り返し、第三、第四と力を発現させる。そんな成熟した者がいるということは知っていた。
精霊の力を借りるには、あらゆる領域においての、一定以上の感情の同調が条件とされる。
本質的と言えるほどまでの同調率まであげるということは、それほど成熟しているか――
もしくは人格を分けた、精神異常者かのどちらかだと言われていた。
「二次性質と呼ばれている。
お前らが精霊の本質を理解してないだけだ。難しい話じゃない」
二次性質? 聞いたことがなかった。
エーレの言う「本質を理解していない」とは、一体どういうことなのか。
「詳しいことは、私が教えよう」
口を開きかけた時、リーベが言った。
三日間、時間はある。彼から詳しく教えてもらうのが、一番なのかもしれない。
ユリウスは浮かんだ質問を一旦、飲み込むことにした。
「ちなみにエーレさんは、この三日間、何か用事でも……?」
その代わりというように、気になって問いかけてみたものの、彼と目が合うや語尾が自然と萎んだ。
「なんでもいいだろ、野暮用だ」
「ですよね……」
もうエーレに、無暗に聞くのはやめよう。そう思った。




