僕を呼ぶ誰かの声
幌の中で飽きずに、会話に花を咲かせている女性陣の中に入るのは、躊躇われた。
けれどゼレンが、なんの遠慮もなく会話を遮って、声をかける。
「ラディア、アリシア。よかったら、ユリウスくんに風魔法教えてあげてくれない?」
2人はきょとんと同じ方向へ、首を傾げた。
瓜二つの彼女たちが全く同じ動作をすると、あまりにも不思議に見えた。
ふんわりとした綺麗な人形が、同時に動いたようなそんな感覚。
けれど、そんな小さな感動も、隣のミレイユが鋭い目つきでゼレンを睨んでいたことで瞬時に消え去る。
天使2人の隣に悪魔がいる。そんなことが頭に過ったけれど、悟られないように会釈をした。
「いいですよ~」ふんわり微笑んだ姉のラディア。
「風ならミレイユさんの方が、得意かもですけど」ちらりと上目遣いの妹のアリシア。
そういえば……ミレイユは、後天本質が風であることを思い出した。
「あんた、色々一気に手出して、覚えられると思ってんの?」
天使の隣で、眉を潜めたミレイユ。
「国境につくまで、剣と霊……ほら、他も練習できませんし。風魔法の制御を、先に身に着けておかないとって」
霊奏と言いかけた時にミレイユがキッと睨んできて、すぐに言い直した。
「まぁ、いいわ。私たちの団欒を邪魔するんだから、覚悟しなさいよ」
先ほど、ゼレンに水魔法を口頭で簡単に説明した。
彼はすでに具現化と基礎は身に着けていたのだ。難易度の高くない僕が習得している応用を教えただけだった。
僕の後天本質が発現したばかりだ、と聞いたゼレンがお礼に提案してきたのだ。
風魔法を彼女たちから教えてもらえばいい、と。
その提案に乗ったのを、すでに後悔しそうだった。
恐る恐る幌の中へ上がろうとしたとき「おい」と後ろから声がかかる。
「エーレくん、もう出発?」
爽やかで、どこか嬉しそうに振り返ったゼレン。この男は本当にエーレを気に入っているな。
一方で、数メートル離れているエーレは嫌そうに少し顔を顰めた。
「ああ」その漆黒の瞳が、ちらりと幌の中に向けられて、怪訝そうな表情になった。
「何やってたんだ」次いで、僕を見た。
「風魔法を教えてくれるらしくて……それより、ちょっとエーレ」
僕は目だけでゼレンを見て、エーレへと急ぎ足で勢いよく詰め寄ると、エーレが一歩引いた。
その一歩を更に踏み出して、彼にしか聞こえないくらいの声で
「ゼレンさん、どうなってるんですか?隠蔽効いてなくないですか?」
と早口で捲くし立てた。
「あー」エーレはそのまま僕の後ろへと視線を投げる。
「ゼレンには隠蔽が効かない」
声を抑えず言われたそれに、後ろから気配がした。
「隠蔽ってあれだよね? 先入観だっけ?」
今までエーレの隠蔽が効かなかったのは、ダリアとトラヴィスだけ。
ダリアは光の加護で相殺されていたらしいし、トラヴィスは同じ闇の本質持ちだったから。
すると、後ろの男は一体なんだというのだろう。
「僕、先入観ってよくわからないんだよね」
そんな声が聞こえて、ゆっくり振り返った。
「人間に興味がないからね」
当たり前のことを当たり前に言ったような口調に、僕は瞬時には理解が追い付かなくて、ゼレンの綺麗な髪へと自然と視線を上げていた。
「安心しろ。こいつの口止めは、しっかりしてある」
「大丈夫、君が何者であっても、僕は興味がないから」
人に対して、先入観を一切抱かないくらいに、人間に興味がない。なるほど。
悪意の欠片もないその声色に、僕は乾いた愛想笑いの声を上げた。
ゼレンといる間、この笑い方が癖にならなければいいな、と思いながら。
思った以上に、湿地を抜けるのに時間がかかったが、今回はさほど急ぐ旅でもない。
その後森に入り、道中にあった狩人たちが集まる小さな村に着いた僕たちは、屋根を貸してもらうことになった。
お礼にミレイユやシュトルツが、狩りで怪我をした住人や、病院などの治癒を買って出ていた。
久しぶりに屋根のあるところで眠れると思うと、安心感のせいか早い段階で睡魔が襲って来た。
貸してもらったのは、狭いが2部屋。
カロンはシュトルツとエーレは戻ってきていなかったし、薄い仕切り扉の先からは、話し声も聞こえてきたけれど、僕はそれを子守歌にうとうとと微睡み始めた。
――夢を見ていた。
あまりにも鮮明で、微睡みに見る幻覚のような、そんな夢。
その中で、僕はこの狩人の村にいた。
その夢から覚めると、部屋の明かりは消されていて、村全体が静まり返っていた。
僕はみんなを起こさないように、そっと部屋を出た。
精霊が夢を通して、メッセージを送ってくる、ということを稀に聞く。
世界には精霊が満ちている。その精霊を通して、漏れ出た生命力によって、偶発的に離れた人同士が意思疎通をしてしまうということもあるらしい。
迷信に近いものであったけれど。もし、今の夢がそうだとしたなら……
僕の足は、何かに誘われるように、森の中へと進んでいった。
「ルシウス。まだ寝ないなら、散歩にでも付き合え」
「散歩ですか?」
夢の中の僕はエーレの誘いに当然のように、それどころか胸を躍らせてついていった。
そこは狩人の村からほんの少し離れた、泉だった。
湧き水がたまった泉でそこには――
「あった」
夢のとおり。村からほんの少し離れたところに、それはあった。
小さな泉の周りに、綺麗な光の粒が、ゆらゆらと浮かんでいるように見えた。
光は白だったり、緑の色の光で点滅している。
吸い寄せられるように近づくと、それが小さな昆虫であることに気が付いた。
淡い光の軌跡が花びらを描くように糸を引いて、あまりにも儚く、幻想的な光景だった。
「夢と同じだ……」
夢の中で、僕はエーレとここにきた。
後から、シュトルツとリーベもやってきていた。
彼らはこれを見て、昔の失態の話を笑いながら話していた。その内容はたしか――
思い出そうとした時、後ろから草が揺れる音がして、咄嗟に振り返った。




