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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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狂気と優しさの輪郭

 



「トラヴィスへ繋がる合言葉を、お前にも共有しとく」



 レギオン支部へ戻ったエーレが、唐突に言ったことを思い出した。

 帝国と王国の首都、そして各地に点在するバーに、トラヴィスの傘下である情報員が、居を構えているらしい。

 バーの目印は看板の上部端に、逆鍵穴のマークがあるとか。



 バーでは「ヴェラウイスキー」を、人数分注文する。

 注文通りにウイスキーが出てきた時は、今すぐに会える。

 ワインが出てきた時は、しばらく待ってくれれば会える。

 水が出てきた時は、今日は会えない。そういう意味らしい。



 そして帝国と王国の首都には【ヴェールノワール】が、情報屋の拠点になっているそうだ。

 そこでのカロン専用の合言葉が「影紡ぎ」。

 しかし、大体において、トラヴィスは拠点を転々としていて、本人が捕まることはほとんどないらしい。

 エーレたちは過去の回帰で、トラヴィスの所在地をある程度、把握していたそうだった。



「もし、どうしてもトラヴィスさん本人に急用がある場合は、どうすればいいんですか?」



 そんな僕の問いかけに、エーレは僅かに眉を寄せた。



「あいつは中立中庸を崩さない男だ。見合う対価がなければ動かない。

 基本的にどこにいるかわからないし、アテにしないことだな」



 そんなエーレを見て、トラヴィスの言葉が頭に過った。

 初めて彼と対面し、別れる前に耳元で言われた言葉だった。



 ――僕ちゃん、もしどうしても私の力が必要なとき、いざという時はこう言ってね――



 彼はどうして、あんなことを言ったんだろう。

 僕は、彼に支払える対価なんて持っていない。

 エーレたちは、トラヴィスとどんな経緯で知り合ったのか。


 そんな記憶を反芻しながら、僕は幌の中を見渡した。

 僕の隣にリーベが、正面にエーレと隣にシュトルツ。奥にはミレイユ。いつもの定位置だ。

 首都を出てから、さほど時間は経っていない。まだ空気は朝露に濡れていて、清々しい。


 今日から聖国の国境まで、ミレイユの護衛を再開した。

 首都から聖国の国境までは、荷馬車で6日~8日かかる。

 リクサからの直接の依頼だった。


 カロンに依頼をする時は、常に僕たちにも利があることだ、と彼女もエーレたちも口をそろえて言う。

 つまり僕たちがそちら方面へ向かう必要があるか、この道中に何かしらあるということを示唆しているようで、すでに僕は緊張と警戒をしていた。

 けれど、幌の中は平和なものだった。



 その理由としては……

 シュトルツと少し離れて、幌の奥にいる白水の髪の男、そして彼をマスターとするアヴィリオンのメンバー2人の女性、その女性たちと和やかに会話をしているミレイユ。

 どうしてゼレン率いるアヴィリオンの3人が、荷馬車を共にしているのかというと……

 時間は少し遡る。







 明日、首都を出る。その夕刻。

 レギオンに居座っているミレイユとカロンが、今から夕食をしようとしているところに、ゼレンたちがやってきた。

 相変わらず、ぼんやりとした微笑みを口元に浮かべて、彼が提案したのだった。



「明日から僕たちも聖国に向かうんだけど、よかったら一緒にどう?」


「は? 俺が快諾するとでも思ってのんのか?」



 席についたばかりだったエーレは、やってきたゼレンに対し、信じられないものでも見たような表情で睨みつけた。

 話しかけるたびに嫌な顔をされているのに、この男も懲りないな、と僕は口の中で呟きながら、状況を見守ることにした。


 エーレが拒否するなら、シュトルツもリーベも、そして僕だってそれに従う。

 カロンでは、エーレがルールなのだ。

 しかし、その場にはそのルールを打ち破るイレギュラーが一人存在した。



「え、いいじゃない。アヴィリオンって女の子もいたわよね?」



 ミレイユだ。

 それを聞いたエーレが、心底嫌そうに顔を歪める。



「いるよ。聖国にも、彼女たちと僕の3人で向かうことになってるから」



 そう言いながら、一歩近づいてきたゼレンはミレイユの隣へと立つ。



「よくねぇよ。体裁的にはお前の護衛だぞ。わかってんのか」



 護衛。彼があえて「蜜護衛」という言葉を避けたことが伝わってきた。

 彼女が聖女であることを、レギオンの面々は知らない。

 レギオンに所属するクランは、協力の際にのみ情報開示を求めるが、それ以外はお互いの依頼に出来る限り干渉しない暗黙の了解だ。

 だからゼレンも、何も聞いては来ない。



「だから言ってんのよ! 私の依頼、私がルール!

 野郎どもに囲まれた旅なんて、息が詰まるって言ってんの!

 たまには女の子と、ワイワイしながら過ごしたい、この気持ちがわからない?」



 身を乗り出しながら、エーレを指さしたミレイユ。新しいルールが作られた瞬間だった。

 隣でゼレンは「決まりだね」と微笑んでエーレを見る。

 大きなため息と共に、額に手を当てたエーレは、やけくそになったかのように首を振った。



「好きにしろ。もう段取りもそっちで決めとけ。俺らは知らん」







 そういう経緯があって、ゼレンが用意した荷馬車とその御者により、今こうして和やかな雰囲気で移動中だ。

 僕はこっそりと隣のリーベに古代言語を教えてもらっている最中だった。

 いつものように、大っぴらには教えてもらえない。

 アヴィリオンのメンバーには古代言語の存在は秘匿しなければいけない。


 僕たちの正面より少し幌の奥側――ゼレンはミレイユとアヴィリオンの女性2人の会話に加わって見たり。かと思えば、シュトルツ越しにエーレに話を振って見たり、忙しそうに首を回していた。



「リーベ、トラヴィスさんのところでの話なんですけど」



 古代言語はかなり上達してきて、語彙も増えた。しかし、実際発音してみないとこれ以上はなかなか進歩に繋がらない。



「何を依頼したんですか?」



 リーベが渡した白紙の紙。おそらく何かしらの仕掛けがしてあったのだろうけど、それを見たトラヴィスの表情を思い出した。

 カロンにも利があり、その依頼が完了すれば、トラヴィスの対価にもなり得る依頼。



「ああ、情報収集のようなものだ」



 暗殺ギルドのな、と彼は僕に耳打ちする。

 暗殺ギルド。やはり……



「トラヴィスさんはその……そこと何かあるんですか?」



 僕はちらりとゼレンを見た。彼はエーレを捕まえようとしている。



「あの男はそちらと因縁がある。私たちも潰しておきたい。利害の一致というやつだ」



 因縁……彼らは3回目までの回帰で、何を見てきたのだろう。



「あの、またよければ――」



 言いかけた時、シュトルツが逃げるように、そそくさとこちら側へ寄ってきた。

 その顔は嫌そうに眉を寄せている。



「どうかしたのか?」


「どうもしてないけど。俺、あの人苦手だから」



 すぐに問いかけたリーベに、シュトルツは僕の隣に座って、首を振る。

 あの人――ゼレンのことだろう。



「シュトルツにも苦手な人っているんですね」



 誰にでも、飄々と馴れ馴れしく接する彼なのだ。意外にも思えた。



「あの人の思考も感情も、俺の発想の外にあるからねぇ……」



 僕は思わず首を傾げた。



「つまり、読めないってことですか?」


「読めないくらいなら、全然いいんだけど。なんかこう、俺の直感が関わるなって言うタイプの人間」



 脊髄で生きている彼がそう感じるなら、ゼレンには何かしらあるのかもしれない。

 それとも、ただの相性の問題か。



「私もあの男は嫌いだ」



 隣でリーベは吐き出すように言った。

 彼がここまで、はっきり言うのは珍しい。



「リーベの場合は、同族嫌悪でしょ?」


「同族嫌悪?」



 当然のように言ったシュトルツに、僕は隣のリーベと前のゼレンを見比べる。

 確かに、見場も雰囲気も似ている部類かもしれない。

 色素の薄い綺麗な髪も、どちらかというと女性を彷彿させるような整った顔立ち。

 一見、線が細いようにも見える体格。隠しきれない品性が、垣間見える立ち振る舞い。


 しかし、僕には何かが決定的に違うように見えた。その何かはわからないけれど。



「あの男と同族と言うのは、やめてくれ」



 苦々しく、拒否するリーベの声色。



「ごめんごめん、そんなつもりはなかったんだけど」


「そんなに嫌いなんですか?」



 すぐに謝ったシュトルツに続いて、尋ねた。



「嫌いというよりかは……いや、嫌いなんだが」



 リーベは珍しく言葉を詰まらせる。何か言いたくないことがあるのかもしれない。そう思って、僕はそれ以上食い下がることをやめようとした。

 しかし「まー、あれだよ」とシュトルツがゼレンを見る。



「まぁ、リーベとあの人は、内に抱えてるものが似てるって話」



 あまりにも漠然とした説明に、僕は眉を寄せた。

 シュトルツはそれ以上言うつもりはないのか、大きなため息をついて、正面のエーレを見ている。

 数秒の沈黙を置いて、答えたのはリーベだった。



「私は、内に抱える狂気を十分に理解している。だが、あの男にはそれがない。

 それを見ていると、少し胸がざわつくだけだ」


「狂気」



 先ほどよりも明確になった言葉ではあったが、僕にはやっぱり、その不透明さ加減はさほど変わらないように聞こえた。

 狂気というのなら……

 隣でだらしなく、縁にもたれかかっている男の方が、危険そうなイメージである。


 漂った沈黙の中、僕は彼らの視線を追って、前を見る。

 そこには、ゼレンと嫌々ながらも話しているエーレがいた。



「エーレも嫌ってますよね? ゼレンさんのこと」


「んー? エーレさんはそこまでじゃない?」


「すんごい眉間に皺よってますけど」



 幌の縁に大きく体を預けたシュトルツが、短い笑いを上げた。



「通常運転じゃん。ほら、エーレさんって本当に嫌いな人は、視界にも入れないタイプだから」



 僕はふと、レギオン支部でのカイとのやりとりを思い出す。

 それ以外にも、たしかにエーレは最後の最後まで、人を見ようとしない時が多い。



「ああ見えて、人のことをよく見ている。エーレを慕う人がそれなりにいるのも、そういうわけだ」



 先ほどとは一変、優しげなリーベの声色だった。



「変な人にばっかり気に入られている気はしますけどね」


「そりゃ、類友なんでしょ」再び笑ったシュトルツ。「ま、エーレさんは優しいからねぇ」


「やさ……しい……?」



 深淵から這い出してきたような、悪魔が優しい?

 咄嗟にそう思ったけれど、何か引っかかりを覚えて、僕は幌の天幕を見上げた。

 僕の知っている優しさとは、違っているけれど。でもたしかに……



「優しいってなんでしょうね」


「さぁ?」



 思わず、哲学めいたことを口走った僕の言葉に、シュトルツの飄々とした、そして意味のない返答が返ってきただけであった。






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