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調和の王〜影から継がれたもの〜  作者: 俐月
3章

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影を紡ぐ者たち

 



 剣を置いたのは、随分と陽が傾いてからだった。

 全身が悲鳴をあげていたけれど、最初よりは上達を感じられて、満足感もあった。


 続けてシュトルツが教えてくれている間に、エーレはいなくなっていた。

 一緒にいなくなったと思ったミレイユとリーベはしばらくして戻ってきて、僕の稽古を眺めていた。

 何度かそちらをちらりと見ると、リーベが困りながらミレイユを宥めていることがわかった。

 それにしても、ミレイユはどうしてレギオンに留まっているのだろう。


 僕への指導だけが理由ではないのだろうか?

 前で剣を収めたシュトルツは、汗の一滴も流していない。

 勿論、息も上がっていないし、少し散歩してきました、みたいな表情だった。



「シュ、トルツの体力、どう、なってるんですか……」



 一方で僕は肩で息をしながら、どうにか呼吸を整える。



「慣れだよ、慣れ」



 彼は苦笑して、塀の外へと向かっていく。

 普段は忘れかけるけれど、彼は王家の剣であるグライフェン家の嫡男なのだ。

 幼いころから鍛えて、剣を握り続けてきたに違いない。

 僕は大きくため息を吐きだして、その背を追った。


 塀の内側に腰を預けて、2人は話し込んでいた。

 話し込んでいたというと語弊がある。ミレイユは一方的にしゃべり続けて、リーベが頷いていた。

 何やら剣術と魔法の話のようだ。


 そういえば……



「ミレイユさんって聖女なのに、どうして剣を使うんですか?」



 彼女があまりにも当たり前のように剣を教えてくれて、意見しようとしてくるので、聖女が剣を取るという違和感すらなくなってきていた。

 レヒト教会の神徒でも、有事の際は前衛を受け持つ人たちもいるとは聞く。


 けれど、それとは訳が違う。ミレイユは聖女なのだ。

 後方で、一番に身を守られなければならない存在だ。

 ぽつり、と控えめに口にした僕に、シュトルツは僅かに歩を緩めて、頭を少しだけ後ろに倒しながら、「ま〜」と歯切れの悪い反応をした。


 そのまま彼は前に視線を戻すと


「ミレイユが、ミレイユなりの正しさを貫くダメなんじゃない? 聖女としての」


 そんな漠然とした答えが返ってきた。

 前からはミレイユの声が聞こえてきて、自然とそちらを見る。


 聖女としての正しさ?

 それと剣を取ることと、なんの関係が……?


 首を傾げてしまいながら、僕とシュトルツが近くに行くと、彼女は話すのをやめて、塀から離れた。



「あいつ、外で待ってたわよ」



 ミレイユはすぐに、エントランスホールへ続く扉を顎で示した。



「あっれ、エーレさんよくジッと待ってたね?」



 途端、歩を速めて扉へと向かうシュトルツ。

 彼に全員が続いた。



「何かあるんですか?」


「あー、言ってなかったね。ちょっと用事があってさ」



 扉を抜け、エントランスホールへ続く階段を上がる。

 その短い沈黙の中、前で揺れる綺麗な金の髪に、聞いてみるか迷った。

 けれど、結局タイミングを失ってしまい、聞けずじまいになってしまった。


 そのまま開けたエントランスホールに出る。

 他のレギオン支部なら、すでにこの辺りまで喧騒が響いてくるのに、首都エルディナの支部は静かなものだった。




 ホールに戻って、辺りを見渡すと、室内灯に照らされた黒髪をすぐ見つけることが出来た。

 その隣には白水の髪――ゼレンだ。

 そして、2人の周りをぐるぐると駆け回るルカもいる。


 トップランカーがホールの中央を陣取っているせいか、周りにいる他のクランたちが息を殺したように、過ごしていた。

 僕はなんだか申し訳なくなりながら、シュトルツに続く。



「エーレさん、お待たせ」



 シュトルツが軽く手を上げると、エーレは小さく頷いた。

 こちらを勢いよく振り向いたルカが、シュトルツへと一目散に駆け寄ってくる。



「シュー兄! あそぼ!」



 見えない羽があるように、軽く駆け回り、ぴょんぴょん跳ねるルカ。

 その度に淡い春色の髪が揺れて、妖精のように無邪気に笑った。


 ‘’正義のヒーロー‘’

 そんな単語が頭に過って、思わず首を振る。



「悪いな、チビ。俺ら今から用事があるから。また今度な」



 シュトルツは優しい微笑みを浮かべて、ルカの頭を撫でた。

 昨日、初めて知った彼の新しい一面。彼は子供が好きなのかもしれない。

 エーレが、ちらりとミレイユを見たのがわかった。



「お前はさっさと帰れ」



 すぐに反駁すると思われたミレイユだったが、何も言わずに、ふいっと顔を背ける。

 それを見て、僕は首を傾げた。

 すぐ前では、エーレはさっさと踵を返した。


 そういえば……そう思って、外に続く扉を潜る前に一度振り返ると、そこには目を細めてぼんやりと微笑むゼレンがいた。












「どこに向かうんですか?」


「トラヴィスに会いに行く」


 それだけ答えたエーレの足が止まったのは、大きな建物の前だった。




【ヴェールノワール】


 洗練された看板には店名がかかれていて、どうやら仕立て屋らしい。

 彼は迷うことなく、その扉をくぐる。鈴のようなドアベルの跳ねる音が、頭上から聞こえた。

 髪を結いあげた美しい女性が、すぐさまやってきて、両手を腹部に添えてお辞儀をする。



「いらっしゃいませ」


「ゼウス第二刻(18時)に、礼服の()()()を頼んだ者だ」



 エーレの言葉を聞いた女性が、ちらりとこちらを一瞥した。

 彼女は、にこりと張り付けた微笑みで、さっと半身を逸らして、奥を示した。



「お待ちしておりました。ご案内いたします」


「少し待ってろ」



 エーレはそれだけ残して、女性に案内されて、奥へと進んだ。


 ここまでついてきたのに、僕たちはどうするんだろう・

 その間にシュトルツは店内を回り、服を見始めていた。



「僕たち、どうするんですか?」


「直に呼ばれる」



 リーベの言葉通り、しばらくして戻ってきた女性が「ご試着が終わりました。皆さまもこちらへ」と奥へと案内した。

 女性が案内したのは、並んだ試着室の奥から2番目だった。


 カーテンが開かれるが、勿論そこは狭い個室で、奥には鏡。

 しかし、それは仕掛け扉だった。移動した鏡の先に続いたのは、狭い通路。



「どうぞ、ごゆるりとお寛ぎなさいませ」



 道を開けた彼女を背に、僕たちはその先へ進んだ。

 道は一直線だったが、途中何段もの階段を下りていった。



「相変わらず、トラヴィス良い趣味してんよねぇ」



 どこか皮肉の籠ったシュトルツの声色が、狭い通路の中をくぐもるように反響した。



「前のバーでも思いましたけど、合言葉ですか?」


「なんだ、エーレは説明していなかったのか。

 今回は私が事前に連絡を取ってきていたからな。

 その時によって、合言葉はさまざまだ。その人専用の言葉もある」



 リーベが説明を続けようとしたとき、前に一つの扉が現れた。


 先頭のシュトルツが扉を開けると「いらっしゃい」、すぐに引きつったトラヴィスの声が僕たちを迎えた。









「今日は、みんなお揃いなのね」



 トラヴィスに進められて、僕たちは狭い部屋の中、それぞれソファーや椅子に腰かける。



「特に意味はない」


「そう。でもあんまり、ぞろぞろ動くのは感心しないわ」


「わかってる」



 トラヴィスとエーレは向かい合って、ソファーに座っていた。

 苛立ちを含んだエーレの言葉に、眉を下げたトラヴィスがちらりと僕を見た。



「まぁ、いいわ。そのための仕立て屋なんだもの。

 紳士淑女が綺麗な洋服を求めて、お店に入るのは珍しいことじゃあない」



 僕は、エーレの隣に腰を下ろしている。

 そのソファーの少し離れたところで、シュトルツとリーベは立っていた。



「対価はしっかり受け取ったのはいいとして。今日はどういったご用件で?」



 対価――暗殺ギルドのマスターがいる現在の拠点のことだろう。

 一瞬だけ、首都に着く前のことが過った。拷問の末、シュトルツに殺された暗殺ギルド員――

 しかしそれも、視界の端から進み出たリーベの姿で、消え去った。



 彼は、懐から取り出した一枚の紙をローテーブルの上へと置く。

 僕の目に映ったそれは、白紙だった。


 しかし、トラヴィスはそれに疑問を覚えた様子もなく、スッと取り上げて、見つめると目を細めた。

 そして顔の前の紙を少しずらして、エーレを見つめる。



「この依頼、受けましょう」



 その瞬間――彼の持つところから、紙は灰になって、崩れ落ちていく。

 息を呑みそうになるのを堪えた。

 一度見たことがある。あれは闇の魔法だ。



「お前にも利があるはずだ。頼んだ」


「そうね。うまくいけば、私の対価として有り余るくらいね」



 目を伏せ、眉を下げたトラヴィス。

 相変わらずの謎のやりとりに、僕はちらりと目だけでエーレを見た時。



「エーレ、私は先に出ておく」



 リーベが後方で短く残して、部屋を後にしてしまった。





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